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6。こっそり「今日の公務員ごはん」

 小首を傾げるリィを無視した大神殿の沙羅は、胸ポケットから手帳を取り出すと、早退届のページを記入してミシン目に沿って切り離し、リィに差し出す。


「体調不良につき早退するであります」




「沙羅?」




「許可が出せないのでありましたら、明日届く荷物の代金引き換え及び着払い金の立て替えを辞退するであります」




「え…あっ……。


 はい、大切な沙羅の為ですから出しますし、看病もいたしますよ」




「看病は心底いらないのであります。頼むならホーク卿かワシントン卿にお願いするであります」




 沙羅は魔力式万年筆からカートリッジを取り出し、カートリッジを摘まむように絞ってタケルの黒い魔力をリィの親指に垂らすと、早退届の印鑑枠に拇印を押し付けて強引に早退届の魔法を発動させた。




「では、あと五分で退出するであります。


 お先に失礼するであります」




「あ、はい。


 ではなくて!


 考え直しなさい!


 私の寝台で休めばいいじゃないですか!


 完全回復するまで泊まっていきなさい。やさしく、やさしく大人にしてあげまs…」




 ギンッと何か金属音がしたとリィは思った時には遅かった。




「ならぬ」




 リィの首に二本の日本刀が交差するように触れており、リィの背中からした声は、付き合っている男その者の澄みきったハスキーヴォイスだと簡単に特定できた。




「拙者が沙羅に与えた早退届は絶対である。


 物理だろうが魔法だろうが、形式上正しく記載されたならば、森羅万象あらゆる法則を断ち切り秩序と破壊を司る神の御名において成就するものなり。


 未練がましくサービス残業をさせるなど言語道断。残業させる前に正規給与を払い、借りパクしている小包料金を全て払うべきぞ」




「タケル首相、急いで定時に発動するように戸締りしてくるであります」




「沙羅将軍、気をつけて作業するんだぞ。リィは拙者が足止めをしておく」




「タケル首相助かります」




 立ち去る沙羅に背後から正面のリィの喉元に刀を触れさせるタケル。




「タケルくん。あのですね。


 私が愛しているのはタケルくんだけですよ」




「何を言っておる。


 今の問題は就労規則だ。賃金踏み倒すなど雇用主として問題がある。


 拙者が国を運営するしかないのだから、その件で拙者が動くのは当然だぞ。


 それに不満があるなら、リィも国政に参加しろ。だいたい能力が無い零姫は別として、神がプハラ国の運営をめんどくさがってしないから、拙者の腹心が行っている状態だろうが。


 まあインフラ用魔力供給の半分と兄者の苦情担当してくれている点では、リィに助けられている。


 そこは感謝している」




 感謝はしているが、リィの違法行為は娯楽を兼ねて全力で取り締まる所存のタケルである。




「タケル首相戸締り完了したであります。


 これからそちらにお邪魔しても大丈夫でありますか?」




「零とミラが遊び来ているし、兄上が地獄内に潜んでいるが大丈夫か?」




 タケルの腕の中にいるリィとタケルを前にして立つ沙羅は一瞬固まった。




「この時期のそれは大丈夫とは言えないのであります」




 沙羅は頭痛が痛いような無表情で、リィの背後のタケルを見上げる。ザンバラな髪の毛先の一部に蛍光ピンクの生クリームとカラフルなチョコレート粉末が付着している上に、着物のタモトにも同じクリームとチョコレートが付着している事に気がついた。




「まあ、なるようにしかならぬ」




 タケルは両腕と胸部をそのまま空間に固定したまま、地獄へと歩きだす。




「え?」




 肩から上と腹部から下のタケルが下駄を鳴らして歩く後を沙羅が追う。




 リィの喉には日本刀が二本突き付けられたままである。




「タケルくん!


 私をどうするつもりですか!?」




「あっ……リィの事はどうでもよくなっていた。


 すまん。今すぐ首を切断する。許せ」




「ちょっと!


 その判断はなんなn……」




 リィの体から首が大理石の床に落ちた。




「父上……」


「ほっといても夕方には元気にリィが喚くはずだ。


 その前に兄者が見つけたら治すだろうし」


「それ、明日めちゃくちゃリィ教皇がウルサイ案件であります!


 姉上がここに遊びに来たら自分が滅びるのであります!」


「零姫は頑張ってリィのお小言や愚痴を聞ける時間は十分間だからな。


 リィは沙羅の表情が読めぬくせに零の表情を読むから、零がイライラして魔法で菓子を作ろうとするな確実に」




 零が使える魔法は、物質をお菓子に変化させる事だけであるが、無限の魔力とプハラ最速と思われる魔法の立ち上げをする。しかし魔力の扱いが壊滅的に下手な為に、感情を揺らして魔法を使うと大惨事となる。


 せめてお菓子にしたモノをワシントン卿が駆けつけるまで食べずに保護しておければいいのであるが、零は躾をされた犬ではないので、待てをする気が全くなく、さっさと食べてしまう。




 沙羅とタケルの脳裏に、リィにキツイ事を言われて感情に任せてめいいっぱいの魔力を放つ零の姿が浮かんで消えた。




 リィが装備している数千以上ある防御系アミュレットが粉砕し、それらの宝石達がお菓子になるまでの時間を演算する沙羅。


 惑星全域を三分以内で零の魔力で包み、それらが全て菓子になるまでに計五分もかからないから、どこに移住しようか。やはり温泉かけ長し浴場も必要だなと前向きに移住を計画するタケル。




 死刑を求刑されている囚人が絶叫をあげて虫歯の痛みにのたうちまわっている悲鳴が微かに聞こえた気がするが、タケルと沙羅は気のせいだと片付けて、生まれたばかりのマンドラゴラ大根と海賊マンドラゴラ大根が手をつないで走って行く廊下を地獄へと歩く。






 後に虫歯で死刑囚が亡くなる様子とその唾液からマンドラゴラ大根が生まれる様子を目撃していた看守は、『今日の公務員ごはん』で語る。


 若いマンドラゴラ大根が海賊マンドラゴラ大根をおろし金でショリショリおろしている様子が映される。


「これほど酷ったらしい死にざまはないと思う。


 殿がねっとり濃厚な全回復キスをする度に、あの死刑囚は、凶悪に進化した上に大量増殖した虫歯菌による激痛で苦しみ痙攣して心停止するのですが、殿が蘇生キスもするので蘇生するのです。


 それも何度も。


 蘇生する度に歯痛がかなり増しているようでした。


 とってもおでんとビールが美味しく感じます。あ、タラバガニと干しアワビ入りバニラ餅巾着食べますか?


 これ金額のわりにマズくて、罰ゲームや闇鍋にオススメなんですよ!」


 そう語る看守は、大根などのクリーチャー野菜や得体のしれない凶悪生物が牙をガチガチ鳴らして、インタビューするアナウンサー自身を食べ散らかそうとする鍋と出来たて海賊マンドラゴラ大根おろしをアナウンサーへと勧めたのだった。






「姉上の魔法を回避できる気がしないであります」


 地獄へと歩く沙羅の演算結果は逃亡がムリと出ただけだった。


 演算する前からわかっていたけど。




「まあそうだな。説教中に零姫に菓子を与えるとリィの説教がますます長くなるしな。まあ5時間程度の説教なら、リィの顔を鑑賞するには適切な時間だしな。目を開けて寝ていれば問題ないし。


 実際。兄者の求愛ダンスを2時間盛り上げる方が飽きて大変だぞ」


 若いマンドラゴラ大根がタケルの背後で刺身とキスを繰り返す。


「父上なんという災厄をもたらしたのでありますか!」



 二時間も激しくアララギ王がブーメランパンツの腰をフリフリすると、摩擦でブーメランパンツが発火しモザイク処理が必要な事になる。


 そんなおぞましい厚化粧マチョ全裸巨人天使が、全裸になった解放感でプハラ国中を走り回り、通勤時のミラのように建物に突撃し破壊しまくるのだ。


 海賊マンドラゴラ大根が刺身に殴りかかり乱闘をし始めたが、若いマンドラゴラ大根が海賊マンドラゴラ大根を大根足で絞め殺してしまった。



「仕方ないであろう。


 ホーク卿が不在中に兄者がワシントン卿をロックオンしたのだから。


 せめてホーク卿が同席していれば、ワシントン卿が兄者の獲物になるのを静観できたのだが、不在ではな。


 身内の誰も喜ばん上に、ワシントン卿が恐慌状態で生死不明の絶対安静状態になるのでな。とりあえず盛り上げてから油断した兄者をミンチにしたから、実害はあまり無かったぞ」




「実害は、うぞうぞと合体復活するアララギ伯父が気持ち悪いくらいでありますか?」




「いいや、零姫の親指サイズの兄者の集団がワシントン卿の周りで求愛ダンスカーニバルを開催したので、備蓄分の核分裂ミサイル全てを使いきったのと、ウチの畳一枚焼いた程度だな」




 核弾頭ミサイル一万発の絨毯爆撃が収まる畳といえば、自宅であるタケル城の木造平屋建て3LDKのワシントン卿が管理する時空が歪んだ6畳間。あの隣国がすっぽり入る客間の畳かと沙羅は納得する。




 そして、零のおやつが少なく済んだ日があったかと沙羅は思い返したが、全く心当たりが無いどころか、魔力枯渇ぎみのシンに「零のおやつ消費量がいつもより多いんだけど」とクレームを受けた日ならあったと思い返した。




「父上。ウチの畳って消化促進能力とか付加されているでありますか?」




「そんな事はしないし、不可能だぞ。


 だいたい零姫の1日分おやつ価格は、全て十本入り一袋のデリシャスバー…たしか銅貨一枚だったな。までケチったとしても、沙羅姫本来の政府から給付される年俸で賄える筈がないのは、わかるであろうが。


 拙者がそんな残酷な事を許すとでも思うか?」




「父上の愛人の紫水晶(アメジスト)殿と緑柱石(エメラルド)殿。それとセフレのリィ教皇からのおねだりがあった場合は?」




「せぬぞ。


 それらにワシントン卿百羽追加してリィと同じ顔した者を103人のハーレムを形成した上で、我が家の畳に便利機能と迎撃機能以外を付加したいと乞われても、面倒くさいが先にあるから拙者は許可する気にならぬな」




「めちゃくちゃ嫌な空間であります」


 たった今マンドラゴラ大根殺害事件が起こったのですけれど。


 リィ教皇1人がプライベート空間にいるだけで、沙羅の安心できる空間が動く死体に汚されるようで生理的にムリなのに、ミニスカサンタなわがまま筋縦ロール肉受付堕天使と、腹黒ドS角刈り筋肉堕天使警察官。それにタケルの公式ストーカー百人。それら全員が沙羅の意見など聞くわけがない!




 その上全員が身長2メートルでほぼ同じ顔立ち。




 なんか生理的におぞましいという警告を感じた沙羅は、意図的に空想能力をシャットダウンさせて、心の安寧をはかる。




「そうか?


 ワシントン卿がそれらの者を拙者並みの画力描いてくれるのなら、零姫と沙羅姫のおねだりの次に願いを叶えても良いとは思うぞ」




 ダメだこの父親! 私欲のためなら倫理や道徳や思いやりなんかぶん投げる姿勢にブレがない!




 しかし国宝画家でもあるワシントン卿がタケル以外の者を描く時のハイパー手抜きに救われている。




 タケル以外の者を描く時は手間をかけても棒人間だが、タケルを描く技術は最高に演出された舞台上で演技する絶世の美を誇る名優を切り取ったとしか思えぬほどの技量で、絵の中で美しく描かれたタケルが動き回るのだ。




「父上がなんとなく信用できないのであります」




「そうか。それは仕方ないな。


 沙羅姫も望みがあるなら遠慮なく言うが良いぞ。


 搾取子や国民から笑われる者であると言う望みを叶えるだけでは、拙者と零姫の愛情上不満ではあるからな」




「ありがたき幸せであります」




 沙羅はそう言うが、拒否を全面に出した無表情と腹の中は『絶体に嫌』であった。


 タケルと零が張り切って、沙羅の願いに近づいた試しが全くないのだから。




「うぬ。苦しゅうないぞ」




 嫌がる沙羅姫も愛しいと獲物を照準に合わせた殺し屋な顔した上機嫌な生クリームとチョコレートスプレー付きタケルの隣で、沙羅は先週消化したはずの生卵が消化不良になったような胃の重みを感じていた。




 いつものミラとアララギの暴走。


 スタンピード。


 アララギ包囲網。


 タケル首相のアララギ王討伐。


 零の魔力の暴走。




 コネと七光りでもあるが、総理大臣より上位の教皇軍所属剣聖将軍としての責任が沙羅に心理的体調不良をもたらす。


 許されるものならこんな仕事辞めて、滑り亭ツルリン師匠のカバン持ちに転職したり、落語聞き放題職や、お犬様の飼い主という名の奴隷職や、押すなよ押すなよ絶対に押すなよ芸の熱湯風呂管理職に転職したい。


 給与要らない。むしろこちらの不労取得から将軍階級の給与を雇い主の師匠に毎月贈与してもいいとうつむく沙羅の隣でタケルは上機嫌なあまり、顔に力を入れて悪鬼というより殺戮の魔王顔になっていた。




 不老不死な上に、プハラに降臨する神々の中で唯一の医療担当神でもあるタケルには、沙羅の苦しさが全く理解できていないし、沙羅が望まぬのなら沙羅の意に添おうと、なにもしない。




 鍋から逃げ出したサシミに背中に『刺身のツマ』と彫刻されているマンドラゴラ大根を頭で見切れさせたタケルは、沙羅の無表情の変化が見れたと全力で視力調整しつつ浮かれるのだった。

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