80 プランナ
「包囲は?」
「完了しました」
警吏部隊の人員が少し離れた位置で建物を包囲したのを確認し、私とアルマは建物に向かって歩き出す。
「行こう」
「はい」
目の前の建物は町の中でも少し孤立した場所にあり、【滅炎球】のような広範囲を一気に焼き払うようなものを使わなければ私は十全に力を振るえる立地だ。炎が効かない以上あまり魔術を使う予定はないが、いざとなれば建物ごと吹き飛ばしたりすることも考えているのでありがたい。
「いらっしゃい。待っていたよ」
建物に入ると、プランナが待っていた。驚きも焦りも無い、余裕の嫌な笑みを浮かべ、本と白炭を持ち、待ち構えていた。
「【槍を成せ】」
プランナは今回は長々と語ろうとはしなかった。紡がれた言葉に反応し手に握られた白炭が炎に包まれ、その炎がそのまま槍の形を成す。炎の槍を構え、剣を構えた私とアルマと対峙する。
「【撃て】」
プランナは言葉と共に走り出す。私は炎を無視して突貫し、プランナの槍と私の剣が衝突する。
「はぁっ!!」
「くっ…!」
近接戦の実力は向こうの方が上だ。しかし、パワーとスピードで勝るこちらが結果的には有利だ。一瞬の衝突の後、プランナは少し後ろに吹き飛ぶ。
「ほらっ!!」
炎の球を斬り払い少し横から回り込んだアルマが追撃する。
「ぐっ…!」
プランナは崩れた体勢から何とか回避した。頬に薄っすらと傷をつけ、後ろに下がり距離をとった。
「【撃て】」
「【炎壁】」
空いた距離に炎の球が撃ち込まれるが、それは壁を生成し防ぐ。そして、プランナを囲うように展開された壁は私たちの姿を隠す。
「くっ…何っ!?」
プランナは横から飛んできた攻撃を槍で弾く。炎の気配では無かったその攻撃は直接斬りに来たものだと判断した対処だ。しかし、それは違う。弾いた剣は投擲されたものだ。
「おらあっ!!」
「ぐはっ!!」
プランナに拳が直撃する。防御が間に合わず血を吐きながら後ろに吹き飛ぶ。
「はっ!!」
アルマが一気に距離を詰めて追撃をかける。
「【壁を成せ】」
今のプランナに防御態勢をとる余裕はない。アルマの剣を炎の壁を生成して防いだ。しかし、剣を防げても隙が広がるだけだ。
「【焔槍】!!」
魔導は基本的に同時発動ができない。槍や剣を維持することはできても、同時に生成はできないのだ。壁を作る瞬間に狙いを定め、炎の槍を放つ。
「ぐっ…!!」
プランナは炎の軌道を歪める技を使えず、飛来する槍を避けきれずに傷を負う。致命傷ではないが、大打撃だ。
「はっ!!」
炎の壁が消えたところにアルマが追撃をかける。プランナは槍で受けるが怪我を負い体勢も悪い今の状況では打ち勝てるはずもない。傷こそ増やさなかったものの、さらに体勢を崩し後ろに吹き飛ぶ。
「【撃て】!!」
「【焔槍】!!」
放たれた炎の球は私が対処する。同じ数の槍を放って相殺し、アルマに道を作る。
「【燃え上がれ】!!」
プランナを中心とし、中空の火柱が展開される。前回はこれで三人吹き飛ばされたが、今回は問題無い。アルマは装備の耐性に任せ突貫し、私はアルマの周囲に炎で気流を作りサポートする。
「甘いね!」
「ぐっ…くっ…!!」
アルマの剣がプランナに命中した。命には届かないが、まともに戦える怪我じゃない。
「【盛りはじ…」
「【炎赤波斬】!!」
この時を待っていた。前回プランナが使用した炎の奔流を生み出し周囲を火の海に変えた技。それを使おうとした瞬間、槍を…白炭を持つ方の腕を狙い、手に持った剣を媒介にして魔術を発動し、斬る。
「がっ…あぁっ!!」
白炭が腕ごと体を離れ、練られていた魔力が霧散していくのが分かった。槍も消え、建物を囲うほどに巨大だった炎の柱も消えた。
「ぐぅ…はっ…ああっ…」
プランナは片腕の肘から先を失い、膝をつき本を落とした。新しい白炭を取り出そうとしていたが、それは間に合わなかった。
「【焔槍】」
地面に座り込むプランナに向け、いつでもトドメを刺せるように槍を生成し照準を合わせる。アルマは速やかに拘束して応急処置を施した。
「……殺しても良いと思ってたけど、まさか生け捕りにできるとはね」
魔国中で甚大な被害を出したテロ組織、行楽者。その首魁は、今拘束された。
※
「気分はどうだい?」
「良い気分だと思いますか?」
牢獄で椅子に座るプランナは、嫌な笑みを浮かべそうて答えた。
「な訳ないな」
アルマは軽く答えた。拘束され、自白剤を打たれているのだ。良い気分な訳はない。
「じゃ、質問に答えてもらうよ」
「ええ。何でもお聞き下さい。お答えしますよ」
プランナの表情は変わらない。自白剤が効いているのが少し不安になる程度にはハキハキと会話をしている。
「君が捕まった日、何故あの町にとどまった?もっと遠くまで逃げれただろう。戦力差は分かっていたはずだが」
自白剤の様子を見るのも兼ねて、最初に本筋でない質問をする。
「占ったんですよ。どうにも、どこまで逃げようがどんな手段で逃げようが、アナタ方から逃げ切るのは無理そうでしたから。ですから、警吏部隊のトップと強大な戦力を殺せる方に賭けたんですよ。魔国にとっても損失でしょう?まあ、失敗しましたがね」
すらすらと話すプランナに嘘をついている様子はない。意識がしっかりしていてハキハキと答えているあたり自白剤が効いているかは微妙だが、仮に嘘でも手掛かりにはなる。アルマは尋問を続行する。
「……そうか。まあ、それはどうでもいいな。本題に入ろう。テロの目的は何だい?」
「目的ですか?簡単ですよ。魔国に嫌がらせがしたかったんですよ。どうでしたか?国が揺らぐほどではないにしろ、中々損害は出せたと思うのですが」
そりゃ主義も主張も要求も無いはずだ。破壊と損害が最終目的なのだ。要求をするまでも無く、テロを行った時点で目的は完遂されるのだから。
「……次は、動機だ。なぜ、魔国に損害を出したかったんだい?」
「ワタクシの質問には答えて下さらないんですねぇ…残念です」
無駄口を叩くプランナを無視して尋問を続行する。
「動機は」
プランナは残念そうに表情を歪め、少しの沈黙の後に語りだす。
「……そうですね。ワタクシは、魔国も、この世界も嫌いなんですよ。ワタクシの大切な人を奪ったこの国も、そんな運命をワタクシに科した世界も。だから、国と世界に少しでも仕返しがしたかった。少しでも多くの不幸を生みたかった。これで、良いですか?」
実に簡単な理由だ。きっと、似たようなことを考える者はいくらでもいるだろう。魔国にも、魔国以外にも。偶然、力を手にしたのがプランナだったという訳だ。
「……国が奪ったというのは?」
プランナに問いかける。するとプランナは長く沈黙し、言葉を紡いだ。
「…………ワタクシには、家族が居ました。両親と妹、そこにワタクシを合わせた四人家族。平凡で、くだらなく、つまらなく、なんてことの無い、幸せな家族でした。ワタクシが九歳の頃、ワタクシを残し、皆奪われましたがね」
「よく覚えています。領主はニタニタと気色の悪い笑みを絶やさない下種だった。いつもとなりにいた軍人は、すべてを嘲笑し弄ぶ外道だった。領地を支配していた奴らは、絶対の権力と武力で好き放題していました。殺したいものを殺し、犯したいものを犯し、奪いたいものを奪い…辺境の土地だったことも災いし、横暴は止まらなかった。すべてが完全に隠蔽されていましたから、何の罰が下されることもありませんでした」
「想像できるでしょう?ワタクシの家族もその毒牙にかけられた。まだ若かった母は犯され、飽きれば殺された。父は遊び半分に拷問を受け、そのさなかに死んた。まだ子供だったワタクシと妹は、教育すれば使い道があると連れていかれました」
「妹は、まだ七歳でした。毎日犯され傷を増やし、一か月を過ぎた頃、心が壊れました。心が壊れてもその仕打ちは続き、三か月目には命が絶えて処分されました。男色家では無かったようで、ワタクシは遊びで拷問を受け、肉体労働に使われていました」
「あんな者が居て、それを放置する国に、なんの価値もありません。ワタクシは、可能な限りこの国に損害を与え、そして、すべてが終わればもう一度家族に会いに行く。そう決めたのです…………動機はこれで十分ですか?」
プランナは話を締めくくった。いつの間にか、嫌な笑みは消え去っていた。
「……どうやって……領主のもとから逃げた」
「偶然ですよ。奴らが白炭をため込んでいたこと、本を運び込む仕事をワタクシがやらされたこと、白炭の粉がワタクシの手元にあったこと、積まれた本が崩れてワタクシの目の前にあの本が落ちてきたこと、精神が摩耗したワタクシが暴挙にでたこと……数々の偶然が重なった結果ですよ」
アルマは知っていた。今から約50年前、辺境の領地で領主の屋敷が全焼し、その場にいた者が全員死亡した事件があったことを。その後調査が入ったことで悪政が暴かれることとなり、国中で連鎖的に調査が始まることになった原因の事件だ。警吏部隊の者なら犯罪史を学ぶ過程で必ず習う事件だ。
「……本について何か知っていることは?」
「ワタクシは悪魔の書と呼んでいます。本の中に”悪魔”という記述が散見されたからです。この本はアミィという悪魔の力を一部扱えるそうですよ。ワタクシが知っているのはこれくらいですね。まあ、何も知らないということです」
プランナは本については大したことを知らなかった。自白剤の影響下にあるはずなのですべて真実のはずなのだが、どこか信用ならない。
「…今日は終わりだ」
「そうですか。ぜひまたいらしてください。一人では暇なもので」
アルマは尋問を切り上げ部屋を後にする。ドアが閉まりほんの少しだけ風が吹き床の埃が舞う。そしてそれが収まれば、牢の中を静寂が支配する。
「……ワタクシは、薬に耐性があるんですよ。拷問の結果と、麻薬の実験に自分を使ったもので。まあ、真実しか話していませんがね」
一人残されたプランナはつぶやいた。




