3.さぁ……成仏しましょう。
目が醒めたら、そこは何も無い真っ白な空間だった。
意識が無くなる寸前、視界を埋め尽くした閃光と、全身に駆け巡った激痛を超えた灼熱感。
……たぶん、だけれど。
わたしは、あれのせいで死んだ。
あれが一体何だったのか正直解らないのだけれど、その確信だけはあった。
そして……
『あ、やっべ』
その時に聞いた、少年の様な、少女の様な……老人の様な、若者の様な……?
良く解らない、正体不明の声。
そいつが、わたしを殺した犯人だという事も。
だから、きっとここは”死後の世界”……の筈。
でも、一族の”口伝”によるそれとは全く違う様相に、微かに戸惑いがあったりする。
わたしの”守護霊”(二人憑いているのだと聞いている)が、この場にいない点。
此処が見渡す限りの曼珠沙華……所謂”彼岸花”が目の前に無い、ただ真っ白な”空間”だという点。
今のわたしは、死ぬ直前の姿……高校指定の制服(冬服)に、膝まである白のハイソックスと赤いスニーカー(踵部分にローラー付きの奴……ブームなんてとっくに過ぎ去ったってのに、探せばまだ普通に売ってんだぜ、これ)に、髪を後ろに束ねるレースで縁取りされた白いリボン。
所謂”死装束”……白襦袢では、ないという点。
そして、我が一族に伝わる秘宝の”霊刀”<盈月>と<暗月>は、現在この手には無い。
死後の世界には、指導霊……普通、守護霊と呼ばれる存在がそれを兼ねている場合が多いらしいけれど、その人(?)達が、昇天する魂を迎え入れてくれるのだそうで。
そこをすっ飛ばしている時点で、わたしの場合すでに普通ではないと思われる。
なのに、死するその直前の出で立ちでいるのに、所持していた”霊刀”が手元に無い。
……良く解らないナー、この状況。
まぁ、”霊刀”を持ったまま霊界へと旅立たなかったのは、きっと結果的に良かったのかな。とは、言えるのだろうけれど。
『あいつのせいで、貴重な霊刀を二振りも失っちまったんだぜ?』
なぁんて。
わたしの葬儀の席でそんな陰口でも叩かれようものなら、わたしはもう絶対気持ち良く成仏なんてできないと思う。
一応末席ではありますが、これでも宗家直系の娘ですので。
ウチの一族が吹いていなければ、軽く1300年以上(霊刀を用いた”退魔行”に手を出したのは、ほんの300年ほどの歴史の浅い話、らしいけれど)続く歴史に、宗家直系の次女が泥を塗りたくる結果となってしまう訳で。
……それが回避できたってだけでも、まぁ僥倖だったのだと思っておこう。
それで死んでりゃ、ホント世話無い話なんだけれどさ。
さて。
現世に全く未練が無い訳じゃないけれど、もしここが仮に”死後の世界”……冥府への入り口だというのなら、さっさと”輪廻の環”に入ってしまおうか。
ああ。でもその前に、俊明叔父さんには文句の一つでも言ってやりたい。
最初からあんたが出張っていれば、わたしは死なずに済んだンだぞって。
……まぁ、わたしが叔父さんの課してきた修行をサボってきたツケこそが、きっとこの結末なのかも知れないのだけれど。
あの時、少なくとも鬼クラスの”式神”さえ使役していれば、”魔”から逃げる事くらいならできた筈だし。
『……はぁ、うっざ。毎度毎度キモいこと言ってないで、少しは常識弁えて』
……なんて。
酷いこと言ってごめんね、叔父さん。今となっては、それが一番の心残りかなぁ……
まさかさ、そんな欠片も思ってもいない憎まれ口が、そのまま今生の別れの言葉になるだなんて、全然思ってもみなかったし。
ああ、本当にわたしって恩知らずな人間だわ。あの人に教えて貰った色々な術に、何度も助けられてきたってのにさ。
……あ、なんか涙出てきちゃった。
強がってはみたけれど、やっぱり未練。こんなにもあったんだぁ。
でも、悔いて泣き喚いてみたところで、今更もうどうしようも無い。
死んでしまったのなら、未練をすっぱりと断ち切って、もう逝くしか無いのだ。
例え末席だろうが、見習いだろうが。
退魔の一族に連なる人間が”怨霊”なんかに成り果てるだなんて、それこそギャグにもならないのだから。
立ち上がってお尻を手で軽く叩く。
当然、砂埃とか何も付いてはいないのだけれど、これはきっと生前に染みついた癖という奴だ。
覚悟を決めてはみたけれど、指導霊達のお導きが無い以上、わたしはどうやって彼岸へと至れば良いのだろうか?
なんとなくソレっぽい気配があれば良いのだけれど、何と言うか……三途の川とか、そんな分かり易い道標も無いどろか、はっきり言ってしまえば、何も無い。
虚無に支配された領域って奴?
何の音も無く、それが逆に”キーン”と耳鳴りみたいになっている感じの。って言えば解るかな?
……って、誰に問いかけてンだって話なのだけれど。
「探索とかそういうの、苦手なんだよなぁ……こっちもちゃんと習っておくべきだった」
ずっと後悔の連続だ。
『後の祭り』
『もう遅い』
『ざまぁ』←(?)
さっきから、この言葉達が頭の内を無意味にずっと駆け巡っている。
溢れそうになる涙を堪え、蹲る。
本当に今更過ぎて、自分の短過ぎた人生全てが嫌になる。
「……あれっ?」
視線が下へ向いたせいだろうか? ただ単にわたしが今まで認識していなかっただけなのだろうか?
目の前には、土下座の姿勢で固まっている少年がいたのだ。
◇◆◇
「……へぇ。わたしの死因は”誤射”ですか」
「正直、すまんかった……」
この少年が言うには、旅客機墜落事故を引き起こした”魔”というのは……
この子の管理する世界の綻びから逃げ出した所謂”落とし物”という奴で、それを懲らしめる為に撃った”天罰サンダー”とやらが、丁度上手い具合に”魔”へと躍りかかったわたしに直撃してしまったのだそうで。
「つまりは、そちらが全て悪いって事ですよね?」
「……はい。そうなります」
こちらの世界に落ちた”魔”は、”異世界”で自身の存在を確定する為に、そして自身の力を付ける為に、多くの犠牲者達を募り続けた。その結果が、痛ましいあの旅客機事故という訳だ。
死に至る痛みと恐怖の記憶を、延々と繰り返し繰り返し見せつける事で、犠牲者達の霊は、やがて怨霊へと変化する。
その怨霊こそ”魔”にとって最高のご馳走。甘くて美味しいエネルギー源。
奴は、”その時”が来るのを、じっと待っていたのだ。この子はその間、一体何をしていたのだろうか?
「……わたしの事以前に、まず400人以上もの犠牲者を出してましたよね?」
「はい。そちらの世界の神々からは、もう散々のフルボッコでした……」
それだけならば(本当は良くはないのだけれど)、まだ良いとしようか。
「……で。あんたの”天罰サンダー”とやらで死んだ、わたしは?」
「申し訳ありません。異なる世界の神である、ぼくの神力によって死したあなたの魂は、あの世界の循環の理……つまりは、”輪廻の環”から完全に外れた存在となってしまいました」
輪廻の環からの離脱。
”異物”と成り果ててしまったわたしは、二度とあの世界へと還る事ができなくなってしまったのだという。
このガキの、せいで。
「わたしだけでなく、まだ何十もの魂があの地には残っていたと思うのだけれど、その人達も?」
「……はい、一人の例外もなく。誠に申し訳ございませんでした」
殺意が沸々と沸き上がってくる。
このガキは、わたし達の世界に棲む神々から散々に叱られた事を逆恨みし、更にはあの世界へと降り立つ手間すら惜しみ”天罰サンダー”とやらで、事態の一発解決を図った。
その結果、あの場に居合わせたわたしを含む浄化しきれなかった犠牲者達の魂も同様に、あの世界では二度と存在できなくなってしまったのだという……
「……申し訳無いついでの話になってしまいますが、あなたの所持されていた聖剣? に宿っていた”神霊”も、その時一緒に消滅してしまいましてね? いやぁ、ぼくって自分の世界では、一応創世神として君臨している訳ですし? こんな見た目でもかなり強いんですよ、えへへ。まぁ、それ以前に聖剣どころか、あなた様の守護霊方とご遺体自体、ぼくの神力で影も形も。それこそ塵すら残ってなんかいないのですけれど。あはははは……」
気が付けば、わたしは思わずクソガキの鼻っ面を爪先で蹴り上げていた。
「我が一族に伝わりし秘宝<盈月>と<暗月>を返せ。わたしの人生を、今すぐ返せっ!」
痛みに悶え苦しむガキの上に跨がり、何度も何度も。それこそ何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、ガキの顔面に全力の拳を叩き付けていた。
拳に痛みはないし、それこそ感触すらもほとんど無い。だから、たぶんきっとこの行為自体、全く何の意味も無いものなのだろう。
でも、だからと言って、許せる訳もない……許せる訳なんかっ、無いっ!!
何の意味も無いと頭では解っていても、自分の心はそんなので絶対に騙せやしないのだから。
「返せっ! 返せっ!! 返せっ!!!」
抵抗なんかさせないし、絶対に逃がしゃしない。
術の類いはあまり得意じゃなかったけれど、事、剣術、体術だけに関して言えば、一族の中でも、わたしはかなりの上位に在る。
感触が無くても知るもんか。このガキが死ぬまで延々殴り続けてやる。
「待って、待って! それ以上は、それ以上は。ホントに、死んじゃうからぁっ」
「くっ、離せっ! わたしはこいつを殺すんだっ! でなきゃ、わたしはっ……」
くそ。まだ全然殴り足りないってのに、知らない誰かに止められてしまった。
悔しい。こんな馬鹿ガキのせいで、わたしは自分の命と一族の秘宝の両方を失ったのかと思うと、本当にやるせない。
「……ふぅっ、びっくりしたぁ。まさかぼくが人間如きに不覚を取るなんて、思ってもみなかったよ」
マウントポジションから抜け出したクソガキのボコボコの顔が一瞬で元に戻る。無駄だとは解っていたつもりだったけれど、余計に腹が立った。
「如きとか、ざけんなっ! こっちを見下す前に、やる事ちゃんとやってからにしろっクソガキぃぃぃ!!」
わたしを羽交い締めにして拘束しているつもりになっている人間(?)を強引に振りほどき、そのままそいつをクソガキに向けて投げ飛ばす。
「「ぐはっ」」
もつれ合う様に倒れ込んだ二人の背に乗り(てか、よく見たらこいつも同じ顔のクソガキじゃねーか!)、クソガキ共の延髄と喉にそれぞれ踵を落とし、そのまま一気に踏み抜いた。普通の人間なら、これで確実に即死だ。
「うわぁ。殺意たかぁーい」
クソガキが後ろから戯ける様に声を挙げる。けれど、わたしの足下には、異常な角度に首の曲がったクソガキ共の死体が二つ転がっている。
……ああ、チキショウ。やっぱりこれは無意味な行為という事なのかっ!
ムカつきついでに、未だ残るクソガキ二匹の死体の頭部を、わたしはありったけの憎しみと全体重を載せ順に踏み砕いた。
「あんたさ、あとどんだけの残機あんの? 正直に教えてくれたら、ご褒美にわたしが丁寧に全部潰してやんよ」
「……へえぇ。ぼくの”聖域”でそんな事言うんだ? 流石にぼくも黙ってなんかいられないなぁ」
神様に喧嘩を売る……なんてのは、生まれて初めての経験なのだけれど、ここは絶対に引く訳にはいかない。
俊明叔父さんは神様相手ですら、鼻歌交じりに懲伏しまくったのだと聞くけれど、わたしはまだそこまで人間を捨ててなんかいないつもりだ。
それでも、退くに退けない場面なんて云うのは、人生に於いて必ず起こるもの。それがきっと今だと思う……もうすでにわたしの人生は終わっているのだけれど。
『やめいっ!』
頭の中に直接響く”声”を聞いたと同時に、何故かわたしの身体は硬直した。くそっ、何の呪いだ。これは?
「ちっ。大神の野郎、もう来やがったか」
『ほぉ? 貴様、やはり欠片も反省してはおらぬ様だな。このまま処分してしまっても良いのだぞ?』
「ごめんなさい、ごめんなさい。それだけは。それだけは、どうかご勘弁してくださいませっ」
……どうやら、この”声”の主は、クソガキにとって上位の存在らしい。見た目中々イケメンの激渋おじさん。サンタさんみたいな豊かで真っ白なお髭がダンディすぎるぜ。
「おじさま。そこのクソガキ、全然躾けがなってないのではありませんか?」
『……すまぬな。後で然るべき罰を与えるので、それで矛を収めてはくれぬだろうか?』
見た感じからして目上の人間(?)から深々と頭を下げられると、何故こちらが悪く感じてしまうのだろう? なんかすごい理不尽だよなぁ。
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