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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
83/139

83 獣人領

「ついたぁー!!」


 馬車を下りると、そこは小高い丘だった。海と町を一望できる場所であり、ここから歩いて別荘を目指すことになる。


「とりあえず、別荘に向かいましょうか。荷物置いてから何するか考えましょ」


 ノレアは麦わら帽子のつばを上げて景色を眺めるが、照りつける日差しに思わず手をかざす。


「そうだね。暑いし荷物かたさないと歩けなくなる」


 赤道に近いこの場所は、魔都では秋だというのに景色が歪むほどの暑さだ。


「そういえばウルカは汗かいてないね」

「ん?まあ私炎の魔者だからね。暑いのは平気だよ。みんなが炭になるくらい暑くても私は平気で生きてるだろうし」


 別荘に向けて移動を開始して少ししたところでニナに聞かれた。日差しは眩しいが、暑くはない。


「そりゃそうか…うらやましい」


 ニナはどこからか…恐らく神器から取り出した水筒から水を飲みながら言う。魔者になってからしばらく経つが、すこしづつ炎や熱への耐性が上がっている気がする。


「そういえばさ、ニナって獣人領(こっち)の人なの?」

「……うん。ヘルさんに拾われるまではこっちに居たよ。まあ海辺の町(このへん)じゃないしよくは知らないけどね」

「へぇ……そうなんだね」


 何か言い淀んだニナに、何かあったのかと聞くことはできなかった。


「ま、そんなことは良いよ。後で行きたいとことかあるか見とこ」

「…そうしよっか」


 話題を変えたニナに素直に従い、歩きながら周りを見渡す。町は獣人領というだけあって獣人が多く、割合で言えば七から八割程度が獣人のようだ。並ぶ店の内容は魔都とも大きくは変わらないものだった。


「む、あれは……!?」


 少しして、町の端に近づき人通りが減ってきた頃、先頭を歩いていたノレアが何かに気付いた。ノレアの目線の先に目をやると、そこには一人の獣人が手を振って待っていた。


「よぉ、待ってたぜ」


 こちらに近づいてきた知り合いらしい男は、耳と尻尾が強く主張する狼の獣人のようで、歳は25を越えるか越えないか程度に見える。


「何故わざわざ私たちのところに…?」

「ヘル様から聞いてたしよ、一応会っとこうと思ってな。新人も入ったって言うしな」


 男はこちら全員を見まわし、私を見たところで止まる。


「お前が新人か?今回は仕事じゃねぇが…どうせどっかで一緒に動くんだろうし、よろしく頼むぜ」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」


 目の前の男は笑顔でそう言った。死氷部隊の者()と仕事とは、軍の者なのだろうか。


「どんくらい居んだ?」

「24日間の予定です。天気が荒れたりすればもう少し早く出ますが」

「そうか。暇んなったらうちにも来いよ。戦闘狂どもの相手してやってくれ。その後で飯くらい出すぜ」

「はい。行きたい者が居れば行かせていただきます」

「そうか。待ってるぜ。ま、飯だけでも食いに顔出してくれよ。この間…つっても随分前だが、そん時の礼もしてぇ」

「いえ…仕事ですし……ですがありがとうございます」

「おう。じゃ、またな」

「はい」


 男はノレアと少しだけ話して去っていった。ノレアが敬語なあたり何か上の立場の者なのだろうか。


「ねぇニナ、今の誰?」

「あれ、知らないの?スコルさんだよ。四天王の」

「え」


 想像以上に上の立場だった。ノレアより上の立場の者がそもそも少ないとはいえ、まさかほぼ最上位の立場の者だったとは思わなかった。


「二回くらいしか会ったこと無いけど、まあ良い人だと思うよ」

「ふーん……まあいつか会うか」


 どんな人物かは良く分からないが、まあいつかは分かることだろう。今は気にするのをやめる。


「止まって悪いな。もうすぐそこだ。行こう」


 ノレアの声に皆歩き出す。ノレアが指さした方を見れば、普段の寮と同じかそれ以上の大きさの屋敷が見えた。門で閉ざされているが、ノレアはポケットから鍵を取り出して進んでいく。


「わぁ…」


 屋敷に入ると、豪華な内装が私たちを出迎える。さすがは四天王筆頭の別荘といったところか、もはや何がどうすごいか理解の及ばない、何となくすごいということが分かるだけの代物も多数見受けられた。


「とりあえず荷物置いて、買い物行こっ」

「ニナ!自分の部屋と分かるようにしとくんだぞ!後その前にご飯だ」

「あ、はーい」


 ニナがいくつかある寝室の一つに向かおうとしたとき、ノレアが言った。ニナは返事をして足早に部屋に向かっていった。


「元気だな」

「だねぇ」


 残りのメンバーも続いてそれぞれ部屋に荷物を片付けに向かう。私も部屋に荷物を置いて広間に戻る。


「作っても良いしどこかに食べに行っても良いけど、どうする?」

「あー、まあ外で良いんじゃねぇか?今日もう移動で疲れたしよ」


 全員が荷物を置き金銭や鞄など軽装となって広間に再集合して少し話せば、昼食にどこか店を探すことに決定する。


「どこかいいとこ在るかなぁ」


 町をゆっくりと歩きながら店を探す。海辺の町ということもあり、海の幸を提供する店が多いようだ。


「お、あそことか良いんじゃねぇか?」


 良さそうな店を見つけて入店する。奇跡的に六人が座れる席が空いていたようで、すんなり入ることができた。


「生って珍しいね」

「この辺だと多いらしいよ。例の変わり者の領主がどうとかでさ、生食始まったんだって」


 店は生で海産物を提供する珍しいものだった。この辺りでは一般的らしいが、初めてのものに少し臆してしまった。しかし、味は非常によく、素材と新鮮さの暴力で殴りつけてくるようなものだった。輸送の関係で、腐ったり腐らなくとも大きく劣化してしまう以上難しいだろうが、普段から食べたいと思う程度にはおいしいものだった。



「うーし……この後どうすっかなぁ」


 食事を終え、店から出た時ブルースが言った。大して予定など決めていないようで、少し唸って悩んでいた。


「一度別荘に戻るか。私たちは少し買い物するつもりだが、どうせお前たちはすぐ海に行くんだろう」

「間違いないですね。でも、それだったら僕らで戻ってるのでそのまま行ってきてください」

「そうか?じゃあ鍵を渡しておくから帰った時に気付くようにだけしておいてくれ」

「了解です」


 アルマが鍵を受け取り、ブルースとラークを連れて別荘の方へと戻っていった。


「行こ行こ」


 男性陣を見送った後、ニナに引っ張られてノレアと共に町を進んでいく。


「うん。でも行くっていってもどこ行くの?」

「色々回るつもりだけどメインはウルカの水着だよ?」

「え、いやいいよ。私なくても困んないし……」


 そこまで泳ぎたいという思いも無かった上、自分のことで迷惑をかけるのもどうかと思ってしまう。


「私とノレアさんも新しいの買うしさ。こっちで良いのを選んであげるからさ」

「そう…?まあじゃあお願いするけど……」


 ニナに案内されて町を進む間に言われる。


「ノレアさんもすいません」

「いや、私も楽しみにしていたしな」


 私とニナの後ろをついてくるノレアは優しく笑っていった。


「ここここ。前に来た時ここで買ったんだぁ」


 目の前にあったのは一般的な服飾店だ。最近オシャレという概念が非富裕層にも広まり始めているというのもあって、一昔前のただ着るものを売っている場所というようなものからは随分変わったように思う。人類の領域の服屋しか知らないが。


「どれが似合うかなぁ……」

「自分の見てからでいいのに…」

「いいの。人の服選ぶの楽しいしね」


 ニナは店に入るや否や私の水着を物色し始めた。時々私に合わせてみて唸ったりしつつ、次々に候補を減らしていく。ノレアは後ろで微笑んでこちらを眺めていた。


「ウルカはなんか無いの?こんなのが良いとかさ」

「えぇ?うーん……」


 水着を着ることも買うことも無かったので、特に好みなどない。ネルの好みで考えても、同様に着る機会も買う機会も無かったので分からない。


「分かんないなぁ……」


 自分でもいくつか手に取ってみるが、正直どれも似合う気がしない。そもそも店頭に並んでいるものが私よりもっと豊満な者向けのものばかりな気がする。


「そう?じゃあ……これ着てみてよ」


 最終的に三つほど選ばれ、店員に案内されて試着室に通される。着替えている最中に外からニナとノレアが自分の分を選んでいる声が聞こえたが、それはすぐになくなり私を待つ声に変わった。自分たちのものはすぐに決まったのだろう。


「やっぱり私には似合わないと思うんだけど……」


 着替え終わり、外で待つ二人に姿を見せる。自分で見ても似合っているとは言い難い気がする。


「……多分、自分で思っているより似合っているぞ?胸が無いのを気にしているのかもしれんが、気にすることでもなかろう」


 私の姿を一目見てノレアが言った。若干のコンプレックスがあることは否定しないが、今となってはもうどうでもいいことだ。美しかろうが醜かろうが別にどうでもいい。


「いや別に気にしてる訳じゃ……まあ似合ってるって言ってくれるのはうれしいですけど」

「……もうちょっと自分に自信持った方が良いと思うよ。胸気にするのも分かるけどさ」

「だから気にしてないよ。ただ、あんまり醜いもの見せらんないでしょ?」


 折角旅行に来ているのに変なもの見せられても嫌だろう。自分でも自分のことを醜いとまでは思っていないが、特別美しいとも思っていない。せめて自分に合った服装くらいはしていないと話にならないのだ。


「醜くないでしょ。自己評価どうしたの」

「いやまあ醜いとまでは行かなくてもさ、自分に似合わない変な服装は避けたいでしょ?」

「まあそうだけどさ………でもいっか。とりあえず、さっき渡したの全部着てみてよ」

「ああ、うん」


 その後は着せ替え人形にされながら褒め殺された。結局は二人の意思に従って一着買い、二人もそれぞれ一着とノレアはサングラスを買っていた。サングラスというものも例の変わり者の領主が作って広めたらしい。


「いやぁ、良いのあって良かったよ」

「結局似合ってる自信無いまま買ったんだけどね」

「大丈夫だろう。自分で思っているより美しいさ」

「…そうですか」


 買ったものを実際に使うのは明日以降になるだろう。いくつか店を回って帰るころには、空はオレンジ色に染まっていた。

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