93 フェル
「よぉよぉ、久しぶりだな」
「は!?スコル!?ハティも!?お前…これは何事だ!?」
屋敷の上階。スコルとハティは、あわただしく動き回っているフェルを発見する。フェルは、スコルとハティよりは少し上の世代に見える、獅子の耳と尾をはやした男だ。
「何事ってお前ぇ……心当たりぐらいあんだろ。お前が俺を暗殺しようとしたのが始まりだぜ?だから俺ら直々に踏み込んでんだよ」
「何を言って…そんなことするわけないだろう!」
フェルは即座に否定した。が、焦りが僅かに漏れていた。
「いやな、状況証拠に関しちゃ揃ってたんだが最後の一手が足りなくてよ。今回の嬢ちゃんがお前の名前を出してくれて助かったぜ。ああ、それと、素人使うのはおすすめしないぜ?今回みたいに情報が漏れちまうからな」
「そんなもの……私を嵌めようとした誰かの罠だろう!」
フェルはまだ粘るようだ。単純な話で、戦闘力で勝ち目がない分言論で何とかしないと詰みなのだ。
「そうか?じゃあどこの誰がやったってんだ?お前以外に候補が皆無なんだよ。残念ながらな」
フェルは苦虫を嚙み潰したような表情でスコルとハティの方を睨む。
「まあ、つっても…ってうお!?」
「ちっ…!!」
フェルが一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けてくる。弁でこの場を切り抜けるのは不可能と判断したようだ。
「おいおい話は最後まで聞けよ……大人しく同行してくれりゃあこっちだって乱暴する気は無かったんだがな」
「大人しくしていれば待つのは死刑のみだ。ならば……貴様らに抗い勝つという一抹の希望に賭けるしかあるまい」
フェルの表情は、すでに絶望が見て取れるものだった。
「……納得っちゃ納得か。ま、じゃあ頑張れ。俺らはお前にゃ負けねぇし逃がさねぇがよ」
言い終えた瞬間、スコルも動いた。スコルの放った蹴りは、フェルの構えた防御の上からフェルを吹き飛ばした。
「がっは……!!」
「立てよ。抗うんだろ?」
数々の家具をなぎ倒し壁に衝突したフェルに、先ほどまでの雑な態度から豹変したスコルが言い放った。
「くそがぁっ!!」
「……遅ぇよ」
立ち上がり再度攻撃を仕掛けたフェルだったが、綺麗にカウンターを貰いまた大きく吹き飛ばされる。
「こっちからいくぜ?ラァッ!!」
「ごっふっ!!」
防御は間に合わず、腹に拳を貰ったフェルは、背にした壁を砕き吹き飛ぶ。
「今の俺にもこの様か……弱くなったな、フェル」
どこか悲しそうな顔のスコルに、気絶したフェルは返事が出来なかった。
「……適当に拘束して、下で待ってよか」
「そうだな。つーか、向こうの方ももう終わってっかもな」
持ってきていた枷や縄でフェルを拘束した後、来た道を戻り入口付近に戻る。途中フェルの部下が突っかかってくることもあったが、スコルとハティにかなうはずもなく、簡単に無傷で対処できた。
「しかし、何とも悲しいなぁ」
「……しょうがないよ」
※
「何も……」
地下に降りるとそこは全面石造りの牢獄と言った見た目だった。しかし、見る限りすべての牢が空であり、門番の類いもいない。
「向こう?」
「そのはずです」
指さした方に在るのは壁だけで、空の牢すらなかった。
「んー……ん?そうか」
一瞬考えて思い至る。地上階と地下階が同じ広さとすると、狭すぎるのだ。
「向こうに……ちょっと困るかな……まあでも、とりあえず、【焼剣】」
壁を壊して向こうに行くことになるが、そのまま余波が妹に当たるとまずい。少し工夫がいる。
「ちょっと離れて……【灰烈】!!」
アイカを下げ、岩の壁の隙間に剣をねじ込みそこから振るって壁を壊す。これなら反対側への被害も少ない。
「あ……!」
壁が崩れ向こう側が見えたところでアイカが声を上げる。壁の向こうには、先ほどまでとは少し仕様の違う牢があるようだった。最低限の寝床とトイレくらいは設置されているよもののようで、そのうち一つにはアイカに似て少し幼い少女が居た。
「さっきの爆発音はお前らか?」
声の方を見れば、近くにいた門番らしき人物二人が武器を構えてこちらを見据えていた。一応人質というだけあって警備無しという訳ではないようだ。
「アイカ……」
アイカは名前を呼んだ時にはすでに動きだしていた。門番の片方に向かって一気に距離を詰めていく。
「何をっ!!」
門番は武器を構え防御の姿勢を取っていたが、音に対しては意味をなさない。
「【子守歌】!!」
こちらには何の音も聞こえてこなかった。恐らく、対象を完全に一人に絞ったのだろう。食らった門番は、静かに意識を失い床に倒れこんだ。
「何をしたっ!!」
私が動くよりも早く、もう片方の門番がアイカに向かって動いた。ただ、アイカももう一人いるのは分かっている。しっかりと対処できていた。
「【子守歌】!!」
もう片方の攻撃がアイカに届く直前、その体は力なく地面に倒れこむ。
「え……っと……」
門番を処理したアイカはすぐに牢の方に向かい、扉を開けようとするが鍵がかかっていてあかない。
「そりゃ鍵掛かってるでしょ。ちょっとどいて」
アイカに横にずれてもらい、鍵めがけて手に持った炎の剣を振り下ろす。何か特別な鍵ということもなく、簡単に壊れ扉は開いた。
「シヨン!!」
牢の扉が開くと、中にいる人物めがけてアイカは走り出す。中の人物は先ほどまでは寝ていたようで、恐らく爆発音や壁の崩れる音で目覚めたのだろう。
「お姉ちゃん……!?」
「良かっ…た…」
抱き合う二人の邪魔をしたくはないが、一旦割って入る。
「先に外に出るよ」
「あ…はい。シヨン、立てる?」
アイカは妹を半分抱きかかえるような形で牢を出る。私もそれに続き、元来た道を通って地下を後にする。
「おお、先に終わってたか」
地上に出て少しすれば、人ひとり担いだスコルとハティが戻ってくる。
「はい…あの、それは」
「ああ、フェルだよ」
担がれた人物を見ると完全に伸びており、縛られ白目をむいて担がれていた。
「んで、その子が件の妹か」
「あ、はい。そうです」
アイカが答えた。シヨンはアイカの服の裾を掴んでおり、少し怯えているようにも見えた。
「……ま、無事でよかったな。とりあえず戻っから、お前らもついてこい」
ここですべきことは終わったようで、スコルに連れられ私たちはスコルの居城に帰還する。道中、アイカの方を見れば、シヨンと手をつないで安心したような表情をしていた。
※
「どうすっかなぁ……とりあえず……お前、ちょっとこっち来てな」
フェルを牢に繋ぎ人に任せた後、スコルはアイカを呼んで別室に向かう。
「悪いけどその子……シヨンのことちょっと見といてあげて」
ハティは私にそう言うとスコルと同じ部屋に向かう。
「はい。分かりました」
そう返したウルカの隣に座るシヨンは少し不安そうにしていたが、色々と問題があったことは分かっているようで大人しく従っていた。
「……さて。まあ何だ、とりあえず、妹が無事で良かったな。これは我儘押し通したウルカに感謝するんだな」
別室にて、アイカの処遇を決定しなければならない。魔者の性質とフェルの元への強襲はいずれしなければならなかったというのもあってウルカの我儘を通したが、それはそれとして四天王の暗殺未遂ともなればどう考えても重罪だ。
「はい」
「まあ分かると思うが……未遂っつっても四天王で領主な奴への暗殺だからな。当然重罪だ」
「はい……ただ、シヨンは、妹は、人質に取られてただけで関係ありません。妹だけはどうか……」
アイカも自身の罪の重さくらいは理解していた。
「ああそこは安心しろ。罰するとなりゃお前ぇだけだ。妹には何もしねぇし、仮にお前ぇが死んでも最低限の生活くらいは手配する。これは約束しよう」
スコル側としても妹が関係ないのは予想がついているので、別にそこに罰を与えようだとかは無い。
「そうだな……まあ、何もなきゃ、当然死刑になる」
「……」
アイカは膝の上で拳を握りうつむく。元々覚悟があったのだろう。妹の無事も約束され、騒いだりすることは無かった。
「が、脅迫込みなのを考えりゃ、無罪とはいかねぇがもう少し軽くなる。これは所感だが、お前ぇが根っからの悪人とは思えねぇ。だからまあ、できるだけ軽い罰か……可能なら執行猶予を付けるかするさ」
「え……」
うつむいていたアイカは顔を上げる。自身の処遇に驚いたようで、目を見開いていた。
「それは……」
「まあそういう訳だから、あんまり心配しなさんなよ。後、裁判までは拘束することになっから、それは我慢してくれ」
そう言うとスコルは立ち上がる。
「適当に部屋用意すっから、妹と一緒に様子見といてくれ」
「はいはい。んじゃ、こっち来て。今妹ちゃんはウルカが見てる」
スコルはハティに一言言うと部屋を後にしどこかへ向かっていった。ハティはアイカを連れて私とシヨンの元に戻ってくる。
「お姉ちゃん」
シヨンは戻って来たアイカを見るとすぐにそちらへ駆けていった。一人で人質に取られているのが心細いのは想像に難くない。帰る途中では一緒にいるといっても他の皆の圧が凄かったし、委縮していたのだろう。アイカはシヨンを受け止めて抱きしめていた。
「終わったんですか?」
「ええ。まあ終わるって言ってもそんな大層なことはしてないけど」
ハティは私の隣に来て姉妹の様子を眺めながら言った。
「色々ご迷惑おかけしてすいません……」
「んー……まあ気にしなくて良いわよ。前にも似たようなことあったし……」
少し遠い目をしたハティが何を思い出していたのかは分からない。
「おーし、アイカとシヨンはこいつについてけ。同じ部屋にしてあるが…見張りもついてるしアイカの方は外出禁止だぜ」
「はい……ありがとうございます」
「ありがとうってのも変な気ぃするが……ま、いいか」
少し話して時間をつぶしていれば、スコルが一人連れて戻って来た。アイカとシヨンは素直に従い、スコルの連れてきた人物について行った。
「どうすることにしたんですか?」
「しばらく拘束して裁判だな。まあ脅迫込みでそんな酷い刑にゃならねぇだろうな」
アイカとシヨンの顛末、それを聞いた時、何となくうっすらと、ほっとしたような気持ちになった。




