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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
42/139

42 教会の動向

 時は少し遡る。ウルカがリルとエギルの家に来て約20日後、竜と戦う約10日前。ウルカ達のいるセカイ王国と隣接するナート教総本山、ヴィスキア神聖国に魔女狩りの追加捜査から帰還した聖騎士が帰還したところから話は始まる。


〈side:聖騎士〉


「ただいま帰還致しました、聖女様」

「お帰りなさい、クライン。顔を上げてちょうだい。それで、ハラルドは見つかった?」

「…はい。見つかった、と言えば見つかったのでしょう」


 顔を上げずに答える。


「どう言うこと?」

「彼は、殺されていました」

「…そう。詳しくお願い」


 一瞬の沈黙の後、聖女様がお聞きになる。この聖歴が始まって以来の2000年、魔女狩りで聖騎士が死ぬことは“死氷”の件以外で無かったため少し驚いたのかもしれない。


「はい。道中や近隣の街でもハラルドを発見出来なかったため、神託で示された地に向かいました。そこでは、村の人間全てとハラルドの遺体がありました。魔女に敗れ殺されたものと思います」

「そう。分かったわ。後は報告書を読んでおくからもう休んで良いわ。ありがとね、クライン」

「身に余る光栄にございます」


 聖女様の許しを得て謁見室を後にする。聖女様と何かを話すなど今回が初めてで緊張で死ぬかと思ってしまった。一応前にも一度対面したこともあるのだが、その際は命を受けてそれに返事をするだけだったため、今回は部屋を出た後も心臓が鳴り止まない。


「ああ、疲れた。まあ、責務は果たせたようで良かったか」


 聖女様、ひいては教会の役に立てたことに安堵しながら帰路に着いた。


〈side:聖女〉


「どうでしたか、調査の結果は。何か分かりましたか?」


 クラインが部屋を出てすぐに声が聞こえてくる。鎧姿の正装をした、神聖騎士団団長がそこにはいた。


「あら、アダム団長、聞いていらしたのですか?ハラルド…最初に魔女狩りに向かった子は、燃やされて死んじゃったらしいです」


 クラインの報告を思い返しながら答える。


「魔女狩りを失敗したんですか?“死氷”以来の大問題じゃないですか。今が2002年で“死氷”が1000年くらいの出来事ですから、1000年ぶりの凶事ですよ」


 魔女狩りにおいて大きな問題が起こったのは、ナート一世が聖人となり聖歴が始まってから二度目の話だ。また問題の発生自体が大きな凶事である上、現在の“死氷”が魔王軍四天王の一角を担うのを見るに副次的な影響も大きい。


「もし本当に失敗しているならそうなんですが…でも、おかしいんです。団長は私の《千里眼(スキル)》をご存知でしょう?人の視界を借り受けられるんですけど、ハラルドが魔女狩りを完了するのを私はちゃんと見ていたんですよ。私がそこで《千里眼》を切ってしまったのが悔やまれます。借りたままにしておけばその後何があったのか分かったのですが…」


 魔女狩りの失敗が、“死氷”(過去の事例)を見ても大問題であるのはその通りなのだが、一度完了したはずなのに失敗して殺されたと言うのも違和感がある。魔女狩りや魔女と関係ない者の犯行も疑いつつ、スキルを切ってしまったのを悔やむ。


「まあスキルを切ったのは仕方ないことですよ。魔女狩りを管轄し始めてから問題もありませんでしたし」

「そう言って下さってありがたいです」

「いえ。それで、クラインからは何か手がかりは?」

「クラインの視界はちゃんと最後まで借りてたんですけど、特にめぼしい手がかりも無かったんですよ。ハラルドは炎で殺されたことくらいしか」


 前回の反省を活かし今回は自分が視界に入るまでスキルを持続したが、追加調査で聖騎士殺しの犯人や魔女に繋がる新たな情報は何も得られなかった。炎で殺された、と言うのでなんらかのスキルか魔女の力のどちらかで殺されたと言うことは分かったが、結局犯人の選択肢は狭まっていない。


「ふむ…どうするんです?また追加で人員を送りますか?」

「そうですね…もうこれ以上問題が大きくなる前に私が出向きます。上が護衛をつけろとうるさいですし、騎士を2名ほど貸していただけますか?」


 護衛を連れて行くなら目の前の団長くらいの実力がないと「護衛」にはならないのだが、形式上連れて行かないと司教連中がうるさいのだ。大司教様以外の司教連中は、メンツやら利益やらにうるさくて敵わない。神が生かしている以上はそれが正しいのだが、それでも神に仕える者としての態度がなっていないと常々思っている。


「分りました。足手纏いにならない程度の奴らを2人選んでおきましょう。出発はいつにしますか?」

「今日…は無茶ですね。明日でお願いします」

「明日でも無茶ですよ…まあ、なんとかしましょう」


 団長は少し呆れたような表情をしながらも明日に間に合わせてくれると約束してくれた。


「ありがとうございます」

「まあ、仕事ですから。しかし、自分が出る判断も早いですね」

「聖騎士が死んでしまった以上、下手な人員では悪戯に被害を増やすだけですから。一般の聖騎士でも冒険者で言うAランクはありますから、私や団長が出向くしかないでしょう?戦争の気配もありますし団長は動けませんから、私が行くしか無いですよ」

「まあ確かに俺は動けませんが。戦争まで長くても3年持たないでしょうしね。ただ、一応うちの副団長とか若手の有望株あたりなら最低でもA+上位くらいありますけど、本当に自分で行かれるんで?」


 今は3年と言ったものの、団長も私も教会の上層部も1年半で新たな聖魔大戦が勃発するのは確実と見ている。魔国と隣接する国家では緊張が高まっているし、ヴィスキア神聖国の軍事のトップである神聖騎士団団長は国から下手に動けない。


「もちろん私が向かいます。私はこれも神がお与えになった試練の一つだと思うのです。私の管轄下の職務で聖騎士が死んでしまったのですよ?私が直接出向いて彼の無念を晴らし、そして神と教会に仇なす悪虐の徒を葬れということだと思うのです。神は無意味な死をお与えになりません。ハラルドの死もまた試練の一部であるのです。神に仕える者の死ぬところには試練がある。そうでしょう?」


 嬲られた跡があったのも確認しているため、敵も最低A+上位の実力を持つことは間違いない。であれば自分や団長のようなSランク級の実力を持つ者が行くべきだろう。それに、神に仕える聖騎士の死だ。そんなものは神のお与えになる“試練”に決まっている。


「そうですか。あなたがそうすると言うなら俺には止められませんね」


 私…聖女と神聖騎士団団長は立場上同格であり、魔女狩りが聖女の管轄である以上助言程度はできても団長の権限で作戦を停止、などとはできない。また、職務に必要だから騎士を2、3名貸せ、と言われても団長はそう簡単には断れない。


「うふふっ…そうですね。誰にも…それこそ教皇聖下でも私は止められません。何せこれは、神が私にお与えくださった試練なのですから」


 微笑を浮かべて応じる。教会の指揮系統の問題以上に、これが神のお与えになった試練である以上、私を止められる者があるとするのならば、それは神のみであろう。


「ま、あなたならそう言うでしょうね」


 この時、アダムが「またいつものか。異常者に片足突っ込んでるだろこの聖女様は」と思っていたのは誰も知らない。アダムは全ての事象を神や試練と関連付ける聖女に少し辟易していた上、この手の話題の時は聖女の目が狂人のそれに近い気がしてならないとも思っていた。


「信心深いのは良いことですがね。あなたはもう一信徒ではなく信仰される側だと言うことをお忘れなく。御自分の無事にも十分気を遣って下さいね」

「大丈夫ですよ。神に選ばれた身である以上、その責務を果たすまで私は死にません。神がそうお定めになられていますから」


 全ての運命は神がお定になられている以上、選ばれて特別な“力”までもを授かっている自分がそう簡単に死ぬことはない。もし死ぬならそれは試練と責務を果たしたもっと後の話だ。


「そうですか…ま、今日はお暇させてもらいますよ。明日、護衛の2人を連れてまた来ます」

「お願いしますね」


 話は終わり、それを最後に団長は部屋を後にした。最後に1人部屋に残され、明日に思いを馳せる。


「明日に向けて準備しなければなりませんね。大司教様は…今忙しいですし馬車を手配しなきゃいけませんね」


 自分もそう言って部屋を後にし、教会の馬車を出してもらいに本部へ向かう。本当なら大司教様に送ってもらうのが一番速いのだが、彼は今別の職務で忙しいため頼めない。


「魔女狩りも聖騎士殺しも早く解決すると良いんですけど…両方同じところに辿り着きそうな気もしますがどうでしょうね…」


 早く解決することを祈りつつその日は本部に寄った後は帰路についた。



 翌日


「今日からよろしくお願いしますね」

「いえ、これも聖女様と教会のためでありますから」

「聖女様のお側に置いて下さるだけで光栄でございます」

「そう。ありがとう」


 護衛に来た聖騎士2人と馬車の御者の3人と挨拶を交わし、馬車に乗り込む。


「じゃあ気を付け下さいね。お前らもちゃんと聖女様守んだぞ」

「「はっ!命に変えても!」」

「行って参ります。団長もお仕事頑張って下さいね」


 聖騎士2人を連れてきたついでにと見送りに来ていた神聖騎士団団長に見送られて出発する。現場の村の一番近くの街である、セカイ王国の図書館の街“リブレリア”までは15日程度で着くはずだ。


「二人とも馬車の中で休んでいて良いですよ?ずっと気を張っていても疲れるでしょう」

「いえ。問題ありません。それに我々は2人います。交代で番をすれば大丈夫です」

「そう。なら良いけれど。でも疲れたら絶対に中で休むこと。聖女としての命令ですからね」


 一番強い自分が御者の視界を借りて常に外を見ているため見張りも番もいらないのだが、聖騎士2人はやる気に満ち溢れていて常に片方が馬車の隣を歩きながら見張りをしているので、休むように厳命する。一応「護衛」なのだから、歩き疲れて肝心な時に役に立たないようでは困る。


「なんとお優しい…」


 聖騎士は感銘を受けたような様子だったが、やる気が上がってしまったようで本格的に休んでくれそうに無い。途中で魔物にくらい遭遇するだろうし、この調子で大丈夫か心配になってしまう。


「はぁ…まあ、最初から護衛の役は期待してませんが」


 誰にも聞こえないくらいの声で呟く。


 ウルカと聖女の邂逅まで、後少しだ。


〈side:アダム〉


 聖女出発から10日後、聖女の到着まで残り5日。アダムは教会の本部に呼び出されていた。


「アダム団長、こちらです」

「どうも。わざわざ私を呼び出したのはどういったご用件で?まさかもう戦争ですか?」


 現在アダムを謙らせるような存在は世界に3人。教皇聖下、先代神聖騎士団団長、そして、今アダムの目の前にいる大司教だ。規則的に軍事においては同格だが、歴からして格の違う教会のNo.2相手だ。どうしても緊張してしまう。それに、フードを深く被り素顔が見えないのも感じる圧力を増加させている。


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。それと、戦争はまだ先です。今日あなたを呼び出したのは別件です」

「そうでしたか…しかし、でしたらどうして。しかもお忙しい中で突然」

「緊急ですからね。今セカイ王国に向かっている聖女についてですよ」

「何と…彼女に何か問題が」

「ええ。実は魔国の芳しくない動きを察知しましてね。それと同時に魔女の生存も確定しましたが、それ以上の問題です」

「なっ!?」


 アダムは驚きに目を見開いて動きを止める。大司教の口ぶりから戦争には繋がらないのだろうが、魔国の動きがあったという大問題。そして未だ不明であった魔女の生存が悪い方に確定したこと。なかなか最悪に片足を突っ込んでいる。


「魔女の生存が確定、とは一体どういったことでしょう」

「魔国の動きですよ。どうも、魔女を確保して魔王軍にでも加えるつもりのようでしてね。それも四天王が直々に向かっている可能性が高いと。そこまでの動きを見せている以上は生存で確定でしょう」

「何と…そんなことが」


 大司教の回答にアダムはも一度固まる。四天王が動いているなど本当に芳しく無い上、確かに魔女の生存を断定するのにも十分だ。


「そこでですよ、アダム団長」

「は、はい」


 想像の数倍の事態で返事の前に少しフリーズしてしまった。戦争なら心の準備ができている分もう少しマシな反応ができた気さえしてくる。


「現在魔女がいると思われるリブレリア付近に聖女が到着する5日後。そこのあたりに合わせてあなたにもリブレリアに向かって欲しいのです。新たな魔女と四天王の2人の相手は聖女でも厳しいでしょうから」

「なるほど…分かりました。どれほどの軍勢を…いや、四天王クラスには並の聖騎士がいくらいても無駄ですか。私単騎ですね?」

「はい。あなた単騎で向かってもらいます。とは言え無闇に国を離れても欲しく無いので当日私が送ります」

「はっ。謹んで拝命させて頂きます」


 アダムは最後に敬礼をして部屋を後にする。四天王が動いているとなれば勇者のいない現在自分に話が回ってくるのも妥当だ。


「聖女のやつ、最悪死にかねんぞ」


 想像以上に危機的状況にある聖女に思いを馳せながら通常の業務に戻っていった。


 実際にアダムがリブレリアに到着するのは、ウルカと聖女の邂逅のほんの少し後になってしまうのだが、それはまだ誰も知らない。

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