ベニクラゲになって、5年目の冬
今日も朝起きれば、ふわふわと水に浮いていた。
1cmに満たない釣り鐘のような体と、80本の細い足。透明の体は、赤い消化器官が丸見えだ。
以前のわしはこの国の殿様だった。不老不死を求めたが臣下の薬師に裏切られ、仙人によりベニクラゲと体を交換されてしまった。
思えば、人の身で求めてはいけないことだった。
なのに死を恐れ、たくさんの者を傷つけて殺した。償いきれない所業だ。
だからと言うことでもないが、既に人の輪廻の輪からは外れ、生涯ベニクラゲのままらしいが。
ベニクラゲは、死ぬほど傷ついても幼体に若返り死を逃れる。干からびても復活する。でも普通は、脳も心臓も血管もなく泳ぐこともない。文字通り、海を漂うだけの存在に見える。
そんな体にわしが入ったことで、意思もあり動けるベニクラゲとなったのだ。
わしの体に入ったベニクラゲは死んだらしい。ただ彼(?)が死んだ後の転生は、神も仙人もバックアップし幸福な人生が約束されているらしいが。
かく言うわしも、この体に成り代わった時は混乱した。
「なんだこれは! 誰か早く戻せ! 従わねば殺すぞ!」
なんて言っていた。
まあ喋れないのだが、クラゲだし。
でもそんなわしに、全てを知っていて見過ごした息子(今は殿様)がこう言った。
「父上はもう少し利口と思いましたが、残念です。不老不死に目が眩み、視野が狭まったのですね」
と仄かな笑みを見せて。そう言って水槽をつついたのだ。
わしは、「このうつけが!」と怒りで憤死しそうだった。
まあ文字通り喋れないし、もし憤死しても若返って死なないのだがな。
ぷかぷかと奴の方に浮いては、一方的に怒りをぶつける。
「親不孝ものが!わしを元に戻せ」等々とな。
端から見れば、小さいクラゲが遊んでるようにしか見えない。
そんな怒りも持続できるものでもなく、いつの日か気持ちも凪いでいた。
時々与えられる餌を食べ、水槽から見える石や砂で作った自慢の枯山水の庭園を眺めている。
最近は息子も、わしの傍で独り言を語る。
「為政者とは孤独なものですね」
どうやら、信じていた家臣に裏切られたらしい。
わしは助言も慰めもできない。人間だった時からそんな触れ合いなど皆無で、逆らえば殺しただろう相手だ。それでもきっと、一番気持ちはわかると思う。
「まあ、何とかやれ。殿様は逃げられんからな」と。
今日も息子と寄り添い、雪の降る枯山水を眺める日々だ。