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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
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61 訃報と仕事

「ウルカ、悪ぃけど今日も付き合ってくれよ」


 魔都に戻って数日、約束の通り、ラークに剣を教わっていた。ラーク側がこう言っているのは、教えてと頼んだのではなく、時間があったら付き合ってくれと言われたのが最初だからだ。


「私も剣習ってるみたいなもんだし良いんだけどさ…」


 寮の空気はどこか澱んでおり、ラークは荒れていた。死氷部隊最後の1人、ネクロ。彼が死亡したと伝わったのが私とニナの帰る三日前らしい。ノレアとブルースとアルマは表面上は落ち着いた様子だったが、ラークは側から見ても分かりやすく沈み、荒れていた。


「名前が付いてないだけで、いつも戦争してる様なもんなんだ。敵地で死ぬのなんて当たり前なんだよ」

「…」


 この三日で何度も聞いた言葉だ。私とラークの持つ剣と剣のぶつかり合う音に混ざり、繰り返される心の内の吐露。痛々しさすら感じてしまうそれに、何も言えないでいた。ラークは仲間や親しい者を失うのはこれが初めてだというが、辛さが理解できてしまう分、こちらも下手な慰めはできなかった。


「くそっ…」


 ここ数日、毎日同じように何も言えずに剣を打ち合い、同じ言葉を聞き続けた。同じようなことを繰り返した日の、昼過ぎだった。


「…」


 私の実力は基礎のきにも満たない程の腕前だが、今日で三日目、剣を使い始めたという実感が湧き始めた頃だった。


「ラークは…ここか」


 見たことのない、ダークエルフの女性だった。寮の裏庭にいつの間にか立っていたその女性は、ラークを見つけると足を止めた。


「む、すまないな。鍛錬の最中だったか」

「いえ…あなたは?」


 剣を振るう手を止めると女性はこちらに近づいてきた。


「そういえば見ない顔だな…そうか、ヘル殿の言っていた新人か。私は暗黒騎士団団長のケイト・オシリスだ。よろしく頼む。君は?」

「え、あ、そうだったんですか!?あ、私はウルカと言います。この間死氷部隊(ここ)に入りました。よろしくお願いします」


 ケイト・オシリス。現在の四天王の一角にして、魔国の騎士団を纏め上げる存在である。そんな存在が何の用なのだろうか。


「それで、早速本題に入らせてもらうが…ラーク、来い。騎士団(うち)で仕事だ」

「…自分のとこの人使えば良いんじゃないんですか?なぜ俺?」

「いくらか事情はあるが…まあお前を心配してだ。ほら、行くぞ。ヘル殿に許可は取ってある」

「えぇ…」


 別の四天王の下で仕事とは驚きだが、心配して、とは何かあるのだろうか。


「あれ、どんな関係なの?」


 ラークに尋ねる。


「ああ、俺のフルネームな、ラーク・オシリスって言うんだけど、この人は俺の叔母さんになる」

「そうなの!?」


 衝撃の事実である。オシリス家は何人もの騎士団団長と四天王を輩出しており、貴族の力が弱い魔国内では数少ない強い実権を持った貴族だと聞いている。衝撃の事実に一瞬瞬きを忘れてしまう。


「おう。だからちょくちょく仕事で呼ばれんだ」

「へぇ…ま、頑張ってね」

「おう」


 ラークはそのままケイトに連れられて寮を後にする。最後の顔もどこか沈んだままで、本当に大丈夫か心配になる。


「…」


 先生がいなくなってしまい、暇になってしまう。何となく手に持った剣を適当に振ってみるが、聖女やラーク、果ては最初に出会った聖騎士にも満たない、まだ付け焼き刃にもなっていない程度だ。


「ん?ラークはいねぇのか?剣教わってたんじゃねぇの?」


 ちょうどラークが去ったところでブルースが顔を出す。ブルースはそこそこの大荷物に巨大な斧を担いでおり、これからどこか遠くに出かけるのかいった風だ。


「ケイトさんに仕事だって連れてかれました」

「ああ、そういうことか。ま、よくあるこったな。んでだ、ウルカ、お前も遠出の準備しろ。ヘル様が仕事だと」

「え、分かりました」


 まだ前回の仕事から帰ったばかりで随分スパンが短い気がするが、まあそういうものなのだろう。準備といっても荷物は路銀くらいしか必要ないので、それをブルースに伝えてそのままヘルの下へ出発する。


「荷物いらねぇってのは便利だな。飯とか武器いらねぇってのはわかるが、服とかもいらねぇのか?」

「はい。戦った後とかに戻ったら割と綺麗になってますし」

「はぁー、便利なもんだなぁ」


 覚醒状態から元に戻ると、理由は分からないが元の服の汚れが落ちていたりするのだ。


「羨ましいが…デメリットっつーか、負の部分が釣り合ってねぇんだろ、確か」

「そうですね。魔者になんてならなくて済むならならないに越したことは無いです」


 初めて魔者になった時の、目の前の現実と絶望。あんなもの、体験しなくて済むならそれが一番なのだ。


「そうか。ま、なんかあったら俺らを頼りな」


 ブルースは、見た目に似合わず随分と大人だった。


「…はい。ありがとうございます」


 少し遅れて返事をする。他愛も無い会話をしていれば、魔王城にすぐに着き、前回の仕事の際も来たヘルの執務室の前で立ち止まる。


「失礼します」


 ブルースがノックをして扉を開く。ヘルは前と同じ様に机に向かって書類を処理しており、こちらに気づくと手を止めて微笑んだ。


「待ってたわ。今回の仕事の説明しちゃうからこっちいらっしゃい」


 ヘルは目の前の書類を横にどけて手を組んで机に肘をつく。


「ネクロが死亡で処理されたのは知ってるわね?」


 ヘルは微笑んだままで話を切り出す。


「人類にやり返してきなさい。ナート教司教の1人とその護衛に序列騎士の十と十一が動くらしいわ。派手に消してきなさい」

「「はい」」


 微笑んだままのヘルからは何かただならぬ雰囲気を感じ、ブルースと返事が揃う。


「いいわ。いってらっしゃい」


 ヘルは最後に笑ってこちらに司教の行動予測の資料を渡した。私とブルースはそのまま部屋を後にする。


「ああー…緊張した」


 部屋を出ると、ブルースが声を上げて大きく息を吐く。


「そんなにですか?」

「いや、なんつーか、ヘル様ってあれだろ、笑顔でも圧が凄いっていうかよ」

「そうですか?まあわからなくは無いですけど」


 魔王城を離れ、渡された資料を確認しながら歩く。資料によれば、セカイ王国に司教の1人が向かい、その護衛に聖騎士がつくという。


「そう言えば、序列騎士って何ですか?」

「なんだ!?知らねぇの?」

「はい…」


 どうやら随分有名らしく、ブルースに驚かれてしまう。


「まあ、簡単に言っちまえば最強12人の騎士のことだ。事務だの人格だののあらゆる要素を無視して純粋に戦闘力だけで選ばれた12人の聖騎士でな。全員恐ろしく強い上に、確か神器も持ってたはずだ」

「そうなんですか」


 ただただ強い集団、ということだった。これまで見たことのある聖騎士は全員大したこと無かったが、最強の12人ともなれば強いのだろうか。


「人類の中だとあんまし有名じゃねぇのか?」

「私は聞いたこと無かったです」


 そもそも普通に人間として暮らしていた頃は教会に一片の興味も無かったので、有名じゃ無かったかどうかは分からないが、少なくとも初耳だった。恐らく一般に広く知れ渡っているわけではなく、権力者や軍の者の方がよく知っているのだろう。


「そういうもんか」

「はい。で…重ねてなんですけど、じんぎってなんですか?」

「神器も知らねぇのか?つっても戦いと縁がなきゃ知る機会もねぇか」


 ブルースは少し驚いた様に見えたが、すぐに納得して解説を始める。


「一言で言やぁ、すげぇ道具、だ。例えば、使い手の能力を高める剣だとか、分裂して投げても帰ってくるナイフだとか、色んな特殊能力を持った道具のことだ。今言ったのは武器だが、武器以外にも色々ある。一切空間を圧迫しない上重さも感じない収納とかな」

「なるほど…」


 ブルースは少しだけ考えながら説明した。思い返すようにしていたが、いくつか見たことあるのだろうか。


「ま、特別な道具、とだけ思っときゃいいさ」

「分かりました」


 ブルースは説明を締め、背中の斧に触れる。


「ちなみに俺の斧も神器だ。神器が希少なのには変わらねぇが、結構いろんな奴が持ってる」

「え、そうなんですか?どんなのなんです?」

「ん?俺のか?ま、使う時には教えてやるよ」


 ブルースは少し笑ってそう言う。そうして歩いていれば、資料に書かれた集合場所に到着する。今回の仕事は暗殺と違い、隠れる必要も無いので軍が馬車を出してくれる。


「お待ちしておりました。ブルース様、ウルカ様、こちらへ」


 御者と思われる人が深く頭を下げて恭しくブルースの荷物を受け取り馬車の扉を開ける。想像の何倍も豪華で強固な馬車のようで、さすが魔王軍といったところだろうか。


「それでは出発いたします。ダークエルフ領とセカイ王国の属国(シルグリア)の境目までお送りいたします」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


 挨拶をして馬車が出発する。馬車はゆっくりと加速していき、あるところで一定となる。乗ったことのあるものとは比べ物にならないほど安定しており、随分良いもののようだった。


「十と十一でしたっけ。どんなのなんですか?」

「おう。えっとな…」


 ブルースは資料を取り出し上から目を通していく。するとあるところで止まりこちらに見せてくる。


「まず十一位の方だが、名前はキリアで神器はクーディア。風を操る剣らしい」

「魔術みたいな感じですかね」

「多分な。見たことねぇからわかんねぇけど」


 十一位は女の聖騎士で風を操る剣士だ。まあ風使いの聖女くらいの認識でいいだろう。


「十位の方は、名前がアロンで神器がラウラス。使用者の受けた傷を攻撃に変える剣だそうだ」

「めんどくさそうですね」


 十位は男の剣士でなかなか面倒臭そうな神器を持っているらしい。下手に戦闘が長引けば勝手に攻撃力を蓄えていくという代物であり、戦い方を考えなければならなそうだ。


「さすがにそんなに情報はねぇな。後は両方とも剣の達人なのと、司教に戦闘能力が無いことくらいか」

「まあ流石に細かい情報は仕入れられないですよね」


 スパイか何かを送り込んでいるのだろうが、あまり沢山の情報は得られないようで、大まかなことしか分かっていなかった。ただ、何も分からないより遥かに良い。


「今確認するこたぁこれくらいだな。とりあえずシルグリアに着くまではゆっくりしてようぜ」

「そうですね」


 仕事が、それも対ナート教会のものが、始まった。

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