6 冒険者
「んー…」
目が覚めて伸びをする。時刻はまだ朝のようで、今日はちゃんと活動できそうだ。
「ふあぁぁぁ…今日は…ああ、冒険者になろうと思ったんだ。お金稼がないと」
今日はギルドに登録しようと思っていたのを思い出し、早速出発する。
ほとんど無いが荷物をまとめて一階に降りる。
「すいませーん」
「なんだい?」
まだまだ朝早い時間だが、受付のカウンターには昨日のお婆さんがすでに座っている。
「ありがとうございました。これ、鍵です」
「あいよ」
愛想の悪い返事を受けながら、そのまま宿を後にした。
「えっと…確かこっち行ってたよね」
昨日タケルくんが向かっていて方向を思い出し、そちらに向かう。しばらく歩くと「冒険者ギルド、こちら」という看板が見え、すぐにギルドに辿り着いた。
「すいませーん」
「はい、なんでしょう」
早朝から依頼を受けに来る人もあまりいないらしく、並ばずに受付にこれた。
「えっと、冒険者登録したいんですけど」
「登録ですね。わかりました。こちらの書類に必要事項を記入して持ってきてください」
そう言って一枚の書類を渡される。ざっと目を通すと、名前や性別など、様々な記入事項が並んでいる。その中で一つ問題がありそうなものを見つけたので、質問した。
「あの、すいません。この戦闘方法って欄は書かなきゃいけないですか?」
「ああ、そこはいいですよ。戦わない人が身分証のために登録することもありますし、戦う人も手の内を明かしたく無いって人が多いんです。後、同じ理由でそこのスキルの欄も書かなくてもいいですよ」
「そうなんですね。ありがとうございます。じゃあ、書いてきますね」
そう言ってカウンターを離れ、書類を書く様と思われるスペースに向かう。しかし、戦闘方法の欄が書かなくて良いもので良かった。まさか「魔女なので魔術で戦います」なんて書ける訳もないし。
「名前、性別…うん、書き終わったね」
全部書き終わったことを確認し、もう一度カウンターに向かう。
「書き終わりました」
「…はい、大丈夫です。そしたらこちらをどうぞ」
書き終えた書類を渡すと、書類を確認した後何やら小さなカードに何か操作をして渡してきた。
「こちらがウルカさんの冒険者証となります。名前とナンバーが刻まれていて冒険者ギルドに所属するという身分証明書になります。一度無くすと再発行に手数料が掛かるので注意してください」
「ありがとうございます」
そう言ってカードを受け取る。これが身分証的なものなのか。
「それと、ウルカさんは冒険者とギルドについてどれほどご存知ですか?」
「あー…あんまり知らないです」
そういえば冒険者についてなんてなんか魔物とかを倒してお金稼いでる人たち、ぐらいにしか知らなかった。
「では軽く説明させていただきますね。まず、冒険者とは依頼を受けて達成しその報酬を貰う職業で、ギルドとは依頼の受注と発注をする依頼主と冒険者の仲介業者に当たります」
「なるほど」
わからないと言うと、説明を始めてくれた。
「そして冒険者はギルドに所属することにより様々な恩恵を受けられるようになっています。例えば身分の証明、依頼が常に簡単に受注できる、ギルドと提携している宿やレストランなどで割引を受けられる、などです。逆にギルドは仲介料として報酬の1、2割を貰って利益を出しています」
「へぇー」
冒険者へのサービスか。確かに依頼人が直接冒険者に依頼を出せばギルドはいらないし、ギルドの存在価値はそこにあるのか。
「また、依頼、冒険者、魔物、の3つには、S、A+、A、B+、B、C+、C、D、Eの9段階のランクが割り振られています。DとEに+がないのは、冒険者においていわゆる見習い、に相当するからで、Sに+がないのはそのランクが現在世界に4人しかいない最高位の冒険者ランクだからです。冒険者は、Cランクになって初めて一人前とみなされます」
「なるほどぉー」
意外と一人前は遠いようだ。しかし今最上級は4人しかいないのか。相当高い壁らしい。ちなみに魔物で言うと、キマイラはAに区分されるようだ。
「あ、昇級って普通どれくらいかかるんですか?」
「そうですね…大体Dまでが一週間、Cまでが一ヶ月とかですかね。それ以上ですと個人差が激しすぎてなんとも…。極端な話をしてしまうと、記録には一ヶ月でSランクになった化物級の方もいますし、いわゆる万年Cランクみたいな方もいらっしゃいます」
「そうなんですね」
C以降はなかなかばらつきがあるようだ。
「依頼の受注についてですが、あそこのボードに貼ってある依頼書を受付に持ってきていただく形になります。そして受けられる依頼は自分のランク-2のものまでとなります」
「…なんで-2までなんですか?」
「あまり自分のランクより低い依頼を受けすぎて新人の依頼がなくならないようにするためです」
「なるほど。あと依頼をいくつか同時に受けられたりするんですか?」
「はい。5つまでなら可能です」
「ありがとうございます」
質問したら答えてくれた。どうやら新人にも優しいシステムらしい。
「依頼が完了したら、受注の時と同じように受付に依頼達成の証拠を持ってくればそれで依頼達成です。証拠は何かを取ってくる、と言うような依頼ならそれそのものですし、何かの討伐、ならその討伐対象の一部です。依頼の達成が一定に到達しますと、1つ上のランクに昇格となります。ただし、CランクとSランクに昇格するときは試験などの審査が発生します」
「了解です。あの、討伐の時に証拠の回収が不可能になってしまったらどうするんですか?」
戦った結果爆炎で消し飛ばしちゃいました、なんて事態になりかねないので聞いておく。
「その場合ですと、証拠が無いので達成扱いにはできません。ただ、国や貴族からの依頼や指名依頼でしたらギルドで戦闘痕などを確認したりするのでその場合は大丈夫です」
「わかりました。ありがとうございます」
消し飛ばしたら駄目なようだ。気を付けないといけない。
「最後に、ペナルティですが、受けた依頼を達成できなかったら報酬の半分の額をギルドにお支払いいただきます。依頼失敗が5回以上続くとランクが失敗した依頼の一つ下に降格します。また、犯罪を犯した場合は法的な罰の他に、ギルドにも罰金を支払っていただき、その上でギルドから追放となります。ただし、犯罪の程度によっては更生が確認された後に再登録できる場合があります。これで説明は以上になりますが、何かわからないことがあればなんでも聞いてください」
「ありがとうございます。わかりやすかったです」
「良かったです。何か依頼を受けて行かれますか?」
「うーん…そうします。ちょっと依頼のボード見てきます」
説明が終わり、依頼を見に行く。分かりやすい説明だったので、すんなり理解できた。
「どんなのがあるかな…いいのないなぁ…まあ、最初はそんなもんか。とりあえずこの辺の受けるか」
そう言って依頼の場所が近い薬草採取の依頼をいくつか取る。Eランクではそれくらいしか依頼が無い。
「これ、受けます」
「はい…採取地も全部近くですね。大丈夫です」
依頼書を受付に持って行き渡す。
「ありがとうございます」
「いえ…ああ、薬草の図鑑や魔物の図鑑が向こうの売店で売っているので買っていくといいですよ」
受付の人は依頼を受理した後、そう言って売店の方を指差す。ちょっとしたアドバイスなんかも貰えるようだ。
「そうなんですね。ありがとうございます。買って行きますね」
薬草の方はこの国に分布する薬草なら大体知ってるので買わなくていいが、魔物はあまり知らないのでぜひ欲しい。
「はい。行ってらっしゃ…あ、引き止めてしまったついでにもう一つ」
そう言ってさっきより真面目な顔になり話し始める。
「…?なんでしょう」
「いつも言える時は新人の皆さんに言っていることなのですが、冒険者には3度の死期があります。一つは、Aランクに上がったころ、一気に難易度の上がった依頼で命を落とすこと。次に、Cランクに上がり一人前と呼ばれるようになり、自らを過信して命を落とすこと。そして最後に、冒険者が最も命を落とすのは、冒険者になったばかりの、冒険の世界について何も知らない、Eランクの時です。無知はあらゆる強敵に勝る危険であると、心の片隅に覚えていてください」
「…なるほど。分かりました」
「はい。では、行ってらっしゃいませ。ウルカさんが無事に帰ってくることを、祈っております」
受付の人は、最後に少し微笑んで送り出してくれた。これだけ言うと言うことは、Eランクの生存率は相当低いのだろう。
魔物の図鑑を買ってから依頼書に書かれた薬草の採取場所に向かう。採取場所は町の近くの森浅いところで、魔物は出ても出てもEランクかDランクの下層の魔物だけだそうだ。
「しかし、良い人だったな…」
最近は人間の悪意に触れまくっていたので、人間ってなんなんだろうと考えながら歩く。
「まあ、私も元は人間だったし、ネルも人間か…。それに、ほぼ記憶は無いけど私が生まれたとこの人も、仲良かった子も、みんな人間か。どうなんだろうね」
ほとんど無い記憶を掘り起こして昔を思い出してみる。しかし、封印していたトラウマに触れそうになり、思い出すのを中断する。
「ああ、ダメだ…やめようやめよう」
※
「さて!ついたぞ。薬草探そう」
しばらく歩くと採取場所に着いたので、今はそんなこと考えても仕方無い、と思考を切り替え、暗いところに沈みそうになっていた思考を上に向ける。
「うん、ここにもある」
「あ、こっちにも」
《強化感覚》全開で薬草を探していく。太陽が真上から傾き始め、お昼を超えた頃になると、依頼の薬草を集め終わってしまった。
「流石にこの量はもっと掛かると思ってたなあ。やっぱり魔力と欲以外にも変わってるよね。人間やめてから体力も確実に増えてる」
かつての自分と差を感じながら帰路に着く。
「ん?なんだ?」
少し行くと、《強化感覚》が何かの気配を感じとった。
「動物…いや、違う。人間…でも無さそう。じゃあ魔物?」
一旦身を隠しながら今日の朝買ったばかりの図鑑を開く。
「おかしい…この辺の魔物はこんな強い気配なはず無い…」
Aに区分されるキマイラの気配と比べれば弱いが、こんな森の入り口近くにいるはずの無い強さの、推定Cランクくらいの魔物の気配だ。
「!!あれか…」
しばらく探っていると、気配の正体が姿を表す。姿を見て図鑑のページを捲る。
「…なるほどこれか。オーガ」
人型の3mを超える大柄な体躯に筋肉質な肉体と巨大な牙。図鑑に記載されるCランクの魔物、「オーガ」そのものだった。本来はもっと森の奥に行かなければ出会わないはずの魔物だ。
「どうしようかな…」
正直オーガの一体ぐらいなら瞬殺できるだろう。だがそれだと新人がCランクの魔物を倒したとあって無駄に目立ってしまうし、魔術を使うことになって誤魔化すのが大変だ。
「まあ、放置して報告するのが妥当かな」
少し考えた結果、ここは戦闘せずギルドに報告することにした。
「じゃ、帰るか」
しかし、動き出した時に運悪くオーガに見つかってしまった。
「GARUUUU?」
「あーあ、見つかっちゃたかあ。戦闘は避けるつもりだしなあ…。ていうか、私から逃げないんだ」
オーガがこっちに向かって来る。ちょっとだけ考えた後、体が動く。魔力を炎にせずにただの圧として放出する。
「GARUUUU!?」
「私、こんなことできたんだ」
オーガはビビってどこかに逃げてしまった。
自分の体に目をやって考える。
「威圧とか覇気的な?しかもこんな自然に」
これまでも普通にできたことの様に威圧ができた。
自分が成長しているのがわかる。しかも、ただその命を一秒一分一時間一日と、ただ生きているだけで成長しているのが自覚できた。力が前よりも自分にずっと馴染み、自由に扱えるようになっている。一度魔力が枯渇するまで戦ったのもあるのかもしれない。
「どんどん人間から離れていくなあ」
私はしみじみ思いながら、帰路に着くのであった。