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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
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37 ルラリアの顛末

 ネルとこの街に飛ばされてきて六日目、服を買いに行ってから五日目、今日は2人で冒険者ギルドに来ていた。もうそろそろ一週間も経つので、ルラリアが今どうなっているのかも少しは分かったはずだ。


「結論から申し上げますと、ルラリアは、滅びました」


 以前来た時と同じように奥の部屋に通されると、前と同じ受付の人にそう告げられた。


「そう…ですか」

「まあ…そうですよね」


 あの街にノームとガイアの2人と同じかそれ以上の実力を持った者はおらず、予兆なくあれだけの魔物が現れては援軍も呼べなかっただろう。考えてみれば、2人が負けてしまってはルラリアは滅ぶ以外に選択肢は無かったのだ。私もネルもそのことは分かっていて、すでにルラリアが滅ぶことへの覚悟はできていたため、事実を受け入れること自体はできた。


「それで、街はどんな状態だったんですか?」

「はい。近くに来ていたナート教神聖騎士団が魔物自体は鎮圧したそうですが…街はほぼ更地だそうです」

「……そうですか」


 あれだけ大量の、街いっぱいの魔物だ。街が原型をとどめていないのも無理はない。しかし、人生の半分以上である10年を過ごしてきた街だ。色々と感じるものがある。


「それで、ノームさんとガイアさんはどんな状況でしたか?」

「報告によれば、遺体は瓦礫に埋まっているがそこそこ綺麗な状態、だそうです。神聖騎士団も祈りは捧げたらしいのですが、埋葬はしてないらしいのでそのままの状態だと思います」

「分かりました……そっか…」


 ノームさんとガイアさんの死を直接見ていない分、心のどこかで2人の生存を期待していたのだろう。遺体、と言われて最後の、淡くて無いに等しいような希望も砕かれてしまったようで、ネルは少し俯いていた。


「費用はかかってしまいますが、安全の確認もできたので直接見に行くことも可能です。どうなさいますか?今からでも明日以降でも、いつでも馬車の手配が可能ですが」

「どうしよう…ネル、どうする?」

「自分の目で見たい、よね」

「うん…そうだね。私も自分の目でちゃんと見たい」


 少しだけ悩んだが、やはりルラリアがどうなったか、ノームさんとガイアさんがどうなったかは、自分の目で確かめておきたい。


「ウルカ、荷物とかで必要なものは?」

「大丈夫」

「そっか、ならいいね。すいません、今からお願いできますか?」


 いつでも良いと言われて少し迷うが、やはりすぐにでもルラリアの現状を知りたかったし、何よりノームさんとガイアさんの亡骸を早く埋葬したかった。そして、その想いはネルも同じなようだった。


「承知いたしました。では、今馬車を手配いたしますので10分ほどお待ちください」


 受付の人自ら言ったものの、流石に本当に今すぐ出発するとは思わなかったのか、代金を受け取ると、こちらに少しだけ驚いた表情を見せて馬車の準備をしに部屋を出て行った。出て行った方の音を聞くと、微かに何か指示を飛ばす声が聞こえてくる。


「ネル、大丈夫?」

「…うん。大丈夫。ありがとね」


 私はノームさんとガイアさんが死ぬところを自分の目ではっきりと見ていたので、一種の覚悟というべき物ができていたが、ネルは実際に見ていない分2人の生存を信じ、その可能性に賭けたかったのだろう。私に体重を預け、悲しそうにしながら私の腕を抱きしめていた。


「馬車の準備ができました。こちらです」

「ありがとうございます」


 しばらくそのままでいると、すぐに馬車の準備ができたようで受付の人が呼びに来た。ネルは杖を突いて立ち上がると笑顔を作って馬車の方へ向かい、私もそれに続く。その時のネルの笑顔は、少し無理をしているように見えた。


「ルラリアまでは2日、往復で4、5日かかります。食事代などは先ほど頂いた代金に含まれていますので大丈夫ですが、行きと帰りと現地で3回馬車で寝てもらうことになります」


 馬車に乗る前に軽く説明を受け、そのまま馬車へ乗り込む。乗っているのは私たちと御者と護衛の4人で、馬車自体も特別良いものでは無いがなかなかの品質だった。


「よろしくお願いします」

「ああ、任しときな」

「まあ、ゆっくりしてて頂戴ね」


 荷台から御者席に座る御者と冒険者に挨拶すると、軽い返事が返ってくる。御者は男性で護衛は女性のようだ。


「じゃ、出発するからよ、道中揺れっからちゃんと座っときな」

「はい。ありがとうございます」

「お気をつけて」


 御者に従ってネルと座り、受付の人に見送られながら出発する。馬車では一言も喋らないままで、互いに体重を預けあって、相手の温かさを感じながら時間を過ごしていた。私の頭の中ではネルのこととノーム、ガイアの2人のこととで思考がぐるぐる回り続け、考えがまとまることは無かった。



 馬車に揺られて1夜を過ごし、昼になり太陽が一番高い所に登る頃、私たちはルラリアに到着した。道中は魔物が出たりすることも無く、平和な道のりだった。


「はいよ、着いたぜ。陽が沈む頃には戻って来いよ」

「ありがとうございます。お2人さん、私は別の依頼で探し物しなくちゃいけないから、一旦別で行動ね。魔物はもういないからそこは安心していいわ。じゃあ、またここで会いましょう」

「はい。道中ありがとうございました。御者さんもありがとうございました」


 冒険者の女性はルラリアにつくとすぐにどこかへ行ってしまった。私とネルは2人にお礼をして歩き出す。山になっている瓦礫の面影を見るに今いるのは元広場のようで、かつて家があったはずの方へと向かう。


「………」

「………」

「昔…」

「覚えて…」


 しばらく沈黙が2人の空間を支配していたが、2人同時にその沈黙を破る。


「ごめん。何?」

「んーん。ごめん……いや、なんかね、瓦礫の山見てるとさ、ルラリアで色んなことあったなって…それで、全部、壊れちゃったんだなって」

「そっか。まあ、私も一緒かな。10年、だからね。私たち、人生の半分以上をここで過ごしてたんだもんね…色んな思い出があるよ」


 ゆっくり、杖を突くネルからしてもなおゆっくりなくらいの速さで歩きながらかつての家へと向かう。2人の間に会話はあまり無かったが、お互いにルラリアでのことを思い出していた。


「ここ、だよね」

「うん。間違いないよ」


 思い出を懐かしみながらしばらく歩いてけば、すぐに家に着いてしまった。当然他の建造物と同じように瓦礫の山と化しているのだが、骨組みが残っているだけマシな方だ。


「ここでも、色々あったね」

「うん」


 残った骨組みを見上げながらいつかの記憶を辿る。一瞬だけ懐かしさを感じた後、2人で、示し合わせることもなく、同時に一歩を踏み出した。


 かつて玄関だった場所から足を踏み入れれば、すぐそこに下半身が瓦礫に潰されているノームさんとガイアさんの遺体があった。


 2人でてを握り合って、何も喋れないで、ただただ立ち尽くしていた。ふと、頬に熱を感じれば、涙が溢れていた。隣を向けば、同じように、声も上げずに涙を流して立ち尽くすネルの姿があった。


 少しだけそのまま立ったままでいて、その後すぐに、私はネルの握っている方の手を引っ張って、そのまま抱きしめる。ネルも一瞬驚いた様だったが、すぐに抱き返してくる。


 互いに相手の体温を感じる。何の音も出さずに泣いていたのが同時に決壊して、抱きしめ合う力は強くなり、すすり泣き、えずく音がし始める。


 そのまましばらく動けないで、何も喋れないでいると、ネルが一際強く私を抱きしめ、一度私から離れる。


「埋葬、してあげよう」

「うん。そうだね」


 涙も止まらないままで、ノームさんとガイアさんの上にある瓦礫をどかし始める。女子2人ではそこそこ時間がかかってしまうかと思われたが、そこまで時間は掛からなかった。


「この家の土地、今は私たちのだよね」

「うん」

「お墓、作ってあげよう。今は埋めるくらいしかできないけど、今度ちゃんとしたのを作ろう」

「そうだね。それが良いか」

「じゃあ、とりあえず埋めてあげよう」

「うん」


 2人の遺体は胸に穴が空いている以外は随分綺麗なものだった。眠るようにして死んでいる2人を、瓦礫をスコップの様に使って埋める。その上に「ノームとガイア、ここで還る」と書いた簡易的な碑を建てる。


「これで合ってたよね」

「うん。還る、で合ってるよ」


 ノームとガイアの信じていた宗教はエルフと聖霊の国で広く信仰されている自然信仰のもので、簡単に言えば、自然物の全てに神が宿り、万物は死して自然に還り、また神の元で新たな生命を授かる、というものだった。その宗教圏の子どもは、自然とその神に嫌われては転生が許されずに朽ちた魂で現世を彷徨うことになるから良い者であれ、と教えられて育つらしい。他にも、2人の信じていた宗教は、墓に故人はもう居らず、すぐに来世に転じる、という宗教のため、「墓参り」の概念が存在しない。その代わりに、故人に所縁のある品を祀って来世以降の永遠の幸福を願い続ける魂品祀というものがあったりする。


「覚えてる?」

「うん。大丈夫」


 この数日で2人の宗教について2人を埋葬するのに必要だからと調べてきた。葬式は無く、墓を建てたらその前で司祭か親しい人が祝詞をあげ、自然に還ったことを祝福する。それも、来世の幸福を願って可能な限りの笑顔で。親しい人が笑顔で送らなければ、故人は最後に未練を残し、来世で幸福になれないらしい。


「行くよ?」

「うん」


「「ノームとガイアの娘、ウルカ、ネルの名において請い願う。死した御霊が神の御許に参れるよう、次なる世にて幸福であるよう。ああ、神よ、ああ、自然よ、哀れなる魂を、真世で救われますように」」


 いつか聞いた祈りの言葉をちゃんと調べ直して覚えてきた。涙の跡が残る笑顔で、言葉の意味を噛み締めて、2人が今度は幸福になれるよう、願いを込めて、祝詞をあげる。


「今度は、幸せになれるかな」

「なるよ、きっと。私たちは宗教違うからよくわかんないけど、2人は、幸せになるべきだよ」

「そっか…そうだね」


 しばらく手を合わせて目を閉じたまま祈り続け、2人同時にそれをやめる。10年間の思い出を噛み締めながら、ノームさんとガイアさんの、来世の幸せを願う。


「戻ろう」

「うん」


 もう太陽は大分傾いてきて、暗くなる前に馬車の場所に戻るにはもう行かなければならなかった。


「今度、もっとちゃんとしたお墓を作りにくるね」

「指輪、持ってくね」


 魂品祀のため2人がいつもしていた婚約指輪を持ち、墓を作りにくる約束をして馬車の方に向かう。


 私とネルは、涙の跡を残し、一言も言葉を発さないまま、馬車まで戻って行った。

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