73 ブルース対アロン
「お前は…」
「どーも」
目の前の聖騎士、アロンは、騎士とは思えない急所以外は守られていない鎧を纏い、剣を抜いて構えながらこちら見据える。
「俺か?俺ぁブルース。何だったっけな……ああ、そうだ。俺としちゃあ恥ずかしいんだが、”斧鬼”って言われてた気がするぜ。お前ぇは?」
「斧鬼…死氷のとこのか。俺ぁアロン。どうせ調べてんだろうが…神聖騎士団序列第十位だ。一応聞くが、目的は?」
互いに武器を構え、臨戦態勢で会話が続く。互いに隙を探り膠着が生まれる。
「調べちゃあいるがよ、顔知らねぇんだ。一応の確認だよ。んで、目的か?序列騎士二人と司教。死んでくれたらさっさと帰ってやるが…どうだ?」
燃える町で逃げ惑う民衆の声は、眼前の敵に集中した二人からは排された。緊張が高まり、臨界点に近づいて行く。
「そいつはお断りだな」
沈黙が訪れ、膠着状態が続く。そして、ある瞬間、二人が同時に動き出す。
「行くぜ、大還半!!」
「軌道決定、【隕石】!!」
剣と斧が大きな金属音を立てて衝突する。
「くっ…!」
「軌道決定、【流星】!!」
力負けして少し後ろに押されたアロンに追撃をかける。
「くっ…おらっ!!」
剣で受けられ急所を外される。だが、斧は腹に直撃し、大きな切り傷作る。一気に血があふれてアロンが後ろに吹っ飛ぶ。
「《自己再生》…さて…どう、だっ!!」
「むっ!?おらっ!!」
スキルによって傷を治したアロンはこちらに剣を振るう。斧でうけ事なきを得るが、明らかに先ほどより攻撃が重い。
「思ったより強化幅がでけぇな…軌道決定、【彗星】!!」
「ちぃっ…!!」
大きく楕円を描き回避と攻撃を同時に行う。剣で受け流されダメージは入らなかったが、少しを距離をとって一息つくことができた。
「ふぅ…」
回復できるスキルとラウラスの権能の相性はこれ以上ないくらいのものだ。できれば短期決戦かつ一撃で仕留めたい。
「『聖典よ、我に力を与え給へ』」
アロンはその一瞬の隙に聖典を起動する。
「食らえっ!【聖撃】!!」
「…!ぐっ…」
剣が輝きを放ち振り下ろされる。ただでさえ神器の権能で攻撃が重くなっているというのに聖典術も重ねがけされては普通に受けては力負けしてしまう。
「軌道決定…!【流星】!!」
「くっ…!!」
押された状態で軌道を描き、斧を振るう。神器の権能を用いればまだ力負けはしない。アロンを弾き、そのまま大きく跳躍する。
「軌道決定、【隕石】!!」
「ちっ…【聖盾】!!」
アロンに向かい突撃すると、アロンは光の盾を生成して防御する。しかし、その程度の盾なら簡単に貫通できる。
「ぐっ…おらあっ!!」
アロンも盾一枚で防げるとは思っていなかったようで、盾は威力減衰に使い捨て、剣でしっかりと防御してくる。
「まだ足りねぇか…」
「軌道決定、【隕石】!!」
アロンは腕が痺れたのか少し動きが止まる。その隙を逃すことなく一気に追撃をかける。
「しゃあねぇ…ぐっはぁああ!!!」
アロンはあろうことか防御を捨て、【隕石】の直撃を腹で受ける。斬られたというよりも抉られたというべき傷からは、血と肉が溢れ出る。
「…!?そう来るかよ…軌道決定、【彗星】!!」
即座に意図を理解し、最速で追撃を開始する。
「《自己再生》…【聖撃】!!」
しかし、回復が間に合い斧に剣を合わせられて防御される。そして、アロンの攻撃はまた少し重くなっていた。
「これでも少し足りねぇのかよ…」
「まずいか…?いや…」
少し距離が開き、膠着が訪れる。しかし、それは一瞬で崩れ去る。
「軌道決定、【隕石】!!」
「【聖撃】!!」
剣と斧が衝突する。まだわずかに勝っているものの、アロンの攻撃は最初よりもずっと重くなっており、力負けし始めるのも近い。
「軌道決定、【流星】!!」
「【聖盾】!!」
アロンは盾で一瞬だけ斧を止め、その隙に回避する。そしてゼロ距離まで肉薄し、剣を振るってくる。
「ちぃっ…!!」
「くっ…」
斧の柄で剣を受け止め、剣の勢いに乗って後ろに跳ぶ。
「【聖槍】!!」
「くそっ…」
距離が開いたところに聖典術の槍が飛来する。斧で叩き落して防ぐが、その隙に距離を詰められる。
「【聖撃】!!」
「軌道決定、【流星】!!」
詰めてきたアロンは剣を振るい、それに少し遅れて対処する。
「またやんのかっ!?」
「ぐっふぁああ!!」
剣と斧が衝突するかと思った次の瞬間、剣は斧の刃の側面を撫ぜ、斧は急所を外れた腹に命中する。
「《自己再生》!【聖撃】!!」
「軌道決定、【流星】!!」
アロンは即座に再生し攻撃を繰り出す。それに斧を合わせて防御するが、力負けして後ろに飛ばされる。致命に近い傷を三度受けたアロンは、大還半の権能によりブルースと星斧のパワーを上回った。
「面倒くせぇことになったな…」
本当なら力負けする前に一撃で仕留めたかった。しかし、それには失敗し単純に不利をとってしまった。
「さあ、越えたぜ…【聖撃】!!」
アロンが一気に肉薄してきて剣を振るう。パワーだけではなくスピードも上がっており、対処の猶予が段々と減ってきている。
「ちっ…軌道決定、【彗星】!!」
正面から衝突しては確実に不利をとる。軌道を描いて回避と攻撃を同時に行う。
「【聖撃】!!」
「ちっ…!!」
一撃目を回避されたのを見て、アロンはすぐに二撃目を放って後ろから迫る斧に対処した。ぶつかり合った斧と剣は大きく金属音を鳴らし、斧の方が弾かれる。
「【聖撃】!!」
「軌道決定、【流星】!!」
追撃に対し何とか反応するが、力負けしている上に体勢も悪かったため大きく後ろに吹き飛ぶ。
「傷もつかねぇのかよ…」
星斧のおかげで通常なら行動できないような体勢からでも軌道さえ描ければ行動できるので、体勢を崩されても防御できる。
「【聖槍】!!」
「くっそ…おらっ!!」
アロンは槍を放ちそれと共に距離を詰めてくる。足だけでなく槍も速くなっているように見えるが、距離があるのでまだ簡単に対処できる。
「軌道決定…」
槍を叩き斬り構えをとる。
「【聖撃】!!」
「【彗星】!!」
軌道を描き、攻撃を回避しながらアロンの後ろから斬りにかかる。
「【聖盾】!!」
軌道上に生成された盾は先ほどまでと同じように簡単に割れる。しかし、盾も硬くなっているのが感じられた。
「【聖撃】!!」
「くっ…!!」
盾に阻まれ勢いの弱まった斧は、正面から綺麗に受け止められてしまう。
「【聖撃】!!」
力負けして後ろに弾かれると、その一瞬の隙をついてアロンは踏み込んで追撃をねじ込んでくる。
「軌道決定、【流星】!!」
何とか軌道を間に合わせて防御する。しかし、軌道読まれて外されてしまい、左肩のあたりから縦に切り裂かれる。
「ぐはっ…!!」
幸い両断されるようなことは無く、剣を食らった勢いのまま後ろに後退する。
「【聖撃】!!」
こちらが距離をとろうと後退しても、アロンは合わせて踏み込んで追撃してきてそれを許さない。
「軌道決定、【流星】!!」
追撃に対し軌道を描いて対処したが、また軌道を読まれた。
「きっ…!かふっ……!!」
「やっとだぜ…!【聖撃】!!」
致命傷でこそ無かったが、大きく逆袈裟に斬られる。踏み込んだ勢いでそのまま追撃の剣が振るわれる。
「軌道決定、【隕石】!!」
真後ろに向けた軌道を描き、追撃を回避する。大きく距離が開き、次までの時間ができる。
「【聖槍】!!」
アロンは槍を放ち、一気に距離を詰めてくる。
「軌道決定、【彗星】!!」
それに合わせて軌道を描いて動き出す。決めきる算段は付いた。
「【聖撃】!!」
「軌道決定、【衝突】!!」
アロンの剣が輝き、斧と衝突する直前、自信と斧が現在進行形で描く軌道とは別に、斧単体の軌道を走らせる。軌道は読まれていたが、読まれていると読んでいるし、読まれる前提の動きだ。
「なんっ!?」
斧は剣の横から衝突して剣を弾く。そしてそのまま地面を抉り、最初の軌道が歪んでその速度を維持したまま真上に向かう。
「軌道決定、【流彗星】!!」
空中で斧を振るい、その刃から光が放たれる。
「くっ…!【聖盾】!おらっ!!」
アロンは崩された体勢で盾を生成し、勢いを弱めた光の刃を剣で何とかそらす。しかし、無傷ではあったものの、最初以上に体勢が崩れる。
「軌道決定、【隕石】!!」
「ごっふあああ!!!」
アロンは胴に斧の直撃を受け、血と肉を流しながら崩れ落ちる。
「《自己再生》…!!」
しかし、意識があり声帯が無事ならスキルを起動できる。致命傷だったが治癒して反撃に向かう。
「【聖げ…がっはぁ!!」
反撃に踏み込んだ時、真後ろから軌道に乗って帰って来た光の刃に背中を断たれ、聖典術が霧散し剣の構えも崩される。
「軌道決定、【流星】!!」
「がっはあああ!!」
崩れたところに正面から斧の一撃を見舞う。アロンはもう一度胴への一撃を食らい、後ろに吹き飛ぶ。
「《自己再生》」
もはや正しい発音か定かではないが、アロンはスキルで傷を癒す。傷は完治するが、ブルースはここで決めきれると確信する。
「軌道決定、【隕石】!!」
首から下への即死でない攻撃にも防御していたのを見て《自己再生》には限界があると読んでいたが、それが確信に変わった。傷の治りが遅くなっているのが見えたのだ。軌道を描いて畳みかける。
「ぐっはぁ…!!」
アロンはギリギリで頭は防御しているが、もう一度胴に攻撃を受けて後ろに吹き飛ぶ。
「軌道決定、【隕石】!!」
「《自己再生》…!」
治癒が開始されるが、目に見えて遅い。追撃が完治の前に命中する。
「ごっふ…!!」
四度目の直撃に今度は胴が完全に断たれ、上半分が宙を舞う。
「軌道決定、【流星】!!!」
その場で軌道を描き、再生の前に仕留めに行く。アロンはその一撃に対し、回避も防御もできなかった。
「ごふあっ……!!」
斧はアロンの首に命中し、断たれた首が胴から少し遅れて地に落ちる。
「げほっ…ごふっ…」
アロンが確実に絶命したのを確認し、傍の燃え残っている木に寄りかかって一息つく。
「はぁ…危ねぇなぁ…」
ヴェネミアを取り出して頭から被る。粘度の高い薄い赤紫の透明な液体は、触れたそばから傷を治していく。
「死ぬとこだったな…強かったぜ」
周りを見渡せば、戦闘前には居たであろう民衆はすでに一人もおらず、火は建造物が倒壊して燃えるものが少なくなったことで勢いが弱まっていた。
「さて…向こうは終わったかぁ?」
斧を担ぎ、ウルカがいるであろう方向へ足を踏み出した。




