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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
47/140

47 前夜

 瞬間、体に強い衝撃が走った。意識が途切れ眠る前、最後に認識できたのは、その衝撃が腕に嵌められた腕輪から発されていたことだった。



「はっ!」


 目が覚め、周りを見渡すと、自分はギルドの一室で眠っていたようだった。


「あ、起きました?大丈夫ですか?いきなりぶっ飛んでくるんですから何事かと思いましたよ」


 まだ何が起きたか正確に理解しきれていない状態だったが、目が覚めたところで扉が開きいつも受付にいる女性が部屋に入ってくる。


「何があったんですか?」

「あ、えーっと…」


 聞かれて何があたか思い出そうとするが、少し頭痛がして意識がはっきりとしない。


「家で来客があって…うっ…!」


 なんとなく意識がはっきりとしてきて正確に何があったか思い出した時、小さかった頭痛が突然酷くなり何かに殴られたかのような衝撃を感じる。


「だ、大丈夫ですか?」

「はぁ…はぁ…大丈夫、です」


 頭痛がおさまり落ち着いた時、あまりの事態に絶句した。


「何、これ…」


 気絶していた間に見た夢を思い出した。リルとエギルが聖女と戦い殺される夢だ。とてもリアルで、まるで目の前で実際に見ていたかのような感覚と、これが現実で起きたものだという確信があった。


「何かありましたか?」

「これは何?どういう仕組みで…っていうかじゃあ今向こうで」


 この時のウルカは知る由もないが、現状は術式回路によって腕輪に刻まれた魔導効果によるものだ。魔力の導線に沿って対象を高速移動させるものと、術者付近の映像を強制的に頭に流し込むというもの。ウルカは前者によって水の辰に沿ってギルドに飛ばされ、後者によって()を見させられその負荷によって意識を失っていた。


「あの、今何時ですか!」

「え?今は…9時くらいだと思いますけど…」


 窓の外を見れば完全に闇に覆われ、わずかな星々が照らすばかりだ。


「も、戻らなきゃ…」

「へ!?ちょっと!?」


 ベッドから立ち上がって走り出す。感情と共に魔力が蠢き暴れている。この時受付の人達の制止はもう耳に届いていなかった。


「もう大丈夫なんですか!?ねぇ!」


 背後から聞こえる声はもうその意味を脳に伝えてこない。


「いや、そんなのは…」


 意識しないうちに言葉が漏れる。


「もうすぐ…大丈…いや…」


 家は街から少し離れた小さな丘の上だ。遠いが、魔者としての能力をフル活用すればすぐに着いた。


「嫌、だよ」


 涙が溢れた。魔者になってからほとんどの感情は薄まったと思っていた。しかし、それでもまだ心に残っていたようで、膝から崩れ地面に手をつき、大地を濡らした。


「ああ、まただ」


 一言、呟く。


「私は…また…」


 涙が流れ出してからどれほど時間が過ぎたのだろう。何時間と経ったのか、あるいは数秒しか経っていないのか。自分の感覚ではわからなかった。動く星々だけがどれほど時が経ったかを教えてくれた。


「聖女」


 空を見上げ、仇の名を呟く。いつかと同じように、感情と魔力が燃え上がり制御を失い暴れ出す。そして、


「え?」


 魔力に反応し、腕輪に刻まれた最後の術式回路が起動した。


「うわぁっ!」


 腕輪が一瞬光り、水が勢いよく放出される。何事かと顔付近に腕輪を持ってきていたので顔に思いっきり水を浴びてしまう。


「…」


 体から熱が発されているため水はすぐに蒸発したが、頭が冷えた。


「うん」


 目尻を拭って立ち上がる。2人の宗教を直接聞いたことは無いが、魂品祀をしているのを見たことがあるし、出身はエクトワン王国だ。おそらくエルフと精霊に多い自然信仰だろう。


「…笑って送らなきゃね」


 2人の遺体を土に埋めて埋葬し、簡易的ではあるが墓を建てる。それを終えた後に、空を見上げて祝詞を思い出す。


「私は…いや、今は…そうじゃない、よね」


 祝詞以外に、色々な想いが頭の中を駆け巡る。それを振り払って深呼吸し、祈るように祝詞をあげる。なんとか作った笑顔で、震える声で、それは夜の闇に静かに響いた。


「ウルカの名において請い願う。死した御霊が神の御許に参れるよう、次なる世にて幸福であるよう。ああ、神よ、ああ、自然よ、哀れなる魂を、真世で救われますように」


 全てを終えて、作った笑顔が崩れないうちに空を見上げる。どうも、思った以上に感情は残っていたようだった。


「ああ、ダメだね。やっぱり1人じゃ…どうしても…」


 空に向かって呟き家の中に戻る。テーブルを見ると、今朝は無かった封筒が置かれている。


「…そっか。そうだよね」



 遺書


 あんたがこれを読んでるっていうことは、私たちは敗北したんだね。本当なら誰の目にも触れずに処分できれば最善だったが、そうはならなかったということだね。残念だが、仕方あるまい。

 さて、言い残したいことは沢山あるが、最初に聖女の話をしておこうか。腕輪の術式回路が正しく作動していれば、あんたは私達と聖女の戦闘が見れたはずだ。ロストテクノロジーの類だから正しく動作しているかは不安だが、まあそれは祈るしか無いね。それでだ。聖女のとこに行くんなら、ちゃんと勝ち筋を考えて、勝てるようにしてから行くんだ。もし勝てないと思ったなら、身を隠して強くなってからにするんだね。日輪に行ければいいがあそこは行き方が分かっていないし、魔国に行ってみるのも良いがリスクが大きい。個人的には顔が広まる前に大陸を渡っちまうことをお勧めするが、まあ好きにするといい。

 そして二つ目の話だ。私達の過去を話すと約束しただろう。それについてだ。本当は直接話したかったが、これを読まれてる時点でそれは叶わない。そこでだ。もし、もしも私たちの過去に興味があるなら、いつか日輪に行くといい。陰陽省という組織に属するアベ家の者に会いに行けば私たちの過去とそれに関することが分かる。合言葉は「セイリュウ、テンコウ、ツギノスザク」だ。覚えておくと良い。たださっきも書いた通り日輪への行き方は不明、と言うより記憶が無い。一つだけ分かるのは“案内人はその時になれば会いにいく”と言う言葉だけだ。私達の過去を知りたくなったら、案内人を探してみるといい。私達も日輪には案内人に従って行った。まあ、これで私たちの過去に関しては全部かね。

 最後に、心情的にはこれが一番伝えたいことなんだが、あんたの今後についてと私達の思いだよ。あんたは恋人を奪われて復讐を決意したんだろう。その子はそんなこと望んじゃいない、なんて言いはしない。私たちも望まれてやっていたわけじゃあ無いしね。だがもし、もし復讐をやめて普通に生きていくことができるなら、そうして生きてほしいと思うし、平凡に幸せになってほしいと思っている。あんたが復讐を止めるとは思っていない。でも、普通の幸せを掴める未来があるのなら、そうなってほしいと思っている。前述した私たちの過去も、復讐をしないならあんたには必要の無いものだ。だから、私たちの勝手な我儘で申し訳ないが、知るまでの猶予を作った。もう人を殺して、復讐に生きることを決めたあんたにこんなことを言うのは無茶ってもんだが、平和に生きてほしい。そして、もし復讐に生きるとしても、忘れないでほしいこと一つある。私たち、そしてきっと、あんたの親や恋人は、あんたを愛してる。たとえ死んでこの世から存在が消えようが、永遠にあんたを愛し続けている。これだけは、忘れないでほしい。


 愛しているよ、ウルカ。


 リル エギル



 動けなかった。声も出なかった。握った紙の端がくしゃっと潰れ、濡れた文字が滲んだ。


「ああ…もう…」


 掠れたような声がもれ、やっと動いた手で目元を拭う。


「復讐、か」


 普通に生きていくことができるなら、そうして生きてほしい。それを知ってなお、もう後戻りできないと、そしてするつもりも無いと実感する。


「私も、愛してます。ネル…恋人と生きてたから、親とか、祖父母とか、師匠とか、そういう人の温かさに触れたのは、すごく久しぶりで…」


 自分1人で他に誰もいない家の中、天井を見上げて3人で生活していた頃を思い返す。


「大事な人だった…」


 きっと最初は教会を潰すと言ったのが気になっただけだったのだろう。それでも大して時の経たない内に、復讐の道具や代行者へのものとはほど遠い、とても温かくて柔らかで静かな、そんな想いが伝わってきていた。


「やっぱり、許せないや…」


 扉を開ける。庭の草や土の匂いが鼻をつき、夜の風が吹き草木が蠢く音がする。星だけが照らす暗がりからはうっすらと街が見え、人の明かりはギルドについているのみだ。足を踏み出せば、地面が湿っているのか柔らかい感触が伝わる。


 ギルドから微かに話し声がする以外に、人は音を出していない。夜に酒を飲んでいるような声も聞こえない。街に向かって歩き出せば聞こえる声は少しづつ鮮明になるが、ギルドの声以外は聞こえない。それどころか仕事が終わり寮に戻ったのか、途中でギルドの声すら聞こえなくなる。


 地面や建物はそれぞれの匂いを放ち、星に照らされて薄暗くその存在を示す。もはや慣れ親しんだ街の情景も、夜の闇と静寂に包まれて異質な空気を醸し出し普段とは全く別の表情を見せる。


 自分の足音だけが響き渡り、普段の喧騒とはかけ離れた夜の街はどこか寂しさを感じさせる。目的地に近づくにつれ、己の内側から湧き上がる想いと魔力が際限なく溢れだす。眼前に街の教会が見える頃には、周りの気温が上がる程の魔力が静かに暴れていた。


 教会の扉に手を触れる。この時間では当然鍵がかかっているが、木造の扉につけられた鍵は周囲ごと焼かれてその機能を失う。扉を開ければ、ステンドグラスが星明かりで薄く輝き、暗がりの中で人の座っていない椅子が空間を広く見せる。


「いらしたのですね。少し意外です」


 家から感じた魔力を追ってくれば、教会の最奥に聖女が立っていた。服は()で見た黒いもの。よく見れば腹に包帯を巻いており、傷は魔者の体と聖典を合わせても完治はしていないようだった。


「寝てたらそのまま殺そうと思ったのに」


 確実に殺すなら、奇襲が一番だった。純粋な戦闘力では傷を加味しても互角が良いところだ。


「私、神に力を授かってからは寝なくて良くなったんですよ」


 当然だった。自分も()に未練があるから食事や睡眠をとっているだけだ。


「…」

「…」


 少しだけ間をおいて、互いの魔力が衝突する。物理的には何も影響を及ぼさないはずのそれは、風が吹き荒れ巨大な岩に圧し潰されるような、そんな幻覚を見せる。


「殺す」

「死んでいただきますね」


 微笑みを絶やさない聖女と表情の無い自分の言葉がぶつかる。


「『ユルサナイ』」

「『シンジテオリマス』」


 時刻は0時を回った頃だ。

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