4・国営放送に偉い人を中継番組がありましてね
家族でのクリスマス会があるのに、既婚を隠して交際している不倫相手にクリスマス旅行をねだられている警察官。出所したばかりの連続放火魔@出所10回目に頭を悩ませる消防士。市民からの暴力や暴言やいつ結婚するんだと見かける度に恐喝されて人間恐怖症で離職願いを提出したがっていた教職員が、爽やかな笑顔で誰を抹殺したら幸せになれるか会議を自動販売機コーナーでしている頃。
喫煙コーナーで出来立てベーコンブロックと焼豚の箱詰めをもらってしまい途方に暮れる零とは別に、沙羅は外からは全く見えなくなってしまった大神殿の中で、細かい彫刻がめんどくさい壁をよじ登り雑巾がけをして筋肉を鍛えていた。
「ああ、どうしたら良いのでしょう」
心の中に御犬様を行進させて、いつか御犬様を抱っこして顔を舐められたいと、ゆるみきった無表情で現実逃避しながらボルダリング拭き掃除をしていた沙羅は、嫌なアンデッドが演技過多で近づいてきていると不愉快な無表情を浮かべると義手一本だけを支えにしゃちほこになる。
雑巾を持つ左手一本で水平に身体を支えて両足を背面に上げたのなら、筋トレになったかもしれないが、どんな性能があるかわかったものではない仕込み神剣の義手な右手なので、筋肉にかかる負荷をオートモードで破壊しまくるせいで、全く筋トレになっていなかった。
「ああ! 困りました!」
劇団ナルシストが沙羅の下に立って大声を張り上げる。
沙羅は彫刻を膝で挟んで雑巾がけをしながら、高速移動する。
無駄にキラキラした沙羅の長い黒髪が、重力に反して腰まで伸びていることと、壁を雑巾がけしながら匍匐前進する姿は、殺虫剤や丸めた新聞紙で攻撃したくなるほど恐ろしいはずなのに、リィ教皇はオペラ発声で叫びながら沙羅を追いかける。
「スタンピードです!
スタンピードが起こるのですよ!」
全力で壁を伝ってフキフキ逃げる黒い沙羅を追いかける歌劇吸血鬼教皇。
「いいですか沙羅!
美しい処女である貴女を私は守らなければならないのです!」
おぞましい若作りジジイから逃げたくて、沙羅は号泣寸前な無表情でリィ教皇の気配を察しようとしたが、そこには、体温も生き物が放つ呼吸もない動く死体があるだけでしかなく。気持ち悪さが限度を越してしてしまっただけだった。
「さあ沙羅!
私の胸へ飛び込んで来るのです!
処女である貴女のAカップ未満の慎ましい胸を私がJカップになるように撫でてあげますよ!」
わきわき動かす宝石を装着しまくっているリィ教皇の両手が気持ち悪すぎると、沙羅は振り向いてリィを見つめる。
処女を強調する気持ち悪さは我慢できても、死体は生理的にムリでしかない沙羅は、静かに父親のタケルに対して怒りも覚える。
父親に愛人が複数いるのは興味がないが、この気持ち悪い死体をセフレにしたんだったら、この死体が沙羅に向ける食欲と性欲を破壊するのも義務のはずだと無表情でリィ教皇を沙羅は睨み付けた。
しかし、沙羅が怒りに燃えて睨んだつもりでも、いつもと同じ美しいマネキンにしか見えない無表情なので、リィにしたら『リィ教皇大好きであります』という熱愛の眼差しだと確信するしかなかった。
「遠慮はいりませんよ!」
沙羅は遠慮せずにリィに向かって飛んだ。
人間基準で考えると、180センチメートルある沙羅の身長から推察して健康面で異常があると思われるほど軽い体重といっても、鉄板仕込みの軍用ブーツや警棒、筋トレ用の重りにしている金貨や仕込んでいる茶道用具や家族の魔力を充填させた万年筆等の装備品で50キログラムの総重量になる。
その肌とジャケット下の白いワイシャツと緑のネクタイ以外真っ黒な沙羅が壁からリィに向かって巨大な漆黒の害虫の如く飛び、リィの頭を蹴って音もなくリィから離れた背後に着地した。
普通の人間なら『まさか飛ぶとは思わなかった!』と後日談を語る恐怖の瞬間であるが、リィは薔薇の花とキラキラなエフェクト処理された空間で極上の獲物を捕獲できたはずのロマンチックに甘いタイミングなはずだったので、きょとんと自らの頭を触った。
大丈夫。頭蓋骨は砕けていない。
対衝撃無効効果のあるルビーのビーズが1つ割れて、縫い付けていたリィの僧衣から転がり落ちる。
カツン、コン、コン、コロロ……。
「ほぼ物置になっているリィ教皇のプライベートエリアの第一客室。
そこの入口近くにあるランジェリーボックスに、明日の朝6時までにその僧衣と1ヶ月ほどベッドの下に溜め込んである靴下と下着を入れて、廊下に出すなら、明後日までに修繕と洗濯を済ませるであります」
沙羅は背中におやつをペロペロする可愛い子犬のポメラニアンイマジナリーを背負って言い放った。
極道映画なら、敵対する組長へ長ドスを突き付けた主人公が刺青を見せつけて脅す場面。それに、匹敵する殺意と憤怒と迫力のある無表情を沙羅はリィへ向ける。
任侠漫画なら殺気だった龍のはずである。この世の何よりも零が恐ろしい沙羅にとって、零ほどではないが、飼い主に甘えるポメラニアンも恐ろしい存在なのだ。
キュン死確定の殺傷能力を誇る愛らしさ。
「は、はい……」
神の一員でもあるリィはなんとなくスキルでイマジナリーを察し、なぜ沙羅が強い思念でチューブに入ったドックフードを必死で舐める犬をイメージしているのかと小首を傾げて返事する。
それより、なぜ。ベッドの下へ投げ込んでいる靴下を沙羅は知っているのです?




