66 砂漠の劣竜
「【回炎鎧】、【焼剣】」
接敵までの間に鎧を展開し、手の内に剣を生成する。
「【灰烈炎刃】!!」
「グォォォオオオオオ!!」
砂漠の劣竜、”デザドラン”は接近してきて爪を振るう。それに向かって炎の剣を振るい迎え撃つ。重い衝撃が腕に伝わり、鈍い音が響く。そしてデザドランとの間の距離が開く。
「…」
「グォオアアアアア!!」
距離の空いたうちに魔力を練る。しかし、魔力を練り切るには時間が足らず、眼前に爪が迫る。
「グゥア!?!?」
しかし、すんでのところで後ろから飛来した光の塊がデザドランに直撃し、爪を弾き後退させる。そしてその隙に魔術が完成する。
「【炎渦針誅】!!」
「グウオアアア!!」
「噓でしょ!?」
しかし放たれた針は驚異の反応と速度に急所を外され頬をかすめる程度で終わる。しかも問題は超反応だけではない。”針”を危険なものと勘づかれ回避を選択してきたことも面倒だ。
「グオアアアアア!!!」
「軌道決定、【彗星】!!」
反撃の爪と後ろから飛来したブルースの斧が衝突し鈍い音が響く。
「傷つけられてんなら問題ねぇ!!狙え!軌道決定、【彗星】!!」
「分かりました!【烈炎刃】!!」
「グオアアア!!」
薄っすらついた傷めがけて追撃を開始する。デザドランの鱗を一撃で破壊するには針を当てる必要があり、針は無暗に撃てば隙をさらすことになる。なのでかすり傷であっても鱗の割れた頬を集中狙いする。
「グォアアアアア!!!」
しかし、デザドランはひるむことなく直進し、狙いを外され追撃を鱗で受けられてしまう。
「ちぃっ…【炎壁】!!」
そしてそのまま爪が振るわれるが、それは炎の壁を生成して防ぐ。
「気ぃ付けろ、血は毒だぜ」
「分かりました」
ほんの一瞬、次の攻撃に入る瞬間にブルースが忠告する。頬を掠めた針のわずかな傷から漏れる血は、血というには随分と禍々しい黒い色をしていた。
「軌道決定、【隕石】!!」
爪と壁との衝突で一瞬止まったデザドランに、炎の壁ごと斬るように忠告を終えたブルースが突撃する。
「ゴォオアアア!!」
しかし、デザドランの超反応は、炎の壁で見えなかったはずの斧に対し、見てから至近距離で対処した。牙と斧が衝突し金属同士がぶつかったかのような音が響く。
「ちっ…クソ速ぇな」
ブルースが悪態を吐く。が、隙はできた。
「【焔槍】!!」
「ギィヤオオオオオオ!!!」
五十程の槍を生成して上から一気に打ち下ろす。一撃が重くとも回避されるので、一気に広範囲を焼きにかかる。最初の傷にも命中したようで、デザドランは血を噴き出して叫び声をあげる。
「【烈炎刃】!!」
「ギャァァアオ!!」
反撃しようとするデザドランに傷めがけて刃を放つが、しっかりと鱗で防がれてしまう。だが、次の行動の選択肢を削れれば十分だ。
「軌道決定、【彗星】!!」
刃とタイミングを合わせてブルースが斧を振るい、さらに選択肢を削る。傷は増えていないが隙は大きくなり続ける。
「【炎赤波爆】!!」
「ギィイヤオオオオ!!」
傷に向かって巨大な熱線を放つが、デザドランは即応し空中に跳び上がって無理やり回避する。しかし、跳ぶしか選択肢が無いのは分かっている。そういう風に誘導し、選択肢を削ってきた。
「軌道決定、【隕石】!!!」
「【焔槍】!!」
空中に跳び上がったデザドランに向かってブルースが突撃し、それに合わせて大量の槍を放つ。最後の逃げ場だった空中では、飛行能力の無いデザドランはまともな回避行動をとれないはずだ。
「ギィィィィィイイイヤオオオオオ!!」
「まじかよ!?」
「そっから!?」
しかし、デザドランは空中で無理やり体を捻ってすべての攻撃を最初の傷から外して見せた。
「くっ…じゃあ…【炎赤波爆】!!」
今の隙で殺しきれないとなるとプランを変えた方が良い。傷に追撃を撃ち込むのを狙うのではなく、無理やり鱗を貫通する方向へシフトする。
「軌道決定、【彗星】!!」
ブルースも意図を察したのか傷狙いをやめる。攻撃の手を止めずに最低限の距離を保つように立ちまわる。
「ギャァアオ!!」
「軌道決定、【流星】!!」
地上に降りたデザドランはこちらに突撃してくるが、それはブルースが相殺する。
「【炎赤波爆】!!」
「ギィィィオオオ!!」
一瞬動きが止まったところに正面から熱線を当てるが、デザドランはそれを無視して突貫しこちらに迫る。
「軌道決定、【彗星】!!」
「ギァァァアアオオ!!」
ブルースが楕円を描いてデザドランに斧をぶち当て、突撃を止める。その間も熱線は維持しているので鱗は削れ続けているはずだ。
「ギャアアアアアア!!」
熱線が終わると、デザドランの体の周りの景色が歪み、透明な煙のようになっているのが見えた。全身の鱗が熱され薄く赤く発光したデザドランは、叫び声を上げてこちらに突進してくる。
「ふぅ…【焔槍】!!」
槍を大量に生成して面の攻撃で迎え撃つ。槍はすべて命中するが、デザドランは減速すらせずに突進を止めることもない。
「軌道決定、【流星】!!」
「ギャォォォォォオオオオオオ!!」
また私に届く前にブルースが受ける。デザドランも慣れたのか、衝突の隙がぶつかるたびに減っているのが分かる。
「【爆焔球】!!」
「グオオオオオオ!!」
デザドランの下に火球を連続で撃ち込んで吹き飛ばして隙をつくりにかかる。
「10秒!!」
「軌道決定、【隕石】!!」
ブルースは私の声を聞いて隙のできたデザドランに突撃して吹っ飛ばし、私と引き離して戦闘を継続する。
「軌道決定、【流星】!!」
「ギィイヤオオオオ!!」
少し離れた場所でブルースが時間を稼ぐうちに自分は魔力を練る。
「…下がって!!」
斧と爪牙の衝突音が数度響き、10秒が経ったころ、魔術が完成する。
「軌道決定、【隕石】!」
ブルースは神器の軌道を回避用に設定し、デザドランから離れる。そして、ブルースに当たらないギリギリのところで魔術が放たれる。
「【極炎煌球】!!」
「ギィィィィイイヤアアア!!」
針ではどうせ避けられる。デザドランの全身を包んで余りある極大の炎で一気に焼きにかかる。
「そろそろでしょ…!」
「みてぇだな…!」
全身に熱を受け周囲の景色を歪ませて尚なんの問題もなく動いていたデザドランの体から、黒い煙が少し上がる。
「ギィィィイイイオオオオオ!!!」
怒ったのか痛むのか、デザドランはひと際大きな叫び声を上げてこちらに迫ってくる。
「【烈炎刃】!!」
「軌道決定、【彗星】!!」
だが、炎が晴れる頃にはすでに次の攻撃の準備は完了していた。迫りくるデザドランに斧と炎の刃が叩き込まれる。
「ギィィィイイオオオオ!!」
バキリ、と音が鳴る。何度も炎を受け、何度も斧を受けたデザドランの鱗。”針”でしか傷の付かなかった、竜にも並ぶそれに、ヒビが入る。
「【焔槍】!!」
「ギャォォォオオオオオ!!」
デザドランを槍で囲み、逃げ場をなくして全身に炎の槍を浴びせる。先ほどまでは傷を庇えばよかったし、それができていたが、もはや鱗は鎧足りえない。槍が鱗を破り全身に突き刺さる。
「グゥゥゥゥウウウウオオオオオオ!!!!」
しかし、デザドランは止まらない。全身から黒い煙と肉の焼ける匂いを漏らしながらも、その目は殺意を持ってこちらを見据えている。苦痛をごまかすように叫ぶデザドランは、目から血涙を流しこちらに突撃してくる。
「根性あんじゃねぇか!!軌道決定!!【隕石】!!」
ブルースが前に出て牙を受け止める。巨大な音が響き、血が飛び散る。
「軌道決定!【流星】!!!」
「グゥゥゥウウウオオオオ!!」
もう一度牙と斧が衝突する。傷だらけのデザドランは弾き飛ばされ後ろに吹き飛ぶ。
「【炎赤波爆】!!」
「ギィィィィヤオオオオオオ!!!!」
傷の痛みかデザドランの反応は鈍り、回避するそぶりすら見せずに熱線に直撃する。叫び声を上げたデザドランは、炎が晴れると、鱗が砕け剥がれて黒く焦げ付いた体をさらす。
「ゴォォォォォオオオオオオ!!!」
しかし、戦意を失うことはなく、殺意をもって咆哮し、こちらに突撃してくる。
「軌道決定、【隕石】!!」
「【烈炎刃】!!」
しかし、ここまでくれば、デザドランは脅威ではない。落ち着いて次の攻撃の準備をし、ブルースの突撃と同時に魔術が放たれる。衝突の寸前、斧の刃と炎が重なる。
「ギィィィヤオオオオオオオオ!!!!!」
炎の刃と斧に斬られ、デザドランの肉体は左右に分かれる。最期に断末魔を上げ、毒の血をまき散らす。
「【炎壁】」
自分とブルースを保護するように壁を展開し、毒の血から身を守る。
「…なかなか強かったな、こいつは」
「そうですね。硬いし速いしで。遠距離攻撃が無いのは救いでしたけど」
毒の血が止んだ頃に壁を解除し、一息つく。前に戦った意思のない竜より強かったあたり、デザドランは相当強かったのかもしれない。もちろん以前の竜は大分弱体化していただろうが。
「しっかし、どうすっかねぇ…中途半端だな、時間」
「そうですね…今から寝るのはあれでしょうし、武器の手入れとかしてたら良いんじゃないですか?私また見張ってるんで」
「まあそうすっかな。悪ぃな」
「いえ」
ブルースは荷物からいくつか道具を取り出すと、斧の手入れを始めた。簡易的なもののようだが、なれた手つきでこなしており、長く使っているのがわかる。
「火、いります?」
「じゃあ頼む。ありがとうよ」
ブルースが寝る前まで使っていた焚き火の残骸に火をつける。途中で消した分まだ残りがあるのだ。
「見張りっつっても、1匹劣竜倒したらもうその近くじゃでねぇだろうよ。休まなくて良いのか?」
「見張りって言ってもほぼ休憩でしたし大丈夫ですよ」
「そうか。まあ、大丈夫なら良いけどな」
その後はあまり会話は無く、ブルースが斧を手入れする音と火がパチパチと燃える音だけが夜の砂漠に響いていた。
※
「…そろそろ明けそうだな」
「ですね」
しばらく…3時間経たない程度の時間が経った頃、空が明るくなってきた。
「うーし、今日には人類の領域につけそうだし、さっさと出発するか」
「はい」
太陽が顔を出し、砂漠最後の日がやってきた。




