不老の罠 短編を纏めたものです
「お殿様、これが不老不死の妙薬でございます!」
「でかした! 褒美をやろうぞ。 此方に来い」
「はい!」
「勤めご苦労! 今度は来世で会おうぞ!」
そう言って、腰の刀でその男を左右に切りつけ、最後に胸を突く。
ズチャ、ズチャ、グサッ
「ヒイィー、そんなぁ、ヒドイッ…………殿……」
切られた男は、その場でドサッと床に臥せた。
臥せる時見せた顔は、何故か微かな笑みを湛えていたようだった。
殿様は、傍に控えていた家老に死体の始末を指示する。
「こやつは用済みだ。 何処ぞに埋めておけ」
「承知しました」
この国の殿様は、否殿様の代々の家系は不老不死を求めてきた。
特に今の殿とその父は苛烈で、様々な諸国の数多ある逸話を元に、不老不死の妙薬を探し求めた。
初めは不老に効くと言う果物の採取から、植物、動物に至るまで収集し効果を報告させたが、そのどれもが効なく、さらに効能が確認できていない若返りの注射や外科的手術に至るまで、あらゆる実験を行ったが、全く変化がない又は一時的なものでしかなかった。
実験には、敗戦大名の赤子から老人まで多くの犠牲を払い、出来るか出来ないかもわからない薬を研究し続けた。
それも国の為ではなく、殿様個人の欲の為に。
研究の中で創傷の治癒促進や、流行り病に効く薬剤なども作られ始め、薬師達は今までの犠牲が報われると歓喜した。
しかし、殿様が求めるものはあくまで違う為、薬師達に更なる要求を突きつける。
「わしが死んでしまうことになれば、お主らの娘全員、死する直前に命を奪い共に墓に入ることになる」と。
薬師達は恐怖に戦く。
不死の薬など、すぐできるようなものではない。
長年の研究で、ようやく何の薬がどのように作用するかが、わかり始めた所なのだから。
殿様の父だとて、死に怯え無念を滲ませるが他者を道連れなどとは言わなかった。
だが、今の主である殿なら、きっとそうしてしまうだろう。
自分が死すれば、例え子々孫々の代で不老不死の薬が実現しても、関係ないのだ。
むしろ、子らがその栄光を得ることを良しとしない、器の小さな男。
自分の死と共に、研究書類を焼き捨てるように指示するかもしれない。
薬師達は困り果てた。
娘達の命も大切であるが、それ以上に今まで多くの犠牲により纏められた書物を破棄されるのは、許しがたいことだ。
体を犠牲にさせられた者、非道な実験に心を壊しながら研究を進めた薬師達、未開の森に薬草を求め猛獣に襲われ亡くなった者、崖の上や海底に潜り命がけ、または大怪我を負いながら素材を集めた者。
犠牲者の家族は生活に困り、家や田畑ばかりではなく、身を売る者も多くいた。
逃げ出せば一族郎党死罪に問われる為、何処にも行けず歯を食いしばり堪えてきたのだ。
不老不死の為に捕らわれた私達だが、それ故に資料も完璧に保管できていた。
思い悩む薬師長は、家老に相談することにした。
自分1人ならば、例え無礼打ちにあっても惜しくない。
幸いなことに、残されて不遇を被る家族も流行り病で既に他界して天涯孤独。
文で連絡し、仕事終わりに家老屋敷で落ち合うこととなった。
「夜分遅くに申し訳ありません。 相談がありご連絡致しました者ですが」
恭しく礼をすると家老本人が現れ、挨拶は省こうと中に案内される。
この家老も代々殿様に遣える苦労人。
年齢よりも皺、白髪多く疲れて見えた。
大きな屋敷には使用人も多くいたが、家老の部屋へ通された後は人払いしてくれ、周囲には誰もいなくなった。
「早速だが、お話お聞かせ願おう」
私は、今思っていることを素直に話した。
薬師達の娘のことは仕方がない、できれば救って欲しいが家老に無理はさせたくないと。
そしてこれが本題で、「研究の資料は破棄させないで欲しい、これから生きる人の為に絶対に必要な物だから」と心を込めて伝えたのだ。
姑息にも、研究と関係ない資料を焼き捨て誤魔化して欲しいと、殿様の最側近である家老に。
伝えた後、知らずと体は震えて目を強く閉じていた。
さすがに、切られるかもしれない恐怖は誤魔化せない。
暫くそのままでいるも、刀は襲ってこなかった。
恐る恐る目を見開けば、家老も思案顔で俯いていた。
「あ、あの~……………」
「ああすまん、私も思う所があってな。 実は……………」
それから家老は、自分の家族のことを話し始めた。
娘の沙絵さんが、殿様に見初められて側室入りを希望されているそうだが、母親が病に臥せており看病したいと断り続けていたそうだ。 超多忙な家老の妻で、沙絵の母を無下にはできない。 だが、先日亡くなり宮中入りを強く打診されたと。 沙絵には好いた者がおり、殿様の苛烈な気性は好まないのだとか。 家老としても、気に入らなくなれば側室さえ打ち捨てる者に、嫁に出したくないと言う。 ……………そしてその好いている者とは、私だと言うのだ。
十も上の私が、あの美しいお嬢様に好かれているとは仰天したが、彼女の母のことで色々と相談するうちに………とのこと。
しかし告白を受けたとて、彼女は殿様に嫁ぐ身の上なのでどうにもならないのだが。
しかし家老は話を続ける。
今の殿様は自己愛ばかりが強く、後世の為にならない。
失敗すれば死罪だろうが、このまま世が荒れるよりは違う未来を目指そうと思うと。
まだこの話はここだけにしておいて欲しい、ちょっと鞍馬山まで行って仙人と話を着けてくるからと、軽く話す家老。
一介の薬師が、仙人のことなど知って良いはずがない。
伝説でしか知らない者に、存在と居場所まで教えて良いものなのか?と疑問が残る。
ただただ無心で「そうですか」と流し、帰路に着いたのだ。
数日後、家老の方から呼び出され屋敷へ訪問する。
そこには沙絵さんも居て、これからの作戦を伝えられる。
私はもう頭数に加えられ、退くことはできない。
あの時(家老の屋敷へに訴えに来た時)、打たれて死んでもしかたないと思っていた命だ。 沙絵さんの為と思えば頑張りも利く。
仙人は人に関わることは殆どない。
でも今回は誰も自らの私欲ではなく、大事な人の為の挑戦であることに興味を持たれたらしく、協力してくれると言ったそうだ。
①まず家老より、婚礼のことは後に回し、不老不死の妙薬ができたことを殿様に知らせる。
②薬の効果により傷を受けても若返り、死なないクラゲを見せて効果を実感させる。
③1人で不老不死だと寂しい為、殿様が(今現在は)永遠に過ごしても良いと思われている沙絵に、先に妙薬を飲ませる。
実験として他の者に飲ませ、もしその者が先に不老不死になれば命を狙われるかもしれないし、又永遠に顔をつきあわせるのは不快になってくるだろうことを、未来を予測した家老が述べた。
その意見に納得したのか、深く頷く薬師長。
そしてもし、この薬で娘が命を落としたとしても、尊い御身に何もなくて良かったと喜ぶだけだと、忠義心を見せるのだ。
あの殿のこと、不老不死になったか確かめる為に、切りつけることくらいはするだろう。 そこに仙人様の薬を全身に塗りたくった沙絵の体は、傷を受けるだろうが死ににくい状態にはなるはず。
「これを見てみろ」
家老は私に見えるように腕を捲り、短刀で腕に傷を付けた。
そこは大きく避け、血が滴り落ちる。
突然の行動に目を見開くと、見る間に傷が塞がり元通りになった。
「もしや仙人様に、不老不死の妙薬をいただいたのですか?」
家老は笑って違うと言う。
「どっちかと言うと、縁日で売っているガマの油に近いな。 縁日の物は、これを真似て作っている模造品ってとこだ。 こっちが元祖だな」
微笑んだまま切り付けた腕を撫でる家老。
「但しこれは薬の届く表面だけ、深く傷を負えば表面だけくっつき治癒したように見えるが、中の肉は切断された状態だ。 そうなれば、いくら事前に鎮痛剤を飲んでたとしても、悲鳴をあげる程の苦痛だろう。 切り付けられたショックでの気絶なら誤魔化せる。 だが、声や苦痛の表情は疑われる可能性が生じる。 できねばこの話はここで終了なのだが。 自信はどうかな沙絵?」
挑発するような物言いに、沙絵が返す。
「私の約束を叶えてくれるなら、気絶の演技くらいして見せましょうぞ。頼みましたよ、父上」
そう語る沙絵さんは扇情的で、以前の大人しい時の印象が少し変化した。
その瞳が見つめるから、僕は急に恥ずかしくなって顔を逸らしていた。
年上のはずなのに、手玉に取られている気分だった。
話をした翌日。
内々に殿様の部屋で会うことになった。
不老不死の妙薬のことは、薬師達に命じられた極秘任務。
それ故、代々薬師全体が殿様の直轄で、外部に話が漏れぬように管理されてきた。
薬師、家老以外に知る者は、殿様の影である隠密くらいだ。
そしてその影の上層部も、殿様の非道に我慢ならず家老よりだった。 さりとて完全に信用はできないが。
そして海水を入れた水槽を運び込み、口柄の中心部が紅色の1cm程のクラゲを見せた。
大きな虫眼鏡を薬師長が持ち、家老がそのクラゲを2つに切断される程の傷をつけた。 その瞬間、クラゲは小さく纏まり傷の再生を果たしたのだ。
「これは…………すごいな。 だがなぜクラゲなのだ?」
殿様は、恍惚の表情でクラゲを見ていた。
そして、事前に予測した通りの質問をしてきた。
慌てず薬師長は返す、
「それは自然界に、害を及ぼすからでございます。 犬猫、若しくは猿などに薬を与え、万が一不老不死になれば制御が及びませぬ。 こちらが強者ゆえ動物は従うのです。 それらが野に逃げ繁殖し不老不死でなくとも、不死に近いものになれば必ず我らの脅威となります。 故に最終的に完成の妙薬は、もっとも害なきものに与えたのです。 この小さなクラゲならば、毒もなく扱いやすいので死ねば新たに手に入れやすい。 不老不死となっても、単体で更には海水がなければ干からびるクラゲ。 干からびて生きていても、移動も出来ますまい」
熟考した回答を、頷き聞く殿様。
そして殿様と永遠を生きる者として、沙絵が実験体になることを告げる。 沙絵以外の者が服し不老不死となれば、殿様の命を脅かす存在になるかもしれない。 その点沙絵ならば、代々殿様に忠誠を尽くす家老の娘。 沙絵も殿様の為ならば、命も惜しくないと言う。
最初こそ嫌がる素振りを見せた殿様だが、そこまで自信があるのならばと受け入れた。 悲願成就が目前なのだ。 娘の1人や2人、今さら惜しくないのは道理。 ここで止めるなら、皆苦しめられることなど無かっただろう。
そして沙絵は、殿様に最期になるかもしれない挨拶をして妙薬を飲み込んだ。
30分程経過し、特に変化は見られない。
ならばと、殿様は沙絵の腕に力任せに懐の短剣を突き当てた。
「ひぐっ」と、呻き声が漏れ切り跡に血が滴り落ちるが、傷は見る間に再生し僅かな跡も残さず消えた。
殿様は歓喜し沙絵を抱き締めたが、一方の沙絵は気を失っていた。
「きっと切られた衝撃で、気を失ったのでしょう。 気の小さき者です」と家老が叱責する。
さすがに殿様も庇い城で休むように話すも、嫁入り前の身で泊まる訳にはいかないと辞退。 今後側室にあがるやもしれない身なれば、殿様にも「手を出したので迎えた」との悪評を避ける為に帰宅すると言われれば、止められない。
家老は娘を抱え、帰路に着く。
薬師長も共に席を立ち、城を後にした。
家老屋敷で3人は、再び顔を合わせた。
沙絵の腕はまだ痛むが腕に腫れも見えず、腕や指の動きにも支障がないので、様子を見ることとなった。
「それにしても、仙人様の薬すごいですね」
「ああ、本当に。 だが、胸を突かれずに済み安堵した。 もし心の臓に傷を受けていたら、今頃……………」
顔を歪ませる家老に、沙絵は笑って答える。
「私を誰だと思ってるの? 恋に生きる乙女は無敵なのよ」と言って。
私は朗らかな場に気が緩み「恋ですか?」と呑気に呟くと、沙絵さんの顔が真っ赤になる。
「すいません、出過ぎたことを」と言い謝罪した。
そう言えば、沙絵さんに好いていると言われていたのだった。
そう思い返すと、急に恥ずかしくなった。
家老はニヤニヤと打って変わった顔で俺を見てくるし。
赤面の時間が終わり、再び話を戻す。
1週間後また3人で登城し、沙絵の状態を告げることにしている。
その時殿様は、秘密を知る者を消す為に、薬師長を殺しにくるだろう。
今度は急所を外すことなく。
そしてその時、姿が見えないようにして仙人様も我らに同行する。
「きっと面白いものが見えるぞ」と、微笑んで。
なるようになると、全て家老に任せることにした。
駆け引きなどできない私には、最早為す術もないのだから。
そして当日。
登城して殿様に切られた私。
覚悟していたが怖かったのは確か。
その後仙人様が現れ、ベニクラゲと殿様の魂を入れ替えたそうだ。
殿様は今も、城の水槽で泳いでいる。
殿様になったクラゲは、動くこともせず寝たきりのままだ。
クラゲの気持ちはわからないが、きっと海から打ち上げられ気分なのだろう。
仙人は、ベニクラゲにこう言ったそうだ。
「ベニクラゲには悪かったが、そちにはこれから人の輪廻に加わってもらうように上にお願いしてきた。
私の所業なので、いつも見守って助けるので許してくれよ」と。
その時ベニクラゲは、殿様の姿で微かに頷いたようだったらしい。
元の状態に戻らない殿様に見切りをつけた家臣らは、家老の采配の下、殿様の息子に後を継がせることにした。
その後、殿様は静かに息を引き取った。
息子は賢明で、不老不死と言う馬鹿馬鹿しい物への予算を削り、民の公共事業に力を入れた。
名君と言われ、後世に名を残す。
医学の向上もその中に入り、開かれた研究がなされることになった。
新しい殿様は、薬師長の実力を評価し大事に扱ってくれた。
殿様は不老不死の詳細を、息子にも殆ど告げていなかったようなので、今回のことは誰も知らないはずである…………………
なにか引っ掛かるが、もう良いか。
どうして薬師長が語っているかと言うと、私は死ななかったのだ。
殿様に切られた時、胸に頑丈な血糊袋を巻いていたので、難を逃れた。
もし頭部なら、駄目だったな。
そして生き延びた私は、家老の家に婿入りして沙絵さんの夫になった。
新しい殿様にも重用され、国の為に新しい薬を作り続け、多くの人の役にたてたと思う。
直系の男児がいないことで、次期家老の任は親戚に渡るらしい。
代々の任が解かれることは申し訳ないことだが、私も沙絵さんも家老も喜んでいるので、良いことにした。
ベニクラゲのことは、殿様の部屋でクラゲを見た誰かが殿様に生態を教えたら困るので、正式名を教えていなかった。
姿を知らずとも、ベニクラゲが不老不死に近い生物と言うことは、一部には知られているからだ。 だから、そう言う物だとばれるのを防ぐ為に。
仙人様はその危険を冒しても、お互いを見詰める時間が必要だと言って、常に(殿様とベニクラゲが)見える位置に据えたのだ。
今、ベニクラゲの中で殿様は何を思うのだろう。
そして殿様の隠密は、息子にいや、今の殿様に遣えている。
「父上はもう少し利口と思いましたが、残念です不老不死に目が眩み、視野が狭まったのですね」と、仄かな笑みを見せて。
そう言って水槽をつつく、新しい殿様。
ベニクラゲは、優雅にフワフワと泳ぎ、とても可愛らしかった。
傍にいる隠密は、前の殿様の時から今の殿様に忠誠を誓い直していた。
いつも権力に左右される隠密は、生き残る為に強い者に従うのだ。 命を預けるのだから、情など無用だ。
「もし、私にも不老不死の計画をきちんと話してくださったなら、神にも近い仙人様に逆らうような真似はさせなかったのに…………」
…………………息子は知っていた。
殿様は息子のことを、何とも思っていなかったことを。
自らが不老不死になれば、きっと自分を殺すことを。
全て知った上で、あり得ないことを呟いたのだ。
『助けてくれ!!!』
声にならぬ声で、この星が消滅するまでこのままの元殿様。
元殿様の輪廻の輪は、すでにベニクラゲのものなのだ。
た、助けて………………………
もう、行く道も帰り道もないのに……………………………
7/25 19時 日間ヒューマンドラマ(完結済)27位でした。
ありがとうございます(*^^*)