52 同僚と初仕事
「ああ…あんまり寝れてないや」
魔者である以上それで不調になったりはしない。しかし、寝れなかった日は目覚めてからどこか違和感が拭いきれないでいる。
「…なんていうか、違和感だね」
目が覚めた時、まだ頭が回らなずに眠気に欠伸を漏らしてしまう。そんな当たり前の感覚が全くなく、起きた瞬間から意識が明瞭だった。
「…ちょっと早いかな」
人間から遠ざかっているのを感じながら窓の外を見る。見れば太陽はまださほど高くはなく、むしろまだ昇り始めたばかりといったところだった。
「お、起きたか。今日は珍しく結構な人数が揃ってるぜ。1人まだ帰ってないけど、いる奴らの紹介しようと思ってな」
下の階の共用スペースに降りると、ラークと知らない顔が3人、合わせて4人が待っていた。私が階段を降りきって姿を現すと、8つの目がこちらを捉える。
「ブルースはまだ寝てるか…しょうがねぇな。とりあえず今下にいる奴らの紹介か…いや、まずウルカが自己紹介してくれ。頼むぜ」
「…分かった。えー…私はウルカ。18歳で魔者。で…」
そこまで言って言い淀んでしまう。
「ああ、言いたくないことは言わなくて良い。昨日のうちにラークから聞いたと思うが、ここは詮索禁止だ。それに、我々も多かれ少なかれ隠し事はある」
言い淀む私を見兼ねたのか、知らない顔の1人、ダークエルフと思われる、人間なら20代くらいに見える見た目の身長の高い女性がそう言った。
「そうですか。すいません…」
「いや、言ったとおりだ。問題ない」
「ま、そういうこった。流れでノレアさんも自己紹介しちゃってくれ」
ラークが笑って口を挟む。ノレアさん、と呼ばれた女性はちらりとラークの方を見て頷き、話を切り出す。
「そうだな。私はノレア。ダークエルフで、普段はヘル様の秘書として書類仕事の手伝いをしている。戦時は別の仕事があるがな。私からはこんなところだ。よろしくな、ウルカ」
「はい。よろしくお願いします」
ノレアはどこか無表情気味だったが、こちらに握手の手を差し出した時には笑顔を見せた。
「ノレアさんは俺らの実質的なリーダーなんだ。全員の仕事なんてほとんどないけど、そういう時は指揮をとってくれるぜ」
「やめろラーク。私は指揮が得意なだけでリーダーでは無い」
「いや、すまんって」
指揮が得意で有事の際は先頭に立って動いている、というのは本当なのだろう。ノレアは少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「んじゃ次は…」
「うわっ!?」
「にははっ!びっくりした?」
ラークが次は誰を紹介しようかと視線を動かした時、後ろから頬を撫でられた。
「私はニナ。16歳の猫の獣人だよ。普段の仕事は…まあ、いわゆる汚れ仕事ってやつかなぁ。よろしくね、ウルカ」
「う、うん。よろしく」
握手を交わす。目の前の少女は、尻尾を大きくゆらゆらと揺らし、快活な少女と言った感じの言動をしていた。しかし、ほんの少し、目の前の少女が恐ろしかった。《強化感覚》で大幅に強化されたはずの感覚で、ニナに後ろに回られた時の空気の動きや匂い、総じて気配と言ったものが何も感じられなかったのだ。
「辞めたげなよ。僕もされたけど心臓に悪いよそれ」
「にはは。ごめんごめん」
ニナにそう言ったのは魔人族の青年だった。魔人特有の白すぎる肌と白髪からどこか弱々しそうな印象を受けてしまうが、よく見れば見えている腕や足には程よく筋肉がついており、細いながらもしっかりした体をしている。そして、彼の魔人の赤い眼がこちらを見据える。
「僕はアルマ。24歳の魔人で、今は軍の警吏部隊の統括をしてるよ」
温和で優しそうな雰囲気を醸すアルマはこちらに手を差し出しこちらも手を取る。
「ヘルさんからは結構強いって聞いてるし、必要な時は頼らせてもらうよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
戦闘くらいしかできない私が警吏部隊に頼られるとなると、何か凶悪犯と戦うとかであろうか。
「後はブルースだけど、まだ寝てるかな?」
「ふぁぁ…お?もう全員起きてんのか。珍しいな…ん?お前は…?」
アルマが最後の1人に言及した時、ちょうど起きて来たようで、魔人族と思われる少年が降りてきて私の方を見る。
「私はウルカ。よろしく」
「ああ、新入りの。俺はブルース。魔人で、こんな見た目だけどもう21歳だ。普段はまあ戦闘担当だな。お前もそうなんだろ?仲良くしようぜ。よろしく」
少年…12、3歳になっているかどうかという程に見えた彼だが、もう青年と呼ばれる期間も終わりに差しかかる歳らしく、眠ぃ、と言いながら腰に手を当ててキッチンに向かっていった。
「ははっ、とりあえずこれで全員だね」
ラークが笑い、こちらを向き直る。
「後1人ネクロっていう人がいるんだけど、まだ帰って無いんだよね。ま、帰ったら自己紹介してもらおうかな」
ラークは立ち上がり、食堂の方へ向かいながら言う。
「朝飯食うか?そんなに豪勢じゃ無いけど」
「…折角なら貰おうかな。ありがとう」
私もラークについて食堂へと向かう。朝食は人類社会と大した差はなく、パンや野菜などだった。起きた瞬間からどこか陰鬱だったが、ラークやニナは快活だし、他の人も明るめの性格をしていた分雑談をしているうちに幾らかマシになった。
※
朝食の最中には、魔国のことや仕事のこと、ラーク自身のことなど、他愛無い話をした。ラークは剣が得意らしく、今度教えてくれるらしい。朝食の後にはノレアとアルマは仕事に出かけ、残った4人は寮で待機だった。その日の夕方である。
「お、ノレアさん帰ったんですか?早いっすね」
「ああ、これも仕事だ。すぐに戻る」
ドアが開き、ノレアが入ってくる。仕事が終わった訳ではなく用があって一度戻ったらしい。
「それで、ニナとウルカはいるか?」
「なんでしょうか」
「なにー?」
ノレアに呼ばれ、ニナと共に玄関に出る。
「ヘル様がお呼びだ。魔王城で待っていらっしゃるから早急に行くぞ」
「ヘルさんが?最近多いねぇ…」
ノレアについてニナと共に魔王城に向かって歩いて行く。まさか来て1日目に仕事を任されるとは。少し驚いてしまう。
「失礼します」
魔王城内部、昨日も来た事務室。ノレアが扉を開けるとヘルが机で何かの書類にペンを走らせていた。
「あ、来てくれたのね。ノレアもありがとうね。じゃあ、悪いけどちょっとだけ席を外してもらえる?」
「はい。ニナを呼んだのならそう言うことでしょう。では、失礼します」
ヘルに促されノレアが部屋の外に出る。それを確認したヘルは話を切り出す。
「来てくれてありがとうね。それで、今回の仕事だけれど、反乱勢力のパトロンが掴めたから、そこを潰してきてちょうだい。最優先はパトロンの暗殺。勢力自体の壊滅は最悪後回しでいいわ。細かいことは前回と一緒」
「はーい」
ニナは少しだけ会話をして全てを理解したようだった。しかし、それにしても暗殺とは思えないほどニナは明るく快活だ。
「ウルカはニナのサポートをお願いね」
「分かりました…暗殺、ですか」
今更人を殺すことに抵抗など無い。しかし、隠密もできない上に戦闘が大規模な私にサポートとはいえできることはあまり無いように感じられた。もちろん勢力の壊滅には非常に役に立てるだろうが、後回しでも良いらしい上に隠密が必要な場合はそこでもできることが限られてしまう。
「ふふっ、大丈夫よ。何かあっても先輩がなんとかしてくれるわ。うちの子はみんな優秀だしね」
「そーそー。私に任せなさい!」
「…分かりました」
ヘルも私に隠密技能が無いことや戦闘が派手なことくらいは予想がついているだろう。そんな中で私を指名したと言うことは、何か理由があるのだろうと思い、返事をする。
「じゃあ、お願いね」
「はーい」
「はい」
ヘルに見送られ、ニナについて事務室を出る。扉から少し離れたところに待っていたのかノレアが壁にもたれていた。
「終わったか?」
「うん。今日の夜には出るよ」
「そうか。まあ、心配はあるまい。ウルカも頼むぞ」
「はい」
そのまま魔王城を後にして寮に向かって歩き出す。
「あ、ウルカちゃん、今日には出発するから準備するものがあるならしといてね。後、魔者って聞いてるけど睡眠とかは大丈夫?」
「睡眠はしなくて大丈夫です。でも…相手のこと何も分かってないのに出発するんですか?」
行動が早いのは良いのだが、ヘルから暗殺対象について何も聞いていないのだ。それで何処に向かうというのか。
「ああ、大丈夫だよ。それはちょっと専用のルートがあるから。ていうかそもそもヘルさんが直接呼び出すのも珍しいんだよね。大抵は直接以外で指示がくるし。後敬語やめてよ。一応先輩だけど年下だしさ」
「分かり…分かった。じゃあ、どこかでちゃんと情報は入るんだね」
「うん。この筋はみんなにも秘密なんだけどね」
ゆっくり歩いている中で、ニナはどこか能天気ささえ感じさせる雰囲気で仕事について語る。
「そういえば、ウルカちゃんってご飯は食べるの?朝は食べてたけど」
「ああ、半分娯楽みたいなものなんだよね。生きるのには必要ない」
「そっかそっか…まあ、食べはするんだね」
うーん、と少しだけ考えた後、ニナがまた口を開く。
「このまま夕飯食べに行こっか。先輩の私が奢ってあげよう」
「え、悪いよ…私食べる必要もないのに」
「良いの。ご飯っていうか仲良くなりたいだけだしね。それに先輩にいいカッコさせなさい」
少し前を歩くニナは私の方を向いて手を背で組んで後ろ向きに進む。
「でも…いや、申し訳ないけど、そうしてもらおうかな。今度どこかで私も奢るよ」
私は少し迷ったが、本人も良いと言っているし、せっかくなら好意に甘えさせてもらうことにする。
「うんうん。それで良いんだよ」
ニナは満足そうに頷いて前に向き直り、私を先導して行く。夕飯を食べると言ってもどんな場所へ行くかはわからないが、きっとおすすめの店か何かがあるのだろう。確信を持った足取りで人混みをするすると抜けていく。
「えっとねぇ…ここにしよっか」
ニナはそう言うと立ち止まる。目の前にあったのはさほど大きくは無いが小綺麗な店で、時間帯もあってかそこそこ混んでいるようだった。席にはすんなり着けたもののほとんど空席は無く、並ばなくて済んだのはなかなかラッキーだったようだ。
「ねぇウルカちゃん」
注文を済ませるとニナが早速話しかけてくる。
「なに?」
「好きなタイプとかある?」
「…なんで?」
予想の斜め上の質問がいきなり飛んできて一瞬思考が止まってしまう。
「ラークくんが同年代と仲良くしたいなら恋バナが一番なんだって言ってた」
「そういう…うーん…」
言われればラークはそんなことを言いそうな気がしないでも無い。
「あんまり無い感じ?」
「いや…恋人がいるよ。殺されたけどね」
正直言葉選びを間違えた気もする。
「…」
「…」
気まずい沈黙が場を支配する。しかし、それは一瞬でニナが沈黙を破る。
「いやぁ…ごめんね」
「別に気にすることじゃ無いよ。最初からわかるはずも無いし。こっちもなんかごめんね」
私が魔者なのと合わせて何か察したのか、ニナはにははと恥ずかしそうに、少し気まずそうに笑ってそれ以上聞いてくることは無かった。
「でもどうしよぉ…後輩も同年代の子も初めてだしなに話したらいいか分かんないよぉ」
「アルマさんとかブルースさんは?歳近そうじゃ無かった?」
「微妙に離れてるんだよね。どっちにも妹か姪っ子くらいの感じに見られてる気がする。それに性別違うと話が上手く合わなかったりするんだよね」
「そっかぁ…ま、仲良くなるなんてすぐできるものでも無いでしょ」
人と仲良くなるのはなんとなく避けたいと思っているのだが、相手はそんなことに構ってはくれない。
「そっか、そうだね。一ヶ月もかかんないくらいだけど、よろしくね」
「うん。よろしく」
気まずかった空気も晴れ、ニナがその快活さを取り戻した頃、注文していた料理が届く。
「難しい話は後でいっか。食べよ食べよ」
「…そうだね。食べよう」
食事中は、寮の設備だとか、何の食べ物が好きだとか、そんな他愛もない話をした。これから暗殺なんてものが控えているとは到底思えない、普通の会話だ。
寮に一度戻ってこれから出発するという時も、その雰囲気が変わっていることは無く、仕事に関係ない雑談をしながら準備をしていた。
どうにも現実感がないが、初仕事への出発はもうすぐだ。




