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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
82/140

82 休暇

 プランナの件から数か月、戦争の噂は噂でなくなり、戦争は確実に始まることとなった。後半年もすれば始まると予想されており、軍の者と会うと普段よりも纏う空気が重い。


「昼飯どうしようか」

「ふぁあ……眠ぃ……後で俺がやろうか?」

「この前帰ってから暇だねぇ」

「その方が良いでしょ。いろんな意味で」


 死氷部隊(うち)に関しては空気が全く変わっていないが。


「ラーク、ウルカ、飯の前に軽く動こうぜ」

「お、良いですね」

「動きますかぁ」

「私横で見てる」


 私は部屋の中を飛ばしていた鳥を消し、ブルースについて行き外に出る。この数か月で魔物退治の仕事に何度か行ったが、最近はあまり戦闘できていない。それを寮にいるうちに補おうと、暇な日は決まって戦闘訓練をしているのだ。


「おっ!?今日は早ぇな」


 ブルースが扉を開き外に出ようとすると、アルマとノレアが居た。普段ならまだ仕事をしているはずなので、非常に速い帰宅だ。


「ああ。色々あってね」

「私も一緒だ」


 二人を見れば、荷物などもすべてまとめて持って帰ってきているようで、何かの用事のついでに寄ったというようではなく、完全に帰宅してきているようだった。


「君たちは?」

「ああ、飯前に軽く動こうかと思ってよ」

「私は見学だけどね」


 アルマは鞄を開いて中身を軽く整理しながら聞く。ノレアも机に何かの紙束を出していた。


「へぇ。僕も見てようかな。ノレアさんは?」

「…私も見学させてもらおうか」


 少し悩んでノレアは答えた。荷物を置いた二人は私たちについてきて外に出る。


「……どうするんだ?」

「後でいいと思いますよ。ご飯中とかでいいと思います。それに、ウルカが全力で戦うところ見てみたいですし」

「まあ、それでいいか。急ぎでもないしな」


 戦闘を始めようかという頃、ノレアとアルマが何か言っていたが、内容はよく聞こえなかった。



「そうだ、早く帰ってきた理由を言っとかないとね」


 戦闘訓練が終わり、ご飯を食べている最中、アルマが口を開く。


「ヘル様から直接休みをもらったんだよね。戦争前に休みを出せる最後のタイミングがここだから休んできてってさ。僕とノレアさんだけじゃなくて皆も一緒ね」

「休みですか?まあ私は普段と変わらなさそうですけど」

「俺もだな」

「俺も変わんないな」

「私も」


 休みをもらったらしい。しかし、アルマとノレアは普段から仕事をしているが、他の四人は普段から暇か長く出かけているかのどちらかだ。休みを貰ってもあまり生活は変わらなさそうだ。


「それがね、皆で遊びに行ってきなだってさ。北の方の獣人領のとこに海辺の別荘があるから遊んできていいよって言ってた。休みの間は仕事も一切振らないってさ」


 季節は秋が始まった頃、ヘルは休みだけでなく旅行先まで用意してくれたらしい。


「ほんとに?行きたーい」

「へぇ…たまにはいいなぁ」

「結構久しぶりだな」


 皆喜ばしいような反応をしており、皆で出かけるというのを楽しみなイベントとして捉えているようだ。まあ見ていれば分かるくらいには皆仲が良いが。かくいう私もどちらかと言えば嬉しいよりだ。


「……みんな行くってことで良さそうだね」


 ひとしきりわいわい騒いだ後、アルマが言った。


「そういえば、休みってどれくらいなんです?」

「一か月だってさ。どんなに移動にかかっても二十日は向こうで遊べると思うよ」


 結構な長さのようだ。戦闘組とニナはまだしも、秘書と警吏部隊長官にその長さの休みを出せるとは、中々気合が入っているように思える。


「休みは明日からだ。今日の午後に準備済ませて明日の朝に出る」

「「「「「はい」」」」」


 ノレアの声に皆が声を合わせて返事をし、そこからは皆若干食べるスピードが上がっていた。



「ウルカ、準備しよっ!」


 昼食後少しして、ソファに座って魔術の訓練をしていると、ニナが話しかけてきた。最近は互いに呼び捨てで呼ぶようになってきた。


「ノレアさんも誘ったけどもう準備終わってるんだってさ。だから二人でやろ」

「ん、やろっか」


 準備とはもちろん旅行の準備だ。正直何をするのかも分からないし、一緒にできるのは助かる。


「何持ってくの?着替えくらい?」


 ニナの自室で準備を始めると、ニナは自身のクローゼットを漁りだした。中は変装道具と思わしきものがほとんどを占めており、ニナは奥の小さなスペースに置いてある箱を引っ張り出した。


「んーとね、着替えもそうなんだけど……こうゆうのがいるんだよね」


 そう言ってニナが箱から取り出したのは、妙な質感をした下着だった。


「何それ?なんか変な感じするけど…」

「これね、泳ぐ用の服。水着ってやつなんだけどね」

「泳ぐの……?」


 ニナが簡単に説明したが、すんなりとは理解できなかった。泳ぐという行為は一部の漁師がする程度で、一般的にするものでは無いはずだ。


「泳ぐって言っても……なんて言うの?あの…すごい泳ぐわけじゃないよ。砂浜近くで遊ぶくらい」

「へぇ…まあ行けば分かるか」

「そだね。行ってみれば分かるよ」


 一旦納得して準備を進めることにする。


「とりあえず準備だよ準備。それで一個問題があってね。水着(これ)、旅行先でしか売ってないんだよね。ちょっと失礼するよ」


 ニナが私の後ろに回り、服の中に件の水着ごと手を入れてきた。


「うわぁっ!?何!?」

「…………私の貸そうかとも思ったけど……現地で買おっか」


 後の発言でニナが何を意図したのかを理解し、そして貸そうとしてくれた優しさだけを受け取っておく。


「私はこれでおっけーだね。後はウルカの準備だね」


 ニナはそう言いながら纏めた荷物に触れた。すると、荷物が突如として消失した。


「え?今何したの?」

「あれ?言ってなかったっけ?」


 私が驚きで固まっていると、ニナは少し不思議そうな顔をしていた。


「私の神器の話してないっけ?前に仕事した時とか……あ、言ってないや」

「神器?」


 ニナは少しだけ何かを思い返した後、説明を始めた。


「うん。私の神器。(ホワイトルーム)って言うんだけどね。大体……2m^3くらいの大きさの”箱”があってさ、それに重さも体積も無視して物体を詰め込めるっていう神器だよ。”箱”は物理的に存在しないから荷物の持ち運びがらくになるんだよね。ちなみに神器の本体はこれね」


 ニナはそう言うと服を捲って腹部を出した。そして少しするとみぞおちのあたりに何かの紋章が光り始めた。


「この紋章が神器の本体。これが体についてる人が”箱”を使える」

「へぇ……こんなのもあるんだねぇ……」


 これまで見たことがあった神器はすべて武器だった。武器以外の神器を見るのも初めてな上、紋章という特殊な形態の神器も初めて見た。少し驚いてしまい、その紋章をまじまじと見つめてしまった。


「ちょーっと恥ずかしいね」

「あ、ごめん」


 ニナが喋ると同時に光る紋章が消える。


「ま、そういうことで私は荷物運ぶのに鞄とかいらないんだよね」

「便利なものもあるんだねぇ…」


 神器はすげぇ道具、と聞いたのを思い出す。武器が多くを占めているとはいえ、すげぇ”武器”ではないのだ。


「まあ良いんだよ。ウルカの準備しよっ」

「えぇ…良いけど私準備するもの無いよ?」


 私の部屋に移動して準備を始める。が、私が持っていくものなどほとんどないので話すことも無く終了してしまう。


「……ねぇ、ほんとにそれだけなの?」

「うん」


 小さめの鞄に服が一セット、ある程度の金銭、後はタオルの類いが入ってそれで終わりだ。服は着ていくものともう一着あれば回せるし、最悪覚醒状態でいれば服には困らない。


「もうちょっと服とかいらないの?」

「二着あれば足りるし。最悪覚醒状態でいれば良いかなって」

「どうかと思うよ?ていうか、そもそもどれくらい服持ってる?」


 ニナに言われ思い返す。そして、自分のクローゼットを開いて数え始める。


「思ったよりいっぱいあったね」

「もっとあっても良い……ていうか、あるべきだと思うよ……最近はオシャレって概念も浸透し始めてるんだしさ」


 そうは言われても特別興味はない、というか、そもそもそんなことに意識を割けるような生活はしていなかったから良く分からない。一度だけそういった世界に踏み込んだ記憶があるが、オシャレだなんだということに関してはあまり覚えていない。


「……まあ私は良いよ。着るものさえあれば」


 それに、世界で唯一私を可愛く綺麗にオシャレに見せたい人は、もうこの世にいない。


「うーん……まあウルカが良いなら良いけどさ。気が向いたら調べたり買ってみたりしたら良いよ。楽しいと思うからさ」

「そう?まあ気が向いたらやってみるよ」


 いつか気にする時が来るのだろうかと思いつつ、準備を終える。用意した鞄をベッドの脇に置き、部屋を後にして一回に降りる。


「そういえばさ、旅行先ってどんなとこなの?行ったことある?」

「一回だけあるよ。綺麗な海を眺められる場所でゆっくりできるし。海も泳げるからいい場所だよ」

「へぇ……あれ、そういえば獣人領の方の海って危なくなかった?」


 獣人領は赤道の南、大陸の東端にあるだが、そのあたりの海は魔物の強さの平均が高い上、ランクにしてSランク級のものが沢山出ると聞いている。泳ぐどころか近づくのも危ないはずだ。


「あー、えっとねぇ…なんだったかあなぁ……確か、獣人の結構前の領主が別荘地にしようって言って、魔物退治したりして環境整えたとか。何か変わり者だったらしくてさ。海水浴を広めたのもその人なんだって」


 安全なようで一安心だ。


「あー、なるほどね。まあなんかたまに聞くよね。変わり者の領主とか人類の社会でも居た気がする」

「どこでも変わんないんだろうねぇ、それは」


 変わり者の領主なんてのはありふれた話だ。人類も魔族も歴史が長いし、生きていればどこかで出会うものなんだろう。


「まあちょっと言いたいことはあったけど……明日から楽しいといいね」

「【火ノ鳥】……そうだね。私も楽しみにしてるよ」


 ソファに腰かけ魔術の訓練を再開する。最近は寝ていないので、ほぼ切れ目なく魔術の訓練をしている気がする。


「いやぁ……楽しみだね」

「うん」


 戦争前だというのに、寮には穏やかな空気が流れていた。

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