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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
90/140

90 宴会とその後

「おーし、めんどくせぇ挨拶は無しだ!乾杯!」

「ウオオオオオ!!!!」


 スコルが音頭をとると、会場中が沸く。私とハティが軽く治療を終え少しした後の夕飯の時間、スコルの居城では宴会が開かれていた。


「すごいね…」

「にはは。そうだねぇ……宴するようなお客さんってあんまり来ないらしいから、来た時はすっごい盛大にやるんだってさ」


 そう言うとニナは手に持った大きなジョッキの中身を一息で飲み干した。


「よく飲むねぇ」

「んー、まあね。飲まないの?」

「まあそんなには飲まないよ。元々好きだったわけでもないし」


 ご飯を食べながら周りを見渡すと、まだ食事も始まったばかりだというのにどちらが飲めるか対決して潰れている者が居たり、周りの囃子に乗って踊りだしている者が居たり、随分と皆ペースが速いのがうかがえた。ちなみに私とニナ以外の死氷部隊の者は騒いでいるか対決で相手を負かしているかのどちらかだった。


「あ、いたいた。ウルカ」


 食事を終え少しづつ酒を飲みながらニナを中心に何人かと話していると、ハティが話しかけてきた。


「あ、どうも」

「あなた…結構飲むのね。魔者ってそんなものなの?」

「え、そんなに飲んでは……あ、いや、そうですね。気づかないうちに結構飲んでたみたいで…魔者だと酔わないので」


 そんなに飲んでいない認識でいたが、隣にいるのがニナなのが悪かった。空になったジョッキの山を見れば、常人の域をとっくに超えていた。


「そうなのね…そういえばテラもそんなこと言ってたわね。ニナもどうも」

「どーもー」


 ニナは笑顔で返す。前に面識があるのだろう。


「それで、何ですか?」

「いいえ、別に何もないわ。新しい子が入ったっていうからちょっとお話しようと思っただけよ」


 ハティは私の隣に座り、片手に持っていた酒をあおる。


「それに、人類側(向こう)から来る子も少ないしね。あ、もちろん言いたくないことは言わなくて良いわよ?」

「そうですか?分かりました」


 その後は、ハティに聞かれるままに人類のことや最近の生活、戦闘のことなんかについて話していた。ニナは私とハティと一緒に話しているが、時々話しかけられ離席し勝負しては相手を酔い潰して帰ってきていた。曰くほぼ水とのことだ。


「お前ぇら!!片付けもあっからお開きにすんぞ!!騒ぎてぇ奴らはてめぇの部屋に行きやがれ!!」


 しばらくすれば、スコルの声が会場に響く。半分ほど潰れて寝ているが、残った者たちは元気に返事をして動き始めた。私たち死氷部隊の者に関しては、一応客人ということで城内の客室に通された。まだ騒ぐと言って誰かの部屋に行く者もいたが。



「はぁ…」


 ベッドに腰かけ、息を吐く。いつものように魔力を体内で循環させ、手元で色々と生み出して成形する。


「どうしよ」


 ニナやノレアはいくら何でも飲みすぎたとのことでもう寝ると言っていたし、いまだ遠くから聞こえるバカ騒ぎに混ざりに行く気も無い。


「……まいっか」


 外で景色でも眺めようかとも思ったが、結局城の中を散歩でもしようかと決め部屋を出る。一応立ち入り禁止の部屋もあるが散策くらいは好きにしてくれて構わない、とスコルが言っていたので心置きなく散歩できる。


「元気だなぁ……」


 自分の周りで鳥をくるくる回しながらゆっくりと歩いていると、色々な方向から騒いでいる声が聞こえてくる。そして、それらとは別に一つ足音が聞こえてきた。


「あ」

「あ」


 少しすれば、廊下で人影と出会った。足音の主、ハティとばったり出会ったのだ。


「こんな時間にまだ起きて……って宴会の時(さっき)も言ってたわね。寝ないって」

「はい。そっちこそ、こんな時間に何されてたんです?」


 ハティの恰好は、もうこれからすぐに眠るといったような姿だ。宴会の時にももう寝ると言っていたが、何かあったのだろうか。


「寝ようと思ったんだけど思ったより寝れなくてね。ちょっと風に当たって来たのよ。あなたは?」

「ちょっと散歩しながら魔術の練習を」


 回っていた鳥を自分の頭の上に留めて見せる。


「割と滅茶苦茶な精度してたけど……いつもやってればああもなるわね」

「まあ…そうですかね。ずっとこんなことばっかりやってれば」


 ハティは言いながら鳥に手を伸ばす。


「あ、やけどしますよ。私だから平気なだけで」

「ああ、そりゃそうね」


 制止されて炎でできていることを思い出したようで、手を引っ込める。戦闘中はそこまで精度は高くないが、今は造形だけを考えて作ってあるので全身が炎の色一色で染まっている以外は結構本物に近い。


「んー…なんて言うか…まあ、頑張ってね?」

「はい。ありがとうございます」


 最後におやすみとだけ言って別れた。これから眠るであろうハティは欠伸をかみ殺して去っていった。


「どうしようかな…」


 再び城内の散策を始めるが、別に行く当てもない。無数の部屋を眺めながらゆったり歩いていれば、屋上に出る階段を見つけた。


「風に当たるって言ってたのは上なのかな」


 思い出してみれば、ハティが来たのもこの階段の方からだった。ベランダのようなものは見当たらなかったし、屋上に居たのだろう。


「わぁ」


 屋上に出れば、風が吹いていた。特別高いわけではないが、建物自体が少し高い場所にあるので縁に近づけば町や海を一目で見渡せた。空を見れば雲一つない星空が広がっており、その美しい深淵に飲み込まれてしまいそうになる。


「綺麗……」


 赤道近くとはいえ、風と時間と季節のおかげで随分過ごしやすい。明日の朝まででも居れてしまいそうしまいそうで、思考に呑まれる前にここを離れることを決める。


「ん…?」


 ふと、もう一度だけ見ておこうと空を見上げると、不審な影を一つ捉えた。《強化感覚》があってなお見落としそうになるほどの小さな影。しかし、鳥や虫の類いでは無いことは分かる、恐らく人の形をしているであろう影だ。


「あれは…」


 見ればこちらに近づいてきているようで、少しづつ大きくなっているのが分かる。


「何……えっ!?」


 音がした。脳が直接揺さぶられ滅茶苦茶な負荷がかかるような音だ。巨大な振動が全身を貫いているのが分かり、まともにいうことを聞かない体をなんとか動かし回避に向かう。


「あっ…かっはぁっ…!!」


 おそらく攻撃を仕掛けてきたであろう空中の人影は、もうしっかり視認できる位置にいた。仮面をつけており表情は分からないが、どこか驚いているように見えた。


「『ユルサナイ』!!」

「……!?」


 人影は私が変身したのを見て驚いたようで、仮面越しからでもその驚愕が見て取れた。


「そうか…失敗した……!」

「【焔槍】!!」


 独り言をつぶやく人影に槍を放つ。宙に浮かぶ人影は、大きく動いて槍を避けると、こちらに向けて何か構えをとった。


「【子守歌(ララバイ)】!!」

「魔術!?くっ…」


 向けられた手に魔力が集まっているのを微かに感じた。攻撃は見えない。しかし、何かが来ることを魔力から直感した。何かが起こる前に回避行動をとり、横に転がる。


「【炎赤波烈(レッド・バースト)】!!」


 全方位から囲むように熱線を放つ。少なくとも、普通に回避しようとすればハティと同じレベルの速度と正確性が必要だ。


「【極大輪舞曲(グラン・ロンド)】!!」


 精霊無しで魔導を操り、空中を飛び、髪を見れば色が混ざっているのが分かる。目の前の魔者は何かの魔術を発動し熱線を打ち消した。


「【鎮魂歌(レクイエム)】!!」


 反撃の魔術が発動される。魔術の正体は「音」だ。しかし、分かったところで不可視のそれにはまともに対処できない。幸い腕を構えた方に飛んでくるようなのでそれを頼りに回避しているが、攻撃が見えないのは非常に不味い。


「くっ…【烈炎刃】!!」

「【受難曲(パッション)】!!」


 おそらく防御の魔術だったのだろう。炎の刃は音とぶつかり消滅する。


「【焼剣・円灼】!!」


 相手が防御した隙に一気に距離を詰め斬りかかる。音の魔術は不可視で回避や防御が難しい。ならば、まともに魔力を練る時間を与えないように動く。


「くっ…ぐっ…!!」


 どうも近距離戦はそこまで得意なわけではないようで、持っていた短剣で応戦していたがほぼ一方的に押されていた。


「【灰烈】!!」

「【輪舞曲(ロンド)】!!」


 振り下ろした剣が弾かれる。どうも傷を増やしながらもしっかり魔力を練っていたようで、反撃が飛来する。


「【幻想曲(アラベスク)】!!」

「【炎壁】!!」


 隙にねじ込まれた魔術へ防御を張る。しかし、音の魔術は炎の壁を無視して貫通し、私の耳までその力を届かせた。


「ちっ……【灰烈炎刃】!!」


 ただ、幸いダメージは無くすぐに反撃に転じることができた。炎の壁を解除し目の前の敵に剣を振るう。


「はっ?」


 確かに目の前に見えていた。気配も感じた。五感はそこに敵がいると告げていた。しかし、目の前の敵は、炎の剣を受けると煙のように消失し、無に帰した。そして、次の瞬間、背後から魔術の宣言が聞こえた。


「【極大狂想曲(グラン・ラプソディ)】!!」

「なっ…!?」


 対処は間に合わなかった。音が響き、振動が体を貫く。その暴力的で破壊的な音は、体を内側から破壊していった。ガラスが割れていくように肉体が崩れているような感覚が全身を襲った。


「がっ…はぁっ…!!」


 血を吐き出す感覚。熱い血液が口に満ちあふれる感覚。それを感じた刹那、全身の内側から痛みがあふれた。だが、その程度大した問題ではない。


「【炎赤波斬(レッド・ブレイド)】!!」

「なっ…!?」


 極大の炎の斬撃が敵に命中する。どうやら今の一撃で勝ったと思っていたようで、斬撃には全く反応できていなかった。


「ふぅ……」

「がっはあっ……」


 少し戦って分かったが、音の魔術が脅威なだけで、目の前の魔者本人はそこまで戦闘慣れしていない。


「けほっ……はぁ……ふぅ……」

「すぅ……ふぅ……」


 息を整えて次の魔術のため魔力を練る。互いに距離を取った今、少しの膠着が生まれたのだ。


「【茶番げ(バーレ)えっかっはぁあ!!!」


 そして、何かをしようとした相手がいきなり吹き飛んだ。


「大丈夫?何かすごい音がしてたみたいだから来たけど」

「……まあ一応大丈夫って言っておきます。ありがとうございます」


 そこには、銀色の強い輝きを纏ったハティが立っていた。

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