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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
39/139

39 竜

 内容をはっきりと覚えている訳ではないが、懐かしい夢を見た気がする。これも昔のことを、ネルのことを思い出したからだろうか。目覚めたばかりのぼやけた眠い目を擦りながら、何となく夢の内容を想起する。


「はぁ…」


 結局夢の内容は思い出せなかったが、何となく枕元に置かれたペンダントに目をやり、それをもらった時のことを思い出す。


「…もう、ずいぶん昔な気がするや」


 考えるのをやめてすぐに一階に降りる。一階からは朝食の匂いが二階まで微かに流れてきている。


「おや、起きたかい。ちょうどできたところだよ」

「ありがとうございます」


 どうやら朝食の準備ができたところだったようで、そのまま席に着いて2人と共に食べる。


「ウルカ、すまないが今日は修行は休みだ」

「へ?どうしてです?」

「昨日、引っ張り出さなきゃいけない物があると言っただろう?そいつを出すのさ。ギルドの金庫に預けててね。あたし達で手続きしに行ってくるよ」

「そうなんですか」

「一応午前中には終わると思うけどね。最悪一日かかってしまうかもしれないから、帰ってなければ昼は適当に食べておいてくれ」


 2人の過去に関わる品を引き出すらしく、手続きが非常に長くかかってしまうらしい。


「はい、わかりました……あれ、でも金庫ってこの街なんですか?ギルド自体あんまり大きく無かったですけど」

「あたしらの金庫は王都の方の本部にある。だから物が届くのは一週間後くらいになるか。ただでさえ手続きも面倒くさいってのに。やってられんね」

「まあリル、気持ちは分かるけどね。もう使わないだろうって金庫に入れてしまったのは僕らじゃないか。処分してないだけ幸運だよ、アレは」

「…まあ、そうかねぇ。処分してないってのは運がいいか。ウルカも楽しみにしときな。中々にヤバいブツだよ、アレは」


 2人の物言いに生唾を呑む。真剣な顔でヤバいブツだなどと2人が言うのだ。どんなものか想像もつかない。


「ま、そんなこと言っても仕様がない。とにかく、今日は家で待っていてくれ」

「はい」


 その後朝食を食べ終わると、2人はすぐにギルドに出かけて行った。森の方から爆発音が聞こえ、竜が空を羽ばたくのを見たのは、昼を過ぎた頃だった。



「はぁ…しっかし面倒くさいねぇ…あたしらの持ち物なんだからさっさと送ってくれりゃあいいものを」

「そういう制度さ。仕方ないよ。それに金庫なんて使うのはある程度高位の冒険者だけさ。警備も厳重になる」

「慣れないねぇ、これは」

「昔からそうだからね。もうこの歳からじゃ慣れるものも慣れないだろうからね」


 必要事項を紙に記入して待機している間、リルは130年前のエクトワン王国(エルフと精霊の国)を出た頃を思い出す。あの頃から煩わしい手続きの類は苦手なままだ。書類や手続きの簡単さについては、圧倒的に自国が人間の国に勝っていると自信を持って言える。


「あの頃は…国を出た頃は、すでにおっさんとおばさんだったとはいえ、もう少し希望を持っていた気がするね」

「確かにそうかもね。しかし、老い先短い私たちだが、ウルカは希望になるだろう?我々の真っ黒な、それも諦めた夢を、あんな若い子に託すのはどうかとも思うけどね」

「まあ、それだがね。まあただ託すと言っても、本人の気が変わったら捨ててくれてかまわないさ。最初はそのために拾ったつもりだったが、情が随分移っちまったよ。いつかの…200年は前か。あのクソガキの時もそうだが、案外絆されやすいのかね、あたしは」

「間違い無いね。それに、今でもあのクソガキは元気にやっているさ。もうガキなんて歳では無いだろうけどね」


 歳をとったせいか、昔のことを感傷的に思い出すことが増えた。よく家を抜け出して会いにきたクソガキをを思い出すと、それを皮切りにそれ以外にもたくさんのことが思い出される。


「はぁ…感傷的になるのはやめておこうか。一週間後、モノを見たら泣いちまうかもしれん」

「仕方ないさ。エルフや精霊(我々)の基準でもそこそこ前のことではあるけど、今でも昨日のことのように思い出せる。私も泣いてしまう気がするよ」


 今金庫から引き出そうとしている物に想いを馳せる。それもまた昔のことを思い出させる品であり、少し憂鬱な気分になってしまう。


「まあいいさ。今はそれは置いといて未来の話をしようじゃないか。目下最大の問題は、聖女があと数日でこの街に来るってことだろうね」

「…そうさね。随分急な気もするが、ウルカと会った日の聖騎士が神聖国に帰って聖女を呼んだとしたら、ちょうど今くらいに到着してもおかしく無いね」

「それに、だとすれば十中八九ウルカとその彼女に関係してるだろうね。今は勇者も居ないし魔女狩りは聖女の管轄だったろう?」

「困ったことにね。何事も無きゃいいんだけどねぇ…」


 手続きの前に聞いた話で、聖女がこの街に来ると言うのだ。冒険者の噂話で下らないと切って捨てることもできるが、今の自分たちとウルカの現状にピッタリすぎるタイミングであり事実なのが分かってしまうため、最高に面倒くさい状況である。


「とは言っても私たちに出来ることは、なるべく波風を立てずに過ごす、くらいのものだからね。祈るしか無いさ」

「困ったもんさね、本当に…」

「リルさん、エギルさん、確認が終了しました。奥の部屋にいらして下さい」


 話していると、書類の確認が終わったようで、ギルド職員が呼びにきた。


「ああ、終わったかい。今いくよ」


 奥の部屋に通されてソファに座ると、机の上には先ほど記入した書類の写しが置かれている。


「本人確認も出来ましたので手続きはこれで終了です。お疲れ様でした」

「ああ、ありがとうよ…やっと帰れるよ、エギル」

「ははっ、あまり毒づくものじゃないよ」


 長いこと待たされていたせいで語気が荒くなる。


「いえいえ。私も手続き面倒だと思いますよ。どうにかなればいいですよね」

「本当にね」

「全く、リル…すまないね。今日はありがとう」

「いえ。またお越しください」


 目的をやっと果たしてギルドを出ると、すでに昼を過ぎていたようで、太陽が傾き始めるところだった。


「はぁぁぁ…やっと終わったね。時間的には…ウルカはもう昼は済ませたかねぇ」

「さあ?微妙なところじゃ無いか?それに()()だし腹が減らなくて食べるのを忘れているかもしれないしね」

「ああ、そうだ、“魔者”の説明もしてやらないとね。知らないようだし一応まだ言ってないが…教会と戦うってんなら自分のこと位は知っといたほうが良いかね」

「ああ。モノがきたら一緒に話そうか」


 ウルカに話すべきことを整理していると、大きな音が聞こえて歩く足が止まる。


「…なんだい、こっちから手ぇ出さなきゃ何にもして来ないんじゃなかったのかい」

「それか誰かが手を出したかだね。まだ立ち入り禁止の筈だが」


 突如として森で爆発音が響き、竜が空を飛ぶのが見えた。


「はぁ…街の方に来ている気がするのは気のせいかい?」

「残念だが、私にもそう見える」

「あたしら以外で竜の相手をできそうなのは?」

「ギルドマスター…は無理か。意思が無いらしいとはいえ竜相手じゃ分が悪いか。ああ、ウルカなら勝てるかもね。衆目の前で魔術が使えれば」

「あたし達でやるしかないかね……しかし随分この街に愛着持っちまったね」

「そうだね。どうも、私たちは絆されやすいらしい」


 竜の方に向きなおり走り出す。


「おい、ギルドマスターに伝えろ!さっさと避難指示を出せってな!」

「は、はい!」


 行きがけにギルドの中に向かって叫ぶ。職員がマスターを呼びに行くのを確認し、再び竜の方へ向かう。


「仕方ないね。『やるよ、エギル』」

「『行きましょう、リル』…竜なんて久しぶりですね」


 2人の肉体から魔力が立ち昇る。この町では2人とウルカしか知覚出来ない魔力(それ)を竜は感じ取ったのか、空に向かって雄叫びを上げていた顔をぐるっとこちらに向ける。


「あたしらが全盛じゃあ無いとはいえ、あの竜にゃ意思が無いってんだろう?」

「らしいね。それで、勝てると思うかい?」

「…ま、生きては帰るさ。なんとかしてね」

「そうだね」


 少し言葉を交わしているうちに、竜は超速でこちらに迫っている。すでにブラックオーガのいる深層やオーガのいる中層は越えて、普段魔物のいない浅層に差し掛かっている。魔力で強化した脚でも街に入るのを阻止できそうにない速さだ。しかし、街に入るのを阻止できないなら押し返せば良い。


「街で暴れられても困るんでね。とりあえず森に戻って貰おうか」

「ああ、行くぞ!」

「「【魔過重水巨弾(フルディート)】!!!」」

「GYOOOOOO!?!?」


 巨大な、竜の体躯に匹敵するほどの大きさの水の塊を生み出し、それをぶつけて竜を森の方へ押し戻す。水自体もただの水でなく、普通のものより重いものを作り、さらに魔力で重さを付与した特別製の重水だ。流石の竜もその場で耐え切ることは出来ずに森へ押し戻される。


「ほぉら、もう一発だ」

「もう少し奥で()りましょうか」

「「【魔過重水巨弾(フルディート)】!!」」


 竜が体勢を立て直す前にもう一度同じものを放つ。街に入ろうかと言う位置にいた竜は無理やり押し戻されて森の中層程度まで戻された。


「GUAAAAAA!!」

「知能が無いってのは本当なんだね」

「そうみたいだね。とはいえ侮る理由にはならないさ。結局一撃喰らえば死ぬんだから」


 街の人々が兵士と冒険者の誘導に従って避難する声を聞きながら森の中で竜と向かい合う。


「さて…」

「GURUU…」


 互いに警戒しあい一瞬の膠着が生まれる。


「GUOOOOO!!!」

「【水辰(すいしん)】!!!」


 膠着は双方の攻撃によって崩れる。竜の口から放たれた極太の息吹(ブレス)と水によって作られた極東の龍が衝突し大きく爆発する。


「【流鱗鎧】!」

「【渦槍】!!」


 エギルはすぐに鎧を生成して前に出て、リルは三十ほどの槍を竜に放つ。


「GUOAAAAA!!」


 槍は咆哮と共に尾で薙ぎ払われてまとめて消し飛ばされるが、その水飛沫で竜の視界を奪う。


「【海拳】!!!!」

「GUGYAAAA!?」


 エギルが精霊術を発動させて竜の腹を殴る。しかし、吹っ飛びはしたもののダメージは無い。


「くっ…やはり硬い。鱗はきついね。しかも反応されていたよ」

「ま、だろうね。“針”は今できないしねぇ、セオリー通り目か口だね」


 一瞬の会話のうちに殴られたばかりの竜が復帰してくる。竜の体は形は違うが腹も背も鱗に覆われており、殆どの攻撃は通らないため先程の攻撃でも体に傷一つ無い。


「GYAOOOOOOO!!!」

「【排流波紋(ハイルビート)】!!」

「【水辰(すいしん)】!!」


 復帰した竜の放つ息吹(ブレス)はエギルが鎧と術で受け流し、その間にリルが水の辰を4体放つ。


「GURUOOO!」

「ちっ…【水転三叉】!!」

「【水渦千刃】!!」


 4体全て顔めがけて飛んでいったが、気づいた竜に躱されてしまう。しかし攻撃の手は休めず、上空に回避した竜に向かって回転する水の三叉槍と水の刃の渦を放つ。


「GUOOOO!!」

「傷ひとつ無いね。【重海撃】!!」


 全て命中はしたが竜に傷は無く、こちらを噛み砕かんと木を薙ぎ倒して迫ってくる。それに対して大質量の水を落として攻撃する。


「GOAAAA!!」

「【水の妨害(ブルー・ジャマー)】!!」

「GUGYA!?!?」

「最高だよ」


 体勢が崩れ地面に落ちた竜を拘束する。竜相手では長くは保たないが一瞬あれば十分だ。


「【渦槍】!!!」

「GUOAAA!!」


 拘束を破壊する一瞬の隙をつき急所に攻撃を通す。二本の槍が竜の両目から突き刺さり、脳を破壊し内側から貫通する。


「ふぅ…疲れたね」

「ああ。だが、案外危なげなく勝てたんじゃないか?」


 竜の断末魔を聞きながら戦闘を振り返る。


「ま、そうさね。想像より弱かったねぇ。知能も無かったし、良いとこA+じゃないかい?もしかしたらギルドマスターでもいけたかもしれないねぇ」

「そうだね。“竜”という名前に怯えすぎだったかもしれないか」

「何はともあれ、無事に終わって…ん?」


 一瞬、僅かな違和感を感じる。背後の竜の死骸から感じた僅かな魔力の気配に振り返る。


「なっ!?【麗流盾】…がはぁぁ!!」

「はっ!?ぐはぁぁぁ!!」


 脳を破壊され死んだはずの竜の口から息吹(ブレス)が放たれ直撃する。盾は生成できたものの着弾までに間に合わず不完全になってしまい、全身ボロボロになってしまう。


「なんで脳を壊されて生きてるんだい…けほっ…」

「生物としておかしいだろう、それは…かふっ…」

「GUOOOOOO…」


 魔力を練るのもままならない状態に追い込まれてしまうが、竜はお構い無しに息吹(ブレス)をチャージしている。


「一撃目で死ななかっただけマシか…ふぅぅぅ…」

「焦るな、落ち着けよ…すぅぅぅ…」


 盾か鎧を生成しようと姿勢を立て直し深呼吸して魔力を練る。しかし、竜が息吹(ブレス)を放つまでには間に合いそうにない。


「GUOOOOOOOOOO!!!!」


 やはり精霊術は間に合わず、息吹(ブレス)が放たれる。乾いた笑いとともに死を覚悟して目を閉じそうになった瞬間、


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!!!」


 眼前に迫る極太の光は斜め後ろから放たれた炎により相殺され、息吹(ブレス)が2人を消し飛ばすことは無かった。

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