38 追憶の終わり
私は自分の思考を一度止める。頭の中で考えと後悔がぐるぐる回ってまともに話ができそうに無かった。
頭の中では、故郷が滅んだこと、親が死んだこと、ノームさんとガイアさんに出会ったこと、ルラリアが更地になっていたこと、ノームさんとガイアさんを葬ったこと、墓を建てたこと、ネルと2人で引っ越したこと、そして、ネルが殺されたことを、順番に、一つずつ、ゆっくりと思い返していた。
「大丈夫かい?」
肩に手をと置かれて俯いていた顔をあげる。
「大丈夫です。すぅ…はぁ…」
私は一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「えっと、どこまで話しましたっけ?」
いつの間にか勝手に流れていた涙を拭い、そう聞く。
「あんたたち2人が引っ越したとこまで聞いたよ…無理、しなくて良いからね」
「いえ…最後まで聞いて欲しいです」
「そうかい……まあ、なら止めんよ」
思い出した全てを話した訳では無いが、やはり思い出すのは辛い記憶がほとんどだ。ただ頭に浮かべるだけで苦しいのに、話すとなればさらに苦しむことになってしまう。しかし、それと同時に、自分の辛い過去を誰かに話してしまいたいと、そういう思いも心の中にあった。
「はい。ありがとうございます。それで、引っ越した後は、しばらくは、平和でした。2、3年くらい。また人と関わったらその人が死ぬ気がして、基本的には、あんまり人と関わらなかったんです。私ですらそうでしたし、ネルは足が悪化して、家から出れないで、本当に私以外とは話もして無くて」
麓の村の人との関わりは、物を買うか少し喋る程度だった。相手は私の名前を覚えていたようだが、こちらは1人たりとも名前を覚えていない。出自、家庭、スキル、互いに何も知らず、お互いに表面上は仲が良くても常に一定の距離があった。
「ネルの作った薬を売って、それで生活してたんです。ノームさんとガイアさんの遺産は家を買ってからは使って無いですけど、2人で暮らすには充分でした」
ありふれた、高価でも無い薬だったが、材料を自分たちで集めている分原価が安く済む。2人で静かに暮らすには十分だった。何なら、ネルの趣味の物を少し買える程度には余裕があった。
「誕生日のプレゼントくらいは作ったり買ったりしてましたけど、私がお金を使うことも無かったですし、ネルも趣味って言って薬の研究をするくらいで、時たま高価な材料が必要なこともありましたけど、お金は余ってくだけでした」
一度言葉を切る。趣味の最中に、また失敗したけど宝石ができた、とネルが言っていたのを思い出す。首元の、いつかの誕生日にもらったペンダントを握りしめてもう一度言葉を紡ぐ。
「このペンダント、ネルが作ってくれたんですよ。水の中に結晶が浮いてて、綺麗なんです。この石は、薬の精製中に低確率でできるものらしくて、ちょっとした宝石くらいの価値があるらしいです。まあ、よく分かんないんですけど…でも、中身が何であれ、ネルが作ってくれたってだけで良いんですけどね」
今は最期の贈り物として、形見となってしまったこのペンダント。薬師としての道具以外ほとんど私物が無く、服と杖はあの山の家に置いてきてしまった以上、今ある唯一の思い出の品だ。
「それで、その誕生日の少し後、二ヶ月半が経ったかどうかってくらいでした………ネルが殺されたのは」
その日も、いつも通りだった。ただ、二、三ヶ月に一回、山に自生する薬草を取ったり、村に降りて生活用品を買ったりする日だった。ネルもいつもと同じように、家で薬を作って待っているはずだった。
「私が村に降りてる間でした。前日から聖騎士が来てたらしくて、私が家に帰る前に、私が村で時間を無駄にして、山で薬草を取るからってゆっくりし過ぎて、その間に、撤収まで済んでました。教会に、魔女認定されてたらしいです」
今考えても何を持って魔女と認定したのか全くわからない。討伐されたという6500人も、本当に自分と同じように魔力を扱う「魔女」だったのかも疑問だ。
「それからは、聖騎士と麓の村の人をみんな殺して、そこからこの街にきました。しばらく過ごしてから、2人に会って、そこからは知ってる通りです」
全て話を終えて一息つく。
「……そうかい。話してくれて、ありがとうね」
「すまないね、色々聞いて」
リルとエギルは少し沈黙した後にそう言って私の頭を撫でた。
「随分色々あったんだね。その歳でそれだけのことがあればね…」
「教会を恨むのも納得だ」
きっと想像より重いものを聞かされたのだろう。20歳にもならない自分から出てくるような濃さの話ではないのは自分でも少し思う。
「しかし、まあよく持った方だと思うさ…根が善良何だろうね。よく、人類全体に恨みを広げなかったね」
「…!」
「ん?びっくりしてどうしたんだい?」
リルの言葉に驚きを隠せなかった。自分で過去にあったことを整理して、人類全体に恨みを向けるのもおかしく無い、と思ってしまったのだ。人類全体を恨む理由は無いし恨むのは教会だけが妥当ではある。しかし、感情的に自分が人類全体に恨みを向けなかったのには違和感がある。村を出て最初の宿場町で殺戮の限りを尽くしている可能性もあったはずだ。
「いえ…何で私は教会しか恨んで無いんだろうって思ったんです。私なら、人類全部を恨んでそうなのに」
「…?そうなのかい?しかし、自分の感覚に違和感があるなら何か原因があるんだろうね…心当たりは?」
「無い…です。多分」
「そうか…まあ、それは良いか。すまないね、関係ないことで」
「いえ」
何かあるとすれば村を出てすぐくらいだろうが、最初の宿場町に着くまでに会った人など聖騎士、盗賊、後はタケル君くらいで少ない上に、自分の精神に何かできて、さらにしてくるような人など思い当たらない。それに何か考えが変わるような出来事や現象があったかと言われてもそれも無い。
「まあ、今は良いだろう。ウルカ、何か気づいたら私たちにも教えておくれよ」
「はい」
「まあ、ウルカにも色々あったってこったね。それも、その歳の娘が背負うにゃ重すぎるもんが。あたし達はそう簡単に死んでやれるほど柔じゃあ無いから、もう少し甘えてくれて良いからね。もし正体不明の白ローブが来ても、あたし達で返り討ちにするさ」
「…ありがとうございます」
私は少し笑ってそう言う。確かに2人なら、私と親しくして呪いじみたジンクスにはまっても、簡単に居なくならないと思うことができた。
「ああ。エギル、飯にしようじゃないか」
「そうだね。少しおそいが、昼食にしよう。ウルカは休んでいなさい」
「ありがとうございます」
話が一段落して、2人は昼食の準備に取り掛かった。必要以上に深く聞いてくることも無く、親身になって聞いてくれたので、少し楽になった気がした。
※
私がソファで休んでいると、すぐに昼食の準備ができたようで、すぐに食べ始める。
「…リル、私たちばかり聞いていてはね。私たちのことも話さないといけない」
「ああ、そうさね…ウルカ、私たちのことも聞いてくれるかい?あたし達が人と教会が嫌いな理由を」
「…はい。もちろんです」
食べ始めてすぐにそう切り出されて、少し驚いたがそう返事をした。
「そうかい…ありがとうね。少し引っ張り出さないといけないものがあってね。今すぐっていうわけにはいかないけど、近いうちに話そう」
「分かりました」
ゴクリ、と生唾を飲み込んだが、どうやら今では無いらしい。エルフと精霊というのもあって、きっと寿命に比例して話すことも多いのだろう。
「どうしても暗い話になってしまうからね。今は、食事を楽しんでくれ」
「はい」
まだ昼な上たいして動いてもいないというのに、今日は大分疲れてしまった。食事の後も修行はあまりせず、早めにベッドに潜った。眠りに落ちるまではいつも以上に昔のことが思い出されたが、今日はいつもより早く意識を失っていた。
※
「うわあっ!!」
「ん?どうしたの?」
ある日の夕方食事の準備をしていると、ネルの部屋からいきなり叫び声とボンッ、という大きな音が聞こえてそちらに向かう。ドアを開けると机の上に何かが散らばっていてその中心には綺麗な石があり、ネルの手のフラスコには透明な液体が入っていた。
「おーい。ネルぅ?聞こえてるー?」
「…あ、ごめん。何でもないよ」
フラスコの中身を注視していたネルは、私に気付くと振り返ってそう言う。
この時、ネルの目の奥に強く光が宿っていたような気がした。
「怪我とか大丈夫?」
「うん。大丈夫」
フラスコを台に置きながらネルは体ごとこちらに向き直る。実際怪我は無いようで、服に少し液体が飛んだ跡がある程度だった。本人が焦ってない分、特に危険な液体というのも無さそうなので一安心だ。
「大丈夫なら良かったけど。何があったの?」
「んー?えっとねぇ…」
ネルは少し迷ったような素振りを見せた後、机の上の綺麗な石を持ってこちらに見せてきた。無色透明で光を反射して虹色に光る、球体に近いそら豆くらいの大きさの石だ。
「これね、薬の精製中に出てくる結晶なんだけど、普通はこんなに透明にも大きくもならないんだ。普通は茶色く濁った色の粉が出てくるものなんだけど、運が良いとこんなのができるの。確率だと10000分の1も無いかなぁ…薬の輝石って言うんだけど、下手な宝石よりすごいんだよ。できる仕組みは詳しくは分かってないんだけど、セラピヴォウム使う薬を作るときにできることが多くて、温度とか」
「ごめん一旦止まって」
最初は普通だったが、喋っているうちにその石の貴重さを自分でも理解したのか、だんだん早口になってきたので一旦止めてもらう。一応最低限の薬の知識があるとはいえ、ネルのする専門的な話にはついていけない。
「すごいのは分かったけど、そこから先の話は私じゃわかんないよ」
「あ、そっか、ごめんごめん。悪い癖だね」
てへっ、といった風に笑って、その石を近くにあった布で包みながら、ネルは説明を、今度は知識がなくても分かるようにしてくれた。
「セラピヴォウムは傷の治りを早くしてくれる物質の中で一番最初に見つかったやつだよ。よく採ってきてもらう薬草にいっぱい入ってるんだ。この石はね、その物質が入ってる薬、要するに傷の治りを早くする薬の内の多くを作ってる時にできることがあるんだ。それと温度が関係ありそうって言われてるんだけど、それだけじゃ無いっぽくてまだ作ろうとして作れるものじゃ無いんだ」
「ほえー」
「…分かってる?」
「まあ何となくは」
要するに傷薬を作っているときにたまにできる珍しい宝石で原理はわからない、と言うことらしい。
「珍しいんでしょ?どうするの、それ?」
「んー…どうしようかなぁ…ただ飾るんじゃつまんないし、お金いらないから売ろうとも思わないし………あ!」
少し考えると何か上手い使い道を思いついたようで、布に包まれたその石を物の入っていない空の引き出しにそっと仕舞っていた。
「何か思いついた?」
「うん。でも内緒。できたら教えてあげる」
ネルは少しワクワクしたように、イタズラっぽく笑うと机に向き直って机上に散乱する粉や欠片を片付け始めた。
「秘密かぁ…楽しみにしてるね」
「うん。そうしてよ」
薬の片付けは手伝えないので私は部屋を後にする。
「あ、ご飯すぐできるからね」
「ん。少ししたら行く」
最後にそれだけ言って私はキッチンに戻る。最初は何事かと思ったが、ネルには怪我もなく、どちらかと言えばめでたい方の出来事だったので安心してご飯支度ができた。
ちなみに、その宝石は誕生日プレゼントの首飾りに使われていた。




