9 アイデア
「さて、行くか」
今日は昨日考えた案を試すために森に来ていた。
「手頃なオーガでも探そうかな」
《強化感覚》全開で森を歩いていると、すぐにオーガらしき気配を察知した。
「お、いたいた。周りに人は…いないみたいだね」
オーガを目視できる範囲に入り、人に見られないように周囲を確認する。人がいないことを確認し、オーガの前に出る。
「始めようか。ふうぅぅぅぅぅ…」
体の中で魔力を回し、末端まで送り届ける。
「GRUOOOOOO!!」
こちらに気づいたオーガが向かって来て殴りかかってくる。オーガのパワーは大体人間の3から5倍程度。魔女の体になり日に日に頑丈になって来ているとは言え、そう何発も貰うわけにはいかない。
「ふっっっっ…はあぁっっっ!!!」
素早く身を引いてかわし、オーガの右側から思いっきり殴る。
「ちゃんと止まれない…想像より速いね」
魔力を送り込まれた肉体は想像以上のスピードを出した。そのせいで少し制御が効かなくなったので、パンチが綺麗に入らなかったようで、大したダメージの無いオーガはすぐにこちらに向かってくる。
「GURUAAAAAA!!」
「今度は…はああぁぁぁぁぁ!!」
もう一度同じように攻撃をかわし、今度は正面から拳を叩き込む。
「GYOOOOOOO!?!?!?」
「よし…!!」
今度は最低限制御できたようで、綺麗に攻撃が通った。
「おおおりやあぁぁぁぁぁ!!」
「GUOOOOOOOOO!!」
オーガがよろめいた隙に最大限のスピードで連撃を叩き込む。
「だりゃあぁ!!!」
「GYOOOO!?」
最後の一発を叩き込んだ後には、ボロボロになったオーガの残骸が残っていた。
「うん。なかなか良いかな」
体に流れる魔力を感じながら思う。昨日思いついた方法とは、体、もっと言えば筋肉に魔力を送り込んで身体能力を強化する方法だ。筋肉が静止状態で持つエネルギーに魔力という膨大なエネルギーを流し込んで強制的に追加し、そこから生まれる運動エネルギーを増幅しているのだ。
「でもやっぱやってみて良かったよ。思ったより速かった。自分と魔力を舐めてたよ」
魔力の持つエネルギーも自分の持っていた魔力も強大だったらしく、想像よりもスピードが出て1回目は制御が効かなかった。
「まあ制御できたし良かった。スピードもパワーも想像以上だったし、ちょっと抑えた方が良いかな?」
オーガ相手に無傷で圧倒するのは、ちょっとCランクの範疇を超えてる気がするのでセーブすることを考えないといけないかもしれない。
「でも限界も試したいし、もう一個上のやつも試そうかな。またオーガ探そ」
実はもう一段上のものも考えているので、もう一体オーガを探して実験したいのだ。
「あ、燃やしとこ。ほいっ」
ボロボロになったオーガの死体を燃やして灰にする。結構疲れるが、前は炭になっていたところを今は灰にできるようになっていて、戦闘の証拠隠滅がしやすくなった。
「今度もすぐ見つかるといいな、オーガ」
オーガの死体だったものをばら撒いて証拠を完全に抹消し、《強化感覚》を全開にしてもう一度オーガを探し始める。
「うーん…いないなあ…。戦闘音かなんかにビビってどっか行っちゃったのかなぁ」
しばらく歩いても見つからない。最初の戦闘が終わった時はまだ昼前ぐらいだったはずなのだが、もう日が落ちそうになっている。4、5時間は探していることになる。
「こんなにいない?流石にあの一体だけなんてことは無いでしょ。…あ!」
《強化感覚》がオーガらしき気配をとらえる。
「やっと見つけた…さっきの奴よりなんか黒いな…。ま、いいや。やるぞー。ふううぅぅぅぅぅぅぅ…」
さっきと同じように体に魔力を送り込んでいく。
「ふしゅうううぅぅぅぅ…はっ!!」
熱気を帯びた息を吐き出し、オーガの方へ飛び出す。
「GUGYURUOOOO?」
「ちょっ、速っ!!うわあっ!」
しかし速すぎて止まれず、オーガの横を通り過ぎて後ろの木を粉砕してしまった。
「ふう…。もう一回…。はっ!!」
「GUGYUOOOOOOOO!!」
今横を通ったことでオーガ側もこちらの存在に気づいたらしく、こちらの方を向く。しかしその時にはオーガの眼前に私の拳が迫っていた。
「おりゃあぁっ!」
「GYAAAAAAAAAA!?」
オーガの顔面に一発綺麗に入り、後ろの木を2、3本へし折って吹っ飛んでいった。
「やーば。ちょっと速すぎるし強すぎるし…Cランクとかの話じゃないよ、これ」
これと魔術を合わせればキマイラを確実に無傷で突破できる、というレベルで強い。まあ速すぎて完全に制御が効いてないという問題はあるが。
「ん?え!?まだ生きてるのか。ちゃんと当たらなかったかな」
「GRUUUUU …。」
オーガはまだ生きていたようで、低い唸り声をあげてこちらを注視している。その目はまだこちらを殺そうとするもので、戦意を喪失した様子は無い。
「なら…もう一発だね。今度は魔術も乗せて…はあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「GUUUUURUOOOOOOO!!!」
私とオーガが同時に動き出す。今度は身体強化に加えて足の下で小さな爆発を起こしスピードをさらに上乗せする。私とオーガでは私の方が圧倒的に速く、オーガが拳を振り上げた時点で私の攻撃がオーガに当たる。
「GUGYAAAAAAAAA!!!」
炎を纏った拳がオーガに炸裂する。当たった瞬間、その場所が爆発して燃える。魔術の乗った拳を受け、オーガは断末魔の声を上げていた。
「…これ、すっごい強いけど全然制御できないや。しばらく封印だねこれは」
戦闘が終わり、そう漏らす。ちょっと失敗したら暴発しそうだし、それでなくても《強化感覚》込でやっとついて行けるスピードだ。下手に使えない。
「あ!人来ちゃった…死体…どうしよ。いや、いいや。とりあえず逃げよう。爆発は不味かったかなぁ」
《強化感覚》が付近にいることを告げる。オーガの死体を処理する時間は無さそうなので、速やかにその場から逃げる。
「ふう…とりあえずは一安心だね」
しばらく走って町に帰ってくる。
「目的は果たせたし、明日の試験も大丈夫そうだね。しかし、これ結構体に負担かかるね。この体でもちょっと疲れちゃったよ…ま、今日は帰って休もうかな。後のやつのせいで体ちょっと熱いし」
二つ目の方法は、最初の魔力による身体強化をする時の魔力を、炎が発生しないぐらいの高温にしてその熱のエネルギーでさらに身体を強化するというものなのだが、まだその熱が体に残っていて少し体が熱い。
「試験では熱は使わないでおこう。後、身体強化も控えめでやろう。制御怖いし」
明日の試験のことを考えながらいつもの宿に戻る。もう半分家だ。
「帰ったのかい」
「はい」
たった一言の会話だが、最初と比べて業務連絡以外の会話が生まれているだけでも大分変わったと言えるだろう。
「ふー、良かった。明日は大丈夫だね。もう暗いし、今日は寝ようかな…」
考えていた方法も成功し、明日の準備は万全だ。
「ああ、おやすみ…」
今日もまた、虚空におやすみを告げて眠りに落ちる。思考が溶けて無くなり、いつの間にか寝息を立てていた。
※
とある冒険者。
「なんだ、これは…」
依頼で近くの森に来ていたのだが、近くで爆発音がしたのでそちらに向かってきた。そこにはオーガの死体が転がっていた。
「これは…どんな戦闘があったんだ…正面から殴り合ったのか?しかもこの爆発の跡はなんだ?」
死体の状態を見て何があったか推測する。普通のオーガであっても正面から殴り合ったというのは驚くに値するのだが、人間にも不可能ではない。パワー自慢のCランク冒険者ならできるやつもいるだろう。しかし、このオーガはただのオーガでは無い。これはブラックオーガ、B+に区分されるオーガの完全上位種なのだ。
「最低でもB+、もしかすればAの実力のやつだが…今この町にブラックと正面から殴り合えるようなのがいたか?しかも爆発…精霊術の類も使えてこれだけの肉弾戦…何者なんだ…いや、魔物か?それは無いか。」
考えても全くわからない。町のギルドマスターならブラックにも殴り勝てるだろうが、彼は爆発する術なんて使えないし、今は町にいるはずだ。魔物がやった可能性も考えたが、魔物なら捕食の跡があるはずだ。
「なら彼女?いや、あの人は確か水の精霊と契約していたはず…」
マスター以外の唯一の心当たりのことを考えるが、爆発なんてできるわけが無い。
「まあ、ブラックを倒しているのなら敵では無いのだろう…それより、ブラックの出現自体が問題だな」
そう、本来ならオーガすら出現しないはずのこの森の入り口近くにB+のブラックがいることも問題なのだ。
「ギルドに報告だな」
事態が事態なので、受けていた依頼を一時中断してギルドに報告に戻る。
「すまない、緊急事態なんだ。先に報告をさせてくれ」
いつもなら文句を言ったであろう冒険者たちも、何かただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、すんなり受付に並んでいた道を開けてくれた。
「どうされたんですか?」
「二つ報告がある。一つは、前にオーガの目撃情報があった当たり、あの辺でブラックオーガが確認された」
「!!なんと…」
受付は非常に驚いていたが、報告はそれだけじゃない。
「それだけじゃない。二つ目は、そのブラックが死体で発見されたことと、マスターと彼女…水女王の2人以外の誰かのAランク級の誰かに討伐されていたことだ」
「そんなことが…。わかりました。ですがそのAランク級については…」
「ああ、それは今は良い。問題はブラックの出現だ。長くても一週間以内に大規模な討伐をした方が良い」
「…了解です。マスターにも報告しておきます」
「ああ、頼む。報告はこれで全部だ。ああ、割り込んで悪かった」
報告を終え、受付を離れる。
「あ、すいません、報告の件とは関係無いのですが、明日新しくCランクの昇格試験を受ける方がいらっしゃるのですが、試験官をお願いできないですか?もちろん報酬はお出しします」
「大丈夫ですが…なぜ私に?」
「A+のお二人は無理なのは分かっていただける思うんですが、あなた以外のB+以上の方がいないんですよ、ジェイルさん」
マスターと水女王の2人が無理なのはまあ察するものがある。しかしB+以上がそんなにいないのか。
「B+以上ならあなたがやれば良いのでは?」
「いやー、私は引退した身ですし、出来れば現役の方にと思いまして。それに私は受付の仕事がありますし」
「…そうですか」
面倒くさがっているだけな気もするが、まあ特に急ぎの仕事もないので承諾することにした。
「…分かりました。引き受けましょう。試験の方式は?」
「おまかせします。ありがとうございます」
「いえ、報酬も出ますしね」
その後も少しだけ会話をしたが、後ろを待たせることになるのですぐに外に出た。
「明日に試験か…まあ、有望な人材なら良いがな」
明日の試験とブラックオーガに思いを馳せながら、ジェイルは帰路に着くのであった。