7・新婚夫婦はその後善良に過ごしたので公務員に詐欺られる事はありませんでした
ミニスカサンタ筋肉堕天使の紫水晶は、紫の縦ロールの髪を指先でいじりながら、暇なあまり網タイツの足を乗せている木箱のタケル神殿を縁で立てて揺らしていた。
「暇ぁ」
「じゃあ仕事手伝えよ」
裏地がエメラルドグリーンな黒軍服と黒マントを身につけた緑柱石が持ってきたファイルを、紫水晶が肘をついている折り畳み式簡易机の上に置く。
「それは面倒なんだけど」
「じゃあ受付を代われ。このリストの人が来たら血玉髄ブラッドストーンの部屋へ案内するから」
緑柱石が口にした意味は死刑執行へご案内。
「へえ」
ファイルをパラパラ開いた紫水晶は、緑柱石と色と髪型と着ているモノ以外そっくりな顔を嘲笑に歪める。
「緑柱石ぃ、コレとコレ頂戴。結果が同じなら血玉髄じゃなくてもいいよね?」
「タケル姫の指示に従うなら早い者勝ちですよ」
偽善と爽やかさと優しげにコーティングされた、悪魔よりも残酷な微笑みを浮かべて返事した緑柱石の後頭部に両手を回した紫水晶は、キスまで数ミリの距離まで緑柱石の頭を引き寄せる。
「紫水晶は、暗殺と毒殺が得意なんだよ緑柱石」
「知ってる」
死刑ダービー券を片手に持っていた人々の一部は、突然始まったキスシーンモドキに固まった。
無論、かなり小さな囁きでの会話や、唇が接触していない事など気がつくわけがない。
「紫水晶、代わる?」
「いや、継続するよ。暇だし」
紫水晶は、ファイルを机の天板に接着している荷物入れにファイルを押し込むと、緑柱石に可愛らしい笑顔で小さく手を振る。
「あの二人って…」
「受付さんって女性なの?
オカマなの?」
「アタイと結婚予定の高収入高身長イケメンに恋人がなんでいるのよ!
こっちは80年も処女を守っているのに!」
そんな死刑ダービー券を握りしめている一般人を、竹の子御膳弁当を両手で持った三毛猫の着ぐるみを着た三毛猫ムサシは見上げた。
手の平サイズのチマチマした使い魔に擬態し、取材班を引き連れた悪魔の三毛猫ムサシは、「うんしょ。うんしょ。とってもおもたいのでしよ」と運んでいた筈の弁当20個を床に置くと、ササッと紫水晶が使っている机とパイプ椅子と同じ製品を空間から出して屋台を設置する。
取材班のカメラ担当の白猫着ぐるみがササッと紫水晶が足を乗せていたタケル神殿を運んできて、机から広げて垂らした紅白幕の影でタケル神殿の中へ竹の子御膳弁当を押し込む。
三毛猫ムサシが「うんしょ。うんしょ。文字が難しいのでしぃ」とできるだけ下手くそに机の上に立って、とててとモップかけするように筆ペンで文字を書いている。
その机の下で、取材班のフクロウやミサゴやライオンや白猫などの着ぐるみ偽装使い魔達が、銅貨一枚均一業務用スーパーの時間停止食品を取り出し、竹の子御膳弁当と同じ製品の弁当に手早く詰めて、マイクロウェーブ波魔法で温めて蓋をする。
先ほどまで生放送で放映されていたホーク卿手作り弁当と同じ見た目の格安素材弁当20個が、机の下に詰み上がっていた。
婚姻届を提出しようと省庁庁舎を訪れたカップルの手を借りて三毛猫ムサシは出店を完成させた。
紅白幕から出て来た着ぐるみ使い魔達の元気な感謝の声に、「あんな子供が生まれたらいいね」とお腹を撫でる新婦とその彼女の肩を抱いて気遣う新郎は、笑顔で手を振って去って行った。
あの新婚夫婦の今後が不安だと、紫水晶と三毛猫ムサシに呼び出された血玉髄は生ぬるい笑顔で小さくなっていく夫妻の背中を見送る。
「で、コレをどうするんです?」
血玉髄が、穏やかそうな表情を崩さぬまま、かつての同僚のみに見えるように、黒い制服の中の袖口を折り返して仕込んでいた白い粉が入った小さなビニール袋を手の平に隠しながらさりげなく見せる。
「弁当に仕込んで、殺す」
三毛猫ムサシは、かわいい使い魔ぶっている時の高く幼い声とは違う年老いたダミ声で囁いた。
「なるほど。
あまり厚生省を動かさないでくださいね。コレを融通したとバレたら面倒くさいので」
「こっちも裏ルートを当たるのがめんどくさい」
「普通に薬局やドラッグストアーへ行ってホウ酸を買ってください。
ゴキブリ退治程度で労働者の仕事を取り上げるような事をすると、本当にめんどくさいんですよ」
「裏ルート開拓は輸送業のロマンだがめんどくさいんだ。同程度のスリルを提供しろよ血玉髄」
「仔猫鷹隊は娯楽のついでに任務を遂行しすぎですよ。ウチの若が見習ったら、殿とミラ姫様の不祥事をそちらに擦り付けますね」
それは嫌だと猫や猛禽類の着ぐるみを着た仔猫鷹隊の使い魔である悪魔達は、本気で号泣した。
あの二人の、日々莫大な借金を増やしまくっている家屋破壊魔の身代わりにされたらたまったものではない!