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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
68/139

68 夢

 昇る太陽を眺めながら魔術の訓練をしていれば、いつの間にかいい時間になっていたようで扉の向こうからブルースがこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。


「起きてるか?」


 ブルースの声で、魔術の訓練の間ずっと、昔のことを思い出して思い悩んでいたのに気づき、我に返って扉に向かう。


「…起きてます」


 夜中思考が止まらなかった。こうなるなら寝た方がマシだったかもしれない。どうせベッドで同じように悩んだだろうが、寝てる間は何も考えなくて済む。


「大丈夫か?」

「…はい」


 よほど顔色が悪かったのか、心配されてしまう。


「…そうか。まあ、言いたくなったら言ってくれ」


 そう言ってもらえるだけで少し気が楽になった気がした。


「……ありがとうございます」


 礼を言って一度部屋に戻って荷物をまとめ、速やかに宿の前で集合する。


「うし…こっからだが、しばらく歩いて行くことになるな。この町、乗合馬車の類いは無ぇらしいからな」

「そもそもこの町行きの馬車需要無いっぽいですしね。旅行者少ないですし、軍とかだったら国が出すでしょうしね」


 レドローブ(この町)だけでなく、シルグリアの交通は主要都市数個がつながっている程度で乗合馬車のような交通機関はほぼ無い。


「そうだな…まあ、どこの国もそんなもんだろ。魔国(うち)も似たようなもんだ」


 魔国も魔都を中心に各領土の主要都市同士が繋がっている程度で、交通の便は悪い。


「そうですね…セカイ王国だともうちょっとマシですけど」


 大陸最大最強の人類国家であるセカイ王国でさえも国の末端までは乗合馬車などの交通機関は整っていない。末端の町には交通が通っておらず、中規模の町同士が繋がっている程度だ。世界最大の商会の拠点がある分それでも他国よりもずっと整ってはいるが。


「例えば…そこそこ長い距離も乗せてくれた記憶があります」


 ルラリアから引っ越す際に長距離の馬車を利用した記憶がある。長距離のものはセカイ王国以外ではあまり見ない。


「そうなのか。シルグリア(ここ)ももうちょっと発達してりゃあ良かったんだがなぁ」

「しょうがないですよ。それにちょっと進んだら馬車くらい出てると思いますよ。目的地王都ですし」

「ま、そうだな」


 レドローブ(この町)は堅牢だが、大きさはそこまでではない。歩いて入ればすぐに街道に出ることができた。


「やっぱり砂漠とは違ぇな」

「そうですね。道も気候もずっと良いです」


 特別に整備されている訳ではないが、平らで固い地面があり、強い風で砂が吹き付けることもなく、道の両脇が森だからか暑いとはいえ日陰もあるしいくらか涼しい。距離はそこそこあるが、これからの道中は楽そうだ。


「そうだ。今日、どこまで行けますかね」

「ん?そうだな…」


 ブルースは荷物から地図を取り出して確認する。歩きながら見ているが、人通りはほぼゼロなのでぶつかったりする心配はない。


「この辺までは行けんじゃねぇか?」


 ブルースが指を指した先には”フォーラ”と書かれており、規模で言えば中程度である町だ。乗合馬車などは通っていない程度の規模だが、酒が有名で名は知られている。


「聞いたことありますね。お酒有名だったと思います。あんま関係ないですけど」

「ほう…」


 ブルースは酒という単語に反応していたが、好きなのだろうか。時々飲みに出かけているらしいのは知っているが。


「欲しければ買ってきましょうか?町じゃ暇してると思いますし」

「おお、それなら頼むぜ。路銀と別に俺の金も宝石にして来てっから町ついたら渡すぜ」


 どこかウキウキした雰囲気で言うブルースは、よほど酒が好きなようだ。というか自分の金銭を持ってきていたのにも少し驚いた。


「たまには私も買おうかな…」


 酒は飲めはするが好きではない。昨日のように目的に付随して飲むことはあっても酒自体を目的にすることはほとんどない。だが、酒を飲んだら眠れるという話もあるし、たまにはがっつり飲んでみるのも良いかもしれない。


「たまには良いと思うぜ。おめぇ普段あんま飲まねぇらしいしな」

「…声出てました?」

「おう」


 言葉にしたつもりは無かったが、どうやら漏れていたようだ。


「…そうですか」

「そういうこともあるさ」


 その後は下らない話をしながらゆっくり街道を歩いて行った。これから()()に行こうという雰囲気では全く無く、片方が深くフードを被って斧を背負っていること以外は旅行者かなにかに見えるようだった。その恰好も冒険者などであれば別にそこまで変ではないので、はたから見て魔国の刺客どころか怪しい者だと思うものはいなく、何の問題もなくフォーラにたどり着いた。



「そろそろ寝るか。おめぇはどうすんだ?」

「今日は私も寝ます。精神の健康のために」


 宿の一室で今後の予定を確認し終え、買ってきた酒が空になった頃、資料を片付けて席を立つ。酒はフォーラの名産の蒸留酒である”カヤーク”というものだ。


「んじゃ、また明日」

「はい。明日」


 体に酒が回っているのが分かる。大分強いものを結構な量飲んだ訳だが、思考が普段よりずっと鈍っているのが良く分かる。自分の部屋に戻る足取りも普段よりふらふらして危なっかしい。


「ふぁぁ…」


 久しぶりに欠伸が出た気がする。眠くなるのは、あるこーる?というものが体に作用するとかなんとかで、その物質は毒にも薬にもなる、というのを聞いたことがあるが、思考がふわふわしてちゃんと思い出せない。


「…」


 毒物の類いなら火で消し去れる可能性もあるが、そんなことをするつもりはない。今はその眠気をありがたく享受する。


「はぁ…」


 ベッドに入ればいつもと違い、酒の眠気にすぐに瞼が落ちる。珍しく、すんなりと眠ることができた。



「…」

「…」


 穏やかな時間だ。窓から陽光が差し込み、時が止まったように静かで穏やかな空間がそこにあった。


「…」

「…」


 目を閉じたままで互いに肩に体を預けて体温を感じながら、何もしないでただそこに在る。一番好きな、大切な時間だ。自分にとって、幸せを体現するような時間だ。


「ん……ウルカ、起きてる?」

「…うん」


 そうしていると、しばしば眠ってしまうこともあったが、今は起きていた。


「ふあぁぁ…寝ちゃってた…」

「そっか」


 ネルは寝てしまっていたようで、欠伸をしながら起きてきた。少し動いたが体重は私に預けたままだ。


「今何時…?」

「ん…1時くらいかな」


 時間は気にしていなかったが、時計を見れば1時を少し過ぎた頃だった。ちなみに時計はガイアとノームが使っていた永久時計だ。古代技術(アーティファクト)の一つで偶然手に入れたものらしいが、滅茶苦茶な価値がつくものらしい。


「んー…もうそんな時間かぁ…ご飯の準備しなきゃ…」


 ネルは伸びをして立ち上がろうとする。今日は昼前からソファで過ごしていたので昼食はまだだ。


「もうちょっと…」


 だが、昼食はいいのでネルと居たい。立とうとしたネルに抱き着いて体重を預けてキッチンに向かうのを阻止する。半分寝ているので思考が回らず言葉がしっかりと出ていかない。


「でもご飯………いっか」


 ネルも少し悩むようなそぶりを見せたが結局ソファに戻って私に体を預けてくる。


「んん…」


 ネルが動いたことで、ネルの香りが舞って鼻腔をくすぐる。


「でもご飯は食べなきゃダメだよ?」


 ネルは横から私を抱きしめるようにして思い切り体重を預けて顔を私の胸に顔をうずめる。食べなきゃダメと言う割にはネルももう昼食の準備をする気は無さそうだ。


「うん」


 ご飯は食べないといけないが、そんなもの必要無くなって今の時間が永遠に続けばいいと思ってしまう。


「ん…」


 ネルを抱きしめ返す。ネルも抱きしめる力を強め、体温が強く感じられる。


「ねぇ、ウルカ……このまま…ずっと…」


 ネルが眠そうな、少し甘い声を出す。


「……ご飯作るんじゃなかったの?」


 ちょっと恥ずかしくなってしまったので、思いついたのを言ってみる。


「いじわる」


 顔は見えないが、ネルがむくれているのは分かる。


「ごめんて」


 抱きしめる腕に力をこめる。


「ん…」


 ネルもそれに合わせて強く抱きしめてくる。語気から()()()()したのにちょっと怒っているのが伝わってくる。


「良いけどさ…」


 抱きしめる力がさらに強まる。嬉しいことに、離してくれる気はないらしい。


「ふふっ…」


 笑みがこぼれる。腕の中の恋人は、私のことが大好きなようだ。そこに関しては私も負けないが。


「んむぅ…もう…」


 笑う私を見てネルも微笑みを浮かべる。


「好き」

「私も」


 言葉が漏れ、ネルが返す。


「ふふっ」

「えへへ」


 すべてが可愛いくて、愛しい、幸せな、


「ねぇ…ネル………?」


 ()()だ。


「ネ…る…?」


 今自分がいる世界。手の内にある最大の幸福。記憶…()を自覚した。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 呼吸と鼓動が早くなる。無自覚に、気づいてしまった。


「はぁ…あっ…は…はぁ…」


 目が開いて視界が少しぼやける。


「どうして…?」


 瞬間、腕の中のネルから急速に体温が失われてゆく。


「ああ…はぁ…違…やだ…」


 胸に剣の傷が生まれ、血があふれる。


「あ…ああ…ああああああ………」


 直に伝わる死の感触。自らの体温も死んだように一気に下がっていく。


「なん…な…なんで…」


 太陽はいつのまにか沈み、世界は夜に包まれる。


「嫌…嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!」


 幸福な夢は現実に侵される。呼吸が浅くなり、汗が滝のように吹き出ているのが分かる。


「いやぁ…」


 心臓が痛い。顔を伝うモノが涙なのかも分からない。


「う…うおえ…」


 吐いた。しかし、吐瀉物はそこにない。吐いたという感触と苦しみだけが残り、眼前の死は、隠れず、汚れず、そこに在り続ける。


「どうじで…!!」


 いつの間にか自分は真っ赤な魔女の恰好になっていた。目も服も髪も赤い、目の前の死の結果の姿だ。


「違う違う違う違う違う違う違う!!!」


 酷い頭痛と耳鳴りが止まらない。視界がぐにゃぐにゃ歪んで全てが正しく認識できない。


「あ゛」


 それでも目の前の残酷な死は認識できて、理解できてしまう。意思が理解を拒んでも、強制的に分かってしまう。


「                  」


 叫んだ音は、言葉になっていなかった。

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