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04.イケメンもきっと魔法でできている。

 もうダメだと、グッと目を閉じた。

 だけどいつまでたっても何も起こらず、うっすらと閉じていた瞼を開けて確認してみる。


「……ひっ!」


 感触からわかってはいたけど、私の首筋にはまだ短剣が当てられている。だけど、目前にいる男性は瞳を見開いたままで瞬きすらしておらず、微動だにしない。もしかして、呼吸すらも止まっているんじゃないかと思うほどだ。


 手首をガッチリと押さえられている状態もそのまま。よくわからないけどこのチャンスを逃す手はない。少しずつ手首をグリグリと左右に回して無理やりに引き抜く。

 なるべく首が刃物に触れないように、頭をそっと横にスライドさせてそのままテーブルの上を滑り落ちるように床に座り込むと、その場を抜け出した。


 部屋の隅に座り込む。

 押さえつけられていた手首が痛い。みっともなく小刻みに震えてしまっている右手を、同じく震えの止まらない左手で包み込んでぎゅっと握った。

 首が少しヒリヒリとする。気をつけて抜け出したつもりが、やはり少し切ってしまったみたいだ。

 ドキドキと脈打つ心臓に、私はまだ、ちゃんと生きていると実感する。

 なぜ男性の動きが止まったのかはわからなかったが、いつ動き出すかわからない以上、早く逃げた方がいいに決まっている。そう思いながら、緊張からか、浅く短くなっていた呼吸を整えようとした。


 その時、しんと静まり返った室内に、ケホっ、と一つ小さな咳が聞こえた。


 心臓が口から飛び出そうになるほど驚いた私は、慌てて男性の方を向いたが、彼は私がさっきまでいた場所でテーブルに刃物を向けたままの姿勢から全く動いていない。

 咳が聞こえたのはその向こう側。

 見ると、男性の後ろにもう一人、別の男性が佇んでいる。


 貴族のような服装を着こなしていた青髪の男性とは違い、黒髪の彼は小ざっぱりとした動きやすそうな黒色の上下の衣類に身を包み、腰の皮ベルトには刀をさげ、外套を羽織っていて、一見した感じでは旅装束というような出で立ちだった。


 今の今まで危険な状態だった私は、突然現れた第三者に固唾を飲んだ。


 彼は、歩きながら片手で素早く腰の剣を引き抜いた。そして動かなくなった男性の前で歩みを止めると剣を両手で握り直し、その首目掛けてなんの躊躇(ためら)いもなく剣を振りきったのだ。


 一連の流れがあまりにも自然で、私はその瞬間を、映画やドラマでも見るような感覚で、ただ呆然と見ていた。

 切り落とされたはずの男性の首は、転がることも、また血が流れることもなく、どうしてだかまだ胴体の上に乗っかっている。

 黒髪の男性は、剣を軽く振るってから腰の鞘に納めると、ソレからは興味を無くしたようにこちらを向いた。


 その時の私の心情を言葉で表すのには、ギクリ。という表現が一番しっくりくる。

 いきなり現れて、なんの迷いもなく首を切り付けるなんて普通ではない。だけど私は、腰が抜けてしまったのか、どうしてもその場から動けなかった。

 そうこうしている間に、男性は私に近づくと、目の前でかがみ込んでこう言った。


「なにやってんの。行くよ」


「え….」


 大層呆れたといった調子で掛けられた声は、少しだけ低く張のある声だった。目の前には手が差し伸べられていて、まるで知り合いのように接してきた男性の顔を見返すと、銀色の瞳と視線が合った。

 その瞳の色は右と左で違っていて、右目は左目と違って私にとって馴染みのある色だ。水平の眉、通った鼻筋、染み一つないつやのある肌。年のころは20代前半くらいに見える。


「残念ながら、今の僕には魔術具の蓄えもないし、力もないから転移の手段がない。ここを抜け出すのにもちょっと手間がかかる」


 きっと私に対して何かしらの説明をしてくれているんだろうけど、正直話してくれている内容についていけない。

 沢山の情報で溢れかえった頭はもうパンク寸前で、立て続けに起こったよくわからない出来事にもいい加減、疲れていたんだと思う。

 ただぼんやりと目の前の中性的な顔を食い入るように見つめて、キレーな目の色だなとか、その顔がもうすでに魔法なんですよ。とか、そんなポンコツなことしか思い浮かばない。


「――だから、そうやっていつまでも(ほう)けてないで、急いでくれると助かるんだけど」


 続けて言った彼は、私の顔を数秒見つめてから、まるで諦めたような大きなため息をついた。そして私の背中と膝裏に腕を差し込み、そのまま横抱きに抱え上げると、動揺する私をそっちのけで足早にベランダへと歩く。


 部屋からベランダへ出ると、空は厚い雲に覆われていて薄暗かった。視界は良好とはいえなかったが、それでも眼下に広大な森が広がっているのが伺える。


(高い)


 マンションの5階くらいはあるだろうか? さっき、うまい具合にベランダに逃げられたのだとしても、この高さだったのなら私はどっちにしろ逃げ道をなくして捕まっていた。


(袋の鼠だったわけか)


 そんな事を思っていた時だ。私を抱えたまま、彼は体勢を低くした。まるで飛び降りる前のようなその体勢に嫌な予感がする。


「え、? ちょ、ちょっとまさか、飛び降り――まっ、う、うわっぁ!!」


 待ってくれと、訴える前に彼はベランダの柵を飛び越えていた。

 抱えられてても否応なく感じる速度と空気の抵抗に、しがみつく何かがあったって、その対象が一緒に落ちてるんじゃ心許ない上に意味がない。


 ――死んだ。これ完全に死んだわ。


 無理だ。どう考えても無事に終わるわけない。

 そう思っていたけど、男性が何か呟くと同時に着地の瞬間、体がふわっと浮いた感覚がした。結果、体に思ったような衝撃はなく、無事に外へと抜け出せた。


「ついてきて」


 私をその場におろすと、こちらの返事を待たず、彼はそう言ってそのままスタスタと森に向かって歩き出す。

 目の前には、上から見た時とは違う、不気味なほど暗い森。後ろを振り返ると、立派な石造の屋敷がそびえ立っている。

 これは、助けられた。ということなのだろうか? よくはわからなかったが、このままここに取り残されるのだけはごめんだ。もちろん、私を殺そうとしてきたさっきの男性がいる屋敷の中に戻ることだってしたくない。


 険しい山道は、アスファルトで舗装なんてされていない。冷たい空気の中、背丈ほどもあるうっそうと茂る草木をよけ、凹凸のある地面に足を取られながらも、目の前の背中をひたすらに追いかけ、突き進んだ。

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