気がついたら暴走族初日だった専業主婦
「あーあ、暇だな〜」夫が仕事に行った月曜日の昼。
また暇な1週間が始まってしまう。
新婚で引っ越してきたこの港町には、親戚家族はもちろん友達すら1人もいない。文字通り“孤独”だった
パートも見つからないけど、とりあえず孤独をどうにかしようと友達を探すことにする
今時はジモティやら、マッチングアプリやらでも友達募集があって、意外にもみんな孤独なんだなぁと少し安心した
色々あるけど、でもやっぱり見知らぬ人に最初から会うのは気が引ける。とりあえずラインのオープンチャットで、近所の主婦友でも見つけようと探していると
「夕暮れのお散歩チーム」
夕暮れのお散歩とは、なんとも優雅だ。なおかつお散歩とはまさしくセレブ主婦たちのグループチャットのようだ
チャットメンバーは105人。散歩で100人超えとは、結構大規模なイベントじゃないか。
夕方の道をかっぽする100人の主婦を想像すると笑える
だが少人数のチームだと性格の合う主婦友もなかなか見つからないだろうし、とりあえずチームに参加してみることにした
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過去のチャットはほとんど見られないが、とりあえず新人は挨拶をする流れらしい。じゃあ送るか
「はじめまして。ななこです。よろしくお願いします!」
「よろしく」
「よろしくです」
10分もしないうちにチャットの管理人の「主」と、メンバーの1人が返事をくれた
久しぶりの人との会話で、オンラインとはいえ嬉しくなる
「初めてでよくわからないので、いろいろ教えてください!」
とりあえず当たり障りのない内容を送る
先ほどの2人とは別のメンバーがスタンプで「いいね」を送ってくれて、そこからはチャットに書き込む人は誰もいなかった
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翌日の火曜日、いつも通り夫に弁当を作って、朝8時過ぎには暇になりスマホを手に取る。
昨日入った「夕暮れのお散歩チーム」のチャットの件数が86を示している。
「…!?!」
昨日私が挨拶した時はあんなに閑散としていたのに、夕方から急にチャットが盛り上がったようだった
そこで私は思い出した、、、そうだ、このチャットは「夕暮れのお散歩チーム」だ。夕暮れからみんな時間があって昨日も集まってお散歩していたのか!
夕方からのお散歩なら、夫が帰ってくる前にサッと行けるし、早速次から行こうと、ウキウキしてくる
チャットを読んでみると
「やっぱ散歩は最高」
「久しぶりすぎてゴムをすり減らしすぎた」
「主さんのお散歩がやっぱり最高でした」
などなど。ほとんどは「主」をたたえる内容
若干ヌシを崇める感じに違和感があるが、それだけ仲良しということか
とくに気にも止めず読み進めると次回のお散歩の予告があった
日付は今日の夜。
なんだかすごい活動的だなぁ。早く友達を見つけたい私はすぐに参加を決める
LINEイベントの参加表に「参加」のボタンを押す
そこにはお散歩のルールが書かれていた。
・服は安全のために全身黒で統一すること
・集合時間に遅れても良いが、途中参加は危険なためなるべく路地裏から参加すること
いまいちルールが理解できなかった。夕方なら明るい服の方が安全だし、夕方の路地裏なんて逆に危険じゃ、、?
よく理解できないルールについては直接確認するとして、とりあえず黒を着ていく準備をした
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集合場所のコンビニの裏手の公園に行くと、なにやら黒い集合がいる
闇に溶け込もうとしている風だか、明らかにそこだけ浮いている。偏見はないが、かなり金髪の人数が多い。しかも黒い上下がめちゃくちゃダボダボしている
、、、なんだこれ、、、?
今時は主婦も個性的になったし、主夫だっている時代だもんなーと、しっくりこないが納得することにした。待ち合わせ場所に間違いはないのでとりあえずすみっこの方に立ってみる。
意外にも気さくに声をかけてくれた金髪の女の子がいた。話を聞くと彼女も新婚で、彼と一緒に参加しているらしい。
男性も参加できるなら今度旦那も連れてこようと脳内で予定を立てる
出発時間が近くなり、どこからともなくゾロゾロと歩き出した。
何の掛け声もないが、皆行き道は知っているようだ。
歩くこと10分
ついた先はだだっ広いバイク倉庫だった。
そこで、やっと私は自分の失態に気づいた。
金髪・全身黒いダボダボ・崇められる主・バイク
「(……暴走族じゃん!!!)」
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見たことない台数のバイクと、意気揚々と歩く黒い人たちが暴走族であるという現実で寒気がした。
が、ここで逃げ出しては私がお散歩と勘違いしたただの専業主婦であることがバレてしまう。脅されでもしたら夫に迷惑がかかってしまう
かなりイカれてると思ったが、ここまで来たら仕方ない。
金髪娘についていく
個人個人バイクを持っているようだが、親切にも後ろに乗せてくれるという。
ありがたいのか、ありがたくないのか。
これから暴走行為に巻き込まれる自分が情けなく、潤む瞳をフルフェイスで隠した
列の真ん中あたりにいるから聞き取れないが、前方では主が何かを叫んでいる
すると耳をつんざくようなマフラーからの排気音が一気に鳴り響いた
暴走族は「はい」の代わりにマフラーを吹かすらしい。
先頭集団が爆音と共に走り出した。
第二集団に続き、私が乗る第三集団のバイクも後を走る
爆音で耳が痛いが、こんな騒音を出している恥ずかしさと申し訳なさで胸の方が痛かった
清々しい顔で走る彼らは、思った以上に若く見えた
私はといえば振り落とされないように鬼の形相で捕まっているだけである。楽しみなど微塵も感じない
早く終われと祈るばかりだったが、暴走が始まって20分ほど経ったときにパトカーのサイレンが聞こえてきて背筋が凍る
どんどん近づいてくるサイレン。
もうだめだ。前科者の専業主婦になってしまう。
主婦のお友達と散歩しようとして、間違えて暴走族のバイクに乗っちゃったなんて、どう考えても苦しい言い訳だ
私の焦りとは裏腹に、サイレンの音を聞いてもバイクの列は乱れることなく、爆音を撒き散らしながら直進する
すると突然、交差点に差し掛かったとき第一集団が右折した。
続く第二集団は左折、第三集団は右折と、交互に道を外れていった。
細い道に入るとまた集団の先頭から右折・左折を交互に繰り返し離散していく。気がつくとパトカーのサイレンは聞こえなくなっていた
違法な暴走族とはいえ、完全に警察を攻略した戦略勝ちと言わざるを得まい
金髪娘はバイクを歩道に寄せ、私はなんとかバイクを降りる
「ねぇ、あんた本当は暴走族じゃないでしょ。まあいいけど。今度は間違えても参加しないようにね〜」
金髪娘はそういうと、爆音を止めて颯爽と走り去っていった。
バイクを降りた場所は町の外れだった。
このあり得ない話を夫は信じてくれるだろうか。
いや、こんな話はしない方がいいか。
信じられないような体験にドキドキしながら、夕暮れの家路をいそいだ