16・静かすぎてクリスマスパーティーが忘れられてます
不思議とクリスマスと暮れは静かだった。
報道番組も、暴力団事務所前で行っている組対抗バドミントン大会を中継するリポーターは、半泣きでゴミのポイ捨てを三歳児な外見の座敷わらし組長に注意されるディレクターの様子を悲壮感をあおって伝えようとするが、視聴率や話題性が全く振るわず。
ハデハデおかん集団に「不法投棄は犯罪」という横断幕を掲げて通過されて、そのおかんが腕から下げていたスーパー玉手箱の銅貨1枚タイムサービス重箱御節料理に、話題を持って行かれてしまっていた。
SNSは、冬季限定チョコレートCMに出演している女優が可愛いとか、そのチョコレートがおいしいという話題ばかり。たまにそのチョコレートで、自称料理上手タレントが、手作りバレンタイン用チョコを作る時に、備長炭の直火で溶かして失敗したという話題で炎上する程度。
「静かすぎるというか、暇……」
レラは、魔道ドライバー片手に金貨型クッションの上でアグラをかいてアンニュイに呟いた。
給食の紙パック牛乳パックにくっついていたストロー詰めのガラス瓶や、『するめ』や『箱だけ名物イカの舞(金貨百万枚の夜景シール付き)』と印字されたガラス瓶の金貨用貯金箱が多いアララギ城の自分の部屋で、核弾頭を組み立てる手を休めて、水晶モニターの画面をつけてザッピングするが、面白そうな無料魔法放送はバタフライエフェクトしか無さそう。
「いや、やる事はさ、沢山あるんだけどさ」
水晶モニターではゲストとして出演中の零が、マシュマロを真っ赤になった備長炭へ全て落とした料理研究家へ「死刑確定」と低い声で言い放ち、画面がアララギ湖を爽快クルージングする豪華連絡船『巫女巫女茄子タケル号』映像と「番組は都合により『爽快クルージングプハラ』をお送りします」のテロップに突然切り替わったところで、レラは水晶画面を消した。
「しかし、なんで静かなんだ?」
食事でも買いに行くかと石に囲まれた廊下へ出たレラは、妙な爽快感も感じながら歩く。
カラカラとドラム缶数本とコンテナと呼ばれる収穫用プラスチックケースを積んだ大きな台車を押すシンが前から歩いて来たのが、紫のオーラと微かな隙間から見える髪でわかる。
「レラこれからコンビニ?」
「あ、うん。シン兄ぃは隣の畑からクリーチャー野菜もらって来たの?」
「そうだよ。毎日新鮮なご飯食べたいし」
自宅離れにあるタケル岳。その中腹までの隣の家の畑といっても、レラ達の自宅のアララギ城から200キロメートル、連絡船で片道2時間離れている。
「シン兄ぃは大変だね」
「そう言うけどさ、コンビニが出港したらレラだってまともなコンビニに行くのに同じ港で降りるだろ。速く行けよ」
「あ、うん。後で部屋に行く」
「はいよ」
小走りで自宅前の連絡船乗り場へと向かうレラを背に、シンは10トン荷馬車を満載に積載した積載量と同じ程度に積んだ魔導アシスト台車をキュラキュラ優雅に押して部屋に向かうのだった。
二日間分の食事と間食等を部屋の冷蔵庫にしまったレラは、黒と紫の市松模様の壁紙と床に囲まれた距離感がおかしくなる部屋の中に招かれて、黒曜石のソファーテーブル前の黒革のソファーに座る。
「ねえ、シン兄ぃ。なんか異常にスッキリしているというか、静かじゃない?」
真っ赤な刀身のオリハルコンナイフで、クリーチャーピーマンからヘタとワタを取り除いているシンは、目をピーマンから離さない。
「オヤジの像とその像の恥部隠し用壺と観賞用宝石細工植物の鉢を全部地獄と大神殿の建材にしたし。オヤジとリィじいさんが封印されてる上に、ミラと紅玉がタケル叔父さんの家に行ってるのと、青玉が行方不明だから」
「え?」
「ウチがスッキリしたのは、宝石で作ったオヤジの全裸像と付属品を全て撤去したからだし。
静かなのはうるさいヤツらがいない上に、筋肉天使隊の天使部の奴らも行方不明の青玉と紅玉以外脱走したから」
全て地獄勤務の堕天使部は、タワマン大や一軒家大のタケル竹に入口を取り付けて住み着いたり。木造平屋建て3LDKなタケル城の壁の中の新宿歌舞伎町パクリな繁華街のタワマンぽいタケル竹の節でホームレス生活しています。
「はあ?
なんでそうなったんだよ?」
黙々と『ゴミ(ピーマン)』と書かれたプラスチックのコンテナにピーマンの果肉を入れ、アメジストのコンテナと同じ形の箱に食べる予定のピーマンのヘタと種をつけたワタをナイフでくり抜いて入れるシンは、手を休めない。
「タケル叔父さんが眠くなったから。
自宅を破壊されてヒスるリィじいさんを求愛ダンスで暴れるオヤジごと箱に封印して、ハチワレみこと先輩に宅配先の欲深そうな奴に押し付ける命令を出したのが原因によるバタフライ効果みたいな感じかな。
大神殿と地獄の建設を空気や湖水を原材料に錬成するより、オヤジ像を原材料にした方が魔力が少なくて済むから、使ったし。
オヤジ直属の天使部の奴らに、ミスリル銀のオヤジ像を売却した金貨を山分けして渡したら世界一周旅行に行く勢いで脱走しやがったし。
ミラは紅玉連れてタケル城に泊まるって出かけたから、今頃沙羅のリクエストで庭で恥ずかしい筋肉体操でもやってるんじゃないかな。
沙羅のヤツ。オヤジの変態的筋肉顕示欲と露出癖がつまったあの美しさの欠片もない体操をお笑いの手本として尊敬してるから、紅玉に師範としてリクエストするはずだし。
ミラも沙羅のおねだりに発火する勢いで応えるタチだから、新年の連休明けまで帰って来ないと思うよ」
『刺身のツマ』と刺青されたクリーチャー大根の皮と葉ごと付け根をアメジストの箱に落としたシンは、手足を切り落とし、ザクザクと大根にナイフを何度も突き刺した後、クルルとナイフで全て桂剥きし、『ゴミ(大根の菊)』と書かれたコンテナに自動的に半分に折れて巻かれて白い花を咲かす菊となった大根を入れる。
『刺身のツマ』と刺青するほどの熱愛もすぐにさめ、即座に結婚した夫の海賊大根氏をおろし金で完全殺害した後に愛人のキュウリの精霊馬と共に逃亡し、おかん集団のスタンピードのどさくさに紛れて沙羅がピッしていたレジより、更に逃亡したマンドラゴラ大根の末路は哀れなモノだったと誰も知る者は無かった。
フリーダム探偵シャーロック零は、大根おろし氏殺害の痕跡をルミノール反応で発見したものの、リィ教皇の後頭部を虫眼鏡で発火させる事を優先して、殺大根事件発生まで見抜く根気はなかったのだ。
そして、美しく花開く菊の大根は、食べられる事も、魔法薬の材料として使われる事もなく、ふたたびハデハデおかんの自宅へとかつての夫の刺身の引き立て役として連行された後にゴミとして、生後20日どころか一週間しない内に肉体を廃棄されたのだった。
そんなざまぁは、誰にも知られずに終えられた。
智天使の能力で全ての事象を知る事ができるアララギ王は、真っ暗な箱の中で張り切って求愛ダンスをする事に忙しく。レラが経営する店内のトイレに引きこもって嘆いている青玉は、痴漢された事実に気づかなかった事と宝物として大切に着ていた着衣を防衛することもできなかったという事実の前に、エリートとしての矜持は……数千年前にすでに木っ端微塵ではあるが、今までにないほど落ち込んでおり、マンドラゴラ大根に気を回す余裕などない。
「つまり、オヤジとミラ姉ぇと、ほぼ全裸集団と変態像が居ねぇからスッキリ爽やかだと?」
「そうだよ。
あと、ワシントン卿からレラ宛にポチ袋預かってる。一応、元旦に渡した方が良いって言われてるけどどうする?」
「今すぐくれ」
レラは手を出して「どうせ銅貨一枚だろうけど、貰えるお年玉は嬉しい」とポチ袋を要求する。
「残念ながら銅貨じゃないんだな。
はい。大入りポチ袋」
赤地に白文字で『大入り』と書かれた小さな封筒の中には、銅貨より重たい硬貨が1枚。
「確かに銅貨じゃないな」
カサリと出した硬貨の煌めきにレラは息を飲んだ。
「なんだこれは!」
「外患誘致罪大量処刑記念白金硬貨だよ。
それ1枚を銀行に持っていけば、手数料無料で金貨百枚と両替できるよ。よかったね」
「よくねーだろ!
バカか!
こんな値上がり確定プレミア硬貨使えねーだろうが!」
「うん。だからレラへのお年玉だって言ってた。
レラは欲の皮が突っ張ってるから、好事家間で値上がりしてるウチは両替できないだろうし、臨時収入だから申告しないとどれだけ罰金発生するか知ってるからキッチリ贈与税ブン盗れるからって」
「あんのクソジジイ!
悪魔か!」
「悪魔だってば。ワシントン卿はずっとだいたい悪魔だよ」
シンは「飽きた」と呟くとカラカラとアルミサッシの引戸を開けるように空間を開け、「零、アイアン・メイデンと石抱き用の石貸して」と言う。
「は? アイアン・メイデン?
石抱き?」
零の「ぃぃですょ」の声の後に、ハート枠に犬の顔紋の紋付き袴姿の沙羅が、台車に乗せた鉄の処女とも呼ばれる処刑器具とおとぎ話の日本とかいう国の江戸時代などの拷問に使われた石を持ち込んだ。
「え? なんで?」
「フレッシュな青汁作るのに使うのに決まってるだろ?」
てるてる坊主ならぬ、てるてるドクロな鉄の処女を台車から下ろして開いて、中にクリーチャー野菜の山をシンは、ぶち込んで閉めると、背後に回って尻尾のようなレバーを回し、ソプラノリコーダーの合奏にも似た呑気なハンドオルガンな音色をレラの疑問を無視するように奏でる。
「あっ…悪魔かよ……」
メルヘンな回転木馬が似合う気が抜けた音色のデスメタル曲に合わせて響くクリーチャー野菜の断末魔。
「シンは間違いなく悪魔であります」
沙羅は年末に姉と共に関わりたくなかったという無表情でレラの疑問に答える。
青汁を入れるドラム缶の高さに合わせた何本もの横倒し三角柱の石の上に、麻袋に入れた元クリーチャー野菜のミンチを置いて重石の石畳を乗せるシンと、大振袖を揺らして拍手する零。
呑気な音色に合わせて本家ばりにシンとデスボイスでシャウトする零は、なんで音楽の実技で赤点だったり、公表音痴なのかという疑問にレラは疲れはてた。
非常に疲れる姉のミラと父親のアララギがいないのにだ。