59 殲滅
「はいこれ」
「これは…?」
ニナがダドリオ邸から戻った次の日の夕方、革命軍の基地がある森に入る直前、手渡されたのは今ニナのつけているものと揃いの仮面だった。
「1人も残さない予定だけど、一応ね」
「了解」
着けてみると、意外と圧迫感や息苦しさは無く、感覚も阻害されていない。
「よーし、行こっか」
「うん」
ニナについて行き革命軍の基地まで向かう。道中は木々が生い茂る普通の森であり、何か特別な感じはしなかった。ニナは巨大な岩が見えてきたところで立ち止まる。
「見張りが一人いるからまずはそれだね」
岩をよく見れば小さな穴が開いており、そこから視線が覗いているのが分かる。
「血は流れる」
岩の扉の前まで行きノックすると、事前に聞いていた合言葉を聞かれる。
「剣は煌めく」
「よし、はいr…」
扉が開くと同時に見張りが倒れる。ニナは見張りの首から短剣を抜き血を拭ってどこかにしまう。
「『ユルサナイ』」
瞬間、爆風が吹き荒れる。熱を帯びた風は森の木々を揺らし、吹かれる髪と服が変化する。瞳が赤く染まりきり、風が止むと、そこには濃厚な魔力を放つ魔女がいた。
「…じゃあ、ここで見張ってるからお願いね」
「うん」
事前に外しておいた仮面は手元に残っており、再び装着する。変身するだけでもそこそこ派手だが、基地からは何も反応は無く、気づかれたりはしていないようだ。
「行ってくる」
階段を下りれば、長い廊下と複数の部屋が左右にあり、そのすべてから人の気配がしない。唯一廊下の奥の扉の向こうから大人数の、100人はいるであろう声と気配がしてくる。スケジュールにあった定期訓練の最中なのだろう。
「ふぅ…」
扉の前に立ち、魔力を練る。不意打ちの、最初の一撃を最大火力で放ち、一気に数を削るのだ。
「まだ…」
普段から使っている【爆焔球】の魔術。それを小さく圧縮し、密度を高める。さらにその小さくなった球を炎で覆いそれも圧縮する。それを繰り返し、見た目の大きさは普段のものと変わらないが、込められた魔力と炎は数十倍の、極大の火球が生まれる。
「もっと…」
完成した火球を、【炎渦針誅】と同じように回転させる。魔力を込めるにつれて回転は速さを増し風を起こし、髪を揺らす。手元には、超速で回転する極大の火球が完成する。
「ふぅ……【極炎煌球】!!」
手元を放れた火球はゆっくりと進み始め、回転と炎の勢いを受け加速し扉を砕いて訓練場の地面の中心に着弾する。
「ん?おい、なんだ…」
着弾しても回転と加速は止まらず地面を抉るように回転を続け、込められ圧縮された魔力が爆炎となり解放される。誰かが気づいたが、もう遅い。
「は?」
目を開けていられないほどの閃光の後、轟音が響く。地上にいたニナは山で感じた以来の地震に立っているのもやっとだったという。その巨大なエネルギーが炎となって地下の訓練場を満たし、革命軍に襲い掛かる。
「ぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「ぎいぃぃぃぃやあぁぁぁぁ!!!」
「あああああづいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
光と熱の満たす空間にいくつもの断末魔が響き、肉の焦げた炭のような匂いが漂ってくる。
「がぁぁぁああ…!《バリア》!!」
しかし、無数の悲鳴の中、一つの声が聞こえ、透明なドーム状の壁が生成されて革命軍を守る。炎が晴れると、どうやら半分程度しか持っていけなかったようで、残りの半分の約50人は透明なドームに守られていた。
「ラックだっけ。透明な防御壁を展開するスキルなんだってね」
「貴様は…いや、いい。盗賊の類ではないだろう…であれば答えは一つ」
書類に記載されていたうちの一人、革命軍財務ラック。無感情な私と違い、怒気を孕んだ声だ。私は魔力を練りながら言葉を交わす。
「まあ、想像通りだよ。【焔槍】!!」
「《バリア》…ぐっ…!」
スキルの耐久力にも限界があるようで、障壁は数十の槍を受けて軋んでいた。
「【炎壁】」
「なっ!?」
「【爆纏脚】!!」
「ごっふ!!」
後ろから不意打ちを狙っていたメガネの男、革命軍広報エスタの剣撃を壁で防ぎ、炎を纏った蹴りで吹き飛ばす。防がれたことに驚き蹴りをもろに食らった男は、壁に激突して血を吐く。
「【烈炎刃】!!」
「くそっ!全員回避しろぉぉぉ!!」
障壁に向かって追加の攻撃を加えると、耐久力に限界が来たようでガラスが割れるように砕け散る。炎の槍と刃は回避の遅れた数名を焼き、地面にぶつかって消える。やはり障壁は厄介で、思ったより数を減らせなかった。
「思ったより動けるんだね。【爆焔球】!」
「がああああああ!!」
「ぎああああああ!!」
幹部4人以外は熱でダウンしており、かろうじて動ける者も的外れな方にひょろひょろと矢を放つ程度で脅威にはなり得なかったが、事前に警告されれば回避するくらいはできるようだった。何かされても面倒なので、やれるタイミングでやれるだけやっておく。残りの一般兵は30人弱だ。
「ドーラ!オラぁっ!」
「ああ!《展延》!」
長身の男、革命軍総長エンゴルドが小石のような何かをいくつも投擲してくる。投擲に合わせ、名前を呼ばれた長髪の女、ドーラは明らかに届かない距離で剣を振るう。が、すでにスキルは知っている。感知不可の攻撃の延長だ。
「【焔槍】…ふんっ!!」
「うごふっ…」
「くっ…!」
斬撃をかわしてドーラ懐に入り込み、思いっきり殴り飛ばす。投げられた小石は槍で撃ち落とし、さらにエンゴルドに向かって反撃の分も撃ち込む。
「まずは…そっちから処理しようか。【灼時雨】」
「《バリア》!!」
革命軍全員から距離をとり、幹部以外も巻き込み部屋全体に炎の雨を展開する。しかし、槍や刃ほど火力が無い分、薄く広い障壁に防がれる。
「【炎赤波爆】!」
「があ…はっ…」
「ラック!?」
薄くなった障壁に先に練っておいた巨大な熱線をぶつける。熱線は障壁など無かったかのように貫通してラックを焼き尽くす。エンゴルドが一瞬駆け寄ろうとしていたが、もう遅いことを理解したのか残りの2人から一瞬遅れてこちらに走り出す。
「貴様っ!《展延》!!」
「食らえ!!でりゃあっ!!」
「【回炎鎧】、【炎流波紋】」
左右からドーラとエスタの剣が迫ってくるが、落ち着いて受け流す。延長された攻撃は剣が長くなったかの様に振る舞うものであり、盾や壁で防げるし普通に受け流せる。事前情報の通りだ。
「【螺炎槍手】」
「ごがっ…くふゅ…」
大きく受け流され大勢の崩れたドーラとの距離を一気に詰め、炎の螺旋を纏った貫手で首を抉って貫通させトドメを刺す。
「くそっ…!オラあっ!!」
「ドリャあっ!!」
死体が膝から崩れ落ちるよりも早く、今度は徒手空拳のエンゴルドと剣を構えたエスタが迫ってくる。残った2人のスキルは戦闘では役に立たないと把握しているので不意を突かれることもない。落ち着いて対処する。
「【解放】」
「ぐあっ!?」
「がああっ!!」
ギリギリまで引きつけて纏っていた鎧を暴発させる。爆風が吹き荒れ自身の周囲直径3メートル程を炎と熱が一瞬で満たし、エンゴルドとエスタを焼く。
「ごほっ…げほっ…」
「がはっ…ごふっ…」
しかし死には至らなかったようで、全身に焦げを作り咳をしてよろめきながらも、2人とも立ち上がる。
「【焔槍】!」
「くっ…ふっ…」
「はっ…」
数十の槍を放つと、2人は致命傷だけは避けながら体に焦げ跡と傷を増やしながら回避する。しかし、限界が近づき回避のための次の一歩が踏み出せなくなるまで追い詰められる。
「【炎赤波爆】」
「エンゴルドっ!!がっ…」
極太の熱線が回避の余力の無い彼らを襲う。しかし、最期にエスタがエンゴルドを突き飛ばし、1人で燃え尽きる。
「はぁ…はぁ…」
エンゴルドがもう限界だと言わんばかりに膝をつく。こちらに何かを言う力も無く、ただただ視線だけをこちらに向ける。
「く…そ…」
「【炎赤波爆】」
座り込んで立ち上がれないでいるエンゴルドに近づき、最大火力で確実に葬る。全身から汗を吹き出しこちらを睨む男は、断末魔も上げずに黒焦げの死体となり果てた。
「ふぅ…」
部屋全体が真夏の昼間を超える程に暑く、訓練の疲労もあったからだろうか。幹部4人は事前情報よりも楽に倒すことができた。
「後は…【爆焔球】」
「あ゛」
球を30程作り出し、部屋中にばら撒いて爆発させる。全身から汗が吹き出して体がところどころ焦げている、地面に倒れ伏す一般の兵は、短い断末魔を上げて燃やされていった。
「…終わりかな」
炎が晴れたのち、生き残りがいないのを確認して部屋を去る。もし温度を測ることができれば、80℃を超え100℃にも迫る高温だと計測できただろう。地獄の如き空間となっていた訓練場には、無数の黒く焦げた人型が転がっていた。
※
「おかえり」
「うん」
地下を出た私は夕方前の傾き始めた太陽に照らされ目を細める。基地を出ると入り口で待っていたニナがどこからか現れて隣に立っていた。
「逃したのはいた?」
「いや、1人も。でもさすがだね。想定より大分早かったし」
街に向かって歩き出す。私は覚醒状態からいつもの姿へと戻り、仮面を外す。
「あ、その仮面一応持っといてね。何かあった時は着けてきて欲しいから」
「ん、分かった…んぅ…はぁ…」
仮面をしまって大きく伸びをする。
「この後は私の仕事だね」
「うん。私は隠密の類いは何もできないからね…頼るしか無い」
「にははは。任せなさい」
街を進んで坂を登って行けば、巨大な邸宅が見えてくる。ダドリオ邸だ。
「じゃあ、この辺で隠れてて。何かあったら呼ぶからその時はお願い」
「うん。任せて。まあ、無事を祈ってるよ」
邸宅の近くまで来ると、人目につかないように隠れて裏に周り、ちょっとした森のような場所での待機となる。ニナは仮面を着け、目の前で見ていた私でも明確に分かる程に気配を薄める。
「んじゃ、行ってくるね」
「うん」
ニナはすぐに視界から消え、痕跡すら認識させずに侵入した。何事もなく仕事を終えて戻ってくるのを祈るばかりである。




