40 覚醒
竜が飛んでいるのを見て、最初の一瞬は大変だなぁ、と思う程度だった。しかし何となく嫌な予感がして、森の方に向かって歩いていくと、途中で水の塊が竜にぶつかるのが見えた。その時点でリルとエギルが戦っていると確信した。そこからは魔力強化をして走り、制止の声を振り切って森まで向かった。
もうこれ以上大事な人に死んでほしくないと、そんな気持ちで全力で走った。
「あれは……まずい…!」
森に入って強化された視覚が捉えたのは、満身創痍で息吹に晒される2人だった。
「【炎赤波爆】!!!!」
ギリギリで竜の息吹を相殺できて、2人を助けることができた。
「な…ウルカ、何でここにいるんだい…?」
「竜と水が見えて、何となく嫌な予感がして、それで…」
「GUOOOOOOO!!!」
「…!!【焔槍】!!!」
話す間も無く竜がこちらに迫って来る。それに合わせて会話を中断し、15本の槍を作ってぶつける。
「【火ノ鳥】!!」
「GURUAAAAAAAA!!」
今度は鳥を10羽作って竜の周囲を囲んで全方位からぶつける。竜は翼をはためかせて鳥を消滅させる。
「傷一つ無い…」
攻撃は全て命中しているものの、槍も鳥も竜の鱗に傷一つつけることは叶わなかった。
「GURUOOOO…」
「まずいっ!【炎壁】!!」
「GUOAAAAAAAAAAA!!!」
一瞬考えた隙にチャージの完了された息吹がこちらを襲う。壁を出すのは間に合ったが、火力が高く押し負けてしまいそうになる。
「GAAAAAAAAAA!!!」
「ぐうぅぅぅぅ…」
「ウルカ!!受け流せ!正面からぶつかり合うな!」
「…!【炎流波紋】!!」
炎の壁に流れを発生させ、息吹を軌道を曲げて真上に流す。
「はぁ…はぁ…ありがとうございます」
「ウルカ、聞きな、ありゃ普通の竜じゃない。意思が無い分弱いが脳を壊しても…」
「GUOAAAAAAA!!」
「くっ、【爆焔球】!!」
リルが忠告してくるがそれを聞く暇を竜は与えてくれない。噛み砕こうと超速で迫ってくる竜の眼前に球を出して起爆し、その進行を食い止める。
「エギル、一瞬稼ぐよ」
「問題無い」
「「【水の牢獄】!!」」
「…!!2人とも大丈夫ですか!?」
リルとエギルが水のドームを作り竜の攻撃を阻む。
「はぁ…はぁ…聞きな!長くは持たん!」
「あの竜は脳を破壊しても生きている。いや、生きているかも怪しい。殺すには体を刻むか有るかも分からない核を破壊するかのどちらかだ」
「そんな生き物が…」
「だがね、竜の鱗を壊す手段がない以上両方無理だ。何とかして離脱する方法を…」
「まずいっ!!割られる!!」
「GURAAAAAAAA!!!」
「【回炎鎧】、【炎流波紋】!!!」
話し終える前にドームが破壊され、竜の爪が迫って来る。ギリギリで反応して受け流せたが、後ろに飛ばされてしまう。
「【爆焔球】!!」
「GUUUUUU…」
球を叩き込み追撃を許さない。そしてその一瞬の隙にすぐに竜の眼前に復帰する。
「【爆拳】!!!」
「GUAAAAAAAAA!!」
腹を殴って吹き飛ばし距離をとる。しかし、攻撃は何度もクリーンヒットしているがまだかすり傷も与えられていない。
「離脱も許してくれそうにないですよ!!【焔槍】!!」
「GOAAAAAAAAA!!」
「どうするかね…」
離れた竜に槍をありったけぶち込む。しかし、煙が晴れるとそこには、やはり無傷のままの竜がこちらに突撃して来るのが見えた。後ろでは2人の焦る声も聞こえてくる。
「【爆焔球】!!これはっ!?」
「GUOOOAAAA!!」
今度は噛みつこうとしてくる竜の口内に球を入れて爆発させる。しかし、ダメージの通った手応えはあれど、竜を殺すどころか動きを鈍らせることもできていない。
「何なら効くんだ……!!」
「GOOOOOOO…」
「【炎流波紋】!!」
「GIOAAAAAAAA!!!!」
一瞬考えた隙に息吹のチャージを許してしまったが、危なげなく流せた、はずだった。
「なっ!?がはぁぁぁぁ!!」
「何っ!?ぐはぁぁぁぁ!!」
「は??」
最初の手応えよりも軽く、そして後ろから2人の悲鳴が聞こえてきた。今度は一本の極太の光ではなく、幾重にも枝分かれした無数の光線であり、3人まとめて撃ち抜かれてしまう。
「こんのっ……!!【炎赤波爆】!!!!」
「GUAAAAAAAA!!!」
息吹後の、隙とも言えないような小さな隙に、無理やり溜めた【炎赤波爆】を撃ち込む。またも傷はつけられなかったが、かなり遠くに吹き飛ばせた。
「やだよ…もう…死なせない…」
強化された感覚は、心音や呼吸音で2人がギリギリ命を繋いでいることを脳に伝える。しかし、長く放置すれば死んでしまうような危険な状態だとも伝えてくる。
「はぁ…はぁ…落ち着け…大丈夫…まだ助けられる…今回は…」
連れて逃げるにも竜が逃してくれそうにない以上、片付けるしか無い。傷一つつけられてない現状だが、それでも竜を殺さないとまた大事な人を失うことになる。
「げはっ…けほっ…ウルカ…聞こえ…」
「GUOAAAAAAAAA!!!」
「大丈夫、です」
何か喋っているのが聞こえたが、竜の雄叫びにかき消されてよく聞こえなかった。とりあえず返事をして、【炎赤波爆】の衝撃から復帰してきた竜を正面から見据える。意思が無いんだか知らないが、大切な人を奪おうとした竜に怨嗟と憎悪が燃え盛る。
「今は戦う力があるんだ…もう失くさない」
感情に呼応して魔力も猛っているのがわかる。
「GUAAAAAAAA!!!」
「【爆焔球】…私の大事な人を殺すなら」
向かってくる竜に球を放ち進行を止める。魔力の猛りに合わせて火力も上がっているようで、竜は最初よりも大きく吹き飛んだ。
「『ユルサナイ』」
そう口に出した瞬間、肉体が炎に包まれ、体の内の魔力が爆発的に拡散し燃え上がった。魔力が暴れ、強まっているのがよく分かった。そして、初めて力を得た時のように、強くなった力の使い方も本能で理解できた。
「GURUOAAAAAAA!!!」
「【焔槍】」
いつも通りに槍を放つ。いつもの感覚で15本作ったつもりだったが、勢い余って30本作ってしまったらしいそれを、全て正面から竜にぶつける。魔力効率も単位あたりの出力も、先程までとは段違いだ。
「げはっ…魔者の…覚醒…なのか?」
「赤い眼に赤い髪…それも燃えるような…」
自身の周りの炎が晴れ、自分の体を見てみると、先程まで着ていた服は無くなり燃えるような赤に黒の意匠が入ったものに変化し、髪にも燃えるような赤が所々発現していた。眼は自分では見えないが、真っ赤に燃えていたらしい。
「ふっ………」
「GUAAAAAAA!!」
足元で爆発を起こし推進力を得て一気に竜との距離を詰める。
「【爆拳】!!」
「GUOAAAAAAA!?!?」
爪を紙一重で確実に躱し、拳を叩き込む。竜は一番の悲鳴を挙げて大きく吹き飛ぶ。同じ力を込めているつもりでも、先程までより火力が上がっている。しかし、その感覚のズレも、今は不利に働かない。
「それでも傷はつかないのか…」
「GURUUUUUUU…」
強くなった一撃でも傷のつかない竜の硬さを実感していると、竜は今度は距離を詰めて来ずに息吹をチャージしているのが見えた。
「今度は両対応だ。【火ノ鳥】」
拡散型の対処のため、鳥を大量に空に放つ。自分は集中型だった時のために流す準備をする。怨嗟に激しく燃え盛る心は、その想いとは裏腹に、怨嗟に燃えれば燃えるほどに安定して、視界もさっきまでよりクリアになっていく気がしてくる。
「GOAAAAAAA!!!」
「【炎流波紋】!!」
今度も拡散型の息吹だったため、自分以外に向かう光線には鳥をぶつけ、自分に来たものは受け流して完全に対処する。竜の動きはもとより、息吹の動きさえゆっくりに見えてくる。
「【炎赤波爆】!!」
「GURAAAAAAA!?!?」
今度もまた息吹の後隙に【炎赤波爆】を叩き込む。竜はまたも最大の悲鳴をあげて吹き飛ばされるが、傷らしい傷はついていない。
「これでもダメ、か…」
今の最大火力でも傷がつかないのに少し落胆するが、焦りもなく冷静でいられている。それどころか、今の自分の怨嗟が燃えて自身が燃えているような状態に心地良ささえ感じている。
「…エギル!」
「ああ!焦げ跡が…」
この時ウルカは気が付かなかったが、2人は竜の腹にほんの少しの焦げ跡、つまり僅かでもダメージが通った証拠を見た。
「だがあれじゃあ…」
「あたし達がぶち込みゃ良いんだよ。最後の力振り絞って」
「そうか、そうだな」
2人が会話しているうちに、竜は復帰してきて近距離戦が開始される。
「【爆拳】【爆拳】【爆拳】【爆拳】!!!!!」
「GURUOAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
しかし、ウルカは全ての攻撃を避け、竜は【炎赤波爆】以外ではダメージが通らない様なので、互いに無傷のまま戦闘が続く。
「いいか、エギル。何も新しいことは必要ない」
「ああ。昔できたことをやるだけだ」
「「ふうぅぅぅぅぅ…」」
ウルカが近距離戦をしているうちに魔力を練り上げる。水が集まり【渦槍】のよな形に集まっていく。
「もっと、もっとだ」
「可能な限り絞るよ」
だんだんと槍状だった水は細く鋭くなっていく。
「【焔槍】!!」
「GURAAAAAA!!!」
ウルカは近接戦の最中に竜を囲むようにして槍を放つ。一瞬の怯みを作ろうとしてだが竜は無視して攻撃を続ける。やはりダメージが通っていない以上怯みもしない。
「くっ…きついか…いや、死力を尽くしな!あたし!」
「いけるぞ……来たっ!!」
2人の手元の槍状だった水は、糸のように細く、剣のように鋭くなり、速さを増しながら回転している。水女王とその相棒の全盛期、あらゆる防御を貫いたという水の針が完成した。
「ウルカっ!!」
「一瞬止めろっ!!」
「…!!【赤火縄】!!」
声に気づいたウルカが竜を縛る。本当に一瞬、十分の一秒にも満たないような時間だが、炎の縄で縛られた竜は一瞬隙を見せる。
「上出来だ!」
「いくぞ!」
「「【災渦針誅】!!!」」
「GUGYAAAAAAAAAAA!?!?!?!?」
水の回転する針が放たれ、竜の腹の焦げ跡に直撃する。そのまま鱗はひび割れ、腹から背へと針が貫通する。竜は突然、絶対的な防御力を有した自分の鱗をやられたことに困惑したのか動きが止まる。
「そこから撃ち込んで内側から爆散させろ!」
「【螺炎槍手】!!!」
「GUOAAA!?」
貫かれた傷口に、螺旋状の炎を纏った手刀をぶち込む。肉が焼ける音と匂いが鮮明に感じられる。
「【爆炎球】!!!」
「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
竜の体内で手を開き、最大の球を生成して爆発させる。竜は巨大な断末魔をあげながら細切れの焼けた肉片となって飛び散っていった。
「はぁ…はぁ…やった?」
「ああ…けはっ、けほっ…もう復活のしようもないだろうね」
「げふっ、げふっ…“針”ができたのも、鱗を焦がしたのにも驚きだよ…けほっ」
「あっ、早く、早く治療を…へ??」
髪、眼、服が元の状態に戻り始め、それと同じくらいに竜の肉片が消滅し始める。
「これは…何が…」
「ウルカが戻るのは情報通りだが…」
最後にひび割れた少し欠けた骨のカケラだけを残して死体は完全に消滅してしまった。
「い、今はそれは良いんですよ、早く治療しなきゃ…」
「安心しな。骨はイカれてるし内臓もやばいが、心臓と肺は無事さね。血は水の応用で循環させてるからすぐには死にゃあせんよ」
「ああ。ウルカが戦っている間に少し休めたからね。延命くらいはなんとかできたよ」
「そ、それならよかった…でも治療は急がなきゃ!」
「ま、そうさね。肩貸してくれるかい?家に治療道具がある」
「は、はい」
すぐに死ぬという状態で無いのには一安心だが、危険なことには変わりない。両肩を2人に貸して家に向かう。道具や薬は教会運営の治療院が嫌というのと、精霊用に特別なものがいるというので知識、技術と共に揃えたらしい。
「しかしどうしようねぇ…炎を使うってのがバレるのは不味いだろう?」
「そうですけど、とりあえず家に戻って治療しなきゃ」
「帰る途中で人に会うだろうから、どう説明するんだってことだよ」
確かに炎がバレるのは不味い。精霊も連れていないのにどうして魔導が使えるのかと言われれば、魔女ですと言うしか無い。
「一応誤魔化しようもあるんだが、疑われるのは避けられんだろうね。それにできるなら何故隠してたって話にもなる」
「調子乗ってやらかしましたね…」
「いや、来てくれなかったら死んでいたしそこは感謝してるよ」
「ありがとうございます…」
そうするしか無かったとはいえ、バレて困るのに派手にやり過ぎたかと反省する。
「リル、延命は保ちそうかい?私は余裕は無いが、危機的でも無いってくらいか」
「まあそこそこ保つかね。家までギリギリって訳じゃあないね」
「そうか…ウルカ、街を迂回しようか。時間はかかるが人と会わなくて済む。人に会わなければ君はいなかったことにして炎は竜のせいにでもできるが」
確かに竜のせいにできればどうとでもなる。しかし、このエギルの妙案だが、一つ問題があった。
「分かり…あ、でも、私ここにくるまでに人に見られちゃってるんです…」
「そうか…」
私がすでに森に向かうのを目撃されているということだ。竜のせいにしたとしても、タイミング的に炎はウルカのものだ、という人が出てきてもおかしくない。
「あー、まあ、とりあえず良いだろう。ウルカが助けに来てくれて、結果あたしたちは生きてる。後のことは家に帰って考えれば良いさ」
「…それもそうか。とりあえず帰ろう。すまないが、頼むよウルカ」
「はい」
戦闘で疲れてボロボロな体では良い案も浮かばないだろうととりあえず治療をしに帰ることにして、迂回路で帰路についた。両肩にはリルとエギルの体重がかかっていて、今度は失わなくて済んだと、安堵の気持ちでいっぱいだった。




