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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
98/139

98 アジト

「んじゃ行くか」


 アジキ教団の面々を取り逃がした翌日、アジトの捜索に取り掛かることになった。《強化感覚()》と獣人(ニナ)は分かれ、それぞれにブルースとラークがつき、さらに砦の兵士を一人追加で三人組での探索だ。


「なんか待ってるとか言ってましたけどどうなんですかね」

「さぁな。嘘だとしたら意味分かんねぇが、別にほんとのこという理由も向こうにゃねぇだろうしな」


 とはいえ、アジトで待つ、という発言を信じるにせよ信じないにせよ、アジトの破壊は必要だ。結局やることは変わらない。


「んー、まあ、警戒しておくぐらいで良いですかね」

「そうだな。つーか、それぐらいしかできねぇしな」


 アジトを探し歩く森は、木々が生い茂り足場は悪いものの、魔物が出たりなどはせず探索はさくさく進んでいった。


「あと調べられてないのってどの辺何ですか?」

「あー、えーとですね、今いるのがこの辺りで、こちらのブロックがまだ調べられていません。昨日の会敵位置からもこちらの方の可能性が高そうです」


 同行する兵士に聞けば、地図を指さしながら教えてくれる。死氷部隊(私たち)の到着前にある程度の探索はできていたようで、残りの領域は森の四分の三程度、さらに昨日の会敵位置から三分の一程度に絞り込めているようだ。


「なるほど…まあとりあえず探して回りますか。《強化感覚》って言っても探すモノが良く分かってないんでそんなに期待はしないでくださいね」


 一応軍の資料から敵地での隠れ家やアジトのテンプレート的なものを貰っているが、隠れ家だけあって当然簡単に見つかるようなものではない。


「まあアジトって言ってもどんなもんなんか分かんねぇしなぁ……つっても、何もない奴ら(俺ら)よりかは気付いたりすんだろ。違和感とか」


 ブルースの言う通りスキルのおかげで人工物的な違和感なんかには気づきやすいとは思うが、どこまで役に立つかは分からない。


「まあ頑張ります」


 森を進み、未探索の場所に到達する。敵地でのアジト作成では、元々あった洞窟などを活用し、入り口を隠して逃げ道を確保するのが基本だ。


「地図と地形図です。使ってください」


 隠れ家は、長く利用するのなら入口を隠したことで起こる地形の変化から、敵に違和感を与えてしまう可能性もあるが、短期で目的を果たしすぐに撤退する想定であればなんとかなる。地図と地形図を実際の森と見比べつつそう言った違和感も探していく。


「全部で十五人くらいでしたっけ。そこそこ大きそうですけどどこに隠したんですかね」

「とりあえず地図上の洞窟のある場所回ってみっか」


 担当範囲内で地図上に記された洞窟は、小さいものも含めて八つだった。地形が山がちなのもあってかなりの数だ。


「……これで最後か」

「洞窟は全部はずれでしたね」


 しかし、そのどれもがアジキ教団の隠れ家とはなっていなかった。さらに、地図や地形図との違和感も道中探していたが、そういったものも見つからずじまいだった。


「どうしましょうか……」

「とりあえず、次の方針を決めましょう」


 歩いた先で着いた滝つぼ、湖のようになっているその周りで腰を下ろし地図と地形図を広げる。


「洞窟みたいな分かりやすく使いやすい場所は何もなかったですし……自力で穴でも掘ったんですかね」

「まあそうなるか。それか、地図に載ってなくて俺らも見つけられなかった洞窟みたいなのがあるか」


 一応他にも担当範囲内に隠れ家が無という可能性もあるが、それは考えないことになっている。


「まあしょうがないですね。一旦戻りますか。昼に集合することになってますし」

「ああ、そうだな。俺ぁ腹減ったぜ」

「そうですね。戻りましょうか」


 砦近くの仮設住宅の一角で中間報告をすることになっている。帰り道も探索はするが、それは軽くし速やかに帰還することにする。


「早めに見つかれば良いんですけど……」


 少し、溜息が漏れてしまった。



「なんも見つかんないや」


 昼の報告を終えた後、ニナとラークの組は全部で十三あった担当範囲内の洞窟などの探索を全て完了させた。そして、その結果はウルカとブルースの組と同じで成果は無かった。


「どうすっかな……」


 地図上の有力な候補地点はすでに調べ終わってしまったのだ。残りの探索はなかなか厳しいものになるだろう。


「しらみつぶしに回って行くしか無いか……?」

「しょうがないけどそうしようか。ちょっと地図見せてください」


 地図と地形図を広げ、担当範囲を確認する。端から順に地面や岩を見ながら進んでいくしかない。


「……この地図とか地形図っていつくらいに作られたんです?」

「毎年更新していて、今回のような出来事があれば別途で更新、という風にしていますので作成から一年経っていません。地殻変動なども確認されれば更新を入れるので心配ないです」

「分かりました」


 つまり、地形図や地図と実際の地形との間に違和感があれば、それはそのまま怪しい箇所となるということだ。


「……全然それっぽいところ見つかんないね」

「ああ。全然わからん」


 が、怪しい場所は見つからず、歩いた距離だけが増えていく一方だった。相当上手く隠したか、見落としている良い隠し場所があるかのどちらかだ。


「……どうしようか。もう一回洞窟とかを巡ってみるか」

「何か見落としてる場所でもあったか……?」


 ごうごうと音を立てる滝のそばで足を止め地図を開く。昼間にウルカ達が休憩に寄った滝と比べると、四、五倍の規模はあろうかと言ったものだ。


「見落としてる場所ねぇ……」


 ふと滝を見ると、そこそこの大きさの流木が流れてきて落ちるところだった。ごうごうと鳴る水の音の中に、流木が水面にぶつかり沈む音が混ざる。


「……音」


 ふと、気になった。ほんの少し、響く水音に違和感を覚えたのだ。ニナは、立ち上がって手頃な小石を拾い上げた。


「ん?どうした?」

「滝の裏に洞窟があるって時々聞くよね。そこ、水量すごいしわざわざ裏に入ろうと思わなさそうだし、空間があるなら隠れ家にはちょうど良さそうじゃない?」


 拾った小石を構え、大きく振りかぶって投擲する。滝の上の方に当たった小石は、押し流されながらも向こう側へと貫通した。


「向こう側、空間はあるみたい」


 大当たりだった。小石の響かせた音は、専門的なことが分からなくとも分かるほどに、そこそこの広さの空間が広がっていることを教えてくれた。


「どうにかして向こう側見に行きたいね」

「ああ。だけど、アジキ教団のやつら向こうに………いや、水だの風だの出せれば行けるな」


 滝のそばに近づき、何とか裏に入れないか考える。滝を斬ってその一瞬の間に滑り込む、というような方法も可能ではあるが、できれば派手なことはしたくない。


「うーん…………ちょっと無理矢理だけど、やってみるか。荷物みといて」

「おう。良いが、何する気だ?」

「見てれば分かるよ」


 ニナは、(ホワイトルーム)から荷物を全て出し、滝に向かって走りだす構えをとる。


「……やりたいことは何となくわかったけど、マジでやんの?」

「今思いつく中だったらこれが一番マシ」


 箱に収納できる条件は、容積以下であることと直接触れていることだ。無理矢理にでも滝を突っ切り、水に圧される前に箱に収納してしまおうということだ。


「じゃ、行ってくる。向こうにアジトっぽいものがあったらそのまま探索もしてくる」

「了解。すぐ助けられるように準備しとく」


 ラークの返事を確認したニナは、《希薄》を最大出力で起動し最高速で走り出す。大きく跳んで滝を突っ切り、叩き落される前に降り注ぐ水を収納していく。


「…………ふぅ」


 幸いなことに滝はそこまで厚くなく、問題なく突っ切って行くことができた。


「とりあえず良かった……で、これは……」


 目の前に広がっていたのは、明らかに人工的な手を加えられた洞窟だった。それも、かなり最近のものに見える。


「……大当たりってやつかな」


 ゆっくりと洞窟に向けて進み始める。中は、大分突貫工事だったようで、ほぼ洞窟そのままに扉や床を設置しただけのようだった。


「何も無い……ちゃんと処分してるね」


 部屋を順に回って行くが、資料の類いは何一つ残されていなかった。撤退前にしっかりと処分していたのだろう。


「後は……ここか。ん」


 扉に聞き耳を立て、薄っすらと開けて中を確認する。すると、隠れ家に乗り込んで初めて人を発見した。幸いこちらには気づいていないようで、扉の内側に入りこんだのにも気づいていない。


「……あ……あ……ああああああ………………」


 その男を見た。その瞬間だった。何が起きたか理解できなかった。精神を直接抉り取られるかのような感覚が、神経の一本一本を直接舐めとられるかのような感覚が、心臓を撫ぜられるような感覚が、突如として全身を駆け抜けた。スキルの制御も持たず、体は小刻みに震えだし、目の焦点がズレ始める。


「ん?あなたは……彼の言っていた不意打ちの。正面に来られて気づけないとは……しっかり起動しておいてよかったですね」


 目の前の男、予言者が何か言葉を発していたが、ニナには届いていなかった。それどころか、常軌を逸した様子に予言者が少し訝しむほどだった。


「あ…あ…大丈夫ですよ、ヘルさん。そんな……ノレアさんもウルカも……」


 呼んだ名前は、どれもこの場に居ない者のものだった。ニナの脳は、精神を守るために幻覚を見せていた。


「……なるほど。弱い人だったか、それとも特別刺さってしまったか。そうですね……穿て」


 予言者は、ニナの様子を見て何か分析した後、手を洞窟の先の滝に向け、言葉を紡いだ。すると、風の渦が槍を成し、それは滝を貫き外に飛びだした。


「食らえっ!」


 風の槍が外に向かったすぐあと、遠くから声が響き一つの斬撃が滝を一瞬だけ断ち切った。その隙間を縫って一人のダークエルフの男、ラークがこちらに向かってくるのが予言者には確認できた。


「お前は……」


 予言者の前にラークが来た時には、ニナと同じ目にあうことは無かった。


「私は予言者、アジキ教団の者でございます。最初に、今あなた方と争う気はございません」


 敵でありながらどこか安心感さえ覚える声。ラークは油断せず剣を構えたまま予言者を見据える。


「じゃあ、その惨状はなんだ?」

「ふむ。そうですね……まず、これについて説明いたしましょう」


 ほんの少しだけ悩んだようなそぶり見せた予言者は、自らが羽織るローブをラークに見せる。


「これは、“黄衣の王(ハスター)”という名の神器でございます。誰もが忘れ去った神代、聖歴など吹けば飛ぶほどの大昔、語り手の失われた神話の時代に作られたとされる神器。その頃作られたとされる神器のうちの一部には、共通点がございます」


 予言者は一呼吸おき、息を吸って続きを紡ぐ。


「それぞれ固有の能力と、“精神に直接干渉し正気を削り圧し潰す能力”の二つの力を持つという点でございます。この、後者の能力が厄介でして。人によって効き目が全く違うだけでなく、タイミングや、受けた回数など、いくつもの要素によって効き目が大きく変わってしまうのです」


 予言者は、本当に困ったという風に語る。


「例えば、全くもって意に介さない者もいれば、一度で精神が崩壊し廃人となってしまう者もいる。それに、一度目で全く意に介さなかった者が二度目で廃人となってしまったり、一度目で廃人一歩手前までいった者が二度目は全く意に介さなかったりと、安定せず厄介で危なっかしい力を抱えているのです」


 フードから薄っすらとだけ見える予言者の顔は、悩んでいるようにさえ見えた。


「彼女が特別弱かったか、それともただ賽の目が悪かったのか、それは分かりませんが、とにかく、酷く影響を受けてしまったようでして。ああ、ただ、時間を置けばもとに戻りますし、適切に治療すれば完全な回復も望めますよ」


 予言者の言葉は、どこか申し訳なさを含んだような語り口だった。


「最初に言った通り、私は今あなたと争う気はございません。彼女を連れて帰ってあげて下さい」

「………………分かった。良いだろう」


 ラークは少し長い逡巡の後、ニナを抱えて撤退することを選んだ。予言者には背を向けず、後ずさりする形で帰還していった。

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