7 初めての図書館
「はい、お疲れ様です。これで依頼達成となります。報酬をお受け取り下さい」
「ありがとうございます」
私はオーガを追い払った後速やかに冒険者ギルドに帰還し、報酬を受け取っていた。帰った時間はギルドにも人がたくさんいて冒険者でごった返しており、ギルドに併設されている酒場では昼から飲んでいるであろう飲んだくれもいた。
「後すいません、一ついいですか?」
「?はい。なんでしょう」
今対応してくれている受付の人は、一瞬だけなんだろう?と言う顔をしてから話を聞いてくれる。
「実は今日薬草を採りに行った森の浅いところで本当ならいるはずの無いオーガを見かけたんです」
「…なるほど。了解です」
私がオーガの報告すると、受付の人はさっきまでの微笑みを引っ込め、すぐに真剣な顔になり質問してくる。
「細かい場所と時間は?」
「場所は森の入り口から十五分程度行ったところ、時間はお昼を少し過ぎたくらいだったと思います」
「なるほど…情報、ありがとうございます」
簡単に答えると、その話はすぐに終わった。私はついでに気になったことを聞いてみる。
「私みたいな新人の情報でもちゃんと聞くんですね」
「当然です。追加で調査はしますが基本的にギルドは冒険者を疑いません。それに嘘が発覚すればペナルティが貸されますし。まあ、今回は他の冒険者さんからも本来ならその場所に出現しないはずの高ランクの魔物の目撃情報が沢山あるっていうのもあったんですけどね」
きちんと説明してくれた。そうか。基本疑わないのか。
「へえ。そうなんですね。すいません、こんなこと」
「いえいえ。では、依頼、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
報告も終え、ギルドを後にする。今日はまだまだ時間があるので、図書館にでも行ってナート教や魔女について調べることにした。
「さて…図書館はこっちか」
ギルドを出て宿の方とは反対に向かうと役所や衛兵の寮、領主邸などがある方に向かう。図書館は国営の施設なので、その方向に一緒に建っているらしい。ちなみにこの町が栄えているのはこの国営図書館があるところに町ができたからだったりする。
「お、ここか」
図書館はすぐに見つけることができた。
「身分証の提示をお願いします」
中に入ると身分の証明を求められる。さすがは国営だ。
「これです」
今日作った冒険者証を提示する。
「…確認できました。Eランク冒険者ですと、一階のレベル1までの閲覧となります」
すぐに確認ができたようで簡単に入ることができた。ちなみにレベルとは、本の秘匿性、または有害性の高さのことでレベル1から5まである。レベル2までは一般人でも身元がしっかりしていれば閲覧できるが、レベル3は貴族などの一部の立場の人間か冒険者ランクB以上の上位者のみ、レベル4は高位の貴族か冒険者ランクA以上の超上位者のみ、レベル5は王族クラスか4人のSランク冒険者のみしか閲覧でき無いようになっている。それにレベル3以上では法律で守秘義務が発生することになる。
「レベル1しか見れないけど、まあ探すだけ探してみるか」
図書館なのでいつもより小声で呟き、ナート教関連の本を探し始める。ナート教の本には魔女の記述もあるはずなので、まずはそこから探し始める。
「どこだろ…あ」
少し探すと、歴史の本とナート教関連の本が沢山並んでいる棚があり、聖典の写しをはじめとして、「聖暦前歴史書紀」「英雄紀伝」「英雄伝之壱『侍』」「ナート教精神諸論」など、歴史書や半分歴史小説のようなもの、ナート教の解説をしているようなものが並んでいる。
「なんか似たような内容ばっかり…」
何冊か手にとりパラパラとめくって軽く内容を見つつ、最終的にその中から「ナート教と魔王と戦争」と言う本と「ナート教徹底解剖〜世界宗教の内情とは〜」と言う本の二冊を選び、テーブルに持っていく。
「えーと、なんだって…」
本を読み進めていき、一冊目が読み終わる。
「これ、大分歴史書だわ」
一冊目には、2000年前の魔王降臨と現在のナート教の台頭から、人類と魔王軍の戦争を軸に歴史が綴られていた。魔王と魔王軍に少し興味が沸いたが、あまり教会についての情報はなかった。しかし、魔王軍に所属すると言う魔女に関する記述があった。
魔女ヘル
氷の魔術を操る者。最古の目撃例は1000年ほど前であり、当時の第3次聖魔大戦で誕生したと思われる。現在確認されている唯一の魔女である。(ナート教と魔王と戦争 より)
「私以外の魔女…。あってみたいな」
そう言って次の本を手にとる。今度は歴史書みたいなものでもなく、ナート教の詳しい解説が載っていた。
「あった…魔女の記述…」
ナート教の解説の中にも、当然魔女の記述もあった。
魔女、それは教会に討伐対象として制定されている、人間の中でも「魔術」を研究し、悪魔の儀式を行い、人類に仇なすとされている異端者だ。これまで記録に残る限り2000年で約6500人、一年で3人と少しの魔女が討伐されてきた。神託が下されると聖騎士が派遣され魔女は討伐されるのだが、歴史上魔女の討伐の失敗例は魔女ヘルの例のみで、一般的に魔女の強さは冒険者ランクで言えば平均A程度である聖騎士よりも下であると考えられている。(ナート教徹底解剖 より)
「魔女は人間じゃないでしょ。私が人間じゃないんだから。本が間違ってる?それに魔女ってそんなに弱いの?それにあの時ネルを討伐しに来た聖騎士、あのキマイラクラスに強いとは思えない。どういうこと?あの聖騎士が特別弱かったのかな?」
記述と実際の魔女や聖騎士を比べて少し困惑するが、聖騎士は多分奴が弱かったのだろう。魔女は…分からない。
「ん、教会の内部構造…」
疑問は一旦置いといてさらに読み進めて行くと、今度は教会の序列など、内部の簡単な構造についての記述を見つける。
ナート教の運営における序列の話をしよう。ナート教では教皇を人界における神の代理者として最高指導者とし、全世代において教祖である聖人ナートの名を「ナートn世」と言う形で襲名すると言うのは前章でも書いた通りだ。そしてその下の役職には、教皇の直接任命する大司教と司教、その下に司祭とその補佐の助祭、さらに下に修行中の身である修道士、修道女が位置するのだ。町の教会で神父様と呼ばれる人は一般に司祭で、大きな教会であれば司教である場合もあるだろう。また、前述の役職以外にも教会には役職が存在し、教皇直属の軍である聖騎士団の団長と、教皇に認証される聖女がいる。それぞれ教会のNo.2である大司教と同等の権限を持っている。(ナート教徹底解剖 より)
「まあ、まず教皇を殺すのが一番かな?」
単純だが、教会を潰すにはトップとそれに準ずる者を殺すのが一番な気がする。
「まあレベル1じゃ常識程度だよね。さすがの私でも知ってるようなことばっかりだったし」
二冊目も読み終わり図書館を後にする。今日の収穫は、ナート教の教祖がナート一世なことや「神」とだけ呼ばれている唯一神を信仰していること、教会内部の簡単な序列など一般常識程度の情報と、魔女についての謎だけだった。
「…もう今日は図書館も閉まっちゃうし、そろそろ切り上げるか」
館内の時計を見ると、もう18時前で、そろそろ閉まる時間だ。この図書館は18時に閉まるのである。
「しかし、あんまり収穫は無かったかな?まあ、聖暦前書紀とか英雄紀伝とかナート教精神諸論とか、気になるやつは他にもいくつかあったし、この町にしばらくいるつもりだからもうちょっと調べてみようか。」
図書館を出て宿屋のある方に向かいながらそう漏らす。
「ま、借金も返さなきゃいけないし、冒険者ランク上げるかな。報酬も上がるし、読める本のレベルも上がるし。」
図書館はギルドよりも宿の近く、すぐに宿に着いた。昨日泊まった宿にもう一度入り、受付のお婆さんに声をかける。
「すいませーん」
「…また来たのかい」
「はい。今度は10日お願いします。空いてますか?」
「そうかい…空いてるよ。35000シエンだ。昨日と同じ部屋だからね。ほれ、鍵だよ。持ってきな。ああ、後あんたが泊まってる間はあんまり掃除しないからね」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
お金を払い、鍵を受け取って部屋に向かう。昨日と同じように無愛想だが、特に悪印象は感じない。
「ふー、疲れ…てはないか」
ベッドに乗りながら呟く。
「人外だねぇ…。それに、まだまだ暑いはずなのに暑く無いんだよねぇ」
森を歩き回り、図書館で調べ物をしたが、あまり疲れていない。それにまだまだ残暑の残る季節だが、暑いと感じないし、今日もまた自分が人間から遠のいていることを実感する。
「明日はまた適当に依頼受けて、時間次第で図書館かな…」
明日以降のことを考えるが、これと言って新しいことをするつもりは無いので、しばらくは似たような日々を送ることになるだろう。
「あんま眠くないや」
そういえば今日は食事は摂ってない。大丈夫なことが本能で感じられてはいるが、体が持つか不安になってくる。
「人間の中でも、か」
今日読んだ本の記述を思い出し思案する。
「私は確実に人間じゃない。そりゃ元は私も人間だったけど…体力も、欲求も、何より魔力と魔術が違う。人間と魔女は絶対に別の生き物だよ」
自分が魔女になった時のことを思い出す。
「あの時…自分の中にあったものが壊れて、自分の中の魔力を自覚した感じだった。それでその時人間じゃなくなった…」
そう、自覚したのだ。当然、その自覚した瞬間に大きく変質したのは感じたが、問題はそこでは無い。本来人間は魔力を持っていないはずなのだ。 矛盾に気づき、考え始める。
「本当はみんな魔力を持ってる?いや、私が特別だった?」
みんな魔力を持っているなのならば、みんなが私と同じだったなら、6500人の魔女がいて全員が討伐されているはずがない。ならば…
「私と、魔女ヘルが例外の個体だった?いや…わかんないや」
今日の情報と自分の経験だけでもかなり考察できそうだったが、今はいくら考えても分からなかった。
ちなみにこの考察、意外と当たらずとも遠からずで結構いい線いってるのだが、答え合わせなどできる訳も無いし、本人はそんなこと知るよしも無かった。
「やっぱり最低でもレベル3、できれば4あたりの本が読めればもうちょっとやりようがあるかな…」
結局はやはりランクを上げなくてはと言う結論に至った。
「どうしよ…まあ寝れはしそうだし寝ようかな。ああ、明日はご飯も食べよう」
魔女になってから、自分が自分でなくなりそうで怖い。自分を見失わないために、明日からは少しかつて自分が人間だった頃の生活をなぞろうと決めた。眠くはないが寝れはしそうなのだし、お腹は減っていないが食べれはしそうなのだ。
「とりあえずランクCだね。レベル3の本を読めるようにしよう」
最後に少しだけ明日からの予定を考え、私は眼を閉じた。




