70 司教と序列騎士
デルニアから王都方面へ向かう馬車には人はほとんど乗っておらず、二日目で十数時間もすれば少しの会話も聞こえなくなってきた。
「…」
窓の外を眺めながらぼーっとしていれば、色々な思考が流れて消えていく。いつも夜の眠る時間に考えてしまうようなことだったり、悪い夢を見たからって寝るのをやめるという選択肢が浮かぶなんて随分人間をやめたんだなとかだったり、これからの仕事のことだったり。目に映る景色を脳が正しく処理することは無く、ぼんやりとした景色を眺めながら思考が続く。
「えー、皆様、”アノキヤン”に到着致しました」
思考は御者の言葉に中断される。”アノキヤン”は、王都の一つ手前の町だ。つまり、荷物を隠す予定の町である。
「あぁ…長かったぜ」
ブルースは腰に手を当てながら大きく伸びをする。二日連続で十数時間も馬車に座っていれば当然だが、腰に随分とダメージが入っているようだ。
「そうですね…私も何となく疲れました」
実際に体に不調があるわけではないが、何となく疲れた、という感覚がある。
「おう。王都に行きゃあ休めっからそこまでだな。とりあえず荷物を処理しねぇと」
「そうですね。でもどうするんです?別に私有地的な物があるわけでもないんですよね」
これから荷物を隠して王都に向かうわけだが、荷物の隠し場所についてはまだ何も聞いていない。
「そりゃ今から探すんだよ。事前に用意できるもんでもねぇし」
人類の領域に使い勝手の良い土地を用意しておくなんてそうそうできることでは無い。しかし、ちょっと雑な気もする。
「探すって言ってもどうするんですか?」
「王都とかの大都市近くの町ってのはそこそこデケェ町が多いからな。空き家の類いがいくらでもあるし、曰く付きの物件とかで人が絶対来ねぇような物も一つか二つはあるもんだ。そういうのを探して荷物を隠しておく。いつもそうやってるぜ」
どうも方針はちゃんとあるらしい。
「なるほど…心当たりあります?」
「あると言やぁあるが…いった通り空き家だな。できるだけ長く放置されてるのだ」
「分かりました」
町の中をゆっくり歩いていれば、住宅街が目に入ってくる。この町自体住宅街の比率が高いようで、商店や各種施設はあまりなく、無数の家が並んでいる。
「…あの辺は良さげか?手入れされてねぇから草も蔓も伸び放題だが、それも都合が良いな」
しばらく歩いて見えてきたうちの一つの家屋。あまり大きくない家で、建物全体に蔓が巻き付き草が茂っている。
「確かに人は寄り付かなさそうですね」
「そうだろ?とりあえず入ってみっか」
人目を確認して家に侵入する。内部は蔓が侵入して植物が支配していた。床には埃が積もっており、人の出入りが全くないことが分かる。
「大丈夫そうだな。荷物置いて…んで、悪ぃが宿頼むぜ」
一応の確認で家の部屋をすべて見て回り、人の出入りが無いことを確認した後、ブルースは一室の床に荷物を降ろした。
「そうですね。路銀と武器だけ持って宿取りに行きましょ」
私も荷物を降ろし、ブルースと共に家屋を後にする。出る時も人目があるかを確認し、誰にも気づかれずに荷物を隠すことができた。
「荷物も地味に重かったからな。しばらくは楽できるぜ」
ブルースは腰に手を当てて伸びをする。
「テントとかかさばりますしね」
私とブルースは、この町のあまり多くはない宿屋の並ぶ方へ消えていった。
※
「アロン、出発だぞ」
「分かってるよ。ちゃんと時間通りに来てんだろ?」
「セタラ様をお待たせしているのだ。早くしろ」
ヴィスキア神聖国の聖都。ウルカとブルースがアノキヤンに到着したのと同じ日に、司教セタラと二人の序列騎士が動き始めた。
「そう焦る必要はありませんよ。急ぐ旅でもありません」
禿げた老人が言う。この老人が、7名の司教の内の一人、セタラである。
「寛大なお言葉、感謝いたします」
序列騎士の内の女の方、キリアが言う。
「シルグリア王都まで頼む」
騎士と司教は用意された教会の馬車に乗り込み、御者に指示を出す。
「セタラ様、今回って何しにシルグリアまで行くんですか?」
序列騎士の男の方、アロンは馬車の中で向かい合うセタラに聞く。性格的に少々雑なところがあるらしい。
「お前は…そんなこと事前に聞いているだろうが…!」
キリアが憤慨し、拳を握っているが、セタラが遮る。
「まあまあ、大丈夫ですよ。私には私の、お二人にはお二人の役目があります。それを果たせるのであれば何も問題はありませんよ」
「…はっ、感謝いたします」
要約すれば、別にこっちの仕事知らんでも良いけど護衛の仕事はちゃんとやれ、ということである。
「ですが、確かに知っておいた方が良いかもしれませんねぇ…お二人も序列騎士ですから、もしかしたらそういう場に出ることも増えるかもしれませんしね」
序列騎士とは、戦闘力のみで選出される神聖騎士団の12人の最強集団だ。しかし、選出理由はどうあれ、騎士団1万人と数百万人の神聖軍の頂点に立つ者となる以上、戦闘力さえあれば良いという風にはいかない。
「よくある仕事ですよ。我々はナート教の者ですが、それと同時に神聖国の者でもある。王侯貴族と仲を深め、外交的な味方を作るのも大切な仕事です」
セタラは語り始める。
「それと同時に、布教活動も我々の重要な活動です。政教分離を唱えるセカイ王国とその属国、独自の宗教が確立されているソロモン王国、そもそも行くことが不可能な日輪国。これらの国々以外では、ナート教は国教になるほどに広く篤く信仰されています」
当然、魔国にナート教が浸透している訳がないが、ナート教の扱いでは、名前に国とついているだけで魔国は国ではないという扱いなのだ。
「国の認めた宗教、というのは大きいもので、その宗教にはたくさんの信仰が集まります。先ほど挙げた国以外では、その九割以上がナート教の信者と言われています」
二つの大陸を合わせ、その人口の七割か八割は、信仰の強さの違いはあれど、ナート教の信者と言われている。
「ですので、布教活動をするとなれば、ソロモン王国かセカイ王国と属国になるわけです。外交でシルグリアに向かうわけですが、そこで民衆への布教も行います。今回の仕事はざっくり言うとこんな感じですね」
セタラは話が終わったところで手元の水を飲む。
「なるほど…分かりました。ですけど、外交とか布教って具体的に何するんですか?」
「外交に関しては基本的に司教を中心に行いますから、あまり気にしなくて良いと思いますよ。布教に関しては…あなた方の場合、特別なことは必要ありませんね。ただ誠実に、正しく在れば良いですよ」
聖騎士、特に序列騎士になるほどの実力者に多いが、自分が宗教に属する者だということを意識しておらず、自身の強さを追求している者がいる。そのような者にゼロから外交や布教を任せるわけにはいかないので、立場を得たものには教育をしなければならないのだ。
「お前という奴は…」
「いや、しゃあないだろ。知らねぇもんは知らねぇよ」
キリアは呆れたのか頭をかかえ、アロンはどこか不服そうにしている。
「そうですね。知らないのは仕方ありません。ただし、学ぶのをやめてはいけませんよ」
「…はい」
アロンは、うげっ、という風な雰囲気を隠しきれていなかった。セタラは子か孫でも見るかのような目線を送っていた。
「そうだ、爺の説教を少しだけ聞いて貰えますかな?」
「はっ!」
「はい」
「私ももう長くない歳ですからね…我がままで申し訳ないけれど、少し、聞いてほしい」
セタラは語りだす。仕事の話とは明らかに雰囲気の違う語りだった。
「お二人は、正義とは何だと思いますか?」
「正義…ナート教の教義と法に従うこと、そして神聖騎士として人類の平和を守ることだとかんがえています」
「…同じです」
キリアとアロンの答え。それは、神聖国に住むものにとっては一般的な回答だった。
「神聖国では皆そう答えるでしょう。神聖騎士として、というのも騎士ならそう言うでしょうね。しかし、教義と法に従っていようとも、歪曲した解釈で穴をつき、社会的に正しくない行いをしていたら、どう思いますか?」
「それは…許してはおけないことです」
「正義とは言えないと思います」
法に触れていないだけの悪行。ものによっては、ただ盗みを働くような悪よりも、ずっと悪質だ。
「お二人が最初に言っていた正義観。それは正しいと思います。しかし、今言った通り、裁けぬ悪というのも存在します。正義を定義づけるには法が必要ですが、法には穴が生まれてしまうのです」
法を守ればそれは完全な正義である、というのは理想だ。しかし、法の穴をついた法を犯さない悪がある以上、法を犯していないから正義、とは言えない。
「それに、お二人や私の言う正義は、神聖国のものです。国や環境が違えば、正義も変わってしまう。極論、殺人や盗みが良いこととされる文化があれば、そこでは殺人や盗みは正義となりますからね」
セタラも現実に見たことは無い。しかし、そこまで極端なはなしでなくとも、互いの正義が違ってしまうことなどいくらでもある。
「正義は可変です。ですから、長く生きていれば自身の正義を疑う時が必ず来ます。その時に、自身の正義を貫くのか、それともまた別の正義を見つけるのか。どちらも間違っていないと思いますが、必ずどちらかを選ばなければなりません」
セタラはどこか遠くを見るようにしながらそう言った。
「正義は、正しいこと、という曖昧で時と場所により変わってしまう言葉でしか表せないのです。ですから、お二人とも、自身の正義を疑うその時が来る前に、自身の正義の根幹を自覚しなさい。そして、自身の正義を疑う時が来た時、その正義を貫けるのなら、それがあなたの正義だと思いますよ」
セタラは話を締めくくった。聞いていた二人は気づかなかったが、話している最中、セタラは何かを振り返り、思い返しているようだった。
「…」
「…」
アロンとキリアは、返事もできずに考えていた。
「…爺の説教に付き合わせて悪かったね。何かを感じてくれたのなら嬉しいよ」
セタラは何かに悩む二人を見ながら微笑んだ。
「いえ。ありがとうございます」
「はい。色々考えてみます」
彼らがシルグリアに到着するまで、残り五日だ。




