2・零は校舎をお菓子にして食べちゃうので登校できません
有能で行動する人、有能で行動しない人、無能で行動する人、無能で行動しない人。この中で一番タチが悪いのは、無能なのに知識人や現場や責任者の判断を仰がずに勝手に行動しまくるトラブルメーカーな人だと誰かが言ったかもしれない。
リィ教皇によるスタンピード予想は、そんな感じに実にタチが悪かった。
「どういう事なんだよ?」
象牙色の肌に黒目。黒髪の肩までのボブカットに中学校制服であるセーラー服を着たチンピラではなく、鉄パイプを掴んだ女子中学生のレラが副将軍のキティー・ホーク女史に向かってメンチを切っていた。
「リィ教皇がスタンピードを予知し、それを周知しました。それだけです」
赤い振り袖と紺袴姿にフォックス型につりあがった三角赤眼鏡をかけ、長い黒髪を簪でまとめた三十代は超えている外見の堕天使キティー・ホーク卿は、ガラの悪いアイメイクが濃すぎるレラに淡々と木造平屋建て3LDKである日本家屋なタケル城の玄関先で言った。
「それで納得できるわけねーだろうが!
この落とし前をどうつけてくれるんだよ?」
「お小遣いが欲しいのでしたら、銅貨一枚差し上げますのでお帰りください」
ちまっと差し出された銅貨一枚。レラは急いで脇で鉄パイプを挟んで固定し、両手で銅貨を受け取った。
レラは、キラキラと喜びに輝く瞳で「お小遣いだ!」と喜んだが、そこで喜んで帰ってはいけないと考え直してギャザーミニスカートのポケットに銅貨を入れると、チンピラな態度に戻る。
「こっちは商工会議所会長として聞いてんだよ。この落とし前をどうつけるつもりなんだ?」
「どのような事をお望みでしょうかレラ姫」
「とりあえず飯を食わせろ。ウチの飯はマズイ」
そうして自宅敷地内の別宅であるタケル城で、従姉零と叔父のタケルとタケルに使えるワシントン卿とホーク卿と共に竹の子御膳を食べたレラは、満足してアララギ城へと鉄パイプに座って飛行して帰って行った。
「レラちゃんゎ何しに来たのですか?」
「さあ?」
零の質問にわからないと答えたホーク卿は、犬耳パーカー上下の私服を着た沙羅から食後のお茶を受け取り口にする。
「結構なお手前で」
「恐れ入るであります」
体質上、月に2回卵を食べるだけで済んでしまう沙羅はホーク卿の料理を食べないし、レラに苦手意識をもたれているのを理解しているので共に食卓を囲まずに、畳の下に潜んでいた。
「スタンピードの件だったな」
眉間のシワをより深くしてタケルは言う。
その背後の床の間の掛け軸に『スタンピードより我が家の双子姫』から『視力調整は大変だけど双子姫は今日もかわいい』との文字に変化する。
「左様ですな」
タケルの右斜めの席に座る銀髪を七三分けにし、片眼鏡をかけたタキシード姿のジョージ・ワシントン卿は、沙羅から食後の紅茶を受け取り一口飲むと、「まだまだですな」とティーソーサーに置いた。
「精進するであります」
ワシントン卿の背後の障子窓には、万年筆での筆跡でこの紅茶は人間の味覚ではとても美味しい紅茶であり、劇的なマズさには程遠い味。拷問級のマズイ紅茶にするためのアドバイスが細々と浮かび上がる。
「問題が起こるとは考えられませんわね」
「だな」
「同意」
ホーク卿の言葉にタケルが返し、ワシントン卿と沙羅も同意と返したが零は「んー」となにか考えている。
「姉上、食後のデザートの後のおやつが決まらないのでありますか?」
「違ぅのです。レラちゃんが戻って来たのですょ」
玄関の呼び出しが『来客であります来客であります。焦ったレラであります』と沙羅の声で告げる。
「はい、なんの御用でしょうか?」
ホーク卿が瞬間移動で1キロメートル先の玄関先へと向かうと、息を切らせたレラが鉄パイプと引き戸に凭れて立っていた。
「これ、零の今週の学習プリントと明後日提出の宿題プリント。
明日の夕方まで宿題やっておくように言っといてくれ」
ホーク卿はレラからプリントが複数枚挟まった中学校校章が印刷されたクリアホルダーを受け取る。
「かしこまりました」
「じゃあな。ご飯スッゲーうまかった!」
晴れやかな気持ちで帰宅し、寝て起きたレラの朝4時半は、シンを罵倒するミラの甲高い声とすっかり忘れていたスタンピードの事ですぐに憂鬱になったのだった。
「ミラ姉ぇマジうるさい」
午前6時。プハラ国で一番大きなアララギ湖中央に鎮座するモザイク処理されたシンデレラ城な外見のアララギ城の連絡船乗り場にて、『プリンセスタケル3世ハイパーエディーション・マークⅡ号』を待って、中学二年生のレラと平公務員のシンという三つ子の内の下二人が連絡船へ乗船する。
床にコップ酒を置いて、海賊マンドラゴラ大根が入った樽にナイフを差し込むオモチャで博打をしている座敷わらし達や、コンビニ前でたむろするヤンキーな雰囲気で不倫相談会をしている警察官達、船内でゴミ拾いや老人達の肩もみをするヤクザを横目で見て、レラは歳末だとあくびを噛み殺す。
船内大型水晶画面には、ミラが好んで見ている刑事ドラマの再放送が上映されており。殺人現場を含む町内中に大根おろしを敷き詰める犯人の行動が意味不明で実につまらなそうである。
「レラ」
「なにシン兄ぃ」
「ワシントン卿による連絡船のネーミングだけど、ネタ切れなのかずいぶん長くなったと思わね?」
「昨年末周航したクイーンタケル2世号も頭イカれてんのかと思ったけど、この連絡船の名前は心理的負荷で記憶できねーわ」
「だよな。忘れ物するなよレラ」
「あ、うん。シン兄ぃも」
エステコーナーへ歩いて行くシンと、一般席で7時半まで寝る気でいるレラは降りる停留所は同じなのに別れた。
予定時間にレラは目を覚ました。寝ぼけた顔を温泉エリアで洗顔したレラは、気合いを入れてアイメイクをして一般席へと戻る。
壁に掛けられている上映中の水晶画面が目に入った。
殺人現場どころか町内中がルミノール反応で青く光っている上映中の刑事ドラマは、犯人が鑑識と料亭の女将と大将に、ルミノール溶液を大量に使う事になった事や大根の値上げの怒りをぶつけられて今にも殺されそうになっており、やはりクソドラマだったらしい。
食堂街の階層は、生活習慣病患者家族からのクレームによる食材制限の説明として階段直前に立てられた立て看板。本日のサンドイッチの素材はキュウリとレタスのみという事なので、寄るのを舌打ちしてあきらめた。
サンドイッチ名乗るなら、ふんわり食パンやザクザクバゲットスライスくらい使えである。
その間に昨日発表したリィ教皇によるスタンピード発生の予言がらみの話が、かなりの人々の口から出ていた。
「レラ元気ないけどどうした?」
連絡船降り口前エリアでレラと合流したシンは、妹に声をかけた。
「シン兄ぃ、かなりスタンピードが話しになってて、疲れた」
アララギ湖湖畔の繁華街で商工会議所の会長を中学校入学時からしていると、歳末に押し寄せる魔獣達の購買利益が、プハラに住む人間達による年間国内購買利益より大きい事実を知ることになる。
「疲れる事ないだろ?」
「でもさ、魔女やってると同族の人間の愚かさをなんとかしないとって思うじゃん」
「そうなの?」
「シン兄ぃは生まれた時から悪魔だから、この感覚わからないか」
「ミラを見てると人間は人間を特別視する傾向があるのはわかるよ。
まあミラはまだ天使の雛だから、人間だった頃の感覚が抜けないだけだろうけど」
「でも当たり前のように魔獣を見下した上に、地獄に喧嘩を売って勝てる気でいるのはなぁ」
「いいんじゃね?
滅びれば。
全公務員の人間以外の職員全員、人間に対して殺意もってるようなもんだし。
人間が善良だと思い込んでるアホはミラだけじゃね?」
「ん?
シン兄ぃなにがあったんだ?
さすがに変だろそれ?」
中学校行きの馬車停留所と通称地獄と呼ばれる省庁庁舎ビルへと続く住宅街を歩くレラは、10センチほど背が高い兄を、14センチピンヒールなショートブーツ補正で見つめる。
「そう?
よくある事だけど、沙羅をモデルにした厚生労働省制作手洗い推進ポスターの沙羅の鼻の穴に画ビョウを刺した人間がいただけ」
「え?」
「もう大変なんだよ。
沙羅は無表情でスッゲー喜ぶし、タケル叔父さんと零はそれでマジヤキモチ妬いたもんだから、零に慣れてない人間以外の公務員達は、ビクビクもんで仕事が劇的に進まないし。
タケル叔父さんが拗ねたもんだから、ワシントン卿の戦争スイッチ入るわ、ホーク卿はホモ同人誌祭り用のネタが降臨したからって仕事しないわで、行政機関マジショートしかけた。警察と消防と上下水道の凍結まであと30分の危機だった。
インフラ用の魔力は備蓄のみで回して完全枯渇寸前だったな。
凍結しても死人出まくるだけで、あまり困らないけど。
沙羅がジャンピング土下座して、あの時はなんとかなったけど。
ほんと辛かった。沙羅のジャンピング土下座見て、つまんねー本音が沙羅にバレないように爆笑したふりするの」
楽しそうにクスクス笑う兄のシンに、レラはマジ悪魔と息を飲み込んだ。
プハラ国立魔法大学附属中学校は、冬休み直前のうかれた雰囲気がなく、スタンピードの恐怖が加速し、陰鬱な雰囲気に覆われており。農園で雇われている人間の幼児より害のない魔獣達が、パニック動画の化物やラスボスの如く有害だと認識されていく。
レラは授業合間の休み時間は、寝たふりをしてクラスメートと会話しないようにする。
この雰囲気は、シンを有害だと指摘するミラとほぼ一緒。有害性が人間の幼児より低いと指摘したところで、レラが騙されていると逆に洗脳してきそうだし、レラからの言葉が耳に入らない。
もっとも加熱調理器の上に雑巾や加熱したら大惨事になる雑貨を積んで点火したり、果物を食べるためにテーブルの上に出したままのナイフで剣術遊びをしようと大人に斬りかかってくる人間の幼児は、予測不可能な行動をするかなり危険な生物だとレラは認識している。
それら全てレラに誉められようとした幼いミラがやらかした事なので、レラはよく認識するしかなかったが。