18.朝日とともに抜け出そう。
「……ああ、くそ。寝覚め、最悪……」
所詮、安宿にも劣る所謂ギルドの雑魚寝部屋。
そもそも、寝具などと呼べる上等な物は。端からある訳も無く。
所詮、”訳あり”過ぎるわたしたちでは。
値引き交渉の一切も効かないドケチな露天商を相手に、足下を見られながらのボッタ価格で入手した粗末な毛布に包まって、板張りの床に直に寝るしかできなかった。
……ま、そんなでも一応は。清潔なタオルを人数分複製して間に挟みはしたのだけれど。
安心できる匂いって。本当に大事なのだと痛感させられたわ。
「……あの。”複製”に制限が無いのでしたら、このタオルを売れば。もう少しまともな物が買えたのでは?」
……うん、それも道中何度か考えたのだけれどね。
「この毛布の出来を見たら分からない? 私達の世界の物って、この世界の物に比べたら全部良い品過ぎるの……また捕まっちゃうのがオチだと思う」
────つまりは、そう。
この世界の住人は、信用できない。
此方から態々、そんな信用に足らぬ存在を招き寄せてどうするというのだ? って、そんな話。
この街を出る直前に幾つかを売り払う。それすら、多大なるリスクと成り得るのではないかしら?
「できれば、極力目立ちたくはないの。わたしたちの容姿もそうなのだけれど、服装が……ね?」
目立つから、と言って。これを脱ぐ訳にもいかない。
何せ、わたしたちが着ているこの衣服は。”最強の防具”も兼ねているのだから。
だから、頭にはタオルを巻いて、その上に外套を羽織る。
「この部屋から出たら、この呪符は。素肌が直接触れるところで固定しておいてね。ただし、その間。何があっても、決して喋ったりしたらダメよ? もし破ったら、その時点で貴女たちは捕まるものと覚悟なさい」
────その時は、容赦無く見捨てるから。
釘を刺すのも忘れない。
ひとりの命と、多くの命。どちらを取れと云われたら躊躇無くわたしは。より多くの人命を取る。
きっと、
『全員を救ってやる』
そうきっぱり見栄を張り通してやるのが、人として本当は理想なのだろうけれど。
所詮、見習い程度の技量しか持たないわたしでは。そんな自惚れなんか、修行を始めた最初の日に捨てた。
そして、件の俊明叔父さん謹製、『認識阻害の呪符』は。
その強度設定に比例する様に、禁則事項の厳しさも増す。
今行った”完全埋没”に近い阻害強度ともなると。ただのくしゃみ一発で終了となってしまう程だ。
だけれど、これでも。”保険”としては、必要最低限のものでしかないだろう。
だって、皆は。
ほんの昨日までは、”ただの一般人”だったのだから。
「ごめんなさいね、美姫さん。きっと貴女だけでしたら、この街から出るのも容易でしたでしょうに……」
「そうですね。確かにわたしひとりであれば、昨日の内には隣の村まで抜けることができました」
でも、あのクソガキに強制的に転生させられた皆は。
わたしには無い、幾つかの【天啓】を持ってこの世界に降り立ったことが解ったのだ。
「……本当なら、その使い方を時間を掛けてしっかり確認する必要があるのだろうけれど。でも、それも”命あっての物種”と云う奴でしょう」
皆の安全を考えても、今は一刻も早く。この胸糞過ぎる領都から抜け出す必要がある。
それでなくとも、不特定多数の眼という奴は。本当に厄介なのだ。
「……では、皆さん。呪符の準備を。此処からは、私語の一切を厳禁とします。わたしに用がある時は、必ず肩を叩いた後、筆談にてお願いします」
呪符を懐に忍ばせて。
皆が一様に頷いたのを確認してから、わたしたちは雑魚寝部屋を出た。
◇ ◆ ◇
「なんで、門が開かないんだよっ?」
「頼むから開けてくれ。この商品がダメになる前に、本店へ届けねばならないのに……」
領都の正門前に来てみたら。
朝日が昇ると共に解放される筈の、立派な城門は。
「昨夜、領都内にて、クロッグ一家が殺害されたとの一報があった。犯人確保までの暫くの間、城門は閉ざせとの”上”からのお達しだ。すまぬが、我らも。凶悪犯を逃がす訳にはいかぬのでな……」
「なんと。あのクロッグ一家が……」
「この領都で一番の御用商家ではないか……恐ろしい」
……うっわ。そう来たかぁ。
確かにチンピラどもの遺体は、あのまま放置してきたけれど。
やっぱり、片付けておいた方が良かったのかしら?
今更かぁ。
────さて、困ったな。
いくらわたしたちの存在が完全に消えているとはいえ。門が閉ざされている以上、気付かれずにこれを抜け出すのは不可能だ。
肩をトントンと叩かれて。
『一端、戻りましょう』
……戻るって? あの雑魚寝部屋のこと、かな?
────こくこくこく。
やはり解り易いジェスチャーと云うのは、コミュニケーションを取る上で、本当に大事よね。
同じ国の人間、万歳。
一差し指と親指で○を形作り、了解の意を伝える。
この仕草だって、日本人にしか通用しないのだとも聞くし。
仕方がないか。此処で管を巻いた処でなんの益も無いのだから。
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