81 悪魔
「やることは変わりません。悪魔の書、悪魔、アミィ、この三単語で探せるだけ探します。実際の本の研究は専門家に任せて歴史や資料を漁ってください」
「了解!」
警吏部隊の本部で会議が締めくくられた。プランナの持っていた悪魔の書について調べるために、人員が散っていこうと席を立つ。二分もかからないうちに部屋にいた者はほとんどいなくなり、最後に残ったラントも部屋を後にする。
「報告書書かないと…」
ラントは難しい顔をして呟く。少数の警吏部隊の人員と、多数の魔導の研究者による悪魔についての調査。ラントはその統括を任されていた。実際に詳しい調査をするのは研究者のほうで警吏部隊はその補佐にあたるわけだが、研究者とは別のベクトルで非常に忙しい日々を送っていた。
「少し遅れてしまいましたか」
「ん?あなたは……!?」
後ろから声が聞こえ振り返ってみれば、そこには紳士の恰好をした男が先ほどまで会議が行われていた部屋を覗いて立っていた。
「フォルネウス様!?」
「ああ、君がラント君かい?アルマ君から聞いてますよ。悪魔の件の責任者であっていますか?」
”統括者”フォルネウス。魔王の副官にして魔王軍の参謀。魔国の実質的なNo.2だ。
「確かにそうですが……なんのご用でしょうか……?」
「”悪魔”について心当たりがありましてね。私の方でも調べてみようと思いまして」
フォルネウスは優和な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「そうでしたか……分かりました。こちらに来てください」
少し考えて返事をする。現段階の成果の資料が自身の執務室に保管してあるのでそれを取りに向かう。
「進捗はどうですか?来歴ですとか、分かりそうですか?」
「……芳しくないです。”悪魔”なんて単語は物語でしか聞いたことがありません。時々、”悪魔”と称される者が魔族人類に現れることはありますが……そういったものとも関係ないようですし」
歴史的、考古学的な視点から来歴を探ろうにも魔国に存在する最も古い記録からしらみつぶしに探していっても”悪魔”に関する史料は無かった。それ以上探ろうにも聖歴以前の史料はそもそもほぼ存在しないし、その方向の調査はもう限界が来ていた。
「魔導的には?」
「それもダメです。そもそも何かの手段でロックでもかかっているのか調べることすらできていないようで……しかもごく一部調べられた部分に関しては専門家をもってしても何も分からなかったそうです」
魔導的な視点でも、研究は全く進んでいなかった。劣化古代技術や白炭の活用など、魔国は人類に比べ魔導が発展しているし専門家も多い。しかし、それでもなんの成果も得られていなかった。
「ふむ……そうですか」
「はい…まあ、見て頂いた方が速いかと」
ラントは机の引き出しから紙の束を取り出しフォルネウスに渡す。
「現時点での資料です」
「これはまた…本当に何も分かっていないんですね……」
紙の束といっても十枚も無い。中身もほとんどが「不明」か「成果なし」のどちらかが記載されているだけだ。
「現物はありますか?」
「今は研究者チームの手元にあります」
「一段落したら私の方に渡していただけますか?」
「分かりました。では……一応これの記入だけお願いします」
紙の山から一枚出してフォルネウスに渡す。ラントは悪魔の書の調査のトップであるので、書自体の管理権限も現在はラントにある。
「これで大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。連絡させていただきます」
「ああ。邪魔して済まなかったね。頑張ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
フォルネウスはこちらに背を向け去っていった。
「ふぅ…」
ラントは若干プレッシャーを感じていたが、それから解放されて少しの安堵を得る。それと同時に、全く進展の無かった悪魔の書の調査に進展がありそうで喜ばしく思っていた。
「……どうなるにせよ、とりあえず報告書か」
ラントの表情はフォルネウスに会う前よりかは幾分か晴れていた。
※
「ありがとうございます。下がって結構ですよ」
「はい」
二日後のフォルネウスの自室、悪魔の書を受け取った部下がそれを届けに来たところだ。部下はフォルネウスに本を渡したのち、すぐに退出した。
「ドーム」
フォルネウスが呟くと、透明な半球の結界が展開される。部屋を覆った結界は、内部の情報を遮断し漏らさない。
「……アミィ様ですか」
フォルネウスは受け取った本をパラパラとめくって呟く。
「一応…試しておきますか」
フォルネウスは立ち上がりゆっくりと歩いて部屋の中心に立つ。
「さて……」
フォルネウスから魔力があふれる。もしも魔力を知覚できる他の人物がここに居れば、驚きに動けなくなってしまうところだっただろう。
「おいで下さい」
フォルネウスが一言唱えると、魔力は目の前の本に注がれていく。しかし、本はなんの反応も示さない。
「……やはり、ダメですか。72人全員やられてしまいましたし、分かってはいましたが」
魔力が落ち着き、本が閉じられる。フォルネウスは席に戻り、本を置く。
「姿と名前を借りて2000年以上……私以外の6人も、72人の皆様も、消滅して長い。もう、復活も無理なんでしょうね」
残念そうにつぶやくフォルネウスの姿をとる存在は、もう一度立ち上がって本棚に向かう。
「開け」
命じられた本棚は魔力を受けて動き出し、扉が開くようにして本棚が静かにスライドし、奥から半分以上が空白の本棚が現れる。
「できればすべて集めたいですが…まあ優先事項ではないですね」
本棚にある本は、すべてアミィの悪魔の書と似たような見た目をしており、色や表紙の幾何学模様が少し違う程度だ。
「それに、集めたところで大した意味もありませんしね」
アミィの書をしまい、本棚に背を向ける。本棚は最初と逆の動きで閉まり、通常の本が並ぶ表のものに戻る。
「魔王様にも一応報告しておきますか」
取り出した紙にペンを走らせて簡易的な報告書を作成し、机の横に置く。
「後は……」
白紙の本を手に取る。そして魔力があふれ出し、白紙の本に注がれていく。机に広げた研究者のレポートを見ながら、魔導にロックをかけブラックボックス化していく。解明できた部分はコピーして貼り付ける。白紙だった本はみるみる色づき文字が並んでいく。
「炎を扱えないとはいえ、これが限界ですか。まあ…………十分でしょう」
見かけ上は同じ機能を持ち、違う部分は現代の魔導では解明できない、アミィの書の偽物が完成した。
「報告書を作らないといけませんね……」
最後の仕事として、ラントに渡す報告書を作らなければならない。もちろん真実を語るつもりは無いのでそれっぽいものをでっち上げなければならない。
「歴史を適当に漁って……何とかしますか」
歴史を漁り、「秘匿されていたもの」で「自分しか知らない情報」だったことにして悪魔について適当な報告書を描くことに決定する。必要な時にはよく使っている手だ。
「さて」
ドームを解除し机に設置された呼び鈴を鳴らす。その呼び鈴からは音は鳴らず、少しすると扉からノックの音が聞こえる。
「失礼いたします」
今日本を持ってきた者だ。ドアを静かに閉じ、姿勢を正して少し頭を下げている。
「これを魔王様に」
「はい」
部下は短く返事をし、静かにドアを閉めて去っていった。渡した書類はアミィの書が見つかったことに関する報告だ。
「ラント君に渡すのは三日後くらいがちょうどいいですかね」
部下を見送ったフォルネウスは、ラントに渡す報告書の内容を考え始めていた。
※
「ラント様、フォルネウス様からの報告書でございます」
「本当ですか!さすが仕事が早いですね。確認しておきます。ありがとうございます」
「はい」
悪魔の書をフォルネウスに渡して三日後、ラントの下に調査の結果が帰って来た。
「進展があるといいが」
報告書を持ってきたフォルネウスの部下が退出し、手元の書類仕事が一段落したところで受け取った書類を見る。
「これは…なるほど。確かにこれじゃあ普通に探しても見つかりようがないな」
書かれていた内容は、簡単に言えば、「1500年ほど前に劣化古代技術により生物兵器が作られたこと」「それが悪魔と呼ばれたこと」「研究の内容の倫理の問題と成果物の暴走により当時の四天王により秘密裏に処分され封じられたこと」「情報もすべて抹消され葬られたこと」の四点が書かれていた。フォルネウスは当時から存命なため知っていたらしい。また、本は本来悪魔の制御装置として機能するはずだったらしい。
「……どうしたものか」
最後に、「この件に関わった者はすでに全員死亡し、知る者は私と魔王様のみ。かつての過ちを公表するとすれば、本が歴史の表に出てきたこのタイミングが最善だろう」とも書かれていた。「判断は君に任せる」とも。
「アルマさんに相談するか……いや…忙しいあの人の邪魔をするのも良くない……」
悪魔の書の調査は大きく前進した…どころか、もう答えが出たと言っても過言ではない。それ以上に大きな問題が降ってきてしまった。
「はぁ……」
魔国には、闇の部分が多くある。魔族や人類関係なく、歴史が長ければ必然的にそうなっていくものだ。国と民が平和ならそれは良い。目をつぶる覚悟はある。だが、自分がそれを直接握るとなれば話は別だ。覚悟ができているいないという話ではなく、そもそも想定できていない。
「会議……はダメか」
会議にかけるのは望ましくない。もし最終的に隠すという結論が出た時に、秘密を知る者が増えてしまう。隠し通すのなら、今ここで自分が握りつぶすしかない。あるとしてもアルマに相談するかどうかだ。
「公表したとして……何が起きる」
想像できる中で一番面倒なのは、各地に眠る反乱勢力が勢いづくことだ。1500年前とはいえ、国の闇の部分など大義名分の一部になるに決まっている。
「公表するにしても戦後しばらくしてからか……はぁ……」
また、公表しないにしても良いことばかりではない。少なくとも大きな秘密を墓場まで持っていかなければならなくなる以上、生活の苦しみがぐっと増える。自分の負担一つで最良の結果が得られるなら良いと頭では分かっているが、どうにも嫌悪は完全には振り払えない。それに、墓までもっていったところでそれが最良とも分からない。
「はぁ……しょうがない……アルマさんに相談しよう……」
ラントは非常に苦い顔をして決断した。自身のキャパを超えていると、ある種最も正しい判断を下したかもしれない。
「はぁ……」
書類を見てからの数分で、ラントの顔は随分と疲れたものになっていた。




