44 研究都市とタケルの竜狩り
「全員逃げろぉぉぉぉ!!命が最優先だ!!施設は捨てろぉぉぉぉ!!」
セカイ王国の研究都市“シエンセリア”。国営の研究施設では、空に現れた2体の竜の対処で手一杯だった。いや、まともに対処もできていなかった。
「くそっ!今この街に竜に対抗できる者は居ないのか!」
投石機などの兵器で応戦しているが、竜には傷一つついていない。研究施設の成果品である一部の劣化古代技術兵器も目眩し程度にしかなっていない。
「今はいないらしい!冒険者や兵を総動員しても1体抑えられるか」
「絶望的な…あっ!」
「あっ!おい!オネストーネ!!」
最悪な現状を確認しながら逃げていると、瓦礫に足を取られて転んでしまう。竜はそれを認識して息吹のチャージを開始する。共に逃げていた同僚が自分の名前を呼ぶのがゆっくり聞こえ、死を悟ったその時に、
ヒュンヒュン
といくつかの音が聞こえ、息吹のチャージを始めようとしていた片方の竜の口内に矢が吸い込まれて行くのが見えた。
「大丈夫かしら?早く逃げなさい」
そして自分を竜から守るように、大柄な人物が立っていた。
「これでも元Sランクよ。倒しきれないまでも、増援まで時間を稼ぎきってやるわ」
「は、はい!」
その人物に促されて走り出す。素人ながら、強者の雰囲気、のようなものを感じ取っていた。最後に認識できたその人物の行動は、
「“破天荒”バイシュ・イーデル。いざ、参らん!!」
と叫んで竜に飛びかかって行くところだった。
〈side:バイシュ〉
「ふんっ!!!」
背中の矢筒から矢を数本取り出して竜にぶん投げる。一見雑に投擲されたそれは、正確に2体の竜の目に向かって飛んでいく。
「2体はキツイわね。1体でも一杯一杯だって言うのに。それにどうして喋らないのよ。唸ってばかりじゃないの」
矢は瞼に弾かれて地に落ちる。しかし、傷はつけられなかったが竜の注意をこちらに向けることはできたようで、両方の竜が突進してくる。
「ちぃぃぃぃ…!食らいなさい!!」
2体の竜の突進を紙一重で躱し、反転するため止まったところで片方に飛びかかる。一瞬考え込んでしまっていたが、それは後回しだ。意思疎通ができないのは疑問だが気にしている場合ではない。
「ふんぬりゃぁっっ!!!」
「GUGYAAAAAAA!?!?」
背にかけた弓型の鈍器を両手で持ち顎にフルスイングする。綺麗に命中し一瞬隙を作ることができた。
「ぬっ!?だりゃぁぁぁぁぁ!!!」
眼球に矢を突き立ててやろうと振りかぶったところで隣の竜の爪が飛んでくる。矢を刺すのを中断し鈍器で応戦する。
「GURYAAAAAAA!!」
「ぐふぅぅぅ…」
しかし、竜と正面から殴り合って無事でいられるはずもなく、後ろに弾き飛ばされる。
「ちっ!ふんっ!!」
矢を投げて竜の動きを牽制する。1体ならいざ知らず、2体の竜など倒せるはずも無いため時間稼ぎに切り替える。街の住民がギルドなどの頑強な建物に避難し、冒険者や兵士が十全な状態で戦闘できるようになるまで短くても30分程度。それまではなんとしても生き残り、自分から竜の注意を離させない。
「GURAAAAAAAA!!」
「でも攻撃が通らないわ…これでもスキルの恩恵があるんだけど、ねっ!」
矢を避け突進してくる竜と息吹をチャージする竜。突進を鈍器でいなし、息吹の射線上から退避する。
「ふんっ!!ふぅぅぅ…おりゃあ!!」
遠くの竜に矢を投げつけ、近くの竜には殴りかかる。常に両方に攻撃し続け、自身に意識を向けさせる。
「くっ…やっぱり火力が足りないわね」
攻撃は何度も命中しているが、矢も殴打も竜の体に傷をつけられていない。《弓聖》のスキルの効果で矢と弓型鈍器の火力は上がっているのだが、それでも通らない。
「GURUOOOOOOOO!!」
「ま、いつも通りね。ふんっ!!」
だが竜に攻撃が通らないのは現役時代から変わらない。こう言う時は脳震盪でも起こして目か口に矢をぶち込むに限る。また息吹と突進でそれぞれ攻撃してくるが、今度は突進してきた方にカウンターを入れながら射線を外れる。
「食らいなさい!!!」
今顎にカウンターを入れた方の竜に矢を突き刺そうと鈍器を持たない方の手で振り上げる。しかし、
「GURIAAAAAAA!!」
「なっ!?ぐふっっっ!!!」
経験上、本来なら脳震盪を起こし動きが止まっているはずの竜が動き尾で吹き飛ばされる。
「くっ、バカなっ…!まずいっ!」
「GURUUUUU…」
今の衝撃で一瞬動けなくなっていた隙に遠くの竜が息吹をチャージし終えたようで、それに気づきなんとか射線から抜ける。
「GURUOOOOOOOOOO!!!」
「なんだとっ!?ぐぅぅぅぅ…」
避けれたはずの息吹だったが、極太の一本ではなく細く枝分かれしてこちらを襲ってきたため被弾してしまう。
「拡散!?そんなことできるのっ!?」
元Sランクのバイシュでも驚いてしまうが無理はない。ブレスの拡散ができる竜などそれだけ限られているのだ。しかも意思を奪われてなおそれが出来るほど体に拡散息吹が染み付いている竜などもっと稀だ。
「想像以上じゃない。やってやるわ!!!!」
「GURUOAAAAAA!!」
「GARUAAAAAAA!!」
しかし、敵がそれほど強くとも絶望している暇などない。幸い拡散型の威力はそこまでではなく、尾の打撃もギリギリ腕で防げたためまだなんとか動くことはできる。傷だらけの体で体勢を立て直し、2体の竜に向かって走り出す。
「ふんっ!!」
走りながら両方の竜に矢を投げる。口内に吸い込まれるように飛んでいった矢は息吹を妨害し一瞬の隙を作る。
「だりゃぁぁぁぁ!!!」
「GURAAAAA!!」
動きが止まった間にセオリー通り眼球を狙う。しかし反応されてしまい、他より大柄な体が宙を舞う。
「ふぅん!!!」
「GUGYAAAAA!?」
竜は追撃を加えようと迫ってくるが、鈍器をぶん投げて対処する。そしてその間に体勢をなんとか整えて着地する。
「GUOOOOOOOO!!」
「ぬっ!?ふんっ!!」
着地の瞬間を狙われ追撃に来なかった方の竜が息吹を放ってくる。ギリギリで反応しなんとか躱したが、まだ体勢の不安定な内に両方の竜が突進してくる。
「GURUAAAAA!!」
「GURUOOOOO!!」
「くっ…ふんっ!!」
矢筒から残り少ない矢を握り投擲する。眼球に正確に向かっていくそれらは竜の目を一瞬だけ閉じさせることに成功する。
「よしっ!」
その一瞬で向かってくる竜の間を抜ける。目が閉じられるのは一瞬だが、竜のスピードが常軌を逸している分僅かな時間でも爪を躱して間を抜けることができた。
「さあ、来なさい!!」
「GURUAAAAAA!!」
「GUOOOOO!!」
先ほど投げた鈍器を拾うと同時に、息吹と突進が同時にやって来る。しかし今度は拡散型ではなかったため、しっかりと避けて突進の迎撃に向かう。
「ふんぬあぁぁぁ!!」
「GUORAAAAAAA!!」
振り抜かれる爪と鈍器がぶつかり合う。しかしそれも一瞬のことで、後ろに弾き飛ばされてしまう。
「ふぅ…ふんっ!!」
ほんの一瞬息を吐き、弾かれた先で矢を投げる。そもそも万全でも竜と正面からぶつかり合って勝てるとは思っていないため、弾かれる時にしっかり後ろに飛んで威力を軽減しながら竜と距離をとることに成功していた。
「もう次で最後ね」
矢筒に矢はもう残されておらず、次に投げればそれで最後だ。2体の竜が息吹と突進を始めるのに合わせて鈍器を構える。
「GURAAAAAA!!」
「GURUOAAAAAA!!」
「ちっ!そっちか!」
突進してくる竜の方に向かって走りながら息吹を避ける。しかし拡散型であったため、全てを避けきれず走りながら食らってしまう。
「ぐふっ…!くっ!」
「GURUOOOOO!!」
血を吐きながら残った矢を投擲する。しかし、わかっていたことだが全て鱗に弾かれてしまう。
「GURAAAAAAA!!!」
竜の牙が眼前に迫り、死を悟ったその時、
「GURUAAA!?」
「何っ!?」
竜が真っ二つに両断される。
「さて、大丈夫かい?」
目の前の、確か東方の伝統的な服であろうそれに身を包んだ男は、刀を肩にかけて余裕の笑みでそう言った。
〈side:タケル〉
今斬った竜の骨を拾いながらもう1人の竜を見据える。バイシュも最悪の想定よりは軽傷なため一安心だ。
「おやすみ」
地面を蹴り竜に肉薄する。核の骨の場所はすでに判別したので後は斬るだけだ。
「GURUAAAA…A?」
竜が反応した時にはもう遅い。すでに肉体は斬られ核の骨はタケルの手の中にあった。
「やあどうも。人的被害は?」
まだ呆然としている“破天荒”バイシュにそう聞く。ネクロへの質問に多少時間を掛けられたのは、研究都市はこの人物がいるとわかっていたのも大きい。この人物なら自らが到着するまで竜を相手に人的被害を出さないでくれるだろうという信頼があった。まあ面識はないが。
「え、ええ。大丈夫よ。建物はこんなだけど…」
「さすがは“破天荒”だ。ブランクがあっても竜を2人とも抑えてくれるとはね。弱体化しても一般の竜と同じくらいはあるよ、あれ」
やはり当初の見立て通り、研究施設はボロボロだが本人を除き軽症以外の人的被害は出なかったようだ。しかも物的被害も研究施設とその周辺のみでいくつか想定していた中では軽度な方だった。
「そ、そうよ、あの竜はなんなの?喋ってくれないし結構強いし。まあ竜なんだから強いのは当たり前なんだけど」
心で拡散型の息吹を思い浮かべながらそう聞いてくる。少しだけ考えて返答する。
「あれね、昔の四天竜の遺体が操られてるものなんだよね。普通の竜じゃできないようなことしてきたでしょ」
「へっ!?四天竜!?そんなのが2体!?確かに拡散する息吹とか訳わかんなかったけど…それなら今生きてるのが不思議だわ」
バイシュは最強種族の中でも5本指に入る強さのものを2人同時に相手したと聞いて驚愕していた。まあ並のSランクでは四天竜1人にも抗えないだろうから無理もない。
「無理やり作られて操られてる弊害で弱体化してるけどね。それでも一般の竜くらいの戦闘力はあるしやっぱさすがだよ」
「そう。まあ逆に安心したわ。一般の竜なら私が生きててもおかしくは無いわね」
「また謙遜して。脳も揺れないし目とか口とかから攻撃しても倒せない分鱗を通せないと倒せないからね。もし普通の生きてる竜だったら勝ってたかもしれないでしょ。あんた強いし」
「恐ろしく強い人にそう評価されるのは嬉しいわね。素直に受け取っておくわ。ああ、それと、助けてくれてありがとうね。あのままじゃ死んでたわ。礼を言うのが遅れちゃって申し訳ないわ」
バイシュは礼を言って立ち上がり頭を下げる。見れば血を吐いていて全身アザだらけ。それに幾つか骨折もしていそうだ。
「ああ、礼はいいよ。僕も目的があって必要なことをやっただけだしね」
「そう?でも、そうね、今度私の店に来ることがあったらサービスするわ。まあただの服屋だけどね。ああ、それで、あなたは何者なの?」
ボロボロの体でも普通に見える程度に会話出来ているあたり、精神のタフさと肉体の頑強さが窺える。
「僕はタケル。現役のSランク冒険者だよ」
「あなたがあの…確かに納得ね。Sランク最強って噂だものね」
「ま、噂は噂だよ。現に、僕より確実に強いやつを5人知っている」
今生きている死んでいる問わず、自分より強い者を思い浮かべる。素質だけなら自分以上のものなどいくらでもいたが、実際に自分に勝てる者は知る限り5人だけだ。
「5人しか出てこない時点で相当強いわよ」
「ま、そうかもね。ああ、そうだ。これを渡しておくよ。傷によく効く薬でね。名前は…かわらべ、とでも呼んでおこうかな」
懐から丸薬を取り出し渡す。毒や菌などの類は大丈夫そうなので、自分の持ち得る手段の中で最もリスクの低いものを渡す。
「何から何までありがとう。受け取っておくわね」
「そうしてくれ。じゃ、僕は行くよ。すぐ人が来るはずだからそれを頼ってくれ」
「もう行くの?竜討伐の報酬とかも出ると思うわよ?」
「大丈夫だよ。成すべきことは成したし、貰うべき物は貰った。これからは次の目的地にゆっくり向かおうと思ってね」
「そう。あなたを止める理由も資格も元気もないわ。みんなに説明しておくわ」
「助かるよ。さよなら」
「ええ。さようなら」
最後に別れを告げて歩き出す。丁度竜が倒されたのを見て向かってくる人々とすれ違うタイミングだったが、自身の気配を薄めて人々の間を縫うように抜ける。
「うーん…疲れたね。後5日くらいかな。ちょっと急がないとなぁ」
いつまでに次の目的地に到着しなければならないかを思い、少し憂鬱になってくる。急げば本当に一瞬ではあるのだが、ゆっくりしていたいと言うのが本音だ。溜め息と愚痴が漏れてしまう。
「ま、最初から分かってたことか。これから忙しくなるし、これくらいで文句言ってらんないね」
草鞋の独特な足音を響かせながら歩くが、気づくものは誰もいない。そのまま最初からこの街には関わらなかったかのように、静かに研究都市を離れていった。




