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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
51/139

51 魔王軍

 門をくぐり、少し複雑な廊下を進む。内装が黒と赤を基調として作られているのみで、魔王城と言われて想像するような禍々しい印象は受け無かった。


「とりあえず、あなたの登録に行くわよ」


 ヘルに連れられてしばらく歩いていると、事務室と書かれた扉の前で止まる。


「ここよ。さっさと終わらせちゃいましょう」


 中には誰もおらず、机と椅子が1セットに沢山の書類が積まれていた。


「本当はいくつか手続きがあるんだけど…私の権限ですっ飛ばしちゃいましょう」

「え、大丈夫なんですか?」

「良いの良いの。新しく入隊する子たちの書類を最後に確認するのは私だし、入隊を認める時の名義は“四天王筆頭” …まあ軍務大臣みたいなものね。その肩書きで私がやってるの。だから私が良いと言えば良いのよ。そもそも軍全体の統括は私の仕事だしね。それに、あなた身元不明の扱いになるから普通に手続き踏もうと思うと面倒なのよ」

「そうなんですか…?」


完全には理解できていないがなんとなくは理解できた。要するに面倒ごとの回避のために強権を振るうと言うことらしい。私の属する部隊が特殊というのもあってそうしているのだろうが、本人が良いと言っているものの少しばかり大丈夫なのかと思ってしまう。


「そうそう。良いのよ。それで…えーと…これに名前だけ書いてくれる?後…あなたの場合はどうしましょうねぇ…そうね、ちょっと待ってちょうだいね」


 ヘルは紙をこちらに差し出してきて、少し考えた後に紙に何かを施していた。


「名前書いたら魔力を込めておいてちょうだい。魔者(あなた)はそれで大丈夫よ」

「分かりました」


 紙に名前を書き、魔力を込める。すると紙が一瞬だけ淡く発光し、うっすらと透明なインクで書かれたかのような印が現れていた。


「ありがとうね。これで手続きは終わりよ」

「ありがとうございます」


 紙を受け取ったヘルは、紙に自分の記名をした後にいくつかある書類の山の内の一つに重ねて置いた。


「それじゃ、今日やることは終わりね。城の近くに寮があるから案内するわ。部屋も余ってると思うしとりあえずそこに住むといいわ」

「分かりました」


 寮に向かう際は魔王城の正面の門ではなく裏口のような場所から出た。私の勧誘も一応正式な仕事だったらしく、そういった正式な仕事以外の普段の通勤などでは裏口を使うらしい。


「ここよ。寮って言っても私の部隊のために作った物なんだけれどね。城からもちょっと遠いし」


 それは、魔王城から歩いて15分程度の場所に建っていた。


「そうなんですか…あの、なんか広くないですか?」


 目の前にあったのは、寮と聞いてイメージする物とは違い、屋敷のような外観をした建物だった。


「この建物自体は私の持ってる寮としては10…2、3代目なんだけれど、この建物は修理とか改築とかじゃなくて売りに出てたのを買ったのよね。だからあんまり寮って感じはしないと思うわ」

「そうなんですね…」


 流石に事情はあるようだが、それでも驚きだ。元は貴族や資本家などの持ち物だったのだろう。兵の寮にしては随分と豪華な物だ。


「まあ寮って言っても共同スペースも多いし半分シェアハウスみたいなものね。性格の相性とかもあるし本当は個別に欲しいんだけど…まあ自室は別れてるし良いかなって。買ってから改築できてないからそこは許してちょうだい」

「はい。それは大丈夫です。でも、言ってしまえば狡い手を使って軍に入った人が良い生活をしてるのって大丈夫なんですか?」


 四天王直属の部隊への勧誘。それは、様々な事情を抱えた有能な人材を軍の規則をすっ飛ばして軍内で高い地位に置く手段だ。いくら有能な人材とはいえ軍の規則を半ば無視しているの以上はそれによって歪みが生まれることは必至だ。


「ああ、それは大丈夫よ。実はね、四天王直属の部隊は入ろうと思ったら誰でも入れるのよ。一兵卒とか雑用係どころか、軍に所属していない一般人でさえもね。四天王が認めさえすれば誰でも一気に出世できるシステムなの。だから、いきなりやってきた部外者でも“自分達と同じ条件”で“何かしらの実力”を四天王に認められた者ってことになるわ。だから、多少の嫉妬なんかはあれど大きな問題が起きたことはないわね。まあ、“自分と同じ条件”の部分は四天王の信頼が問われるけれどね」

「ちゃんとシステムがあるんですね」

「当たり前よ。国と軍は2000年以上続いてるのよ?そりゃシステムも整うわよ」


 問題の起こらないようなシステム作りがしっかりとなされているようだ。ヘル本人の口振的にも“四天王の信頼”の部分も問題なさそうだ。


「これくらいで大丈夫かしら?」

「はい。すいません」

「まあ、分かってくれたのなら嬉しいわ」


 ヘルは微笑んで見せる。


「じゃあ最後に、多分魔王城に行く前昼間に会った子…ラークがいると思うから寮の案内はあの子にしてもらうと良いわ。後、私は家と仕事場が両方魔王城だから何かあったら来てちょうだい。仕事の時は呼ぶことになるからそれもお願いね」

「分かりました。ありがとうございます」

「ええ。じゃあね」

「はい」


 扉の前に私を残してヘルは魔王城の方へと帰って行った。私はそれを見届けた後に、両開きの扉を両手で押し開いて寮に足を踏み入れる。廊下を少し進むといくつか扉があり、そのうち一つ、人の気配を感じたものを開く。


「おお、昼間に会った。ウルカ、であってるか?」

「あってる。そっちはラーク、であってる?」

「あってるぜ。多分、ここに住むんだろ?寮の案内してやるよ」

「そう。じゃあお願い」


 ソファでくつろぐラークは開いた扉の方を見て立ち上がる。


「とりあえず共用スペースだな。ここが居間だ。俺ら“死氷部隊”で会議したりする必要がある時はここでするぜ」


 かなりの広さの空間には複数のソファとそれぞれの前にテーブルが置かれ、床にはカーペットが敷かれている。装飾品は古いものの良いものが揃っているようで、なかなか悪くない空間だった。


 ちなみに「死氷部隊」はヘル直属の部隊の呼称だ。他の三つは“邪竜皇”ボロスの「邪四竜」“無血”ケイトの「精鋭騎士」“暴虐狼”スコルの「群」で、それぞれ採用方針なども違うらしい。


「んで、キッチンと食堂だな。そこのドア一枚挟んで繋がってる。使いたい時に使っていいぜ。被ったら要相談って感じだけどな」


 食堂は10人以上入れそうな大きさで、キッチンも一般の2、3倍はありそうだ。やはりこの寮、もとい屋敷は元はどこかの高貴な者の所有だったのだろう。今の所有者の四天王も大分高貴だとは思うが。


「後この建物、なんと風呂が付いてるんだ。大抵は使いたいやつが使いたい時に使ってる。これも好きに使ってくれて良いぜ。ま、一回くらい使ってみんのをお勧めするけどな」


 人類の社会でも貴族でもない限り家に風呂など付いていないし、魔国でも同じだろう。随分貴重なもののようで、ラークの語りは自慢するような風だった。


「風呂の横にトイレも付いてるから使ってくれ。んで、後は…」


 ラークはトイレの場所を示した後に階段を登って2階に上がり、私もそれについて行く。階段を登った先には廊下と左右5ずつの部屋があった。


「ここは個室だな。扉に名前の掛かってないのが空室だから…そこの部屋使ってくれ。後で空の看板に名前書いといてくれ」


 ラークが指し示したのは右側の奥から4番目の部屋だった。


「今ここに住んでるのはお前を入れて7人だな。今は出かけてる奴らばっかりだけど…ま、今日の夜中には1人以外は帰って来るはずだから明日自己紹介してやってくれ」


 埋まっている部屋の6人と私を合わせて7人。今の“死氷部隊”のメンバーはそれで全てなのだろう。


「んじゃ、最後に。ここでのルールだ」


 案内は終わったとばかりに最初の居間に戻り、ラークは話しだす。


「法を守る、とかは置いといてだ。ルールは二つ。ヘル様にはちゃんと従うこと。そして、自分から語らない限り互いに無闇に詮索しないこと。この二つだ。前者は軍として当然として、後者は、触れてほしくない過去を持ってる奴もいるから気をつけろってことだな。俺みたいな志願してここに来たやつはまだしも、お前みたいにヘル様が拾ってきたようなやつは何かしら抱えてることが多い。お前があるかは知らないが、気遣ってやってくれ」

「分かった。ありがと」

「おうよ」


 ラークは神妙な面持ちで説明を終えると、快活な笑顔に戻る。


「今日はもうおせーし、また明日な」

「…また明日」


 ラークは自室に帰り、私もそれに倣う。ドアに掛けられた札に名前を記入し、自分の部屋に入る。そこは、クローゼット一つにベッドが一つ、テーブルと椅子が1セット配置された簡素な部屋だった。しかし、ベッドや床のカーペットから、道具一つ一つが上等であるとわかる。


「はぁ…」


 溜め息を吐きながらベッドに腰をかける。


「魔国に魔王軍、ね…」


 ヘルに誘われるままに魔国に来て魔王軍に属すことになったが、本当にそれでよかったのか思案する。やりたい事(復讐)もできそうだし、ナート教から一旦距離を置いて自身の強化を図るにはちょうど良いと思うが、どこか偶然の流れに任せている感じがしてしまう。


「はぁ…まぁ、今はどうしようも無いか…」


 ベッドに寝転がり、もう寝てしまおうかと目を閉じてみる。しかし、今になって色々なことが思い出され、さらに色々な思考が頭の中を走ってしまう。最近は、また一段と眠るのが下手になった。


「ああ…もう…」


 付けっぱなしの首にかけられたネルにもらったペンダントを握りしめる。ごろん、と寝返りを打ち、握ったままのペンダントを額に当てる。


「ダメだなぁ…本当に…」


 ペンダントと共に在って、なんとなく、ネルを感じるような気がした。


「強くなろう」


 ヘルほどの、雰囲気だけで私に敗北を確信させるほどの強者が居て人類がまだ負けていない、ということ。そしてヘルが言っていた私を迎えに来た時にいた敵。教会の者かはわからないが、人類にはまだまだ私の届かない強さの者がいる。確実に教会を壊滅させるには、まだまだ強くならないといけないだろう。


「全部終わったら、そっちに行くよ。待っててくれるかな…」


 ペンダントをギュッと握りしめて、半ば無理やり眠りについた。

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