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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
36/140

36 ネルの服と家

「あなたが持って来たのがこれね」


 バイシュが示したのはほんの少し水色がかった灰色のワンピースだ。首元がやや広めで裾は足首までを覆っている。


「このタイプは袖もあるしあんまり寒くならないでしょうから、これ一枚で良いかしらね。ただ、組み合わせるならこの上着ね」


 次にバイシュが取り出したのはかなり黒に近い濃い紺色のアウターだ。何やら見たことのない生地で作られている。


「これはデニムっていうのよ。師匠が言ってたのは、どこかの…フラッシュみたいな名前の国で生まれて、アメイアみたいな名前の国で作業着として使われてた、って歴史があることね。まあ、私もちゃんと覚えてないわけなんだけどね」


 デニム、というらしいそれの説明を軽くしながらバイシュはネルにそのアウターを渡す。


「後はこれね。スニーカーなんだけど、ローテクって種類なの。種類って言っても対になる物を作れてないんだけど…師匠はあれをどうやって作ったのかしらねぇ。ま、今はいいわ。話がそれちゃったわね」


 バイシュが持ってきた靴は白い紐で留める靴で黒い線が入っているものだ。


「一応ハイヒールの類もあるんだけど、杖ついてる子には流石に勧められないしそれを選んでみたわ」


 踵が少し浮いていたり尖っていたりする靴をいくつか見せながらバイシュはネルに靴を渡す。


「最後に、靴下はこれを用意したは。基本的にその服だと見えないでしょうし、幾分かは足に優しいやつにしたわ」


 最後にバイシュがネルに渡したのは、薄めの灰色の足首を越える程度の長さの靴下だ。またネルの脚を気遣ってくれたらしい。


「じゃあ、そっちで着替えて来なさい。あなたも彼女に見せてあげるといいわ」

「はい。ありがとうございます」


 返事をしたネルは試着室に入って着替え始めたようで、私は少しだけそわそわしてしまった。


「着替え終わりました…えっと…どうかな?」

「似合ってるよ…綺麗で」


 可愛い、というよりは綺麗でスタイリッシュにまとまっている。私は見惚れるあまり少し言葉に詰まってしまった。


「そう?良かった。ありがと」


 ネルはその場でくるっと一回転してはにかんだ。スタイリッシュな服装でそんな可愛いことをされてしまってはギャップでこちらの心臓がもたない。


「2人とも似合ってるわ」

「あ、ありがとうございます」


 少ししてバイシュが私たち2人をそう褒めてくれる。バイシュの方も自分のコーデを気に入ってもらえて嬉しいようで、穏やかな笑顔だった。


「良いのよ。それで、とりあえずワンセット見繕ってみたけど、せっかくだしもう少し見ていくといいわ。ちょっとオマケしてあげるわ。ああ、後下着は向こうにあるからそれは自分たちで選んで頂戴ね」

「はい。ありがとうございます」

「わからないことがあったらまた何でも聞いて頂戴ね」



 私とネルはその後もバイシュに聞きながら何着か服を見繕い、下着もいくつか買った。思ったよりも楽しくて荷物が随分増えてしまったのも仕方が無い。


「ありがとね、お2人さん。またいつか会えると良いわ」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 2人でバイシュにお礼を言って店を後にする。


「結構な荷物になっちゃったね」

「しょうがないよ。まあでも、楽しかったね」

「うん」


 ネルは杖と反対の手に、私は両手に先ほど買った服の入った袋を提げている。


「ねえ、ウルカ、宿どうする?荷物置きたいし」

「んー、そうだね。でもこの辺そもそも宿そんなに無いし、あっても結構高そうだよ」


 しばらくゆっくり歩いているが、この高級街ではそもそも宿をあまり見かけなかった。一応一つ見かけはしたが、貴族を対象にしたような高級宿だったので、泊まるのには気が引けてしまった。


「しょうがないから、どっか用事のありそうな店でちょっと休もっか」

「そうするかぁ…ちょっと疲れたししょうがないね」


 宿も無いし用事を潰しながら休めないかと思い、何かいい店はないかとあたりを見渡すが、用事のありそうな店は見つからない。


「何か用事ある店ある?」

「うーん…服は買ったし、食べ物とかはいらないし…あ、家は?」

「あー、家ね。この辺に不動産屋あるかな」


 食事中に家について話していたのを思い出し、そこから周りに注意しながらもうしばらく歩いていると、不動産の店らしき看板を見つけた。


「あ、あれそうじゃない?」

「ほんとだ。とりあえず入ろっか」


 店に入ると壁には情報の書かれた板が大量に貼ってあり、袋を自分の横に置いて眺める。見たところ、貴族向けの屋敷か研究生(と言っても貴族の子息がほとんどだが)用の家のどちらかが主なようで、私たちの欲するような物はあまり無さそうではあった。


「どのような物をお探しですか?」


 しばらく壁を眺めていると店員が話しかけてきた。どうやら前の客の対応が終わったらしい。


「こちらにお掛け下さい。荷物は横のカゴに入れて下さって結構ですよ」

「あ…ありがとうございます」

「いえいえ…それで、どのような物件をお探しで?」


 店員に促されて席につくと、早速探している家について聞かれた。荷物も置けたしせっかくならと相談を始める。


「あの、田舎の、小さい森とか山の中にあるような家って無いですか?」

「大きい家じゃなくていいんです。2人で暮らせる最低限の大きさがあれば」

「ほぉ…なるほど…」


 おそらく普段は貴族と研究生相手でこんな要望を聞くことは無いのだろう。店員は悩みこんでしまった。


「そうですね…少し、失礼します。資料を持ってきます」


 店員はしばらく悩んだ後に資料を取りに店の奥に行ってしまった。中々難しい注文をしてしまったかもしれない。


「お待たせしました。こちら資料になります」

「すいません、ありがとうございます」

「いえいえ。まず、これを見てください」


 店員が持って来た資料には、簡単な図面と立地、そして値段について書かれていた。


「申し訳ないのですが、この街とその近辺にご希望のような物件はございません。ですので、土地を買って一から作って頂くか、遠くの家を買って頂くかの二択になってしまいます」

「そうなんですか」

「はい。それに、今資料が用意できる物件は一つしかありません。それもここから街をいくつか越えてさらに山を越えた先になってしまいます」


 随分特殊な条件を出してしまったようで、選択肢がほとんど無いようだった。


「それで、資料のあった物件はどういうところなんですか?」

「この資料にあるように、山脈といくつかの街を越えた先に、小さな村と山があります。その山の上の家になります」

「なるほど…ここから行こうと思ったらどれくらいかかりますか?」

「最速で十日程度でしょう。それに山脈の天気が荒れでもしたらもっとかかってしまいます」


 小国であれば横断出来てしまうほど遠くらしく、ネルの足での山越えを考えると馬車が必須でお金もかかってしまいそうだ。


「だってよ、ウルカ」

「結構遠いんだね…あ、それで物件自体はどんな何ですか?」

「はい。キッチンとリビングに加えて三部屋、家の裏に井戸が掘られています。麓の村で食べ物なんかも買えると思いますし、お二人で暮らす分には問題ないと思います」

「そうですか…」


 物件自体は中々理想的で、住めるならぜひ住みたいと言ったところだ。しかし、やはり移動がネックになってしまう。


「なるほど…それで、値段はどれくらいになるんですか?」

「この店ではなく物件近くの店で契約して頂くことになるので正確な値段は分かりかねますが、立地も良くは無いですし、安値で買えると思います。ただ、動物よけの劣化古代技術(コピーファクト)に使う白炭の粉を定期的に買う必要があります」


 白炭は高価だが、粉なら安く手に入るし、金銭面の心配は無さそうだ。しかし、そうなってくるとやはり移動が足枷になってしまう。


「ありがとうございます。ああ、あと、そうですね、たとえばこの街の郊外に家を作るとなったらいくらぐらいかかりますか?」

「そうなりますと…正確な額ではありませんが、おおよそこれくらいかと」

「「!?!?」」


 2人揃って、目を丸くしてしまった。新しく建てようと思うとどうやら遺産の7、8割を必要とするようで、さすがに払え無さそうだ。


「さすがに無理ですね…さっきの家を買う方向で話を進めたいと思います」

「そうですか。ありがとうございます。」

「いえ。今日はありがとうございました」


 その後もいくつか質問をしたが、結局新築は無理で買うしか無いけど買うには遠い、という結論は変わらなかった。これ以上話を聞いても結論は変わらなそうだしあらかた話を聞き終わったので、店を出て治療院やギルドの方へ歩きながらネルと家について話す。


「んー…でもあれだね、新しく建てるわけにもいかないみたいだし、あの家いいと思うけどね」

「家自体は良さそうだったけどあれだけ遠いとね」

「どうせ私の心配でしょ?家がいいならそこに住もうよ。私は移動頑張るからさ」

「まあ、そっか。今すぐって訳でも無いし、馬車とかで行けば大丈夫か」

「そうそう。それに今日は良さそうな家が見つかって良かったよ」

「そうだね」


 ネルも先程の家に住むのには前向きなようで、楽しそうに「私頑張る」と言っていた。ルラリアの続報も無く今すぐ引っ越すわけでも無いし、ゆっくり考えれば良いかと思い思考を切り替える。


 その後も他愛無い話をしながらゆったり歩いていれば、存外早く宿の辺りに到着した。


「着いた着いた。この辺りだね…ここで良い?」

「うん。どこでも良いよ」


 宿にこだわりも無いので一番最初に見つけた宿に入り、部屋に荷物を置く。


「ふー、疲れたぁー…」

「お疲れ。服って結構重いもんだね」

「そうだねぇ…」


 ネルは随分疲れた様子で部屋に入った瞬間ベッドに横たわっていた。まだ寝るには少し早いが私もネルの横に寝転がる。


 ベッドに寝転がると、ふと、昨日からの不安が再燃した。


「ねぇ、ネル……ネルはさ、寂しい?」

「ん?どういうこと?」

「ノームさんとガイアさんがいなくなってさ。私ね、ネルのこと考えてても、何をしててもやっぱり思い出しちゃうんだ」


 後ろからネルを抱きしめるようにしながら聞く。


 ネルはしばらく沈黙して、抱きしめる私の手に手を当てて、


「…私も寂しいよ。すっごくね。ウルカのこと思ってても、不意に思い出しちゃうんだ。ああ、2人はもう居ないんだって」

「そっか」


 ネルも寂しいんだ、と思い、


「一緒だね」


 抱きしめる力を強める。


「うん」


 ネルは私の手を強く握る。


「まだ、寝るには早いよ」

「うん。でもこのままでいてよ」

「うん」


 私はネルを抱きしめて、ネルは私の手を握って、そのまま眠ってしまうまで、次の朝を迎えるまで、ずっとそのまま、静かに互いの存在を感じていた。


 何となく、ノームさんもガイアさんもいなくなった今、私にはネルしかいないのだと、強く思った。

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