【大阪マラソン】全身テープの吉田響、独占インタビュー「マラソン、やばいです!半分以上、記憶にありません でも楽しかった」
満身創痍かな
リングだと称賛だが
マラソンは
必ずしもそうとは限らない
■引用
【大阪マラソン】全身テープの吉田響、独占インタビュー「マラソン、やばいです!半分以上、記憶にありません でも楽しかった」 [muffin★]
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1771755576/
2026/02/22(日) 19:19:36.68 ID:nB45H9Gz9
https://news.yahoo.co.jp/articles/afa0951f704330eb7b94f6681ccb14ff502c69d6
2/22(日) 14:21
第14回大阪マラソン(22日、大阪府庁前スタート、大阪城公園内ゴール=42・195キロ)
大阪マラソンはジブチのイブラヒム・ハッサン(29)が2時間5分20秒の大会新記録で優勝。平林清澄(23)=ロジスティード=が2時間6分14秒で日本人トップの5位だった。初マラソンで日本記録(大迫傑、2時間4分55秒)を目指すと宣言していた吉田響(23)=サンベルクス=は超積極的なレースを展開した。7・8キロでペースメーカーの前に出て先頭に立ち独走。35キロ以降に失速し2時間9分35秒で34位に終わったが、成績以上のインパクトを残した。
日本マラソン史に残る激走だった。吉田響はゴールと同時に倒れ、車いすで医務室に運ばれた。約1時間後、ホテルに戻ると食事を取れるまでに回復。スポーツ報知の独占インタビューに応じ、激闘を笑顔で振り返った。
初マラソンは劇的な展開だった。2時間4分55秒の日本記録、さらにはMGC(28年ロス五輪マラソン日本代表選考会、27年10月3日、名古屋)を待たずに日本代表に内定する2時間3分59秒以内(最速選手1名)のファストパスも見据えたハイペースでレースを進めた。しかし、35キロ以降に失速した。
「マラソン、やばいです! 前半は余裕がありましたけど、25キロくらいから体が硬くなった感じがしました。30キロ過ぎて体がきつくなりました。35キロ過ぎた後は半分以上、記憶にありません。でも楽しかったです」
続きはソースをご覧ください
https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20260222-00000036-mai-000-2-view.jpg
https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20260222-00000079-dal-000-7-view.jpg
https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/t/amd-img/20260222-02221210-sph-000-11-view.jpg
関連スレ
【大阪マラソン】車椅子で救護室へ運ばれた吉田響「会話ができていない状態」田中総監督が涙ぐみながら明かす
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1771732935/
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1771755576/1
【大阪マラソン】車椅子で救護室へ運ばれた吉田響「会話ができていない状態」田中総監督が涙ぐみながら明かす [王子★]
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1771732935/
2026/02/22(日) 13:02:15.84 ID:3gW9g1K39
ゴール後、車椅子で運ばれる吉田響
https://news.yahoo.co.jp/articles/33e479411eea736efc15f2ce57fce40d8894326c/images/000
「大阪マラソン」(22日、大阪府庁前〜大阪城公園)
初マラソンの吉田響は序盤から独走状態となるも、37キロ地点でトップを譲り、MGC出場権内からも脱落。2時間9分34秒(速報値)の34位で、レース後は車椅子で救護室へ運ばれた。
相当なダメージによりレース後の取材対応もキャンセルとなった吉田。面会したサンベルクスの田中総監督は「まったく会話ができていない状態。時間がたってようやく首の動きで意思疎通できるようになった」と明かした。
「医師からは脱水症状と聞いている。前半でスペシャルドリンクを取ることができていなかったのは心配だった。暑さでかなりの脱水症状になっていた」と涙ぐみながら明かした。「やることはまだまだあった。もう一回スタッフ含めて反省しながら。初マラソンで脱水症状になりましたけど、2時間10分斬ったのはいいところ。次回に向けて修正した中でいい記録を出してもらいたい」と語った。
「100枚以上は貼っているかもしれない。神経ですとか筋肉の動きに柔軟性を出すため」とファイテンのパワーテープを全身に貼って臨んだレース。8キロ過ぎからペースメーカの前に出て独走状態となった。だが給水ポイントで相次いでスペシャルドリンクを手にすることができず、大会側が用意したドリンクをがぶ飲みするシーンもあった。37キロ地点で平林らにかわされると、以降は失速。MGC出場権を逃す形となった。
ゴール後には自分で起き上がることができず、スタッフに寝たまま給水してもらうシーンも。その後、車椅子で救護室へ運ばれていた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/33e479411eea736efc15f2ce57fce40d8894326c
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1771732935/1




