2.見習い退魔士ですので。
「くっそー、これ絶対ハメられたんだ、わたしってばさ」
事前に聞かされていた内容と、今の状況が全然違うじゃないか。
何が『多くても10くらい』、だ。
どこをどう視ても、ざっと400人以上は確実。
てゆか、もうこれでは搭乗員含め、被害者のほぼ全員ではないか。
令和最大の……って、まだ令和が始まってからそんなに経ってはいないのだけれど……旅客機墜落事故。
『その犠牲者達の霊を、天に還してやってくれ。なぁに、ちょっと面倒臭くなってるのが、多くても10くらい居る程度のはずだよ。美姫ちゃんなら、イケるイケる☆』
そう当主様に言われ、この地に送り込まれたのが、まだ見習い中のわたし。
古来より……そう、それこそ安倍のなんちゃら~とか、蘆屋のなんちゃら~さんの生きていた時代くらいの昔から、退魔の行だけでずっとご飯を食べてきた一族。その端に席を置く現在まだ修行中の身であるわたしが、何故か駆り出される事となった案件。
「ざけンなクソ親父……これ、絶対俊明叔父さんレベルを出動なきゃ不味かった奴だよぉ……」
傷ましい事故の犠牲者達の霊は、死するその直前の記憶と痛みに苛まれ続け、負の感情に支配された魂は、やがて瘴気と穢れを周囲に撒き散らす怨霊と化す。
事故の原因は、機体の故障やパイロットの不手際などによる”人災”では、決してなかった。
周囲に立ちこめるどす黒く渦巻く瘴気は、”魔”を産み出す一歩手前にまで高まっているのがその証拠。
犠牲者達の怨嗟を糧にし、”魔”は今まさに産まれ出でようとしていたのだ。
その圧倒的なまでの冷たく巨大な霊圧を前に、わたしは霊刀<盈月>の柄を、もう一度固く握りしめた。
<盈月>はわたしの霊力に呼応する様に、艶やかに濡れた刀身に淡く月の光を浮かび上がらせる。
”月の石”を鍛え、特異な術を用いた刀身に、契約した”神霊”を封じ造り上げられた退魔刀……そんな我が一族に伝わりし秘宝の一つを託されたのは良いが、これはいくらなんでも、<退魔士>としてはまだ半人前ちょっとのわたしの手に余る。
「いくよ<盈月>。”同期”して」
(はい、美姫。いきます)
リィ……リィィィィィィィィィィィィ……
わたしの持つ霊力の波長と<盈月>の”鳴り”が重なると、刀身に封ぜられていた”神霊盈月”がわたしの魂と重なる様に身体に入ってきた。
まだ見習いでしかない筈のわたしがこの地に遣わされた理由。それがこの”神霊憑依”だ。
一族に伝わる”秘宝”。
その霊刀の持つ力を引き出す事ができる資質を持つ者は、一族の中でも稀なのだ。
破邪の霊力を込めた刀で、瘴気ごと斬り伏せる。
これは、浄化供養の最終手段。
所謂、怨霊にまで黒く染まりきった魂は、そのままでは輪廻の環に還る事ができない。
魂に染みついた穢れ……邪を斬り祓い、強引にでも清めてやらねばならない。わたしは小さい頃からそう教わってきた。
そして、そんな穢れを纏う怨霊達は”魔”にとって、最高のご馳走なのだとも。
彼らの御霊を救い、”魔”を祓う為には、もう斬ってやるしか手段は残っていないのだと。
怨霊は、”生者”という存在そのものを絶対に許しはしない。
この世に未練を残し死んだ魂は、生者に対して激しく狂おしいまでの嫉み妬みを持つからだ。
老若男女……様々な霊魂が、この場に在る唯一の”生者”であるわたしを、縊り殺してやろう、呪い殺してやろうと殺到してくる。
視えない人間には何の事は無い(何も気付かず即死するだけだし)のだろうけれど、視える人間にとって目の前に拡がる光景は、グラフィックだけは一級品の、それ以外は最早語れる以前のバランス調整完全無視のクソゲーその”一歩向こう側”にある最低のホラーゲームと何ら変わりはしない。
絶え間なく寄ってくる怨霊を、わたしは、ただひたすらに斬って、斬って。斬りまくる。
そこに技なんか何処にも必要は無い。
怨霊に少しでも触れられたら、そこから生命力を一気に奪われてしまうからだ。
如何に”対怨霊”を想定して鍛えに鍛えたわたしであっても、そいつを幾度か喰らってしまえば、充分に致命傷となり得る危険な代物なのだから、正直余裕なんか欠片も無いのだ。
そして、問題は奴らに対してこちらが放てる攻撃は、ほぼ全て単体技だという一点。
某無双ゲーみたいに一振りで何十匹も勝手に吹っ飛んではくれない悲しい現実に、どんなクソゲーであっても、やっぱり”ゲーム”の方がまだまだ全然マシなんじゃないかなぁ……と、個人的には思ってもみたり。
「だあっ、もうっ! 400人以上もいちいち斬らなきゃなんないってさ、こんなの無理ゲー過ぎるに決まってンじゃんかっ!!」
腰に下げたもう一振りの霊刀<暗月>も抜き、ありったけの霊力を込める。こうなりゃもうヤケだ。正式に習ってなんかないけれど、即席二刀流でやってやンよっ!
(あ、こら美姫っ! ヤケっぱちであたしまで使うなっ!)
「これでヤケにならずに、なんになれってンだよ、暗月ぅぅぅぅぅっ!」
(知るかよっ、そんなのぉぉぉぉ!)
二柱分の”加護”を得た今のわたしの身体能力は、正直言いたかないけれど完全に人外の域に在るだろう。
重力という束縛を抜け、常識という殻を力尽くで破壊し飛び出した。そんなデタラメでインチキな存在。
問題は、傍目からはパンモロを一切気にしない痴女にしか見えないという点だろうか?
……ああ、くそ。
他人の目が無いことだけが救いだ。短めに見えるか見えないかの限界まで折ったスカートの丈なんか、この際気にしていられる訳もない。今が生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから。
「次からは、絶対ジャージ(学校指定。まるで新鮮なピーマンの様に鮮やかな緑色に、縁に白く走る一本線がものすんごくダサい)に着替えるぅ! 死ね、クソ親父ぃぃぃぃぃ!!」
(ええ。せめてスパッツかハーパンくらいは下に履きましょうね、美姫?)
(あははー。そういや美姫ってさぁ、いつも可愛いの履いてるよねっ)
うるっせぇぞ。盈月、暗月っ! パンチラ? 恥じらいっ? なにそれ美味しいのっ?!
わりとサボりまくってはいるけれど現在修行中でもある半端な”未熟者”程度が、チョイと必要に迫られたからと言って”正式な型”にも無い霊刀二振りを同時に扱うだなんてのは、最早自殺行為でしかない。
神霊憑依による加護の負荷に、身体が早々耐えきれる訳もないってのが、まず一つ。
自身の足りない霊力があっさりと”枯渇”してしまうであろうってのが、もう一つ。
でもさ、それをあえてやらなきゃ、わたしはここで無駄死にするだけなんだから、仕方無いでしょうがっ!
◇◆◇
「はぁ、はぁ……ざ、まぁ……」
どうだ。
400、とまではいかなかったけれど、怨霊の大半を斬り祓ってやったぜ。
”糧”である怨霊がこの地にもうほとんど残ってやいない以上、もう”魔”は、そう長くは現界していられない筈だ。
わたしに今出来るであろう事は、全てやってやった。
でも、どうやらわたしの霊力は、それでほぼ尽きてしまったらしい。
ついさっきまで、まるで羽根の様に軽かった二振りの刀は、見た目通りの鋼の塊となってそれを握る両腕に重くのしかかり、疲労もあってかまともに腕が挙げられなくなって……と、いうか。握っていられている今の状態すら、半分奇蹟なんじゃないかってくらいなのだ。
「うん。これ以上……は、もう無理、くさい……」
おならをする体力すら、今のわたしにゃ残ってねーよ。
そもそも、こんな強力な”魔”なんか。見習いのわたし程度じゃ、最初から祓える訳も無かったのだ。
多少の自惚れと願望を含めてで戦闘設定をしたとしても。秘宝の”霊刀”の力を全て出し切った前提で、万全の状態でも精々数分だけの無駄な足掻きができれば上等……といった所じゃなかろうか。
俊明叔父さんなら、きっと霊符一枚でもあればこんな奴鼻くそほじりながらでも済むんだろうけれどさ。でも、それはそもそもあの人が”バケモノ”だから……という話でしかない。
「……ってーかさ、何でこういう時決まって音信不通になってンだよ、あの人は……」
世界的某有名オンラインRPGの大規模アップデートがあった週と、その次の週は。あの人には何をやっても一切の連絡が取れなくなってしまう。
この事は、”裏の世界”では最早常識レベルで有名な話だ。
それこそあの人には絶対出しゃばって欲しくない。そう考える数多の組織は、常にその付近のタイミングを狙って行動する……とまで言われる程に。
……何時もの事なのだ。
そう言ってしまえば、きっとそれまでの話で。
だから、これはもう仕方が無い。
だけれど、だからと言って、あはは-。と、笑って済ませられる話でも、決して無い訳で。
「ちくしょーっ! 絶対化けて出てやらぁ! あンにゃろめ、残った髪の毛全部引っこ抜いてやっかんなぁぁぁぁぁっ!!」
自身の生命力を霊力へと無理矢理変換し、今や残りカス同然の少ない霊力をも併せて霊刀へと一気に注ぎ込む。
さっきから『逃げろ』とうるさくがなる<盈月>と<暗月>が同時に抗議の声を挙げてくるが、この際全部無視だっ! すでにそんな霊力の余裕なんざ、欠片も残ってなんかいないのだから。
どうせもう逃げられないのなら、やるだけやってやる。
今から見せてやンよ、乙女の最後っ屁って奴をなぁっ!
華のJKと、額が後退しまくった見窄らしき如何にもな見た目のオタクのおっさんの命。どちらが社会にとって損失になるのかと問われれば、自ずと皆見解が一致する筈だ。
まぁ、でも……実際化けて出た所で、あのおっさん相手に、霊魂如きが粋がった所で端から勝てる訳も無い。アレは、神すらをも気軽にねじ伏せ、使役する異常なハゲだ。
「だあもうチキショー! わたしも<十二神将>とか、<四聖獣>とか使ってみたかったよ-! <四海竜王>だなんて、名前の響きだけで、もう濡れるくらいに格好良過ぎるよねっ」
もしそんなのが自在に使えたりしたら、こんな奴に玉砕前提の特攻なんて、しなくて済んだだろうにさ。
「だあらぁっ、しゃあぁぁぁぁっ!」
冷静に考えても。
『女子として、流石にそれはどうなんだ?』
と思わなくもない声を出しながら、”魔”の中心である瘴気の渦へと躍りかかる。
わたしの力が続く限り、斬って斬って斬り刻めば、少なくとも次の人間が派遣されてくるまでの間くらいならば”霊障”を抑えていられる筈だ。
ああ。わたしの死後、ちゃんと<盈月>と<暗月>は一族の者達の手で回収してもらえますように。
一応この子達は、我が家の秘宝らしいので、わたしの葬式の席の陰で「あいつのせいで……」だなんて、絶対に言われたくなんかない。
あと、できれば、せめて野犬とかに死体を食い荒らされてしまう前には、わたしを回収して供養して欲しいなぁ……屍姦だなんて、正直ホント勘弁だぜ?
「死にっ、さらっせやぁぁぁぁぁ!!」
”魔”に向け高く跳躍し、色々とギリギリの霊力を込めた月の刀を天へと掲げたその瞬間、わたしは激しい雷光を眼にしたと同時に意識を失った。
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