第二話
遺跡前。ひび割れの目立つ石造りの入り口の前で、黄褐色の鉄で出来た体の奥深くに内蔵された魔法石のコアを動力源とする自立機械、ゴーレムが二体、石像のように微動だにせず、遺跡の入り口を固めている。
静かな代わり映えのしない景色を眺めていた無機質な青い瞳が、何かの気配を察知したように遠くの茂みを注視する。青い光が二回茂みの何かで瞬いたのだ。
招かれざる客にして命知らずの曲者、排除すべき侵入者だ!と、ゴーレムどもが認識したのと、茂みで瞬いた光の正体、蒼い水晶の矢が二体の胸を貫いたのは、ほとんど同時だった。奥でコアが割れ、発光する目が虚ろになる。
活動停止。ガラクタの塊と化した二体の鉄の人形はどうと地面に倒れ伏して、耳障りな金属音を立てた。
茂みが揺れ、冒険者たちが現れる。
「お見事」と、長らく止めていた息を吐き、構えていた次なる矢を持つ手を緩めたルーファスを讃えたのは、彼が矢を外した場合に備えて杖を構えていたフィリだ。「相変わらずやるわね。どうやってやってるのか想像もつかないくらいだわ」
「赤ん坊の頃から弓を習ってたからね。体の一部みたいなものさ。あれくらいわけないよ」とルーファスは真剣な顔を崩さず言って、弓を背負うと、翼を広げた。「他に敵がいないか、ちょっと見てくる。開けた場所にはまだ出るな」
「ポカをしたからか、いつもより張り切ってるな」と、ジャックが折り畳んだままの長い鎌をくるりくるりと回して弄んだ。前衛である彼は、大した遠距離攻撃手段を持たないので今は手持ち無沙汰だ。
「張り切りすぎるのも問題ですよ。探索を終えないうちに、ヘトヘトになってしまったら大変です」リンは小鳥のような睫毛を伏せて囁いた。「心配です」
ジャックは彼女の母親のような物言いに苦笑いした。「あいつだって一人前の冒険者なんだから、ペース配分を間違えるようなヘマはしねえよ」
ぐるりと周囲を素早く一回りして、ルーファスが戻ってきた。「うん、出てきていいよ。他に潜んでるヤツも、増援の気配もない。特に中で動いてる音も聞こえなかったから、待ち伏せされる心配もしなくていいと思う」それから彼は不安そうに、「もちろん、僕がまだボケっとしてて何か見逃してる可能性もあるけどさ」
「今日はもうヘマはしないって言ったのはあなたでしょ」フィリがあくびを噛み殺しながら言った。「なら大丈夫よ」
中へ入ってみると、遺跡はその大部分を自然の洞窟を流用した入り組んだものであることが分かった。きちんと区画分けされた普通の遺跡と違って、こういった遺跡は足場が悪く、規則性の無い構造のせいでマッピングの難度も上がり迷いやすい。
「ちょっと待って」底の見えない深い縦穴に面した回廊に差し掛かった時、ルーファスが裂け目と足場を隔てる碧く錆びついた柵に止まって言った。すらすらと広げた地図に鉛筆で新たに集めた情報を書き加えると、彼は続けた。「遺跡の作りを見るに、この通路をまっすぐ進んだ先がこの遺跡の中心部のはずだ。中心部は大抵警備が一番厳重だから、ゴーレムがまだ残っているとして、手強いやつがいるとしたらここだ。余力があるうちに叩くべきだと僕は思うけど、みんなの意見は?」
反対の声は上がらなかった。
「決まりだな」言って、ジャックは長く放置されていてもなお生き残っている魔力灯の淡い光の輪が連なる深い眠りのように暗い回廊の先を見据えた。
冷たく乾いた埃っぽい風が吹き抜けて、石の巨人が吹く下手な口笛のような音が不安を掻き立てるように虚ろに響き渡る。冒険の舞台と呼ぶにはここはあまりにも破滅の香りが強く漂う場所だった。
歩くたびに埃が舞い上がり、足音を飲み込む。息遣いには緊張が孕み、武具の擦れる音が嫌に大きく感じて、遺跡が息を殺して聞き耳を立てているかのようだった。
当然、歩き始めてから一分と経たないうちに遠くから近づいてくるがさつな足音を、冒険者たちは聞き逃さなかった。
「人じゃない」と、探検隊の中で一番優れた聴力の持ち主であるルーファスが真っ先に言った。「ゴーレムだ。少なくとも三体、真っ直ぐこっちに向かってきてる。僕たちに間違いなく気づいてる」
「近づかれる前に数を減らせるか?」ジャックが大鎌を振り、仕舞い込まれていた刃が鋭い金属音と共に開いた。淡い光の下で、戦いに飢えた刃が鈍い輝きを放つ。
すぐには答えず、ルーファスはじっと薄闇の先を睨みながら、地図と鉛筆を手早く丸めて鞄に仕舞い込んだ。肩にかけていた弓を手に持ち、弦を軽く引いて調子を確かめる。「全部で五体。やってみるけど、せいぜいやれて一体だ。それを頭に入れた上で戦いに備えてくれ」
ルーファスは飛び上がり音も無くゴーレム達へと接近した。予想通り、数は五体。元々性能が低かったのかそれとも長年の稼働で劣化したか、動きは統制されておらず、どたどたと錆びついた体を子供のように揺らして駆けている。
彼は鉤爪に抱えた数本の矢を同じく鉤爪で抱えた弓で引き、素早く狙いを定めて放った。滑空しながら、それも手ではなく足を使っての射撃は精度が落ちるが、そのような悪条件の中でも彼は並の射手を上回る腕前の持ち主だった。
続け様に放たれた三本の蒼水晶の矢は闇の中で流れ星のように風を切る。三本のうちの二本は先頭を走っていた個体の胸に突き刺さり、一本目は僅かに急所から逸れるも二本目がその目的を果たした。
突如として動きを止めて倒れ伏した先頭に後続の動きが鈍り、その一瞬の隙を抜け目なく突いた三本目の矢が事態を把握する前に真後ろにいた機械の出来た紛い物の心臓を砕いた。
これで二体。矢はまだ矢筒に残っているが、それを使うには一度立ち止まって手で抜き去らなければならない。ルーファスは急旋回した。僅かでも加減を間違えれば硬い岩壁に激突しかねない飛行を苦もなくこなし、旋風の如く仲間の元へと舞い戻る。
「二体仕留めた。思ってた以上に動きは鈍い」ルーファスは手短に言った。「やろうと思えば今からでももう一回行って来れるけど、どうする?」
「いや、矢を温存したい。俺がやる。お前は裏を警戒しろ」ジャックは後ろに控えているリンとフィリに振り返って言った。「明かりを。それと、念のため防護魔法もかけてくれ。あいつらの攻撃は大したことないだろうが、万が一ここから突き落とされたら助からない」
「はい」
「了解」
リンはくるりと指を宙に魔法の光の円を描き、それを崩して燐光を各所にばら撒いた。暗闇の海にポツンと浮かぶ孤島のように、探検隊の周囲が鮮明ながらも目を眩ませることのない暖かな光が満ちる。
フィリは杖を掲げ、複雑な呪文を澱みなく滑らかに詠唱し始めた。魔法陣が彼女の足元に展開され、風を巻き起こし彼女の衣服と髪を揺らす。最後に彼女がその中心に杖を振り下ろすと、魔法陣が一層の輝きを放ったのちに消滅し、探索者たちの頭上から光が降り注いでその体を薄い霧のような魔術の鎧で包み込んだ。
これで戦いの準備は整った。ジャックは鎌を引きずるようにして突進し、同胞の屍を踏み越え闇から姿を現した三体のゴーレムに迫った。がりがりと大鎌が地面を削る。
既に倒れた同胞に変わって新たに先頭を走っていたゴーレムが、数秒と経たぬうちに接敵することを察し、不恰好ながらも躊躇のない動きで硬い鉄の拳を振り上げた。その足取りはぎこちないが、中々どうして攻撃の動作は速かった。
振り上げられた拳が彼の頭蓋を叩き割ろうとするのを、ジャックは横に体に傾けて回避する。鉄拳を叩きつけられた床に亀裂が走り、石片が舞った。
恐ろしい威力だが、一撃が重い分、外した時の隙も致命的だ。
ジャックは回避で生じた勢いを強引に足で殺し、そのままバネのように反転して隙を晒した敵を大鎌で一閃、斜め下からゴーレムをバターの如く切り裂いた。
このまま続け様に、というのが理想だったが、たった今しがた出来た障害物のせいで通路は大鎌を振り回すにはいささか狭くなってしまっていた。
大鎌を後ろに投げ捨て、彼は倒れたゴーレムを踏み台に高く飛んだ。手の平から仕込み刀を生やし、落下の勢いを載せて後ろのゴーレムの胸部に突き刺した。確かな手応え。これで二体。
ジャックは倒したゴーレムの体に足を押し当てて剣を引き抜き、緩慢に最後に残った一体に向かって振り返った。仲間が次々と倒され、とうとう孤立無援となった状況下にあっても、その無機質な瞳に動揺の色は無い。拳を振り上げ、彼に襲い掛かってくる。
ツギハギ狼の剣士はそれを難なく避け、側面に立って時代遅れの遺物をマスクの下にある歯車で構成された目で眺めた。一番後ろを走っていたということは、一番のノロマで劣化しているということ。もう一度攻撃が来る前に、茶をする時間すらあるのではなかろうか。
拳は地面についたまま、魂宿るからくり人形と魂宿らぬからくり人形の目が合ったとき、ジャックは蹴りを叩き込んだ。ゴーレムは大きく仰け反り、柵の方へと倒れる。錆びつき脆くなっていた柵はあっさりと壊れ、ゴーレムは闇の中へと落ちていった。
数秒経った後に、奈落の底から銅鑼を叩いたような大音声が鳴り響いた時、ジャックは仲間たちの方へと振り返って言った。「な? 言ったろ、落ちたら助からないって」
フィリは肩に杖を担いだ。「聞いてない」
リンが疑問げな顔で壊れた機械の胸に降り立って、その虚ろな瞳を覗き込んだ。「それにしても気になりますね。ゴーレムの数がこの規模の規模にしては多すぎます。もしかしたら、居住や研究目的で作られた遺跡じゃないのかもしれません」
「きな臭くなってきたな」ジャックは飛び出した仕込み刃を踵に押し当てて仕舞い込み、大鎌を拾い上げながら言った。「ちょっとしたお使い程度の依頼だと思ってたんだが、そうでもなさそうだ。一旦引き返すのもアリかもな」
「どうかな」ルーファスが飛んできて、考え込みながら言った。「僕たちは派手に暴れすぎた。今の戦闘で、もしかしたら僕たちの見えないところで眠っていたヤツらが起動したかもしれない。たとえ見たり聞いたりしてなくても、ゴーレムは異常を感知することがある。ここで帰ったら、外に出ていって近くの村を襲ったりする可能性がある」そう述べるルーファスの目は、たとえ他の誰もが去ったとしても自分一人は残るつもりだと如実に語っていた。「それだけは絶対に避けなきゃダメだ」
「入り口を魔法で爆破して出られないようにするってのは?」
「私たちの知らない裏口があるかもしれないわ」フィリがため息を吐いた。「つまるところ、やるっきゃないってことね。ここで逃げ帰って万が一死人が出たら、依頼失敗で報酬無しどころの騒ぎじゃなくなるわよ」
「なら、進むべき道は一つ、か。鬼が出るか蛇が出るか……」ジャックは獰猛な笑みを浮かべた。「見ものだな」




