71 シルグリア王都
シルグリア王都”シャータ”の宿の一室。アノヤキンに荷物を隠した次の日のさらに次の日。いつものように魔術の訓練をしていた時、ふと窓の外を見れば夜が明け太陽が昇っていた。
「…もう朝かぁ」
窓の外から手元の鳥に視線を戻す。最初の頃はぼんやりとした鳥型の何かであったそれも、今ではそこそこ精巧なものとなっていた。
「よっ…」
手元の鳥を飛ばすと、部屋の中をぐるぐる回り始める。その羽ばたく動きは、随分と本物に近づいていた。
「入るぜ」
「はい」
ノックの音が聞こえ、その後ドアが開いてブルースが部屋に入ってくる。
「おおっ?」
ちょうど私のところに帰ってきた炎でできた鳥を見て驚いたのか、ブルースは私の頭の上に留まった鳥から目を離さないでいた。
「そんなん使ってたか?」
「最近は使ってないですね」
ブルースは私の戦闘を思い出しているのか少し悩みながら言った。私はその間に頭の上の鳥を霧散させる。
「ほぉ…便利そうだが」
「そこそこ複雑に動かせたり奇襲に使たりで確かに便利ではあるんですけど、火力が低めなのと魔力を結構食うんで意外と使いどころが無いんですよね」
聖女に対してしたように、【帰巣】で真後ろからの奇襲をかけられたりするので便利で強いのだが、翼の結界や竜の鱗のようなものには傷一つつかないし、動きが複雑な分魔力を使う。最近は使う場面が無かったのだ。
「へぇ…そういうもんか。よく分かんねぇが」
ブルースは納得はしたようでうなずいていた。
「それでどうしたんです?」
「ああ、そうだった。暇なうちに今後の予定を確認しとこうと思ってな」
鳥の話を切り上げて本題に入る。ブルースは部屋に設置されていたテーブルに着き、私はその向かいに座る。
「よっ…と」
ブルースは手に持っていた紙をテーブルに広げ、こちらに見やすいように回転させる。そこには司教一行のおおよその行程予想が記されていた。
「予定通りなら、司教らがこの町に来るのは五日後だ。昨日か一昨日あたりに出発してるはずだな」
聖都からシャータまではおおよそ六、七日ほどかかる。奴らは現在移動中のはずだ。
「到着するまでは待機な訳だが、その後どう動くかだが…」
こちらから迎えに行くプランでは無いので、基本は待ちだ。
「狙うのは、奴らの帰り道だ」
「…どうしてです?」
折角教会の連中がターゲットなのだ。できれば早くヤりたい。はやる気持ちを抑え、質問する。
「……そうだな。まず最初に、いつ仕掛けるかってのは、向かう途中、町にいる間、帰る途中、の三択だ」
私から何かを感じたのか、ブルースは少し間をおいてから解説を始めた。
「向かう途中に仕掛けに行かねぇのは、向こうの道程を完全には把握できていないからだ。こっちから迎えに行ってすれ違うのは避けてぇし、もし会えても戦うのに不都合な場所でエンカウントしちまう可能性がある」
不都合な場所程度ならまだしも、すれ違ってしまったら目も当てられない。しかも迎えに行った場合は結構な確率で最悪の引きをすることになってしまう。
「んで、町にいる間に仕掛けないのは、町の中でおっぱじめたらシルグリアの軍がすぐに出てきちまうからだな。序列騎士に比べりゃあ弱い連中だろうが、相手にするのは面倒くせぇ。今回の標的はシルグリアじゃあなくナート教会だし、避けれるなら避けた方が良い」
今いるのはシルグリアの“王都”なため、大規模な軍が常駐している。その辺の軍なら単騎で勝ってやる自信はあるが、面倒なことには変わりないし、一人でも自身に匹敵する強者がいれば一気に大変になってしまう。
「その点帰り道に仕掛けるってなりゃあ、向こうの位置も正確に把握できるから好きな場所で戦闘開始できるし、町からある程度離れりゃあ派手にやっても軍はすぐには来れねぇ。まあ、そういう理由だな」
非常に分かりやすい説明だった。あくまでもこれは個人の復讐ではなく軍の仕事なことを覚えておかないといけない。それに、個人的にも軍の邪魔が入らず確実に仕掛けに行けるのは良いことだ。
「…分かりました。それで、具体的にどこでどうやって仕掛けます?」
「ああ。後ろを尾けて行って、いい場所まで行ったらそこで仕掛ける」
ブルースはそう言いながらシルグリアの地図を広げる。
「道程が分からねぇとはいえ予測はつく。一日行ったところの宿場町で仕掛ける予定だ。軍の類いは少数の警備隊くらいしかいねぇし、派手にやっても王都には届かねぇから軍が即派遣されることもねぇ」
地図上の指のさされた箇所は、シャータからだと馬車や徒歩で一日程度の距離にある宿場町だ。町は大きいものではなく、人口も少ないようだった。
「分かりました」
仮に警備隊がまとめてかかってきても瞬殺できる程度の戦力とのことらしいし、戦うには中々良い場所があるようだ。
「道程の予測が外れた場合だが、その時は…まあ良い感じのタイミングで仕掛ける。どこかで宿なり野宿なりで確実に止まるはずだからな。そこを狙う」
結局方針としては、道程の内容に関係なく「道程の中で休息時を狙う」ということらしい。
「それと、基本的に夜襲を想定してる。向こうも強いからな。少なくとも初撃で有利をとりたい。本当なら一撃目で殺しきれるのがベストなんだが、序列騎士が片方だけでも起きている可能性があるし、あんまり都合の良い想定はしねぇでおく」
序列騎士というのがどれだけ強いのかは知らないが、警戒するだけ得だ。奇襲をかけれるならその方が良い。
「最後に、実際戦うときにどうするかだ。分断して一対一を展開しようと思ってるが、どうする?」
「そうですね…それでいいと思います。こっちも別に連携が得意なわけでもないですし、序列騎士が連携得意だったりするとまずいですし」
それに魔術の都合上味方を巻き込まないように気を使う必要があるので、分断してくれた方が戦いやすいというのもある。
「分かった。じゃあ予定通り分断で行こう。相手の希望は?」
「どちらでも」
「そしたらそれはその場の流れで決めるか」
「はい」
戦闘のプランも大枠だけだが決定した。
「以上だが、何かあるか?」
「……大丈夫です」
少し考えてから返事をする。今は疑問や問題はない。
「なら良かった。何かあったら聞いてくれな」
「はい」
ブルースはそう言うと机上の資料と地図を片付け始める。
「んじゃ、朝飯食いにいくかぁ」
「そうしますか」
片づけを終えたブルースは伸びをしながらそう言って立ち上がり、その後私とブルースは街に消えていった。
※
五日後の司教と序列騎士がシルグリア王都に到着した日の夜、シルグリアの王城の一室で、護衛はシルグリアの騎士に任せるから少し休めとセタラから命じられたアロンとキリアは休憩していた。
「セタラ様が優しくて良かったよ、ほんとに」
「それには同意する」
テーブルを挟んで向かいあって座った二人は、今は鎧姿ではなく私服姿で談笑していた。
「しかしすげぇよな。セタラ様。俺らは序列貰ってから浅いからあんまり司教様の仕事見たことねぇけど」
「そうだな。セタラ様は司教でも最年長だし、その分もあるのだろうが…あの外交力は私たちに真似できるものじゃない」
昼間に後ろから見ていたセタラの姿を思い返す。ナート教の司教は他国に当てはめれば大臣や侯爵に匹敵する地位だ。それに恥じぬどころか世界中を探してもそうはいないほどの立ち振る舞いだった。
「おう。それに、わざわざ休めって命令してくれたのもありがたいぜ」
「ああ。命令なあたり、こちらを気遣っていただいている。恐縮な話だ」
くそがつくほど真面目なキリアは当然として、アロンも休めと言われたからと言ってそう簡単に休めはしない性質だった。命令の形にしてもらえたおかげで休めている部分がある。さすがに酒を飲んだりはしていないが。
「黒い噂もある司教の中で、最年長でありながらそんな噂の一つもなく、何かと派閥だのを持ち出す教会の上層部をまとめ上げている手腕は伊達じゃないのだろうな」
「ああ。序列騎士なんて上の立場になって、司教だろうと黒い噂があるのを知ったがよ…あの人からはそういうのも全く無ぇ。悪い話を聞かねぇのは、最近司教になったばっかりのムーナ様とセタラ様だけだぜ」
序列を得て、教会の上層部と関わる機会が増えた分、大人どもの汚い部分が前よりずっと見えるようになった。それでもナート教会が救っている人も多いので、離反などは考えていないが。
「ほんとに尊敬するぜ。それに…そういう黒い話はよ、これから変えていけりゃあ良いな。序列があがりゃあ権限も増すだろうしよ」
「そうだな。幸い、騎士団では悪い話は聞かん。変えていけるさ、きっと」
窓から星を見上げながら言い合う。アロンとキリアは序列騎士の中では下から2番目と3番目の若さであり、教会の中でも若い方だ。そこには若者らしい楽観と希望があった。
「そういやぁよ、セタラ様も正義を疑ったんかな」
「ん…?ああ、初日に聞かせていただいた話か。そうだな…私には分からないが、セタラ様は司教の歴が長い。その分色々な経験をされているのだろうし、実際に疑ったこともあるのかもしれないな」
セタラに聞いた話。正義に関するそれは、若い二人の心に深く刺さったようだった。
「俺はそもそも自分の正義なんてもんはふわふわして分っかんねぇけどよぉ…いつか分かる日がくんのかねぇ」
「さあな。私も自分の正義なんてものは分からんが…少なくとも、それを自覚するのに努力を惜しんではならんのだろうな」
二人とも神聖騎士団に入った時から、教義と法を守り、自らを鍛え民を守ることが正義だと思っていた。それが疑いようもなく正しいことは分かっているが、そこから踏み込んだ先に何があるのか、想像もついていなかった。
「そういうもんなんかなぁ…よく分かんねぇや」
「私もだ。まあ、今分かるものでもないんだろう」
キリアはどこか遠くを見るようにして言った。
「私もお前も、どこかで死なん限りはずっと聖騎士なんだ。いつか分かるさ」
「…ああ。そうだな」
セタラのように経験を積めば、自ずとわかってくる。そう信じることにしてこの話は終わった。
「…私はそろそろ寝る。休めと命じられているしな」
キリアはそう言うと立ち上がって大きく伸びをした。
「そうか。おやすみ。俺も寝るよ」
「ああ。おやすみ」
キリアはドアを開けて自分の泊まる部屋に戻っていった。ドアが閉じるのを見届け、アロンも立ち上がった。
「ふぁぁぁ…」
明りを消してベッドに寝転がったアロンは、大きく欠伸をしたのちに眠りについた。司教一行とウルカ達が出会うまで、後一日だ。




