43 タケルの竜狩り
教会でアダムが呼び出され、ウルカ達が竜と戦った日。タケルが王城に向かったのはその日の朝のことである。
〈side:タケル〉
「はぁ…面倒だなぁ」
溜め息をつきながら王城へ向かう。実際にはそうでもないと理解しているが、朝から王族と謁見など面倒にも程があるという思いが抜けない。まあ朝を逃すと謁見のタイミングは無くなってしまうし今行くしかないのだが。
「どーもー、タケルだよー。はいこれ、ギルドカード」
「はっ!ようこそいらっしゃいました!」
「もうちょっとフランクでもいいのに…」
王城の門番に身分を証明して城に足を踏み入れる。最後にセカイ王国の王城に来たのは何年前か分からないが、いつも来る度に堅苦しい挨拶をされている気がする。というか、Sランク冒険者の身分を使うようになってからはどこに行ってもそんな対応をされている。
「ほんっと、王城って無駄にでかいよねぇ」
「申し訳ありません」
「ああ、ごめんごめん。独り言だから気にしないで」
つい漏れてしまったボヤきが案内の使用人に聞こえてしまった。しかし、本当に広い。謁見の間に辿り着くまでにもう10分は歩いている。同じ建物の中でだ。城なんて全てそんなものとは言え、来る度に無駄だと思ってしまう。
「タケル様、国王陛下の準備は整っています。こちらへ」
「はいはい。ありがとね」
到着するとすでに準備はできていたようで、部屋の前に着くと使用人は一礼して去っていった。その後すぐに両脇の兵士が扉を押し開き、謁見の間があらわになる。
「朝から勘弁してほしいね…ま、今しか無いんだけどさ」
誰にも聞こえない声量で呟きながら謁見の間に歩を進める。部屋の真ん中に達した時には後ろで扉の閉まる音がした。
「よく来てくれた、タケル殿。しかし、最後に来たのは12、3年前だった気がするが見た目が変わらんな」
「どうも。もうそう言うものだよ、僕は」
「まあそうか。しかし、やはり来てくれたのは有り難い。国の指名依頼も簡単に断るからな、タケル殿は」
「はははっ、しょうがないじゃん。忙しいんだ、僕は。今回も別の主目的があるからそのついでだしね」
「依頼を受けた時はいつもそう言うな、タケル殿は」
一国の主と一冒険者の会話にしてはお互いにフランクがすぎるが、それに突っ込むものは誰もいない。Sランク冒険者とはそう言うことなのだ。まあ、セカイ王国の現国王とは付き合いが長いと言うのもあるが。
「ていうか、謁見って言っても形式的なものでしょ?別に話すこと無いし」
「まあそうだな。ただ、うちの息子が会いたいと言ってな。軽く剣を教わってから随分懐いたらしい。まだ小さかったあやつももう成人して公務に携わっておる。小さい頃に剣を教わった御仁にまた会いたい、いつかの礼がしたい、と言っていたな」
「そうなんです?まあじゃあ、ごめんねって言っといて下さいよ。もうすぐ竜が来るから今日は会えないし、竜を倒したら僕はそのまま行くところがあるんで」
「は?竜が来るとは一体…」
不可解な発言に目の前の国王が口を開いた瞬間、謁見の間に兵士が飛び込んできた。
「たたた、大変です!!竜が王都上空に現れました!!現在地上に向かって下降中です!!」
「も、もう一点報告が!研究都市の方でも一体竜が現れました!!現在は現地の冒険者が交戦中です!!」
「なにっ!?動きの無かった竜が突然動き出したと言うのか!?」
突然の報告に国王は目の色を変え、玉座から立ち上がって慌てていた。
「おーい、王様」
「はっ、タケル殿!これは…」
「そう言うことだから、ちょっと行ってくるよ。いつかまた会おう」
「なっ!?タケル殿!?」
説明を!と叫ぶ国王を無視して、王城の壁を透過して外に出て、そのまま壁を蹴って空の竜に向かって跳躍する。
「さて、とりあえず1人目を落とさないとね」
空中で腰の刀に手を当てて竜をまっすぐ見据える。
「…そこか。安らかに眠ってくれ。ふっ…!!」
竜の核の場所を見抜き、すれ違いざまに居合で鱗や肉体ごと叩き斬る。美しい断面をした竜の残骸は、空中で消失しながら落下していき、最後には二つに断ち切られた小さな骨だけが残って地上に落ちていく。
この時点で、王城の中から窓越しに見ていた全員は最強生物を軽く断ち切った理解不能な絵面に絶句して思考を止めていた。切って当たり前かのように表情も変えずに空中で刀を鞘に納めるのを見て、さらに驚いている者もいた。
「さて。ここからが本題だね」
王城の中は無視しつつ、跳んだ勢いのまま風を起こして空を飛び、落ちていく骨を回収する。骨を懐にしまった後も飛び続けてそのまま王都を抜ける。目指すのは王都近郊の森を越えた先の山だ。
「しかし、ひどいね。意思を奪われて、力も半減じゃ済まないか。悲しいね」
意思を奪われ弱体化した、ウルカが数時間後に戦うものと同じ状態の竜。悲惨な状態を嘆きつつ、それを成した張本人の元へ急ぐ。
「む、あそこか」
自身の周りにソニックブームを起こしながら空を飛んでいると、10分とかからずに目的地に到着する。そこには、先程の竜よりも大きな竜が鎮座しているのが見える。
「申し訳ないね。君達がそんなになるのを許してしまって」
竜と対峙し、届かないと分かっているものの言葉をかける。
「GURUUUUUU…」
目の前の竜は意思がなく言葉を理解していない。こちらを完全に無視して息吹をチャージしている。
「ごめんね。意思が無くても、君は格が違うみたいだ。〔雪女草子・氷室〕」
チャージを見てこちらも動く。言葉を発した瞬間に真っ白い息と共に冷気が放出され、竜が凍りつき息吹も中断される。
「GUOOOOO…GAAAAAAA!!!」
チャージは中断されたものの、竜は身を捩り体表の氷を砕き、そのままこちらに突進してくる。
「〔魔縁草子・壊風〕」
「GURUUUUUU!!」
突進に対抗して風を起こし、その風で竜を殴り切り裂く。竜はやすやすと自身の鱗を傷つけられたのに驚いたような仕草を見せた後、突進を断念したようで空に飛び上がり息吹のチャージを開始する。
「別に撃たせても良いんだけど、一応邪魔するよ。〔大太草子…」
刀に手を掛けて上空の竜に向けて居合を放つ。そして刀が地面と並行な角度を越え、切先が空を向いた瞬間に続きの言葉を紡ぐ。
「…天割〕」
居合のまま振り上げられた刀は、見た目は変わらないままで巨大化したかのように振る舞い、竜の翼を破り、はるか上空の雲まで切り裂いた。刀の延長上にあった山にも亀裂が入っているのが見えた。
「GURUAAA!?」
翼を破られた竜は飛ぶことが出来なくなり落下を始める。
「ほんとに、すまないね。どうか安らかに眠ってくれ…」
空から落ちてくる竜に狙いを定める。
「〔狐火草子・穿焔〕」
落下する竜に向かって白い光を放つ細い炎の線が放たれる。それは竜の核となっている箇所の骨を正確に撃ち抜き竜の肉体の崩壊が始まる。
「よっ…と。さて。とりあえず、君を片付けようかな。安心するといい。逃がさないから」
核の骨を拾いながら隠れてこちらを観察していた竜を操っていた犯人に話しかける。
「…気づいていらっしゃいましたか」
物陰から冷や汗を流しながら出てきたのは、黒色に改変された司教の服を着た高齢に見える男だった。
「まあね。それでだよ、“禁忌”ネクロ」
「なんのご用件でしょう?」
自身の名前を呼ばれて冷や汗の量が目に見えて増えているのが見て取れる。魔王軍において四天王に次ぐ地位に位置するその男は、竜を瞬殺する者を目の前にして平静を装うのがやっとだった。
「僕は君を殺しに来たんだ。私怨と、八つ当たりと、未来のためにね」
「!?!?!?」
言い終えた瞬間に刀で斬りかかるが、ネクロは全く反応できなかったようで、深々と切り裂かれた自身の胴を見て言葉を失っていた。
「な、何をしたんです…!?」
斬られた腹を抑えながら聞いてくるが、息も絶え絶えと言った様子で声も掠れ気味だ。
「さあ?何をしたんだろうね。ああ、後、いくら魔者としての能力があるとはいえ、フィジカルを鍛えるのは重要だよ。それを怠っちゃあいけないね」
「魔者を知っているのも気になりますが…食らいなさい!【虫屍弾】!!」
ネクロの魔術が動物の死体を操るものなのは分かっている。ネクロはそこらじゅうにある虫の死体を操り魔力で強化してぶつけてきた。
「ま、その程度じゃあね」
「なっ!?」
虫は全て当たったが、タケルは全くの無傷、どころか服すら傷ついていない。
「ああ、それとね、一応生かしてるのは質問したいからなんだ。実力差をわかってくれたら、おとなしくこっちの質問に答えてね」
「ははっ…」
ネクロは絶望的な戦力差に乾いた笑いしか出てこないようで、引き攣った笑みをしながら後ろに下がる。
「そうだね…君の魔術、大まかに二種類あるだろう?死体全部を操るのと、魔力で死体の一部から全体を再現するの。竜のは後者だろう?ここまではあってる?」
「あ、ああ。君の言う通りですよ」
ネクロは引き攣った笑みのまま答える。
「うん。わかった。じゃあ、どうやって彼ら5竜の遺体を盗んだんだい?彼ら…竜王と四天竜の遺体なんて、一部であっても簡単に盗めないと思うんだけど。竜の社会じゃ国王や大臣と最高戦力を兼任してるよな立場の者の遺体だよ。どうやって盗んだ?」
「自分1人で乗り込んで骨のかけらを取ってきたのですよ。竜は全員体が大きいあぁぁぁ!?!?」
「嘘。言ってなかったけど、僕嘘わかるからさ。嘘ついたら刺すよ?質問はすでに拷問に変わっているんだぜ、ってね」
嘘を判別してネクロの脚に刀を突き刺す。
「少し質問を変えようか。じゃあたとえば、四天王の協力があったか?」
「ぐ、ふぅ…無い。全て私1人で計画実行したことだ」
「はい嘘。じゃあ“邪竜皇”か。四天王の、しかもあいつのスパイが竜の里にねぇ…正直そのパターンは嫌だったんだけどなぁ」
「なっ!?ぐふっ…」
嘘だったため事実が確定する。四天王でこの件に関わっている可能性があったのは“邪竜皇”だけなのでそれで確定だ。一応想定していたうちの一つではあるのだが、竜に裏切り者がいるのは個人的には嫌なことだった。
「今のでわかったでしょ。嘘がわかるのは本当ね。こっちも早く済ませたいし、最初から喋ってよね」
「くっ…」
「じゃ、次ね。魔国の戦争の予定は?いつくらいの予定だい?」
「…」
嘘がバレる以上だんまりを決め込む判断をしたようで、口を開かなかった。刺した後にもノータイムで嘘をついてきたあたり多少の暴力では口を割らないだろうし、時間がないため大掛かりな拷問の類はできない。ネクロは現在考えうる限り最もマシな選択をしたように思われた。
「…一年半後ね。ま、予想通りだけど確定してよかったよ」
「はっ??」
タケルの持つ数多の特殊な力の一つ、それは嘘が分かるなんて小さな物ではない。今行使しているそれは、相手の心の表層、今考えていることや喋ろうとしていることを読み取る読心術だ。嘘をついている最中はその嘘の内容を考えていることしか読めなかったが、だんまりを決め込んでしまった以上質問の正しい答えを無意識に思い浮かべてしまい、それを読むことができたのだ。
「半年だな。遅延かけるのは。あと竜の里に遺骨返しに行かなきゃね。スパイ潰すついでに。あ、そうだ。最後にさ、“死氷”が今何してるか分かる?」
確定した情報から今後の動向を決め、最後に直近で重要なことを聞く。
「…ふーん。分かった。ちゃんと効いてるみたいだね」
黙っているうちに思考を読むと、“死氷”の動向からかつての戦いの折に施した仕掛けがきちんと機能していることが確認できた。ネクロが“死氷”の動きを把握しているかは五分五分だったためここで確認できたのは大きい。
「ありがとね。確認したいことは終わったし、さよならだね」
もうネクロに確認すべきことは全て確認したので、トドメを刺そうと刀を構える。彼が生きていると次の聖魔大戦で問題が起こるためここで確実に仕留める必要がある。
「ま、待て!今私を殺せば使役している竜が暴れ出すぞ!研究都市の2体はもちろん、制御しきれずに手元を離れたもう一体もだ!研究都市の2体は凶暴化するだけだが、もう一体は今は大人しくしているのが動き出すぞ!おそらく今はSランク冒険者なぞいない場所で…」
「知ってる。ていうか、動いてもらわないと困るんだよね、その手元を離れた竜にはさ。彼女の糧になってもらわなきゃいけないんだ。ああ、予言しようか?その竜は、人的被害0、そして建造物なんかへの被害も0で討伐されるよ」
「な、何を言って…」
「じゃ、そう言うことだから。ばいばい」
命乞いをしてきたが、構わずに刀を振り下ろしトドメを刺す。昼過ぎの時刻、図書館の街で竜が動き出したはずだ。
「さて。後は研究都市に行かなきゃね。早くしないと彼…彼女?が死んじゃうしね」
刀を鞘に納めて目的地に向けて跳躍する。不思議なことに、刀には血の一滴、脂の一片も付着していない。
「今日にはリブレリアに向かいたいんだよなぁ…ま、すぐ終わるか。研究都市の方は」
風も起こして最高速度で上空を飛翔して行く。この後の予定も考えつつ、目標地点が見えてくると、今まさに誰かを殺そうとしている片方の竜に狙いを定めて刀に手を掛ける。
「ふっ!」
核の骨の判別は空中で済ませてその一点を両断する。
「さて、大丈夫かい?」
街数個分以上に離れている距離を1分かからずに移動し、研究都市に着地した。




