64 砂漠1日目
「脱出すんぞ。合わせるから道作れ」
「【炎赤波爆】!!」
ブルースの合図に合わせ熱線を放つ。進路上の魔物が燃え、一瞬道ができる。
「よーし…軌道決定、【流彗星】!」
ブルースが出来た道に向かって斧を振り下ろすと、斧の刃から光の塊が飛ばされ、道の上を周回し始めた。光は尾を引き、魔物に当たると斧で斬り潰したような傷を残して軌道を進む。
「さっき見たろ?とりあえずドームを抜ける!」
「はい!」
光によって維持された道を走り、砕けた透明なドームの領域を抜ける。抜けた先にも魔物はいたが、こちらには目もくれず、全体にヒビの入ったドームの内部に向かって走りこんで行く。
「…何なんです、あれ」
魔物の群れから少し離れてヒビが入って薄っすらと見えるドームとそこに突っ込んでいく魔物を眺める。
「ありゃあ砂ネズミだ。対処法を知らねぇと面倒なことになる魔物だな。細かいとこはよく覚えちゃいねぇが…」
「幻覚を見せる毒を出すネズミだな。毒は風に乗って数キロの範囲にわたって広がる。毒の効果は周りが空と砂だけしかないみたいに見せるってもんだな。しかも視覚以外も影響を受ける」
ブルースが消えたのは幻覚の効果だろう。《強化感覚》の影響下でも気づけなかったのは強化されていようが大元の感覚が騙されていたからのようだ。
「んで、本体はあのドームを張ってずっと待つ。ネズミの標的はクスとかの群れる動物魔物だ。1匹になったと勘違いした数十の群れは散り散りになった砂漠を彷徨いいずれドームに辿り着く」
はぐれて下手に歩き出したのが悪手だったようだ。
「で、ドームの中には幻覚のとは違ぇ毒が充満してる。そいつは吸うと凶暴化して感染者以外を襲うようになって、周りが感染者だけになれば自殺する。毒自体は生物に感染した段階で変化して空気感染するようになる」
様子のおかしい魔物はこれのせいだったようだ。魔物同士で同士討ちしなかったのも感染者どうしだったからだろう。
「魔族人類は毒の効きが悪いらしいから、魔物が一緒にいたら確実に襲われるな。しかも、お前派手なことしたろ。それで魔物が寄ってきて、魔物は毒に感染、毒は変異して風に乗って感染が広がる。派手な戦闘に釣られてまた魔物が寄ってきて毒に感染する。んで毒はさらに広がるし戦闘はもっと派手になって魔物が増える。そんな感じで魔物が増え続けたんだろうよ」
最高に面倒な物の相手をしていたようで、そりゃ魔物が途切れないはずだ。
「しかも、ネズミを先に殺っても毒はしばらく残るから魔物は途切れねぇ」
二度と相手にしたくない。強い単体とかでなく、とにかく数が多くて終わらないことの恐ろしさを学んだ。
「二度と相手にしたくないですね」
「おう。幻覚の毒は発症から短時間で抜けて再感染まで時間がかかる。はぐれたと思ったら動かないで止まってるこったな」
ちなみにネズミの目的は自殺した魔物の肉を食うことらしい。なんとも性格の悪いネズミだ。
「…ま、とりあえず離れるぞ。数はいねぇし、1匹見つけたら割と広範囲に同種はいねぇ。それに見た感じ近くの魔物は全部あそこに向かってる見てぇだから魔物にも会わなそうだな。距離とって安全なとこに行くぞ」
「分かりました」
覚醒状態から元に戻り、荷物を持って歩き始める。まだ余裕だが、そこそこ魔力を使って久しぶりの疲労を感じているところだ。戦闘がなさそうなのはありがたい。
「もう少しで日が沈むだろうし、もう少し進んだらテント張るか」
「そうですね。結構長い間戦ってたみたいで」
空を見上げれば太陽がかなり傾いてきており、時間にすれば17時を過ぎていると思われ、あと一時間もしないうちに日が沈みそうだ。
「そいえば、どうやって見つけたんですか?」
「周りの荷物も人も全部消えるわけだが、とりあえず毒が抜けるのを待ったな。長くても一時間半もかからねぇからな」
言っていた通り幻覚はそこまで長く続くわけではなく、待つのが最適解らしい。もし魔物がきてもその魔物も毒に侵されこちらに気づかないし、やはり動いたのは完全に悪手だった。
「んで、その後は方位磁石見ながらお前を探してた。途中で戦闘音に気付いてからはすぐだったな」
「そうなんですか…申し訳ない」
「知らなかったんならしょうがねぇさ」
ブルースは少し笑いながらそう言う。全く気にしていないというのがよく分かり、ありがたかった。
「そういや、おめぇ歩くの速ぇな。随分遠くにいたが」
「こんな体なんで、体強いし疲れもしないんですよ。だからですかね」
両手を広げて言う。自分で言っておいてなんだが、見た目は一般的な少女のもので、全く強そうには見えない。
「はぁー、便利なこった。羨ましいねぇ」
「いやぁ…魔者なんて、ならなくて済むならならない方が良いですよ」
魔者に共通するのは強い感情だ。愛とか恋とか信頼とか安心とか、そういった感情で魔者になれるのならまだ良いのかもしれない、とも思ったが、そんな感情で魔者になるイメージが浮かばなかった。
「そういうもんか?ヘル様もネクロの爺も皆同じこと言ってたが、そういうもんか」
「……まあ、そういうもんですね」
返答に時間を要してしまう。おそらく、同じこと言ったという2人にも何かあったのだろうと思い、そして、少し自分のことを思い出してしまった。
「しかし、もうこんな時間か」
何かを感じたのか、ブルースが話題を変える。空がオレンジ色に染まり、太陽の半分が地平線の下に潜るのが見えた。
「この辺りにしとくか」
「そうですね、分かりました」
太陽が沈んだところで背中の荷物を降ろし、今日の野宿の準備を始める。
「そういや、寝る必要無いとか言ってたがどうすんだ?」
「私は寝ないですよ。ついでに見張りもしときます」
テントを張り終えたところでブルースに問われる。疲労の度合いもニナと森を抜けた時の方が酷かったし、寝る必要もなさそうなので見張も兼ねて起きていることにした。
「そうか…悪ぃな。いつでも変わるからすぐ言えよ」
「ニナも気にしてましたけど、あんまり気にされてもあれなんで、ゆっくり休んで下さいよ」
気にしてくれるのは嬉しいが、あまり気にされすぎるのも気になる。
「結局神器の性能聞いてませんでしたけど、どんなのなんですか?」
この話が続いても良い方には行かなさそうなので話題を転換する。
「おお、そういやそうだな」
火を起こし終えたブルースは、テントの方から斧を持ってくる。斧はハルバードや槍斧と呼ばれるもので、柄の部分は黒で下に薄い水色の小さな球がついており、刃の部分は金色がかっており、星空を思わせる装飾が施されている。
「名前は星斧だ。できることは、攻撃を決めた軌道の通りに動かすこと、だな。軌道が決まる代わりに普通より重くて速い。俺ごと動くか、星斧だけ動くか、攻撃自体を飛ばすかの三つの選択肢がある。説明つっても言えんのはこんくらいだな」
「へえ…分かりました。基本前にでる感じですね。流石にこれまででわかってはいますけど」
微妙に使いづらいようではあるが、火力と速さはこれまで見てきた通りだし、ぽんぽん連発できるみたいなのでなかなか強力そうだ。
「おうよ。んで、おめぇは何ができんだ?俺といた時は遠距離主体だったが、1人であれ切り抜けてんだし近距離も行けんだろ?」
「私ですか?基本的に遠距離の方が得意ですよ。徒手空拳は体のスペックと魔力強化に任せてるようなもんですし、剣は習い始めて一週間も経ってないですし。それに魔力練るのに時間かかったりもしますから、距離があったほうが楽ですね」
聖女やキナンと戦った時によく分かったが、近距離戦の強者というのは本当に天井が高い。だからと言って遠距離で戦える人はリルとエギルしか知らないので上も下も分からないし、別に特別強いとは思っていないが。
「ほぉ、分かった。まあ俺ぁ遠距離戦なんざできねぇから、何かあれば俺が前に出るか」
「お願いします」
ブルースは焚き火の前に座って食べ物を焼きながら言う。
「一応聞くが食うか?魔力が飯で回復するのかも分かんねぇが」
「…いや、大丈夫です。足りなくなっても困りますし。ちなみに魔力はご飯じゃ回復しないです」
そこそこ多めの量を持ってきてはいるが、最初から私が食べない前提の準備なので遠慮しておく。魔力を回復させようと思ったら時間が経つのを待つしかない。
「ゆっくり見張りしてるんでその間に回復しますよ」
「そうか。なら良いが…お前が戦えねぇと俺も困るから頼むぜ?」
「大丈夫です」
砂漠の魔物は一体一体は大して強く無さそうだし、最悪魔物に襲われてもサクッと静かに処理できれば後続も来ないだろうしなんとかできるだろう。
「あ、夜に出る魔物とかって何かあります?」
しかし、一応確認をしておくことにする。
「そもそも夜は魔物がでねぇな。ただ、夜行性のトカゲがいる。知能が無いのと空飛ばねぇ以外はほぼ竜だな。毒がある分下手な竜より面倒かもな。昼の魔物はどうにでもできるが、トカゲは最悪こっちが死ぬ」
「あー…最悪起こしますね」
「そうしてくれ…つーか、爆発音とかしたら勝手に起きるぜ」
最大級に面倒な魔物が残っていたらしく、静かに処理するのは難しそうだ。
「分かりました。まあ何も起きないのが一番ですけど」
「そりゃそうだ」
そう言うとブルースは立ち上がり大きく伸びをする。
「ああ、明日は日が昇る頃に出発するぜ」
「分かりました。起きてくださいよ?」
「はっはっはっ。安心しろ、問題無ぇ」
ブルースは笑って横に立てていた星斧を持ってテントの方へと向かう。
「そしたら俺ぁ寝るぜ。火ぃ点けっぱなしにしとくか?」
「いや、大丈夫です。無くても見えますし、最悪自分で点けれます」
そうして焚き火の火が消される。ちなみに焚き火は薪ではなく専用の薬剤と素材を使っているので補給のない砂漠でも使えるのだ。
「そうか。そしたら、また明日だ」
「はい。また明日」
ブルースは星斧を片付けてテントに戻った。
「…」
見上げた頭上には雲一つない星空が広がっていた。




