10.潜入しましょう。
「……なんか、身体が、かゆい……」
たった半日の間、お風呂に入れなかっただけで我慢の限界がすぐそこに。
やっぱり自分は、文明の中で何とか生かされてきた脆弱な存在だったんだなぁって、こういう時に嫌っていう程自覚をさせられてしまう訳で。
最近のキャンプ場ってば、綺麗な水が出る炊場だけでなく、当たり前の様にシャワー室やら水洗トイレなんかが完備されていたりするしなぁ……きっと、わたしみたいななんちゃってレベルの軟弱者が多いのだろう。
幸い今着ている服と下着類と靴は、あのダンディおじさまがくれた反則技のお陰で、臭わない。汚れない。擦り切れない。劣化しない。の、何拍子も揃った致せり尽くせりな反則仕様なのだけれど。
結局その下……自分の身体自体は普通に代謝を繰り返すのだから、それなりに臭ってもくるだろうし、当然痒みだって伴っても来る訳で。
「ああ、せめて水浴びとか……いや、流石に寒いか……でも、でも……」
常識アプリさんによると、世界の暦の上では、にはなるけれど。この地方の辺りは、すでに晩秋へと差し掛かる頃、なのだということで。
朝方や夜頃には、火を焚いてないとそれなりに寒くなるらしい。
当初の予定では、必要最低限の食料と物資を仕入れた時点で、こんなクソッタレな街から抜け出す予定、だったのだけれど。
「……知っちゃったからね。放っておくことなんか、絶対できないや」
同郷の人たちは、絶対に助け出さなければ。多分、わたしは。
この世界では。もう二度と、枕を高くして眠れないと思う。
チンピラどもをとっちめて。
追い剥ぎ序での事情聴取をしてみたら。
それなりに栄えているこの街は。
治めている子爵さまのお腹の中同様に、どうやら真っ黒過ぎる様だ。
常識アプリさんの話では。
この国で云う”奴隷”とは。基本的に、犯罪者にだけ適用される筈の身分なのだそうで。
────何で、筈。なのかって?
あくまでも建前上は。なんて、そんなつまらない話だから。
極端な話。
其奴の犯罪を無理矢理にでもでっち上げてしまえば、それで簡単に奴隷の売買が成立するだなんて。そんなザル法律なんだ。
ホント、知れば知るほど反吐が出てきそうだ。
あンのクソガキが担当しているから、なのか。
今の所、この世界の”人間種”どもには、どうやっても好感が持てそうにない。
「いっそのこと。他の種族が住む国まで移動しちゃおうかな……」
『この辺じゃ珍しい黒髪だから』
そんな下らない理由で、奴隷商に売られる未来だなんて。絶対に赦せる訳がない。
そして、そんな荒んだ社会情勢の国に、わたしたちを降ろした時点で。確信犯だったのだろうことは、すでに明白である。
ただ、わたしたち転生者たちを取り巻く環境が。このヨクブーケ子爵様とやらが治める領都だけが特別に危険な街、なのか。
常識アプリさんに依る限定的な情報だけでは、イマイチ要領が掴めない以上は。
「まずは、行動しなきゃ……」
時間を掛けすぎて、彼らが方々に売られてしまったら。もう追跡は不可能なのだから。
行き当たりばったりにはなっちゃうけれど。そこはもう気合いで乗り切って行くしかない、かなぁ。
実際、チンピラどもは。
奴隷として売り払った彼らの荷物の一切を、しっかりネコババしていやがりました。
しかも、すでに幾つかは売り払っていて。あの身形で、懐がかなり暖かくなっていた後なのだとほざきやがったのだ。
一応、わたしと同様に。
彼らのスマホと鞄類は、望めば手元に戻る反則仕様になっている、筈。
だから、そこからの挽回は。一応できないことはない……と思いたい。
奴隷商の魔の手から救い出した後も。ずっと依存されたりなんかしたら。
今度はわたし自らの手で、そんな彼らに引導を渡してしまいそうだ。
……うん、少しだけ。
ほんの少しだけ、決心が鈍ったわ。
まぁ、そんな人間だったら。
躊躇無く見捨てることができるだろう。わたしはそこまで出来た人間ではない自覚はあるのだし。
◇ ◆ ◇
領主様のお墨付きを貰って。この領都で商売をしている奴隷商たち、だけれど。
一応建前上だけは、非合法である以上。
「取り引きは。名義を換えて、路地裏で……か」
そんな駄洒落親父みたいな、下らない5、7、5を並べて。
周囲を覗ってみれば。流石に、表立って正々堂々とは商いをしていない様で。
其処は、ヤバげな雰囲気プンプンの。アンダーグラウンド臭漂う、如何にもな感じの一角だった。
それでも、あんな頭の悪そうなチンピラどもすら知っている時点で。
公然のひみつと云う奴、なのだろう。
いわゆる、『こどもでも知っている』と云う類いの。
もしかしたら、悪ガキ相手の躾けに使われてる程度の、
『アンタ、そんなことばかりしてると、吉○に入れるよっ!』
……そんな脅し文句になる辺りの常識、なのかも知れない。
ああ。そういえば。もう二度と、土曜日遅めのお昼に素麺を啜りながら、その○本新喜劇が観れないのかと思うと。
なんだか、一気にテンション下がってきた。
……そんなに好きで観ていた訳じゃないのになぁ。本当に不思議だ。
まぁ、そんな感傷に浸るのは一旦辞めにして。
やはり此処は。危険な路地裏らしく。
「妙に殺気立った人間が多いわね……」
路地に侵入する前に、わたしは出来る限り気配を薄くしていたのだが。
念には念を入れて。俊明叔父さん謹製の護符を胸に忍ばせている。
この護符には、自身に降りかかるであろうあらゆる災難を、それとなく軽減する効果がある。らしい。
効果をしっかり実感できるほどではないが、かと云って備えていて損はない。わたしはその程度に考えている。
……でも。
たぶん、だけれど。
あンのクソガキの『天罰サンダー』とやらの直撃ダメージを、この護符がほんの少しだけ肩代わりしてくれたからこそ。
中にいた神霊ごと神剣<盈月>、<暗月>と、わたしの身体は消滅してしまったが。
なんとか魂だけは形を保ったまま残り、こうして転生できたのではないか、と思うのだ。
……正直に云えば。あのまま、何も気付かぬ内に。完全に消滅できていた方が、きっと幸運だったのかも知れないけれど。
わたしの関知に引っ掛かった気配は、そこそこできる人間がふたりと、有象無象どもが両手の指だけでは足りないくらいの数。
────逆にわたしの関知に引っ掛からないくらいにしごできの奴が、もしあの中にいたら?
その時は、わらって誤魔化すさぁ。
まぁ、死んだら死んだで、早速天界に戻ってあのクソガキを、残機丸ごと皆殺しにしてやるだけだし……ね?
幸い、できる方が扉を護る様に立っているお陰で、攻め入る算段は立て易い。
……<捕縛呪>っ!
印を結び、裂帛の気合いと共にふたりへ呪を放つ。
どうやらこの世界は。”Lv”とやらの恩恵がかなり大きく影響するらしく……
「ただ、わたしは。行動を縛るだけ、のつもりだったのに」
門番をしていただけの彼らは、わたしの呪に依って。立ち尽くしたまま、心臓の鼓動自体を。完全に停めていた。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
ついでに各種リアクションも一緒に戴けると、今後へより一層の励みとなります。




