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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
89/140

89 ウルカ対ハティ

「んじゃ、頑張れよ」

「頑張ってな」


 包帯やらなにやらで治療の跡の見えるブルースとラークに見送られ、闘技場に入場する。観客の熱は冷めておらず、熱狂の渦が私を出迎える。反対側からは、狼の獣人らしい女性が歩いてきているのが見える。


「さあいよいよ最終戦!!”死氷部隊”からぁぁあ!!”怨嗟の魔女”ウルカ!!」


 実況の声に観客が沸く。怨嗟の魔女なんて呼ばれていたのは初めて知ったがどこからきているのだろうか。


「対する!!”群”!!”殺戮狼”ハティ!!」


 目の前の長身の女性は、尻尾をゆっくりゆらゆらと揺らしながら歓声を受けて闘技場の中央まで歩いてくる。手足に簡単な防具はつけているが、およそ戦闘するような姿ではない。


「初めましてね。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ”殺戮狼”なんて言われているのに少し身構えていたが、ハティは優し気な笑顔でこちらに手を差し出してくる。手を取り握手を交わすと笑みを崩さないまま少し距離を取った。


「折角だからお話もしたいけど…それは後でね」

「そう…ですね」


 優しげな空気を崩さないまま対峙する。そして、会話が一段落したのを見てか、スコルが近づいてきた。


「うーし、始めるか。ルールは一緒だ。戦闘不能か降参までやる。ヤバそうなら俺が止めに入る」


 一瞬で一気に緊張が走る。ハティの纏う空気が変わり、張り詰めた空気が生まれる。


「試合開始!!」


 スコルの宣言でハティは一気に動き出す。風を切りこちらに一気に肉薄してくる。覚醒状態になる暇もない。


「シッッ!!」

「くっ…!【爆炎球】!!」


 ギリギリで反応し、爆発を自分とハティの間にねじ込み防御しながら距離をとる。ハティの拳はその恐ろしいまでの速度で爆発を無に帰していた。


「『ユルサナイ』!!」


 距離を取った隙に覚醒状態に移行し、一気に魔力を練る。


「【焔槍】!!」


 数十の槍がハティに向かって飛翔する。同時に、弾けるような音を立てて地面を蹴り、ハティも再度動き出す。


「ふッ!!」

「噓でしょ!?」


 ハティは、槍の雨の中を突っ切ってこちらに迫る。すべての槍を紙一重で回避し最短距離で距離を詰めてくる。大きく横に避けてくれれば少しの時間は作れただろうが、これではそうもいかない。


「【回炎鎧】【焼剣・灰烈炎刃】!!」

「ラァッッ!!」


 炎の剣と拳が衝突する。通常であれば、拳が焼き斬られて終わる衝突。しかし、実際に起きたことはそうではなかった。


「はっ!?」

「シィッ!!」


 剣の方が砕けて消え、ハティは追撃の拳を放ってきていた。


「【炎流波紋(エンルビート)】!!」


 何とか受け流すが、その速さと重さが体に響く。連撃の中、次への対処が少しずつ遅れ始める。


「ラッ…アァッ!!」

「ぐっ……【滅炎球】!!」


 拳の雨の中、傷を増やしながらもなんとか構築した魔術を放つ。自身とハティの間に生まれた火球は、一気に肥大化し闘技場の七、八割を埋め尽くすほどに巨大化する。


「ふぅ……」


 異常なまでの速さだ。炎の範囲の外まですぐに退避したことだろう。しかし、ダメージは無くとも、少し息を整え魔力を練る時間が手に入れば十分だ。


「【火ノ鳥】」


 炎が晴れれば、楕円の闘技場の端と端で向かいあう形となる。すでに作り終えた大量の鳥をけしかけ、自身は次の魔術へ意識を注ぐ。


「ちっ……ラァッ!!」


 槍よりは遅いが、多少なりとも不規則な動きだ。ハティは対処に苦労したようで、こちらに駆け出してくるころには魔術の準備は終わっていた。


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」


 三つの極太の熱線がハティに迫る。よくは見えなかったが、ハティは何か嫌そうな顔をした後、少し輝きを放ったように見えた。


「ウオオアァ!!」


 ハティは三本の熱線の内二本をかわし、最後の一本に向かって拳を振るう。拳と衝突した熱線は弾けて消え去ってしまう。


「嘘でしょ!?」

「シッッ!!」


 ハティはその勢いのまま距離を詰めようとこちらに迫ってくる。が、対処の準備はできている。


「【炎赤波烈(レッド・バースト)】!!」


 かつて見た竜の拡散する息吹(ブレス)。それをモデルに熱線を拡散させ幾重にも枝分かれさせ、逃場を無くし四方八方から熱線を浴びせる。


「シッ…ラァッ!!」


 ハティは熱線の僅かな隙間を縫い、避けきれないものは拳で対処し、肌に少しの焦げ跡を作ったのみでしのぎ切った。


「まあ、だよね……【烈炎刃】!!」


 大した傷をつけれないのは想定内だ。飛翔し炎の刃を放ち、とにかく距離を取って少しずつでも削っていく。


「ふぅ……ラァッ!!」


 刃は撃ち落されてしまい、ダメージは通らない。しかし、接近は許さなかった。さらに負担を掛けにかかる。


「【炎赤波烈(レッド・バースト)】!!」


 もう一度拡散する熱線を放ち負荷をかける。


「ちっ……」


 ハティは周囲を熱線に囲まれる前にその場を離脱した。今度は正面から突破を図るのではなく、大きく避けて再度距離を詰めることにしたらしい。


「【火ノ鳥】!!」


 今作れる最大の数、五十を超えるほどの鳥をけしかける。一度距離を取ってくれたので、鳥と熱線を中心に負荷をかけ続ける。


「しょうがないわね……」


 そんな言葉が聞こえた。次の瞬間、ハティが輝き、眼前に拳が迫っていた。


「がっはぁぁっ!?」


 自分は空中にいてかなりの距離があったはずだ。しかし、一瞬のうちに距離を詰められ殴られていた。薄っすらと見えたのは、音を置き去りにし衝撃波で炎の鳥を蹴散らしながら空を蹴ってこちらに迫るハティの姿だった。


「げほっ…【焼剣・円灼】!!」

「シッ…!!」


 地面に叩きつけられ隙をさらすが、なんとか剣を生成して反撃する。しかし、当然のようにいなされ追撃の拳が迫る。一つ救いがあるとすれば、先ほどのような超音速のスピードでは無いことだ。


「【炎赤波撃(レッド・バン)】!!」


 拳に拳をぶつけ相殺を図る。体勢も悪かったものの、なんとか相殺しきることができた。


「ラァッ!!」

「【極炎煌球】!!」


 一度防御を捨て、距離をとるため大火力を用意する。思い切り拳を食らってしまったが、先ほどの超音速の一撃よりはましだ。


「くっ…!!」


 暴力的に空間を満たす炎と熱にハティは距離をとる。私は何とか呼吸を整え追撃の準備を終える。


「げほっ……【炎赤波烈(レッド・バースト)】!!」


 枝分かれする熱線がハティを襲う。しかし、ハティは危なげなく回避し、こちらに迫ってくる。


「ふぅ……【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」


 三つの熱線を放ち、ハティを妨害する。しかし、当然簡単にかわされてしまう。


「【炎壁】【焼剣】」


 かわされるのは分かり切っている。肉薄される前に壁を生成し防御に備え、剣を生成し反撃に備える。


「ラァッ!!」

「【炎流波紋(エンルビート)】!!」


 壁だけでは砕かれて終わりだ。しっかりと受け流し、続く連撃も流していく。壁を挟んで対処すれば、ギリギリ連撃にも対応できた。


「ラァッ!!」

「ふ……」


 タイミングを見て受け流すのをやめる。拳が炎の壁を破りこちらに迫るが、それが命中する前に反撃を開始する。ハティは受け流される想定をしていた分、反撃への対応が遅れた。


「【炎赤波斬(レッド・ブレイド)】!!」


 熱線のエネルギーの乗った炎の刃。その斬撃はしっかりとハティを捉え、確かな傷を与え大きく吹き飛ばす。


「ぐあっはぁっ!?!?」


 ハティは一瞬だけ驚いたような表情をしたが、すぐに切り替え姿勢を整えこちらを見据える。しかし、流石に追撃に完全に対処するには間に合わなかった。


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「ぐっ…!!」


 ハティは転がるようにして回避する。良い状況とは言えない様子だ。


「【焔槍】!!」


 詳細は不明だが、輝いて超音速達するのには制限があるのだろう。使われないうちに畳みかける。


「ちっ…!!」


 これまでは余裕で避けられていた槍だが、体勢を崩した今なら十分に効果を発揮する。とにかく復帰と近接の妨害をし、勝負を決める一手の準備を進める。


「【焔槍】!!」

「くっ……」


 今度もしっかりかわしたものの、ハティの状況は依然悪いままだ。しかし、何かを決めた表情をしていた。


「終わらせましょうか……」


 ハティが輝いた。一度見た技だ。今度は強化された感覚がしっかりとハティを認識する。


「ウオアァァ!!」

「がっはぁっ!!」


 しかし、肉体が追い付かなかった。何とか腕を前に出し防御の構えを取ろうとしたが、間に合わず不完全な状態で蹴りを貰い、後ろに吹き飛ぶ。


「シィィアッ!!」


 攻撃が当たったタイミングで一瞬止まって見えたハティは、輝いたままだった。超音速の追撃が来る。そう直感する。


「ラァァッッ!!」


 今度は対処が間に合った。距離を離してからずっと溜め、練っていた魔力を開放し、超音速に対抗する。


「【極炎煌拳】!!」


 莫大な熱と炎を込め超高速で回転する火球。それを、【炎赤波撃(レッド・バン)】の時と同じように拳に込める。小さく、高速になったそれは、超火力をもって超音速と対峙する。これで勝負が決まる。そんな予感があった。


「はっ!?」

「なっ!?」


 衝突の直前、拳に衝撃が走る。まるで竜の鱗のように強固で、山のように巨大な何かにぶつかったような感覚だった。目の前のハティも、驚いたような表情をしていた。


「そこまで」


 そこには、左右の手で私とハティの一撃を受け止めるスコルが居た。


「んなもんぶつかったら闘技場(ここ)がぶっ壊れる。それに、お前らも無事じゃ済まねぇ。つーことで、ストップだ」


 スコルは、ああ痛ぇ痛ぇと言いながら軽く言う。こちらとしては片手で受け止められたことに絶句しているが、スコルはまるで大したことじゃ無いかのようにしている。


「……せっかくなら、勝負がつくまでやりたかったわね。()()が最後だったと思うし」


 ハティがぼやくように呟いた。私もハティも、最後の一撃で勝負が決まるというのは同じ意見だったようだ。


「ハティ、お前が全力で動くだけで闘技場にヒビ入るんだわ。あんなんぶつかったら余波だけで怪我人がでらぁ。それに、戦ってるっつても客人だぜ?大怪我させるわけにゃいかねぇだろ」

「……分かってるけど」


 ハティは納得はしているようだが、まだ少し不満そうな顔をしていた。


「はぁ……うっうん……この試合は、引き分けとする!!」


 スコルは少し呆れたような顔をした後、観客に向けて宣言した。少しは不満が出るようなことがあるかと思ったが、そんなことは無く、割れんばかりの拍手に見送られ。私とハティは退場した。

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