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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
96/139

96 ヒオンへ

 ヘルから次の仕事の連絡が来てさらに二日。やっとのことで雨はやみ、ヒオンへ向け出発できる天気となった。馬車の手配もすんなり終わり、これから出発しようかと言ったところだ。


「そうれじゃあ、よろしく頼む」

「はい、お任せください。出発します」


 六人乗ってもまだ少し余裕のあるほどの大きな馬車だ。合図を受けた御者が走らせるが、揺れもあまり感じない随分と上等なものようだった。私はいつものように炎の鳥を作って飛ばしながら窓の外に目を向ける。


「ヒオン以外は……ツキアシアとランジニーとレイドルフか。完全に戦争意識の動きみてぇだが、ほんとに人類の動きじゃねぇのか?」


 ツキアシアはホワイトコーク万年氷床や不毛平原と呼ばれ地に隣接する都市で、ランジニ―は獣人領のほぼ北端にあるホワイトコーク万年氷床と隣接する町、そしてレイドルフはダークエルフ領の都市でシルグリアやという人類の国と近くにある。どの町も聖魔大戦では戦場となった地のすぐ近くであり、軍事的に重要な都市である。


「ああ、だが、仮に人類の動きならエクトワン、シルグリア、海洋連邦、ヴィスキア神聖国あたりで被害が出ているのがおかしい。前も言ったが、人類のための動きなら人類の国を襲撃する理由が無いんだ。恐らく、アジキ教団にはただ被害を出す以上の思惑があるんだろう」


 襲撃の犯人であるアジキ教団の目的が見えてこないというのも問題だった。単に魔国の都市が襲撃されていたなら人類による宣戦布告であり先制攻撃だと解釈できたが、人類側でも同じような被害が出ているのが事態をややこしくしている。


「そのアジキ教団ってのもなんなんでしょうね……テロリストかなんか何です?」


 とにかく被害を出すものというと、行楽者などのテロリストが思い出された。襲撃地点は何か意図をもって選ばれているようではあるが。


「いや、そんなことは無いはず……と言うか、歴史上でアジキ教団の名前が出るのは今回が初めてレベルの事態らしい。存在自体は昔から…それこそ聖歴が始まった頃から存在するとさえ言われているようだが……その中身はほぼすべて不明だ」


 アジキ教団については、”アジキドウジ”という”鬼”を信仰していることと”予言”に従っていること以外は完全に不明だ。有する神話も掲げる教義も予言の内容も組織の規模も歴史も目的も何も分からないのだ。


「鬼を信仰してるって言うのも良く分かんないですし……何なんでしょうね」


 ”鬼”というものは物語に出てくる概念的なものだ。現実の魔物なんかと比べるとオーガに近かったりするのだが、少なくとも”神”と比べれば大幅に格は落ちる存在であり、信仰の対象として少し違和感のあるものなのだ。ナート教以外でも、例えば魔国の宗教も魔王を現人神として崇めており、崇めているのはあくまで現人()なのだ。


「さあな。少なくとも魔国で手に入る情報じゃ何も分からないな。まあ人類側でもまともに情報があるのかは怪しいが……」

「私も何も知らないですし……少なくとも有名なものでは無いと思います」


 自分が世間知らずな方であった自覚はあるが、ナート教くらいは知っていたし、本当に有名で民衆に知れ渡っているようなものなら知っているはずだ。


「ふむ……まあ、仕方ないか」


 送られてきた資料に書かれていたのは”鬼”と”予言”のことだけだ。死氷部隊全員で戦って勝てないような敵などそうそういないとは思うが、敵の正体が全く見えないというのは非常に怖い。


「何も分かんないのはやだなぁ……」

「まあ相手のことが分かってることの方が少ないし?しょうがないんじゃない?」


 キナンなど、相手のことが分かっていないことはこれまでもあった。しかし、その相手がキナンなのもあって、不安は増すばかりだ。


「つーか、目的拠点の破壊だろ?襲撃して目的果たしてもう帰ってんじゃねぇか?それならそもそも戦闘がねぇ」


 アジキ教団の目的が砦の襲撃なら、すでに拠点を放棄してどこかに存在するであろう本拠地に撤退しているだろうし、その場合は戦闘なしで拠点を爆破でもすれば終わりだ。


「まあでも目的が分かってないわけだし、実はまだ目的を達成できてないから残ってるとかもありえなくはない。戦う準備はしといた方が良いだろ」

「あー、なるほどな?まあ確かにそうか」


 しかし、目的どころか組織の全容も見えない現状、目的が砦の破壊だけとは限らずアジキ教団の手の者が拠点に残っている可能性があるのだ。戦闘なしと断定はできない。


「戦わなくて済むならそれが一番だけどねぇ」

「そうだな。それにまあ、最悪人員が残っていたとして、ニナと現地の暗殺部隊に数を減らしてもらってから始めるという手も取れる。ヘル様のような怪物でも敵に居れば話は別だが……そうでもなければ問題ないだろう。我々は強い」


 仮に聖女クラスの敵が居たとしても、今でも一対一で確実に勝てる自信はないが、全員で当たれば確実になんとかなると自信を持って言える。


「まあなんだ、今悩んでもしかたないだろう。現地について細かい情報を貰ってから考えれば良い」


 もうすでに考えられることは考えつくしたのだ。今先の可能性を考えても後は疲れるのみだ。


「まあ、何とかなるだろう。全員で仕事など中々ないが……全員揃ってできないことの方が少ないさ」


 ほとんど揺れない馬車の外は、雲一つなく痛いほどに晴れ渡っていた。



 一人の男だ。黄色のローブを纏い深めにフードを被っており、片方の手には何かの本を持っている。胸元には首から下げられた何かの紋章が妖しく輝いている。ローブも本も古びており特別良いものには見えないが、その姿はどこか神々しさを感じさせた。


「予言者様!?いらしていたのですか!?」


 その男を見たひとりの人物が声を上げる。男の後ろには長い廊下があり、人もいる。しかし、それまで誰にも気付かれていなかったようで、男はいつの間にかそこにいた。


「ええ。どうも、ここらしいのです」


 地下なのだろうか。窓の類いは無く、すべての光は松明などの人工の光源だ。薄暗い光に照らされた男は、少し間を置いて口を開いた。


「え…予言者様!?」

「よ、予言者様!?」

「な、何故このような場所に!?」


 声に気付いたのか、男がこの場所に来るのに気づいていなかった者たちが声を上げる。


「……先に皆への挨拶ですかね」

「はっ!」


 男…予言者は最初に気付いた者に視線を送る。服装や佇まいを見るに、その者はこの場所で立場のある者のようだった。


「諸君!注目!今この場に居ない者も全員連れてこい!最優先だ!」

「はっ!」


 廊下にいた者たちは、その言葉を聞くと速やかに散っていき、少しして他の人員を連れて帰って来た。


「…………すまないね。時間を取ってしまって」


 皆が集まり鎮まるまでの数秒の後、予言者が口を開く。聴衆は物音ひとつ立てずに注目している。


「私は、少し用があってここに来ました。皆さまには、少し迷惑をおかけしますが、これもすべて、予言によるもの。少しですが、よろしくお願いいたしますね」


 短い挨拶だった。それに、崇められている者とは思えない言葉だった。しかし、言葉を聞いた聴衆は、何か安らいでいるような雰囲気だった。


「諸君!予言者様からは以上である!それぞれの仕事を再開されたし!」

「はっ!」


 この場の長…最初に予言者に気付いた者は、予言者からの合図を受けて聴衆に指示を出す。指示を受けた聴衆は速やかに解散し、予言者が来る以前の自身の持ち場に戻っていった。


「……すみませんね」

「滅相もございません」


 聴衆が散っていくのを見届けた二人は、ゆっくりと歩き出し廊下の先にある部屋に向かう。


「それで……どのようなご用件でございましょうか」


 二人は長い机を挟んで向かい合った椅子に腰かける。部屋は一般的な会議室と大きな差はなく、特筆すべきものがあるとすれば、壁に何かの紋章が大きく飾られていることだけだ。


「予言に従ったまでですよ……すでに、我々のここでの目的は達成されているのは分かっていますね?」

「はい。八か所同時襲撃作戦は成功です。我々の望んだ結果となりそうなのも確認済みです」


 何かの書類を取り出し机に広げながら言った。


「安心ですね……それで、私がここに来た理由ですが」


 予言者は柔らかく笑い、続きの言葉を紡いだ。


「ここに来るのだそうですよ。予言の”勇者”の一角、その最初の一人が」


 勇者。それは、ナート教においては神聖騎士団団長と並ぶ教会の最高戦力の一角で、世間一般に知られる”勇者”とはそのことだ。しかし、その”勇者”とは全く別の話をしているのが分かった。


「なるほど……予言の……保護なさるのですか?」

「いいえ。予言によれば、まだこちらに来る時ではないようで。私は様子を見に来ただけですよ。予言に従い、”勇者”を少し試すつもりではありますが」


 ”勇者”という存在は、彼らにとって大事なものらしい。しかし、試す、と言うあたり絶対的な何かという訳でもないのだろう。


「なるほど……分かりました。我々はどうすれば?」

「そうですね……ここは放棄しますし、全員撤退してください」

「了解しました。すぐに準備させます。補助の戦力などは?」


 この場所の長は予言者の言葉に手元の紙に何かを走り書きし、立ち上がる。


「私一人で大丈夫でしょう。あなたを含め、完全な撤退です」

「了解しました」


 予言者の言葉を聞いた長は、すぐに部屋を後にして人員に指示を出していった。十五分もしないうちに指示を出し終え戻って来た。


「明日には撤退が完了します」

「……さすがですね」


 ゆっくりと歩いて部屋を出ていた予言者に報告すると、予言者は微笑んで言った。


「……予言者様、”勇者”の最初の一人とは、どのような人物なので?」


 長は、ふと気になったことを聞いた。予言の内容は一部しか知らないので、”勇者”のことは知らないのだ。


「見た目は普通の少女ですよ。名前をウルカと言うらしいです」


 答えた予言者は、優しく微笑んだままだった。

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