17.”黒髪”を探せ
「……百騎長殿……」
「……すまん。今は堪えてくれ……」
怪我人の治療と平行しながら行われる撤収作業に。
今や怪我の痛みと、疲労の色が隠せない騎士達の中には。日頃から蓄積されていただろう不満の表情が、隠せなくなってきていた。
「ほれっ! さっさと豚人どもを回収せんかっ!!」
そんな中、彼らの不満の元凶が。その醜悪な相貌に相応しき濁声を大きく挙げた。
「百騎長殿……」
「……逆に考えろ。回収した豚人の量から云えば、一度帰還せねばならぬだろう。重傷の者以外は、応急処置程度に留め、撤収作業を急げ」
────作業を続ければ、夕刻前には確実に領都へ戻れる筈だ。
そう長に命令されてしまえば、もう騎士たちは否とも云えぬ。
お飾りの団長は、所詮形式上のお飾りに過ぎず。団を取り纏めるは、百騎の長なのだから。
(……なのに、あの豚野郎ときたら。仮にも”騎士の長”を名乗るのなら、せめて剣の一つも持ちやがれってんだ!)
貴族の家の子の出と云う、ただそれだけで。
品性の欠片も無く、目の前で下喚き立てるだけの”豚”如きが、団の誉れを名乗るなどとは。
彼の手は、此度の演習中、ただの一度すら剣の柄を握ることもなく。
ただ、家の権力によって無理矢理拉致してきたうら若き少女たちの乳房と尻を、強引鷲掴みにするだけだった。
現に、団の状況を目の当たりにしている今も。
「げひひ。今すぐ我に股を開けば、あの高級肉を存分に食わせてやっても良いのだぞぉ?」
「ひっ……け……結構、です……」
団に死者こそ出てはいないが、重傷を負った者も多数居るこの”戦場”に於いて。
(演習に女性を連れ込んでいる時点で……士気を上げるなど、それこそ無理な相談であろうて……)
先代の長の頃を良く知る騎士の中には。
(俺は領都に戻ったら絶対に。この墜ちた白馬の紋なぞ、捨ててやるぞ……)
如何に、此方の倍以上の数がいたとは云え。
たかが豚人如き相手に。
女共々悲鳴を挙げて。馬車の中に引き篭もり、ただ震えていただけに過ぎぬ臆病者が。
いざ危機が過ぎ去れば。こうも猛々しく吠えるのか。
(あの醜態を、何ら恥と思わぬ様では。この家は、そう長くはなかろう────)
幼少の頃より散々に甘やかされ、でっぷり肥え太り。程良く育った”豚”は。
所詮、その程度でしかないのだ。
本来護るべき主君と一族の者達がそれでは。
捧げるべき”剣”と”盾”を、完全に見失ってしまったこの領の騎士たちの胸中は。そこに灯る忠誠の炎なぞ、欠片も浮かびはしない。
「辺境にほど近い位置だとは云え。我が領が、敵国の何処とも面していないのだけが唯一の救いだ────」
領主の次男。ただそれだけで、防衛を担う要職に就けるのだから。
これがもし、防衛の最前線たる隣の辺境伯領の家中であれば。
「そもそも、最初から。豚に何の権限も渡さぬだろうよ」
「だな……」
固く縛った包帯から血を滲ませながらも。兵士たちは黙々と作業を続けた。
今は、ただ。
『少しでも早く、我が家に帰ろう……』
それだけを考えながら。
◇ ◆ ◇
思わぬ処から転がり込んできた”臨時収入”と”名誉”を得られた幸運に。
気を良くしたヨクブーケ子爵令息ブッチャーは。
「今は、我を中心に世界は廻っておる様だわい。今日訪れた幸運を、あの無礼過ぎた黒髪の女を手中にできさえすれば、最高の形で締めくくれるのだが……」
この辺の大地に生きる人間種の特徴は。
薄い色素が示す通り、身体に内在する魔力の量は、決して多くはない。
「……あの珍しき髪色は。それ自体が、大量の魔力を備えていると云う明確な証だ。魔族級の魔力を備えた人間種なぞ、王族で在っても早々出はしないのだと聞くが────」
体内の魔力量が多ければそれだけ、上位魔術の行使も容易なはず。
もし、彼の者を手中に収め、自身の支配下に置くことができれば。その”戦力”は如何程になるだろうか。
脳内に描いた妄想は。
淫らなものから、凄惨な戦中の光景へと到り。最終的には、彼自身が至尊の冠を戴く場面にまで発展する。
突出した技量を持つ魔導士ただ一人で、騎士百騎にも相当するとも云われるほど、強大な”戦力”として扱われる。
基本、その様なバケモノにも等しき者達は。上位貴族の血に早々に組み込まれてしまい、在野に降りてくることはない。
「……確か、あの女は。街に向かう、そう云うておった」
だが、あの女は。
上等な布をふんだんに使った奇抜な衣服こそ着ていたが、上位貴族の在る種独特な”血”の匂いは、一切感じなかった。
つまりは────
「まだ我の”幸運”が続いておると云うことだ。誰ぞ在る?」
もしあの女が、予定通りこの領都に到着しているならば。
奇抜過ぎた服装だけでなく、あの黒い髪は、遠目からでも殊更目立つことだろう。
「奴に使いを出せ。『黒髪の女を連れてこい』とな……」
領都の内側は。
子爵家に連なる人間の思惑こそが唯一の”法”だ。
その法に則れば。
ただでさえ”人権”などと云う概念すら存在しないこの世界に於いて。
「資金に糸目は付けぬ。良いか? 黒髪の女を連れてこい。とな」
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