プロローグ
「おめでとうございます!
2等の20年若返りと肉体生命200年延命!」
赤いビロードと白いファーなミニスカサンタ衣装の堕天使が鳴らすハンドベルに、回転式福引きで銀の玉を出した囚人服の男が喜びの雄叫びをあげる。
「やった!
恩赦だ!
これで女子高生を拉致監禁した上でまた強姦殺人できる!」
「そんなわけないでしょ。明日の死刑決行は変わんないよ」
折り畳めるキャスター付き机の上にコトリとハンドベルを置いた性別不明なミニスカサンタ堕天使の言葉に囚人の男は固まった。
「だって恩赦の金の玉を出してないもん」
『年末運命の福引き1回お菓子1つ』と赤い布地に白く書かれた幟の前に立ち、紫色の縦ロールの髪を指でくるくると弄ぶミニスカサンタ堕天使は、回転式福引きが乗っているテーブルの端で、福引き代のお菓子を食べているトナカイカチューシャを着けた美少女女神の零から紙を一枚受けとる。
「え?
若返りと延命したのに?」
「それは、それ。これはこれ。
さあ次は、このあみだくじから処刑を決めて」
「処刑…マジかよ」
ミニスカサンタ堕天使から紙を受け取った死刑囚の男は、ぴらっと折り畳んでいる部分を広げて、拷問なのか処刑なのか悩む刑に紛れて虫歯に繋がっている線を素早く視線でなぞり、引ける線にあたりをつけてから、紙を降り戻して堕天使に返す。
「マジです。
はい、零姫さま横線を一本入れて下さい」
「はぁぃ」
セクシー美女のグラビアどころか大人向け漫画の登場人物級に大きな胸部を机に乗せて、モグモグごっくんと口を動かして良い子の返事をした零は、死刑囚に指でトントンされた部分に黒の油性マジックで短い横線を引く。
「素敵な余生ぉ送ってくださぃ」
おっとりした大きくてぽよんと垂れたタレ目の愛らしい女神の笑顔に、死刑は「ちょろいゼ」と微笑んだ。
『青汁・お仕事頑張ってください』のステッカーが貼られたポリタンクにホースを射し込んでこの様子を『年末処刑祭り』の横断幕が貼られた二階テラスのカフェから、通称地獄と呼ばれる省庁ビルの玄関ホールを見つめている美少年は「バーカ」と低い美声で呟いて青汁を飲み干した。
飲み干した18リットルポリタンクを両手に持った黒いギャルソンエプロンを腰に巻いた白いワイシャツの美少年は、「ご馳走さま」と、カフェの返却口のタケル神殿と名札が取り付けられた木箱の隣にポリタンク2つを戻すと、『厚生労働省死神課・平職員シン』との小さくギャルソンエプロンの帯に刺繍された銀糸を煌めかせ、背伸びをして厚生労働省と矢印が書かれた道案内パネルが天井からぶら下がる廊下へと立ち去る。
一階ホールにごった返す人々は、『お菓子販売』と書かれた屋台から安い菓子を買うと、零の前にぞんざいに菓子を置いて福引きの列に並ぶ。
そんな喧騒と無縁なようにシンが消えた廊下から伸びる豪華そうだけど薄暗い廊下に繋がる大神殿は静まりかえっていた。
白く荘厳な大神殿に、4柱の神々と一本の孟宗竹の彫刻がそびえ立ち、黒いなにかが、孟宗竹の像の根元の大神殿の角にピンセットを差し込んでいる。
黒い軍服に黒い軍帽姿の美少女は、軍帽の上に長い黒髪を折り畳むようにまとめて置いて、真剣な無表情で重箱ではない大神殿の角をほじくっている。
ピンセットで縮れた銀色の短い体毛を、心底嫌な無表情でつまみ上げて、手元に置いた小さなゴミ箱に捨てると、屈み歩きで大理石の壁と床の間の微細なゴミをピンセットでつまみ上げては、引き寄せたゴミ箱に捨てる作業を繰り返す。
「ああ、困りました」
白い大理石と白金で彩られたきらびやかな彫刻が荘厳な大神殿を発注したのは、絶対にコイツと意識しなくても丸わかりな演技過剰な仕草で魔法で出したスポットライトを浴びて苦悩の表情を浮かべる見た目は二十代半ばあたりな老人を、ピンセットを掴んでいる剣聖将軍沙羅は、趣味に忙しいのでありますという本音を全力で出した無表情でチラリと見てゴミ拾い作業を続ける。
「スタンピードが起こるという予知をしてしまったのです」
床に届きそうな長い銀髪を悩ましげに振り乱して通る美声で喧伝するリィ教皇を、また縮れた毛をつまみ上げた沙羅は交尾なら私室でしてほしいという不機嫌さをにじませた無表情で無視する。
「沙羅、スタンピードですよ。スタンピード。
魔物達がタケル岳中腹から大挙して押し寄せてくるのですよ!」
そんな事を言われても困るのでありますと、沙羅はゴミ拾いを続ける。角だから念入りにほじくるのでありますとニヤけた無表情でピンセットをカチカチ鳴らして埃を摘まんではゴミ箱に捨てる。
「沙羅?
なぜそんなに遠ざかっているのですか?」
床に踞って悲壮感を演出していたリィ教皇は、スッと立ち上がって2メートルも身長があるのに小首を傾げた。沙羅の双子の姉である零が見たら「可愛くなぃのですょ」と見下す動作だ。
「只今清掃作業中でありますので」
福引き会場で菓子を食べていた零と全く似ていないスッキリとした美貌の沙羅は、念入りに大神殿の角をピンセットでほじくっている。
「そんな事より会議致しますよ」
ツカツカと大股で金糸銀糸で無数の宝石を縫い付けた僧衣に指輪やネックレス、ピアス等の宝石を無数に身につけたリィ教皇は沙羅に向かって歩くが、その速度は人間の短距離ランナーがドーピングをキメて全力疾走するより速い。
「二人で何を話すのでありますか?」
沙羅は天井まで届く水竜巻を出現させて、近づく教皇の速度と同じ速さで孟宗竹の神像に向かって放った。
「沙羅ッ!
なにをなさるのですか!?」
フワリと孟宗竹の神像に留まっていた1羽の犬鷲が水竜巻を避けて沙羅の頭に留まり丸くなる。
「只今大掃除中であります。
リィ教皇の清掃魔法だと見えない所が汚いので、水で清めただけでありますが」
「吸血鬼である私は水に弱いのですよ!
私にぶつかったらどうするのですか!?」
床にへたりこむリィに抗議されたところで沙羅は無表情を崩さない。
「リィ教皇が小指にはめている水避けの水晶の指輪1つが破壊されるだけであります。
その指輪ならシンに依頼して作ってもらった上で、自分が水避けの魔方陣を刻んで弁償するであります」
「そういう問題ではありませんよ!
スタンピードです!」
そう言われても近づかれたら唾を浴びそうで不愉快でありますと、犬鷲を頭に乗せた沙羅は無表情に立ち上がって、出した水竜巻を縦横無尽に走らせる指示をだす。
「聞こえているであります」
身長約180センチの沙羅は緑色の光沢のある癖のない黒髪を腰まで下ろして、直立不動の気をつけ姿勢で沙羅はリィの言葉を聞き流す。
沙羅の服装はズボンスタイルの軍服と軍帽に軍靴は、よく見ると蛇の鱗のような模様が入った黒で、腰に巻いてるベルトに警棒を縮めて差している。軍服のジャケット下に見えるのは白いタートルネックのシャツとほぼ真っ黒。
陶器のようにつるりとした真っ白い肌にエメラルドの瞳に薄い唇と白いシャツだけが黒ではない。
美の神の加護を受けて誕生したせいか、美と生命を司るアララギという智天使の肉体を持つ神の弟のタケルとアララギの息子のシンと沙羅の外見はよく似ている。
褐色かかった金髪のツーブロックに象牙色の肌。金か黒の瞳をした身長180センチくらいのニコニコチャラ男が、先ほどポリタンクで青汁を飲んでいたシン。
先ほど孟宗竹だった神像が、背後に「アへ顔の仕方がわからぬ」との掛け軸を垂らしてダブルピースで立っている孟宗竹柄の着物を着た堕天使に変化しており、その肩の上で切断されたザンバラな黒髪だったり褐色がかった金髪に透き通るようなわらび餅な白い肌。黄色い白目に黒い瞳が殺し屋の如く鋭く眉間のシワが深い零と沙羅の父親が、タケル。
ちなみに沙羅の頭の上で鷲の頭と尻尾が乗ったアンパンのような存在感のない犬鷲が、熾天使崩れの堕天使の肉体を持つ破壊と秩序を司る軍神のタケルそのものである。
「いいですか沙羅!
この国。プハラの危機なのですよ!
私は教皇としてプハラを守らなくてはなりません」
「どうやって守るのでありますか?」
沙羅の頭で丸くなっている犬鷲のタケルは、やはりリィは顔が良いと鷹揚に頷いてますます瞳を鋭くする。
「うむ。教皇軍は魔力が無い上に体力もない沙羅1人のみ。リィの体術及び魔法攻撃は零未満。軍の采配と運動神経はポンコツ。兄者に助力を願おうにもプライドが高くてムリ。
もっとも兄者でもそれなのだから、拙者やワシントン卿やホーク卿に助力も願えぬであろうな。
全く愛らしいと思わぬか沙羅姫よ」
「無能の極みとしか思えないのであります父上」
「ふむ沙羅にはまだ、ポンコツ可愛い殿方の良さは早いのだな」
「それ以前に、自分は歳末クリスマスセールに併せて集団下山する、魔物の皆様の行動を阻害する意味が理解できないのであります。
各地方からタケル岳へ出稼ぎに来ている魔物の皆様が、プハラ城下町で買い物をした後に帰省することのどこが問題でありますか?」
「勿論経済効果はあるが、なんの問題もないな。
帰省の混雑は拙者の配下のワシントン卿とホーク卿が時間魔法や時空間魔法等や連絡船の増便で対処しているからな」
プハラ攻防を立案しようとワタワタ思考しているリィをおいてけぼりにして、沙羅と沙羅の軍帽に留まっているタケルは会話をし、なんの問題もないと結論づける。
「父上3時になったであります」
「お疲れ様だな」
沙羅の軍帽から光り輝く大理石の床へと降りた犬鷲のタケルは、身長190センチの三十代半ばの着物姿の男性となり、カランコロンと下駄を鳴らしてリィ教皇の前に立つ。
その間に沙羅はゴミ箱を持って大神殿の玄関へと出て、「営業中」の木札をひっくり返して「本日の営業は終了しました」に変えると、簡単に観音扉の内側にあった箒スタンド形のちり取りと箒を手にして掃き掃除をし、無駄に荘厳な扉を閉めた。
カチリと鍵がかかった音が聞こえたので、軽く扉を沙羅は揺らして施錠を確認すると、開いた扉の内側の陰となる定位置に箒とちり取りを沙羅は置く。
「あ、父上とリィ教皇に礼拝堂での交尾を控えるように言うのを忘れたであります」
大神殿の扉の隙間からヌルリと出てきた元水竜巻だった水から、両手に抱えている子犬柄のゴミ箱に塵を入れてもらうと「お疲れ様でありました」と水に一礼をして近所の空き地へと沙羅は歩く。
大半を空気中に飽和させた元水な軍帽に付着する小さな1つの水滴は、「別に気にする事をないわよ」と気配で伝える。
「そうではありますが。
気合いを入れないとダメでありますが、気合いが行方不明であります」
酒瓶を手にもつ男達が見えてきたところで沙羅は疲れきった無表情で恨みがましく空き地を見つめる。
「9時~4時勤務で週休3日のシンがうらやましいのであります」
朝6時から夕方3時まで毎日警備員という名目で、なんの業務もない大神殿での実質ニート生活。
小学校を入学とほぼ同時に小学校をクビになった後は、魔法大学院博士課程で魔方陣開発で特許取得して不労所得を得たので、首相の次女としてホームレス生活をしなくてもよくなったものの。
犬の奴隷やお笑い芸人という希望職への道は遠く、リンゴの皮むき選手権大会連覇で剣聖の称号を得て、王族というコネで上級公務員試験を受けて合格し、プハラ政府から教皇軍将軍として必要経費の他に月給金貨200枚支給されているが、教皇リィの不正経理と着払い通販の建て替えで、月の手取りは金貨30枚。
月給金貨30枚は成人サラリーマンの収入としては悪くないものの、大人3人と14歳少女2人暮らしを支えるには厳しい金額だと沙羅は悲壮感漂う無表情でため息をつく。
仕事が無いから、毎日三人ほど集まる参拝者に自腹を切って菓子や茶を出し、参拝者が持ち込む衣類を従者の水が洗濯乾燥し、参拝者が持ち込む悩みを将軍権限で全省庁の出向所として手続きや相談で悩みの大半を解決しているものの、イケメン侍らせた上での枕営業接待ができない等での顧客満足度が低い。
「自分が有能になれる可能性があればいいのですが」
空き地で身長3メートルほどの孔雀の羽根を持つ筋肉ダルマ天使の手がブーメランパンツにかかり、その筋肉ダルマを囲んでいるホームレスな酔っぱらい集団から歓声があがる。
リンゴの皮むき大型剣部門・曲刀部門・サーベル部門共に1キロメール突破の実績や剣聖将軍の称号があっても、トリマーやドックフード製造者への道は遠く険しい事を嘆いている場合ではないと、沙羅はゴミ箱を持って全力疾走する。
「アララギ伯父上!
帰宅時間であります!」
酔っ払ったホームレスの集団が「来た来た」と笑顔で沙羅を迎える。
「あらもうそんな時間?」
パンツ一枚の厚化粧の王様が裸の王様になる前に回収しないとならない。
「はい。午後3時過ぎたのであります」
「みんなまた明日ね」
ウフっと悪役プロレスラーなメイクをしたアララギは投げキッスをして、ゴミをゴミ箱に集める沙羅に続いてアララギ神殿へと帰る。
アララギの長女のミラに、アララギ伯父上を押し付けるまでが戦争でありますと緊張しきった無表情の沙羅の背後で腰を振りながら、アララギはズシンズシンとスキップする。
そうしてアララギ神殿にアララギを押し付けた沙羅は、タケル神殿玄関ホールの福引き会場で零をお姫様抱っこで回収し大神殿すぐ隣の喫茶店に入った。
「疲れたのであります」
「ぉ疲れ様なのですょ沙羅ちゃん」
あばら家というのは、もっと造りが丁寧かつ頑丈な建物であろう。そんな木工細工というにも不器用すぎる空間とは調和が取れなさすぎなきらびやかな座席に似てない双子の姉妹が腰をかけて、コップの水を待つ。
「砂糖と井戸水とドックフードしかメニューないけど、なんか注文する?」
井戸水が入ったサファイアのグラスをルビーのテーブルに置いたシンが質問する。
「んと、零ちゃんゎケーキちゃんぉ食べたぃのですょ」
「自分は抹茶が飲みたいので井戸水が欲しいのであります」
白いワイシャツの袖を軽く捲ったシンは、厚生労働省死神課のギャルソンエプロンのまま「よろこんで」と返事をして、異次元空間から大皿と井戸が入ったピッチャーを取り出してテーブルに置くと「十分も時間ないだろうけど、ごゆっくり」と言ってカウンターに引っ込んだ。
「んと、沙羅ちゃん」
「こちらであります姉上」
向かいの席から「ちょうだい」とぽよんと差し出された零の両手に、ゴミが山盛りになった子犬柄のゴミ箱が渡される。
その中から取り出された空き瓶はテーブルの上に並べられた後、大皿の上に逆さにしたゴミ箱が乗せられて、ゆっくりと引き上げられる。
そして大皿の上に山盛りになったゴミとそのゴミ回りに空き瓶が並べられた。
「ケーキちゃんになぁれ」
零のぷくぷく紅葉の両手からパールピンクの魔力が大皿に注がれ、そして沙羅は片手にピッチャー、もう片手にお気に入りのゴミ箱を持って素早く立ち上がり、ルビーの枠に錦の布が挟まれた椅子の背後に素早く回った。
大皿から溢れた魔力は飛びはね、山盛りのゴミだけでなくテーブルや床や椅子の一部までもケーキに変えた。
「ぁっ」
零の失敗を現す声と同時にカウンターの中から、指をパチンと鳴らす音がして、テーブルの下からルビーのテーブルがせり上がる。
「シンぁりがとぅなのですょ」
「どういたしまして
あ、壊したテーブルはオリハルコンに変えたからちょっぴり魔力注いで後でお菓子にしたらいいよ」
「はぁぃ」
どこからか取り出したショッキングピンクのハートのお玉を握りしめた零は、大きくケーキを掬って食べ始める。
「はい沙羅」
カウンターから出てきたシンは壊れた椅子を横に避けると、また異次元空間から同じ椅子を出して沙羅をエスコートして座らせる。
「シン、感謝するであります」
「お礼は下着でいいよ」
「承知しているであります 」
沙羅はテーブルの下にゴミ箱、上にピッチャーを置くと軍服の内ポケットからパッケージを取り出した。
ビニール袋のパッケージにはコーギー犬の群れ柄の女性用ショーツが入っており、銅貨五枚の値札シールはどう見ても地獄の売店で売っていた未使用かつ新品でしかない。
「こちらであります」
「ありがとう沙羅」
違う! 違うんだよ! と顔に強く書かれた微笑みを浮かべるシンに、沙羅は望み通りの品を渡せたとの安堵の無表情を浮かべた。
零はこの二人のすれ違いを理解しているが、ケーキ美味しいに全神経を持っていかれているので、心底どうでもよかった。
壊れたテーブルと椅子は、魔力を通しやすいオリハルコンに魔法で変化。異次元から錦の反物を取り出して怪力任せに引き裂き、空気原子の整列を強引に変えて作り出したルビーの椅子フレーム間に挟んで背もたれと座席が錦の布の椅子をシンは簡単に作って異次元に収納する。
「さてと」
ケーキを食べ終わった零は、壊れたテーブルをクッキーにして噛りついているし、沙羅は沙羅で軍帽の中から取り出した天目茶碗の中に、内ポケットから出した抹茶と茶道具を使って濃茶を点てていて、ウェイターのアルバイトをしているシンがする事はない。
「店長、床壊れたんですけど、どうしますか?
スカート中が見えるように反射する金属にします?
それともスカートの中の下着が反射で見えやすい石材にしますか?
いっそ、床を政府公式交尾中継番組受信画面にして24時間交尾見放題にしちゃいます?」
交尾したい盛りの14歳美少年シンの言葉に絶句した店主の返事が、カウンターの奥の調理場の方からしない。
「ここは純真無垢で健気なバイトの意見を尊重して、交尾中継+ドスケベ魔法特典プランだよねー」
などとシンは独りで納得したように頷いてにこやかに悪巧みをする。
しかし、予想どおりそれは中断された。
「あんた!
なに極悪非道な事しようとしてんのよ!
今すぐ死になさいよ!」
粗大ゴミの木材を立て掛けただけのような喫茶店の壁が吹き飛び発火しだす。
「水よミラを先回りして消火するであります」
「ワシントン卿にバレたらマズイんだけどさ。仕方ないよな。
店舗を囲む木材の時間よ30分前に巻き戻りたまえアーメン」
店の壁を吹き飛ばして愛と炎を司る芸術の才能だけはある美少女熾天使のミラが飛び込んで来た。
沙羅の指示で発火が抑えられ、シンの無免許魔法で店の壁が修復される。
「ミラちゃんうるさぃのですょ」
「だって!
零あんたと沙羅がアタシを置いて行くのよ!
アタシだってお姫様抱っこされたいんだから!」
カウンターの奥の調理場から恐々と覗く二人が、ミラと沙羅を見て怯えて引っ込んだ。
「ミラ、落ち着け。
お姫様抱っこされたいんだったら俺がしてやるから、全裸で」
爽やかにゲスい事を言うシンの腹に、赤いドレスの下から赤いエナメルの靴と白い絹の靴下に覆われたキックが炸裂する。
「このバカ悪魔死ね!
マジ死ね!
大卒しか学歴がない平公務員のクセに生意気なのよ!
悪魔のクセになにがアーメンなのよバカじゃないの!
無免許で時間魔法使う犯罪者がなに言ってるのよ!
お詫びに死んで跡取りをアタシに譲りなさいよ!」
「ええーめんどくさい」
シンはゲシゲシと何かを蹴っているミラの背後に回り、異次元空間から出した安楽椅子に座り、ヌードグラビア片手にドラム缶に詰まったゴーヤをつまんで食べる。
赤い大きな2つのリボンで結ばれた栗色のツーサイドアップを揺らして、日頃三つ子の弟におちょくられている姉のどうでもいい苦悩を吐き出しながら、防御の為に丸まったシン形のクッションを蹴るミラの丸く大きなつり目に涙が浮かぶ。
「沙羅に置いていかれてアタシすごく淋しかったんだから」
濃茶美味しいという無表情の沙羅は、ミラの言葉を全く聞いていないし、零も帰宅したらどのお菓子を食べるかを真剣に考えていて、ミラの甘いソプラノをシャットアウトしている。
調理場に避難している人狼の店長とウェイトレス兄妹はアルバイトのシンがこの惨状をどうにかして欲しいと神に祈りを捧げるが、その肝心の女神の零は不気味な沙羅の正面の席で煎餅を噛み砕いているし、人狼兄妹もついでに観察している破壊神のタケルも「ウチの娘達は今日もかわいい」とミラのいつもの奇行をスルーしているのだった。
「だって、だって、沙羅やタケル叔父様やリィおじい様のお嫁さんにアタシなりたいし。
女王になったらお婿さん複数もっても怒られないじゃない」
もじもじとシン形クッションを踏みにじるミラの足元は、クッションに詰められていたパウダービーズだらけだ。
「これゎ掃除が大変なのですょ」
「そこは自分が掃除するであります。
ミラが気づく前に帰るであります」
「はぃ帰るのですょ。抱っこですぅ」
沙羅は懐から金貨を出してカウンターに置くと、零をお姫様抱っこして音も無く喫茶店から出ていった。
「井戸水銅貨一枚なんだけどさ。
店長、日給の痴漢させてください。俺かなり今日も頑張りましたぁ!」
にぎにぎと両手を動かすシンに人狼の店長は悲鳴を飲み込みギュッと両目と両耳を閉じ、股にふさふさ尻尾を入れて、ミラも帰宅した後の夕方4時までシンのセクハラを耐えるのだった。
そしてじわりと滲み出した水に流されたビーズパウダーとシンぽい型のクッションだった布は店の外へと流れて行き、沙羅がベルトにぶら下げているゴミ箱へと入ったのだった。