74 ウルカ対キリア
「何なんだ…」
「……」
剣を構えた目の前の聖騎士は、構えをとってこちらを警戒している。隙の全く無い立ち姿は、達人であることを物語っている。
「人間…?」
「風の方か」
私の姿を見て一瞬困惑したように見えた聖騎士は、事前に確認していた風を操る女の方だ。
「【焔槍】」
「なっ!?」
数十の炎の槍を空中に生成し、照準を合わせる。
「ふっ…!!」
槍の発射と同時に聖騎士に向かって走り出す。
「防げ!!」
聖騎士が叫ぶと神器の権能が発動し、風のドーム状の防壁が現れ槍をそらした。しかし、その防壁自体はそこまで強力なものでは無いようで、槍を受けて霧散した。
「【回炎鎧】【焼剣・灰烈炎刃】!!」
「…!!切り裂け!!」
鎧を纏い、剣を生成して斬りかかる。聖騎士は神器の権能を用いて剣に風の刃を纏わせて防御してくる。だが、単純な火力ではこちらが上だ。
「ぐっ…はぁっ!!」
聖騎士は傷こそ負わなかったものの、後ろに大きく吹き飛ばされる。
「【炎赤波爆】!!」
熱線を放って追撃をかける。初撃は剣を選んだが、基本的に近距離戦をしてやるつもりはない。
「防げ!!」
熱線は命中直前で生成された壁に流されてしまう。どうも風の壁は簡単に壊れる代わりに渦巻く風が攻撃をそらす仕組みのようだ。
「そうだな…【灼時雨】」
生成された巨大な炎の塊が空中で弾け、雨となって降り注ぐ。
「防げ!」
展開された障壁は、炎の雨を流して防ぎきる。聖騎士は障壁と共にこちらに向かって走り出した。
「さすがに足りないか…【烈炎刃】!!」
炎の雨ではさすがに火力がたりず、風の障壁を破るには至らなかった。今度は刃を生成して障壁を破壊しきる。
「貫け!!」
こちらとは微妙に距離がある地点で聖騎士がそう叫ぶと、風の槍が生成されてこちらに飛来する。
「【炎壁】」
炎の壁を生成して槍を防ぎ、同時に槍とともに駆け出した聖騎士からこちらの姿を隠す。
「切り裂け!!」
「【炎流波紋】!!」
風を纏った剣の一撃は鎧を使って受け流す。聖騎士は少し姿勢を崩し、防御が一瞬遅れた。
「【爆炎球】」
「ふせがっはぁ!!」
手元で練っていた魔力を開放し、火球を生成して爆発させる。私は炎でダメージを受けないので無傷だが、対処の遅れた聖騎士は防御できずに大きく吹き飛ぶ。
「捨て身…いや、耐性か…」
「【焔槍】!!」
吹き飛んだ聖騎士に向けて槍を放つ。
「くっ…防げ!!」
聖騎士は素早く反応して障壁を展開するが、今回の目的は聖騎士に命中させることではない。聖騎士を囲むように炎の槍が地面に突き刺さる。
「【炎獄結界】!!」
地面の槍が一気に燃え上がり、周囲の家々を焼き払いながら聖騎士を囲うように円形の壁を生成する。
「なにっ!?」
聖騎士は驚いているようだったが、冷静に槍の命中しなかった障壁を解除して剣を構えて次へ備えていた。
「【焔槍】!!」
空に飛び上がり、逃げ場のなくなるように作った炎の領域の中を満たすようにして炎の槍を展開し撃ち下ろす。
「防げ!!」
聖騎士は、数十の槍のうち、命中しかねない範囲の十数本を結界で処理し、残りはその場から動かずに回避した。ほぼ予想通りの動きだ。
「【焔槍】!!」
「くっ…防げ!!」
追加の槍を生成し、一気に撃ち下ろす。聖騎士は砕けた障壁を再展開して防御するが、一度防御を選択した時点で圧殺しにかかる。
「【焔槍】」
槍を生成し続け攻撃の切れ目を作らない。聖騎士をその場に固定し続け、その間に魔力を練り両手の間に火球を生成する。口は【焔槍】の宣言を続けているが、思考のリソースはすべて手元の魔力に向かっている。
「別に硬くはないし…とにかく…範囲を…」
聖騎士の作る風の結界。【炎赤波爆】のような高火力なものでも風で受け流されてしまう。であれば、多少流されたところで関係のない巨大な魔術で広範囲を焼く。
「くそっ…一体何を…」
聖騎士はぶつぶつと漏れ出ていた私の声が微かに聞こえたようで、私の手元の火球と合わせて槍以外にも常に警戒し、防御をしながらも即応できる構えをとっていた。しかし、無意味だ。
「【滅炎球】!!」
魔術が完成し、手のひらほどの大きさの火球が放たれる。それは、普段使っているほかの魔術とは違い、ゆっくりと聖騎士に向かって進んでいく。
「防げ!!」
ゆっくりと進む火球は障壁の風によって流され、聖騎士から少し離れた地点に着弾した。
「なんだ…?いや今は…は?」
聖騎士が火球からちょうど目を離した時、着弾した火球が効果を発揮した。爆発したり、周囲に熱と炎をまき散らすのではなく、急速に肥大化し、炎の塊のまま周囲を飲み込んでいく。
「なんっ!?防げ!!」
聖騎士は最速で障壁を展開した。しかし、多少の炎を流せたところで障壁はすぐに破壊され、そのまま火球に飲み込まれる。
「……」
周囲の家屋を数個ほど飲み込み、巨大な、直径数十メートルまで成長した火球は、三十秒ほどその巨大な存在を維持し、霧散した。
「終わったかな…」
火球の消失を見届け、地上に降りようとしたときだった。
「がぁああっ…はっ…」
「ほんとに言ってるの!?」
聖騎士が、生きて剣を構えているのが見えた。
「吹け!!」
全身に火傷を負った聖騎士は、それを感じさせない声量で叫ぶと、風を受けて飛び上がる。生きていたことに驚いて反応が遅れてしまう。
「っ…!【焼剣】!!」
「渦巻け!!」
手に剣を生成して聖騎士を迎え撃つ。聖騎士は、剣に風を纏わせてこちらに突き出してくる。
「【柳燐】!!」
剣を振るう。しかし、反応が遅れた分防御が不完全だった。
「がっは…!!」
受け流しきれずに脇腹に突きを食らってしまう。
「切り裂け!!」
聖騎士はすでに追撃の体勢に入っていた。風を纏った剣が振るわれてこちらに迫る。
「【円灼】!!」
今度は遅れずにしっかりと対処でき、剣同士がぶつかり合う。
「【爆炎球】!!」
「防げ!!ぐっ…」
火球を爆発させて距離をとる。剣だろうと徒手空拳だろうと、近距離で勝負してはどうあがいても負けるのが目に見えている。
「【焔槍】!!」
「甘いっ…!!」
離れながら槍を放ち開いた距離をさらに広げようとしたが、こちらに向かってくる聖騎士に切り払われ失敗する。
「【焼剣】」
仕方なしに剣を生成して近距離戦の構えをとる。
「切り裂け!!」
「【灰烈】!!」
剣と剣がぶつかり合う。火力では勝っているはずだが、やはり技術の差で押されてしまう。速さもそれ自体はほぼ互角だが、動きに無駄がない分結果的には相手の方が速い。
「くっ…【円灼】!!」
「渦巻け!!」
もう一度爆発で距離を開けようと試みるが、あまり魔術に意識を向けると重傷を負いかねない。槍くらいなら意識を割かなくても作れるが、ほぼ密着している今は大した効果を発揮できない。
「【灰烈炎刃】!!」
「流せっ!!」
斬りあっていればこちらだけ少しづつ小さな傷が増えていく。火力を出して一気に決めにかかったが、風と剣に綺麗に流されてしまい大きな隙をさらしてしまう。
「切り裂け!!」
「くっ…ぐっは!!」
何とか剣を出し防御しようとしたが、間に合わずに袈裟に斬られてしまう。飛行の制御が甘くなり少し高度が落ちる。
「【爆炎球】!!」
「防げ!!」
少し落下したのに合わせて一気に高度を落として距離を作り、火球をねじ込む。しかし、聖騎士は降下しながら冷静に対処して距離が開くことを許さない。
「切り裂け!!」
「【炎流波紋】!!」
落下しながらの攻撃は何とか受け流す。しかし、距離は密着したままで依然として不利な状況は変わらない。
「【爆拳】!!」
地上に降り、剣を握る両手から片方を離して聖騎士に拳を叩き込む。
「ふっ…切り裂け!!」
拳は剣で受け流され、反撃の剣が振るわれる。
「【灰烈】!!」
剣と剣が衝突し、少しの膠着が生まれる。体勢が悪く、聖騎士と互角程度のパワーしか出なかった。
「魔女!もしも会ったらば聞きたいことがあった!」
鍔迫り合いのさなか、戦いが始まって最初の近距離での膠着。聖騎士が突然語りだした。
「【円灼】!!」
突然の出来事に困惑したが、取り合う気はない。剣を振るい戦闘を続行する。
「くっ、防げ!!」
聖騎士は語りにかまけることは無く、冷静に剣を受け流す。しかし、喋るのをやめはしなかった。
「一つ問う!魔女は、人の身でありながらなぜ人に牙をむく!」
「【灰烈炎刃】!!」
喋って集中を自ら断ってくれるのならば好都合だ。攻撃をさらに重ねて負担をかける。
「流せ!!」
しかし、近接戦闘の技術で圧倒的に負けている以上、どうにも突破口が開けない。魔術を作ろうにもそのほんの一瞬の隙を貰えない。
「なぜ無辜の民に刃を向けられる!なぜだ!答えろ!」
聖騎士の語り。無視したくとも勝手に耳に入ってきてしまう。
「切り裂け!!」
聖騎士は自身の聞きたいことを言い終えたのか攻勢に転じた。風を纏った刃がこちらに迫る。
「は!?」
聖騎士が困惑したのか驚いたのか声を上げる。
「ぐっ……」
どうにも語りが癪に障った。私は聖騎士の剣を防御せずに腹に受け、その間に魔術を完成させ反撃することを選んだ。自身の被害より、目の前の存在への攻撃を優先した。
「【炎赤波斬】!!!」
いつも使っている熱線の魔術。拳に重ねた時と同じように、剣と重ね合わせて思い切り振るう。
「防げ…がはっ!!!!」
聖騎士は何とか障壁を生成したが、炎の刃はそれを正面から砕いて聖騎士に到達した。左肩に命中した刃は聖騎士の左腕を切り飛ばし、大地を抉り、延長線上にあった家屋の残骸を灰の山に変えた。
「なんっ…!?いや…貫け!!」
腕を失い後ろに吹き飛ばされた聖騎士はそれでも冷静な判断を下し、すぐさま風の槍を放ってきた。
「【焔槍】!!」
風の槍に対し、一気に炎の槍を生成して迎え撃つ。風の槍は炎の槍一つと対消滅し、残った数十の炎の槍が聖騎士に向かう。感情と魔力が燃え盛り、自身が強くなり、そして感情に飲まれていくのが感じられた。
「防げ!!」
聖騎士は炎の槍を結界で散らす。だが、当然読めている。また嬉しいことに、腕を失くした時の痛みからか、神器の権能の制御が甘くなっている。
「【炎赤波爆】!!」
障壁が破壊された瞬間、練っていた魔力を開放して巨大な熱線を三つ放つ。聖騎士のいる地点で交差し、防御の間に合わなかった聖騎士が悲鳴を上げる。
「ごはっ…かっ…は…」
「【赤火縄】」
熱線が晴れ、体の末端が炭化している聖騎士を炎の縄で拘束する。万全な状態なら破られただろうが、全身火傷に重ねて体の一部が炭化するだけの熱で焼かれては拘束を破るだけの力は残っていまい。
「ぐっ…がっ…」
聖騎士が肉の焼ける匂いと音を放ちながらもがいているのが見えた。
「【炎赤波…」
手元の剣に魔力を込めながら接近する。ある程度近づいたところで剣を振るう。
「斬】!!!」
「がぁっ…!ああっ!!」
残った右腕を斬り飛ばし、腕ごと剣を切り離す。
「【焔槍】」
腹と脚に槍を刺し、聖騎士を地面に縫い付ける。
「笑わせるなよ、ナート教」
「な…にを…」
地面の聖騎士を見下ろし、質問を反芻する。
「お前らが、何もしなければ………!!無辜の民に冤罪を掛けて、刃を向けなければ……!!」
魔力と感情が燃えているのが良く分かる。感情に飲まれ、感情があふれ、感情が暴走する、何度も感じてきた感覚がそこにあった。
「魔女が生まれることは無かった!!無辜の民が死ぬことも、お前が死ぬことも無かった!!」
もはや何を感じて何を思っているのか、自分でも分からなかった。
「あの人たちは死ななかった!!」
自分では気づかなかったが、涙があふれていた。
「あの子は死ななかった!!」
記憶が脳裏に浮かんでは消えていく。
「お前達が!!何もしなければ!!」
もはや言葉が紡げているかも分からなかった。
「私は!!お前達を!!許さない!!」
気づけば、視界が濡れて前が良く見えなくなっていた。
「はぁ…はぁ…」
体から漏れ出た魔力が熱となり周囲を焼いていた。私の叫びが終わるころ、聖騎士はすでに焼かれて死んでいた。
※
「…」
聖騎士の死体は捨て置き、ゆっくりと歩いて司教の方へと向かう。司教は骨が折れたのか大きな木にぶつかった状態で座り込んで動けないようだった。
「……私の番ですか」
司教には恐怖は無く、すでに死を受け入れているようだった。
「【焔槍】」
無数の炎の槍が生成され、その照準が司教に向く。
「…司教、か。ねぇ、ナート教、信じてる?」
恐怖の一つも見せない司教の表情を歪ませてやりたくなった。信仰を否定してやりたくなった。
「…ええ。信じておりますよ」
殺さずに話しかけてきたのに一瞬困惑したのか返答まで少し間が開いたが、自信を持った回答がなされた。
「そう。じゃあ、死ぬ前に、魔女がなんで生まれたか教えてあげる」
「…そうですか。あなたの声はここまで聞こえていましたが…まだ分からないことがありますから、教えていただけるのならありがたいですね」
司教は終始穏やかな顔でそう言ってのけた。
「何を…いや…」
何を言っているか分からず一瞬困惑してしまう。
「恋人がいたんだよ。魔女の冤罪を掛けられて、殺された。私が魔女なったのは、それが原因なんだよ。その怨念が、憎悪が、怨嗟が、私を魔女にしたんだ。冤罪かけて、それでこんな化け物生んで、面白いよね。自業自得ってやつだ」
「冤罪…ですか」
司教の反応は、全くの予想外のものだった。宗教の善と正義を否定した言葉に、怒るでも絶望するでもなく、何かを一瞬だけ思案したようだった。
「それは…申し訳、ないことを………私一人じゃあ……許してはくれませんね」
司教は最期に、諦めたように、笑った。
「何それ」
空中に浮いた槍が放たれ、司教を焼き貫き命を奪った。司教は、私の心に何とも言いえぬものを残して死んでいった。




