05.それって私のせいですか?
しばらく歩いた後、歩き疲れてへとへとになった頃に、男性は足を止めた。
道すがら、なにやらプチプチ積んだり拾ったりしていた彼は、それらを地面に集めて置くと、懐から中身が緑色の小瓶を取り出してそこに投げ入れた。パリンという音と共に瞬く間に赤い火が燃え上がる。男性は、その火の上に自身の手のひらをかざすと、突然小刀で自身の手のひらを切りつけたのだ。
「ちょっと、なにして――」
驚く私をそっちのけで、彼は滴る血を炎に落としながら、短くなにかを唱えると。その焚き火の炎がブワッと一瞬で大きく広がり、やがて鳥居のような形を形成した。
炎でできたがっしりとした柱が空中に浮かび、地面から貫までの間は私の身長の2倍くらいはある。唖然として鳥居を見上げていたら、柱の間の空間に突然人がが現れた。
思わず悲鳴を上げかけて、よく見たらそれは私なのだと気づく。ぽっかりと空いた空間は澄み切っていて、まるでこちらを反射する鏡のようだった。
「手を」
「え、なに?――っ!」
不思議な光景に見入っていたら、いつのまにか側に来ていた男性に右手をとられた。その瞬間、ビリッと身体を電流が駆け抜けて、驚いて一度手を離す。
よくわからないけど静電気が発生したような感覚に戸惑っていると、もう一度こちらに手を差し出して彼は続けた。
「これを潜ればこちらの世界から抜け出せる」
「こちらの、世界?」
言い方に引っ掛かりを覚えて、鳥居の赤い光に照らされた横顔に視線をやる。
「魔界だよ」
魔界? そんなの現実にあるわけがない。それは小説やアニメとかのお話の設定なだけで実際はそんなものないはずだ。だけどそういえば、青い髪の男の人もさっきちらっと魔族だなんだと、そんなことを言っていた。
じゃあ、やっぱり異世界転移したってことなのだろうか? そういうことでもないかぎり、さっきまでの出来事も、今、目の前で実際に起こっている不思議な現象にも説明がつかない。
「そうすれば、奴らも暫く追っては来られない」
「追って来られないって……私、追われてるんですか?」
確かに、何かよくわからない執着をされていたようだけど、まさか追いかけてくるほどとは思っていなくて、ますます意味がわからなくなる。男性は私の疑問に軽く考えるそぶりをしてから口を開いた。
「僕があいつの首を切り落としちゃったからってのはあるかもね……だからまあ、正確には追われてるのは僕とあんたの2人かな」
――いや、お前のせいやないかい!
あまりにも涼しげな顔で言うもんだから、危うくそうツッコミかけたけど、言葉をぐっと呑み込んだ。
この歳になると、怒るのにもいちいちパワーを消費するので、疲れるから無駄に怒りたくない。だけど、皮肉の一つでも言ってやらなければ気が済まない。
何度でも言う。イケメンだからって許されないこともある。
「そりゃ、殺しちゃったんなら追っかけられるのは当然なんじゃないんですかねぇー」
自然に私の手を取り直した男性を睨みつける。すると彼は、そんな私を見返して平然と言った。
「確かに首は切り落としたけど、殺してはいないから」
「……は?」
さっき自分で首切り落としたと言っといて、またこいつは何を言ってるんだ。とそう思ったが、
「あいつら魔族は、あの程度じゃ死なない」
「そ、んなアホなこと……」
呟きながらも、首を切り落としたのに頭が胴体の上にそのまま乗っかってたのはそういうことなのかもしれないと、変に納得する。
「それと、少し口を閉じてた方がいい」
「え?」
「界を渡るから」
男性が、鳥居の先を見据えて言った。そこは変わらず、鏡面のようにこちらを反射している。彼が腕を上げ指先で触れると、まるで水面に雫を一滴落としたような波紋が広がった。そして、腕を引かれるままにそこに一歩踏み込む。ぶつかると思った次の瞬間、ぐらりと上下が反転するような感覚を覚えて奥歯を噛み締める。
――落ちる!!
そう思っておもわず男性にしがみつくと、同時に揺れはおさまった。
周囲を見渡せば、同じ森の中なのにさっきとは何かが違う。
「……鳥居が、ない」
それに気づいて思わず声を上げる。見上げた空には炎でできた鳥居がなくなっていて、ただ、大きな月と星だけが静かに瞬いている。
「あれは、界を繋ぐための簡易的なものだから、門は一度使用した段階で消える」
「そう、なんだ……」
「……界を渡れば魔族とはいえ、そう易々とはこちら側には来られない。地面が不安定だったのも界渡りの時に起こる現象なだけだ」
銀色と黒色の瞳でさっきと同じようなことを改めて説明される。それに対して逐一頷きで返していたら、何とも言えない顔をされた。
「――だから、とりあえず」
「?」
「そろそろ手を離して欲しいんだけど」
「……うわ!? ご、ごめんなさい!」
その言葉に、未だに彼の腕にしがみついていたことに気づき、慌てて距離を取った。
男性は、それを気にした様子もなく手頃な木を見つけて、その木の幹を指差す。
「明るくなるまで少し休もう。薪になるものを拾ってくるから、そこにいて」
その言葉に頷き、言われるままに木の根元へと腰を落ち着けた。本当はなにか敷物を敷きたかったけど、もうそんなこと気にしていられないくらいに疲れていたのだ。
そうしてしばらく待っていると、枝や木を抱えて帰ってきた彼が、器用に火を起こした。
そして、私のそばにくると、懐から何かを取り出すと私に差し出してきた。
薄い紙に包んであるそれを開く。
「あれ? これって」
マフィンだ。テーブルの上に沢山並んでいたお菓子の中にあった。だけど、確かあれは私を襲ってきた男の人が全部落としたはずじゃ……。それに、私を殺そうとしてた人が用意したお菓子だ。それって食べて大丈夫なのだろうか? と、しらばらくそのマフィンを睨んでいると、
「心配しなくても、毒なんて入ってない」
私の考えがわかったのか、男性はそういうと手の中で少し割って、そのかけらを自分の口の中にいれた。
この人の言うことを信じていいのか、まだわからなかったけど、一応、助けてくれたのなら嘘をつく必要はきっとない。それに安全だからとでも言うかのように先に食べて証明もしてくれている。
「私を殺そうとしてたのに、どうしてその人が出した食べ物が大丈夫って分かるんですか?」
3分の1ほど残ったマフィンを受け取りながら言うと、向かい側へと移動した彼は、腰ベルトから剣を鞘ごと引き抜いて、その場に座り込んでから言った。
「殺すことが目的じゃないからね。贄となる花嫁は生きてないと意味がない。子を成す前に殺してしまっては使い物にならないだろ?」
そういえば、そんなことも言っていた。なにせ、血の中から子供をとか、訳のわからない物騒な話しだったから、理解はできなかったけど……。実際どういう風に子供が生まれるのか、少し気にはなったけど、なんだか嫌な予感しかしないので聞くのはやめておいた。